年の瀬も押し迫った今日この頃。
レヴィンの家では、大掃除が行われていた。
グレンとレヴィンは年末年始の食卓を華やかな物にするために、久しぶりに狩りに出かけている。
レヴィンの稼ぎが大きかったので普通に贅沢しても良かったのだが、この一家は普段通りの生活を望んだのだ。
狩りに行けないクロエは必然的にリリナを手伝って掃除をする事となった。
クロエは箒を持って、土間を掃き清めている。
と言うより、表面を撫でているだけのような感じになっている。
本人にしてみれば、丁寧にやってはいるつもりなのだが。
リリナは時々、リリスの様子を見ながら、今はお店の棚を掃除している。
グレンの薬屋は基本的に休日でも開けている。
なので店番もしながらという事になるので、あまり余裕がない。
「ふふ~ん♪ 掃除~掃除~きれいだね~♪」
クロエは上機嫌で自作の歌を歌いながら手を動かしている。
その時、お店の扉をノックする音がした。
お店の扉なのだからノックする必要などない。
しかし、店のスペースにいたリリナは、特に疑問を抱く事なく、すぐに応対しようと扉を開ける。
そこに立っていたのは、胡散臭そうな微笑みを浮かべた女性であった。
「いらっしゃいませ! どうぞゆっくりしていってね!」
普通にお客さんだと思っているリリナは店としての対応を取る。
しかし、その女性はお店に入ると品物を見るでもなく、リリナに話しかけた。
「奥さん、ボランティア活動に興味ないかしら?」
リリナは、何言ってんだこいつと思いながらも応対する。
どうやら客ではないらしい。
しかも、あまりにも話が唐突なため、リリナは適当に対応する事にした。
「ボランティアなんてガラじゃないね」
「今、王都には餓えて普通に暮らせない子供達がたくさんいるのよ。そんな子達のために炊き出しをやってるんだけど……」
「うちも見ての通り、なんとかやってるからね。余裕なんてないんだよね」
嘘である。レヴィンの稼ぎでウハウハである。
まぁ、欲に流されるような事はないレヴィンの両親なのだが。
「違うのよ。お金が必要なんじゃなくて、手伝ってみないかと言う事。この格差社会から貧しい人達を護るのよ」
「うちは人手が足りなくて忙しいんだ。ちょっと無理かしらね」
嘘である。店はいつも暇なのだ。
「そうなの? でも向かいのオルグレンさんも手伝ってくれてるのよ。一度だけでも来てみない?」
「へぇ、オルグレンさんもやってるの? 殊勝な心がけだねぇ……。でもあまり彼らとは仲良くないから解らないね」
嘘である。オルグレン夫妻とは、普通に仲良くやっている。
オルグレン家の夫は警備隊で、アントニーの同僚なのだ。
「そう……。連れないのねぇ。これうちのサークルのチラシなんだけど、見ておいてくれるかしら?」
リリナはそのチラシを受け取ると、チラリと一瞥すると愛想よく返事をする。
「解ったよ。ところでお客さん、うちの風邪薬なんてどうだい? よく効くって評判だよ?」
「い、いえ、遠慮しておくわ……。それじゃあまた来ますわね」
本当である。グレンの薬は結構、評判が良いのだ。
逆に品物を勧められて面食らったのか、そそくさと店を後にする女性であった。
「まいどー!」
リリナはそのチラシを店のカウンターに放置して、大掃除を続けるのであった。
そのチラシには、『格差は広がっている! 貧困にあえぐ子供達を救え!』と威勢の良い言葉が並んでいた。
◆◆◆
一方、久しぶりに親子で精霊の森に来たグレンとレヴィンは、既に二頭のアウリマージとホワイトディアを狩っていた。
アウリマージは兎のような獣で、体長が1mほどにもなる。
ホワイトディアは鹿のような獣である。
グレンは銃を装備して遠距離でも簡単に得物を仕留めて見せた。
腕はまだまだ鈍っていないようだ。
「やはり銃があれば狩りが大分、楽になるな」
グレンは、長年の冒険者生活で使い慣れている銃を、嬉しそうに見つめながら手でさすっている。
「銃には色んなものがあってな。火水風土なんかの属性攻撃なんかもできるんだぞ?」
