レムレースから戻って最初の休日となった。
ようやく、精霊の森の小鬼族の下へ向かう事ができる。
もちろん、移住の件の回答を聞きに行くためである。
冒険者ギルドによって、小鬼関連の依頼がない事を確認し、初めにギズ達の秘密基地へと向かう。
久しぶりだが、そこで誰かと会う事はなかった。
手入れがされていないようだ。風雨にさらされたのか、いたるところがバタバタになっており、室内にのテーブルには埃がたまっている。なるべく人間に会わないように、森が深くない場所にはいかないようにしているのだろう。
レヴィンは何だかもの悲しさを感じずにはいられなかった。
そこから一時間ほどかけて、小鬼の集落に向かう。
人間に見つかったせいで、集落がなくなっていやしないか、既に争いが起こってやしないか心配で足が自然と早足になる。
久しぶり過ぎて、少し迷ってしまった。秘密基地から、集落への小鬼道が使われなくなって木々に埋もれていたせいだ。
集落につくと、いつも通り、見張り番が二人、入り口に立っている。
見張りはレヴィンを見つけると、こちらに駆け寄り、声をかけてきた。
「レヴィン殿。久しいデスナ!」
「ああ、おはようございます。何か変わったことはありましたか?」
「特にナイナ。怖いくらいニ何もなかッタぞ?」
ランゴバルトが何か通達を出してくれていたのかも知れない。
「とりあえず、取り次いでもらえますか?」
そう言うと、見張りの一人が小走りで集落の中へ消えていく。
しばらくもう一人の見張りと話しながら待っていると、ガンジ・ダとジグド・ダが自ら迎えてくれる。
「おおッ! レヴィン殿……お待ちしておりましたぞい!」
「レヴィン殿、息災であったか?」
ジグド・ダは一か月ぶりに会って、よりマッスル体型になったように見える。
「お久しぶりです。何とか元気です。早速、例の件の話をしましょう」
「いいですとも!」
ガンジ・ダが気持ちのいい返事をする。
お前は○ルベーザか。
すぐに長老である、ガンジ・ダの家へと通されるレヴィン。
気のせいか家が補強されている気がする。
この事を尋ねると、ガンジ・ダは、小鬼達に指示を出して補強してみたと言う。
種族進化の後、知性があふれるように湧き出でてしょうがないらしい。
中に入ると、既に司祭ズが座っている。
囲炉裏のようなものを囲んで全員が床に腰を下ろすと、小鬼女子が火にかけてあったお湯でお茶を出してくれた。
聞いてみると、薬草茶らしい。
この辺も依然とは違うようにレヴィンは感じる。
「長い間お待たせしてすみませんでした。移住の件はどうなりましたか?」
「あの後、決を採ったのですが、意見が割れましてな……」
ガンジ・ダの表情が曇る。
長年住み慣れた土地を離れるのはつらいし、小鬼達も納得いかないだろうとは思っていた。
レヴィンは説得をどうしようと頭を働かせる。
「多くの者は移住しても良いとの意見なのですが、何故我々が故郷を捨てなければならないのか納得しない者もおりまして」
「当然の意見だと思いますが、このまま住み続けると、冒険者ギルドの精霊族に目をつけられて討伐依頼が出されますよ?」
「もちろん、あの敵対意識の強い精霊族の事は伝えてある。だが、戦って死んだ方がマシだと言いよるんじゃ」
レヴィンは考えていた。
全員に『種族進化』を使用する事を。
『種族進化』を使用した結果、考えられるのは二通りの可能性だ。
一つは知性が上がる事により、戦いの無意味さに気づく事。
そしてもう一つは、戦う力を得る事により、人間と戦っても勝てると勘違いする事である。
こればかりは、どちらに転ぶか解らない。
まさに神のみぞ知る世界なのだ。
しかし、迷っていても埒が明かない。
レヴィンは『種族進化』の能力を小鬼全員に使用する事に決めた。
「全員の総意を得るなんて無理なのかも知れません。でも努力はしたいんです。全員に『種族進化』を使用したいと思います」
「おおッ! ありがたい! この力が皆にも与えられるのですな? さすれば戦っても勝てない事に気づくやも知れぬ……」
「しかし、勘違いしなければいいが……」
二人もレヴィンと同じ事を考えているようだ。