うんちくまで語り出したグレンである。
「まぁ実際、便利だよね。スナイパーの『狙撃』なんかと相性が良さそうだね」
「『狙撃』か……。母さんなら職業変更可能だろうな」
「職業変更か……。そう言えば、僕が貴族になったから、家族も職業変更できるようになるはずだけど、変更する? 薬師になりたいんじゃない?」
「確かに薬師になれば仕事のためにもいいな。しかし、簡単に転職士を手配できるもんなのか?」
「解んないけど、知り合いは割と早く職業変更できてたよ」
値段の事はグレンが気にしそうなので言わないでおいた。
グレンは少し考えてから答える。
「そうなのか。できる事ならしてみたいな……。母さんも狩人からスナイパーに職業変更できるはずだし」
「絶対に職業変更した方がいいよ。今度頼んでおくね」
「お、おう。頼むな」
グレンは年甲斐のなく冒険者の血がたぎっていた。
とは言ってもまだまだ35歳。若いのである。
現役の冒険者と言っても良いくらいの年齢なのだ。
午後になり、さらに得物を狩るべく少し森の奥へと足を踏み入れた時、唐突に悲鳴が聞こえる。
声からして、まだ幼い年頃のようだ。
二人は顔を見合わせて、うんと頷き合うと声の方向へと走り出した。
声の主はどう見ても、レヴィンより年下の精霊族だった。
その子は、複数のエアウルフに追い立てられて、必死で後ろを振り返りながら走っていた。
その時、木の根につまづいて盛大にずっこける子供。
それを好機と見たのかエアウルフの一匹が飛びかかった。
そこへレヴィンの魔法が決まった。
「空破斬」
子供の目の前で首を斬られて絶命するエアウルフ。
さらに追い打ちでレヴィンの魔法とグレンの銃が火を噴く。
子供は、何が起こっているのか解らず混乱している。
ものの数分でエアウルフは全頭倒された。
(精霊族を助けるイベントが発生した。何が起こるかなっと)
「大丈夫かい?」
グレンが、子供に手を差し伸べると、その手を取って引き起こす。
「ありがとう」
お礼ができる良い子である。
「道に迷ったの?」
「お父さんの病気に効く薬草を取りに来たら、魔物に襲われたの」
「なんの薬だい?」
キラリと光るグレンの眼。薬屋の性である。
「トラートの草だよ。なんか、めんえきをかっせいかするらしいんだ。でも今の時期には生えていないって言われたんだ……でもどうしてもいるって……」
「トラートか、それは確かに今は生えない時期だが、幸いな事に俺は薬屋でな……。これを飲ませてみな。たぶん同じような効き目があると思うんだが……。後、トラート薬を飲ませるってことは、これもあった方がいいな。体力回復ポーションも渡しておこう。ほらよ」
次から次へと薬を取り出す目の前の男にしばらく呆然としていた子供だったが、薬だと聞いて喜びを露わにして、満面の笑顔になった。
「ありがとう! おじちゃん! 後、助けてくれてありがとう! 兄ちゃん!」
何度も何度もお礼を繰り返すと、恩人に名前を聞いていない事を思いだしたのか、自己紹介を始める子供。
「ボク、オリガって言うんだ。精霊族の里に住んでいるよ! おじちゃん達は何て名前なの?」
「俺はグレンだ。で、こっちが息子のレヴィンな。王都ヴィエナに住んでる」
「ホントにありがとう。これでお父さんも良くなるよ!」
目をキラキラと輝かせ、オリガは、まっすぐこちらを見つめる。
その笑顔に嬉しそうな笑みを浮かべるグレンとレヴィンであった。
「そうかいそうかい。坊主! 一人で帰れるかい?」
「坊主じゃないもん! 一人で帰れるよ!」
子供扱いされたのが気に障ったのかプンスカと怒るが、全然怖くはない。
むしろかわいい子である。
オリガは、別れを告げると、走って森の奥へと姿を消した。
「良い事した後は気分がいいな」
「薬屋冥利に尽きるね」
そんな事を言い合いながら、狩りを再開する二人であった。
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