ガンジ・ダは司祭ズに、広場に全員を集めるよう指示した。
狩りや木の実の採集でいない者をのぞいて広場には五十人ほどが集まった。
「では、能力を使用します。全員並ぶように言ってください」
それほど広くもない広場にいくつかの列ができる。
レヴィンは、先頭にいる小鬼の男に能力を発動した。
まばゆい光が小鬼を包み込む。
中にはまぶしくて手で目を覆っているものもいるほどだ。
やがて光が収まると、そこには体や容姿が大きく変貌した小鬼の姿があった。
『種族進化』を使用すると人間に近い容姿になる。
ガンジ・ダとジグド・ダの時と同じく人間に近い小鬼族が誕生した。
正確には中鬼と言うのだが、現在、鑑定能力のないレヴィンには解らない。
そして次々と能力を使用していく。
能力を受けた小鬼は総じて、その変化に驚愕し、喜びに満ち溢れていた。
中には戸惑っている者もいるようだ。何人かが茫然としている。
ゴズやメリッサ達は木の実採集に出かけていていないので後回しである。
しばらくかかって全員が種族進化する事となった。
「では、もう一度、全員の意思を確認してください。夕方また来て、残りの皆にも能力を使いますね」
「いや、レヴィン殿も見届けてくだされ……」
狩りでもして時間を潰そうとしていたのだが、ガンジ・ダがそう言うので話し合いを見学する事にした。
ガンジ・ダは、対人間強硬派の中心人物と話し合うようだ。
その人物は既に老齢の域に達している者だった。
「ささ、ガルロ・ド殿、近こう寄られよ」
ガンジ・ダが丁寧な口調で語りかける。
おそらく強硬派のリーダーなのだろう。彼と話をつけるようだ。
「どうですかな? 進化した気分は?」
「信じられぬ……。この歳になって力が湧き出てくるとは……」
ガルロ・ド老が素直な感想を口にした。
「その力と知性を得た上で聞こう。移住の件はどうするのじゃ?」
「冷静に考えてみると……そうじゃな。人間には勝てぬ……な。故郷を追い出されるのは癪だが……。そしてレヴィン殿に借りが出来てしまった。これでは反対できぬ」
「おおッ! それでは……」
あっさりとガルロ・ド老は、意見を変えた。
ガンジ・ダが何か言いかけた、その時、後方から鋭い声が飛んだ。
「あいや、待たれい! このような力を得たのだッ! 人間など恐るるに足らずッ!」
声を上げた者を見ると、まだ齢の若い青年の小鬼であった。
「思い上がるな。この程度ではまだまだ人間には勝てんよ」
「戦う前から決めつけていては勝てる戦も勝てぬわッ! あなたはそれでも小鬼将軍かッ!」
「私は将軍としてこの部族を護り導いていかねばならん。それにレヴィン殿のような人間もいる。人間とは必ずしも敵対する必要はないのだ」
ガルロ・ド老を中心とした強硬派は、意見を変えたが、力を得て自分が強いと言う錯覚に陥っている若者が数人ではあるが、息巻いているようである。
その若者は、ジグド・ダとしばらく言い争っていたが、相手を言い負かせずにイラついている。
そのうち、若者数人は態度を硬化させ、いずこかへ去って行った。狩りや採集から戻ってくる者に期待をかけているようだ。
聞くだけ聞いていたが、この場に移住反対派がいなくなったので、暇になってしまった。
そこへ、ガンジ・ダが移住先の事をレヴィンに尋ねた。
「移住先はどのようなところなのかね?」
「カルマと言う街から東へ行ったところに、ユーテリア連峰から魔の森を通って流れてくる川があります。そこに領都を造ろうかと考えています」
二人は広場のある石に腰かけて話をしている。
そこへ女性が、先程の薬草茶を持って現れる。
喉が渇いていたので助かったのでお礼を言うと、彼女が破顔した。
人間に近い容姿になったので、少しドキッとしてしまうレヴィンであった。
「なるほど、川があるのですな。その辺りには、獣がおりますかな? 生きていくために狩りや木の実採集をしなければならんのでのう」
「そこは人間の手がまだ入っていないところですし、魔物も獣もいます。皆さんには今まで通り狩りもしてもらいますが、農耕もしてもらおうと思っています」
「農耕ですと? 人間が大地に実った植物を刈り取っているのを見た事がありますが、それと何か関係がありますかな?」
流石は長老だけあって見た事くらいはあるようだ。
「そうですね。農耕とは、大地を耕して種を撒き、水をやって作物を栽培すると言うことです」
「な、なんとッ! あれは勝手に実ったものではなかったのですか?」
勝手に生えてくるって何プレイスのお野菜さんだよ……と思いながらも、間違いを訂正しておく。
「違います。人間がちゃんと世話をして実ったものを収穫し、加工して食べ物にしているんですよ」
「そうだったのですか……」
ガンジ・ダは「知らなかった……」とつぶやいて顔を手で覆った。
「丁寧に育ててやらないと、ちゃんと実らないんですよ?」
「しかし、我々にそんな事ができるのだろうか?」
ジグド・ダは心配なようだ。もちろんレヴィンも最初からうまくいくとは思っていない。
「最初は失敗したっていいんです。でも安定的に作物を収穫できるようになれば、餓えずに済みますよ」
「それはありがたい事だ」
しばらく時を忘れて話し合っていると、もうお昼になっていた。
ガンジ・ダは昼食を用意させると言って家に招いてくれた。
広場からジグド・ダと共に、ガンジ・ダの家へと移動する。
ガンジ・ダの奥さんであろう老女が何かを煮込んでいる。おそらくスープのようだ。
じっくり観察していると、老女は照れたように笑って、すぐできるから待ってなと言った。
腹が減って見ていたと思われたようだ。レヴィンは少し恥ずかしく思って顔が赤くなる。
できあがって、レヴィンの下まで持ってきてくれる。
老女によればクルノエルと野草と木の実の煮込みスープらしい。
クルノエルは蛙だと思ってもらえばいいだろう。
最近は寒くなってきたので、獣も減っているとジグド・ダは言った。
彼は奥さんがいないらしく、時々お呼ばれしていると言う。
いつもは肉を焼いただけの食事が多いそうだ。
「もう冬だから、節約しなきゃね。今日はごちそうだよ」
老女はそう言うといっぱい食べな、と優しく声をかけてくれた。
レヴィンは食事をふるまってもらって申し訳なく思ってしまう。
そして、食糧の安定的な供給が期待できる農業は必須だなと思いを新たにする。
午後からはあまりにもやる事がないので、狩りに行く事にした。
狩りをするのも久しぶりである。魔物ばかり狩っていたから獣狩りは最近行っていなかったのだ。
村からさらに奥に足を踏み入れる。精霊の森でここまで奥に来たのは初めてである。
しばらく森をうろつくが獣の姿はあまり見ない。
奥へ奥へと踏み入って行くと、何度も同じような道を通っている事に気づいた。
(これはあれか? 精霊族の秘術とかで迷わされているとか……)
精霊族の隠れ里があるらしいので、本当に秘術とかがありそうだ。
仕方ないので元来た道を引き返すと、ホワイトディアを発見したので、魔法で造作もなく仕留める。
少しだけ開けた場所に行き、血抜きして、火を起こす。
そして暖を取りながら、森の静けさの中に溶け込む。
この森と一体化するかのような奇妙な感覚がレヴィンは好きだった。
時々、パチパチと木の枝が爆ぜる音を聞きながら、彼はこれからの事を考えていた。
少し空が暗くなってきたので、肉を時空防護に入れて村へと戻る事にした。
何とか迷う事なく戻って来れたので少し安心していると、既に狩りと木の実採集から全員が戻ってきていると言う。
ホワイトディアを時空防護から出して、ガンジ・ダの奥さんに渡すとびっくりつつも感謝された。
この日の狩りはわずかな小物しか取れなかったらしい。
完全に暗くなる前に帰りたいので、すぐに種族進化に取り掛かった。
やはり、全員が全員、目を白黒させて驚いている。
ギズ、メリッサ、ジェダの三人も同様に進化させる。
三者三様の喜びを見せ、非常に感謝されて嬉しく思うレヴィンであった。
これで全員分の進化が終わり、一旦返事は保留ということになった。
ガンジ・ダと、ジグド・ダは必ず説得すると意気込んでいた。
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