約束通りの時間にベネディクトは馬車に乗って冒険者ギルドにやってきた。
貴族街からここまで遠いからまぁ仕方ないのだが、目立って目立って仕様がなかった。
「御覧の通り、見習い戦士に職業変更してもらったよ」
「良い装備してんなぁ……。流石は貴族と言うべきか」
最初から上級職についていた者は基本職業に変更した後でも、再度その上級職に戻れるらしい。
例えばベネディクトなら賢者になる条件である、黒魔導士Lv5、白魔導士Lv5、付与術士Lv5を満たしていなくても、初期職業の賢者に戻れると言う事だ。
そりゃ戻れないなら、職業熟練になるまで職業変更はしないよな。
最初から上級職なのにもったいない話だ。
「とりあえず、カルマまでの護衛依頼をとったから、後一時間ほどで出発だ。今回は他の三つのパーティと組む事になっている。なんかかなり大規模な輸送隊らしい」
依頼人はホンザと言う商人で、王都ヴィエナ、メルディナ、カルマに拠点を構える大店である。
一緒に組むパーティの一組目は、『砂漠の嵐』と言う。リーダーは狂戦士のヨシュア、他に剣士、戦士、アイテム士、黒魔導士、白魔導士の構成だ。
リーダーが狂戦士で大丈夫か?と思ったが、パーティランクCと言う事なので上手くやっているのだろう。
二組目は、『黒狼団』。リーダーは騎士のブルーノ、その他三人の騎士と弓使い、白魔導士の構成だ。
三組目は、『五連星』。リーダーは大魔導士のイシュタル、聖騎士のガルバッシュと騎士三人の構成だ。
ちなみに『五連星』のリーダーは、同じクラスの貴族である、イシュタル・フォン・ヴァールハイトであった。
彼が、父親の部下と一緒に組んだのがこのパーティらしい。彼の父親の心労が伝わってくる思いだ。
部下に聖騎士がいるなんてうらやまけしからん。余談だがパーティランクはDらしい。
『無職の団』はまだランクEなので後れを取っている訳だ。
出発までの時間でベネディクトをパーティに加入する手続きを終わらせる。
これでうちのメンバーは、レヴィン、アリシア、シーン、ダライアス、ヴァイスに加えてベネディクトが加入し、六人となった。
うむ。パーティらしくなってきたぞ。
いよいよ出発時間となる。今回は魔の森最寄の町、カルマまで行く訳だ。
皆の表情が少し硬いように思える。緊張しているのだろう。
「大丈夫。今回は味方が多いから力を抜いて行こう。油断しすぎは駄目だけど」
一応、リーダーらしい言葉がけを行う。
護衛は、十台の荷馬車の列の中央付近を担う事になっている。
今日は朝から暑い。
水分補給をマメにせねばなるまい。
まぁ、もし水がなくなっても、白魔法の創造湧水があるから大丈夫だろう。
出発した一行は東門を抜けると、一路東へ向かう。
左右にはは畑が広がっている。
ほとんどが小麦の収穫を終えており、別の作物の栽培に移っているようだ。
「しかし、イシュタルがいるとはね」
レヴィンの前を歩いている、ベネディクトが話しかけてくる。
「そうだな。しかも仲間に聖騎士がいるらしい」
「ヴァールハイト家は精強な騎士団を持っているからね。その聖騎士は、きっと彼の傅役なんだと思う」
「長男なのか?」
「いや、彼は次男らしい。大学校に長男が通っていると聞いた」
「大学校って貴族の学び舎なんだっけ?」
「そうだね。そこで貴族の英才教育を受けるらしい。しかし、社交の場の意味合いも強くてコネクションや付き合いで入学する者も多いと聞くな」
「ふーん。面倒臭そう」
「君も貴族になったら付き合いの重要さが解るさ」
「いや重要なのは理解してるよ。ただ面倒臭そうってだけで」
そんな軽妙なやり取りを繰り返しながら旅は順調に進む。
しばらくベネディクトと会話しながら歩いていると、前方からイシュタルが近づいてきた。
彼のパーティ『五連星』は先頭の護衛を担当している。
「よう。ベネディクト。君も冒険者をしていたんだな。君のパーティは皆若いんだな?」
彼は挨拶をするとベネディクトに肩を並べて歩き始めた。
「まぁね。でも僕のパーティではないよ。レヴィンのパーティさ」
すると、後ろを振り返るイシュタル。
レヴィンは手を上げて存在をアピールしておく。
「ほう……。そうなのか。レヴィンがリーダーなんだな。ランクはいくつなんだ?」
「まだEだな」
後ろを見ながら話しかけてくるイシュタルにレヴィンは答える。
「そうなのか。うちもまだDだが、俺達は強くなる事に主眼を置いているからな。依頼より戦闘だ」
「まぁ同感だな。でもランクは上げておいて損はないからな。早くあがるように頑張るよ」
レヴィンは当たり障りのない返答をしておく。
イシュタル・フォン・ヴァールハイト。レスター・フォン・ヴァールハイト辺境伯の次男である。
少し長めの銀髪で、鋭い目をしている。そして意志の強そうな黒い目。
ヴァールハイト家は、北のヴァール帝國との国境を護り、小競り合いを繰り返している。
そのため、騎士団の精強ぶりは有名で各地にその名をとどろかせているという。
伯爵であるが、王国内ではマッカーシー侯爵家に勝るとも劣らない発言権を誇っているそうだ。
レヴィンは基本的に誰とでも仲良くやっているし、やれる性格をしていると思う。
しかし、貴族の中で、意図して特に誰かと親密になる事は少ない。
まぁベネディクトの場合は、向こうがぐいぐい来るので親密になった訳だが……。
レヴィンからすればイシュタルは少し鼻持ちならないと言った印象の男だ。
なんだか、少し見下されているような気がするのだ。
貴族は大抵そうなのかも知れないが……。
イシュタルはベネディクトとしばらく会話すると、先頭に戻って行った。
最初の夜が来た。夜の帳が下りても今なお蒸し暑い。
この辺りの街道は魔導具による街灯が整備されているため、ほんのり明るい。
皆、それぞれのパーティ毎に思い思いの夜食をとっている。
レヴィンはリュックの中から出すふりをして、時空防護から薪を出そうとしたが、その前にヴァイスが薪を持って来たと言って、背負子から取り出した。
ヴァイスが楽しそうに薪を組み始めるものだから、出すのは止めにしておいた。
彼が薪を組み終わると、レヴィンが魔力で火を作り出し着火する。
アリシア以外のメンバーは皆、驚いていた。
ダライアスとヴァイスは魔法は万能なんだなと勘違いして驚いていたが、シーンとベネディクトは違う意味で驚いていたように思う。
レヴィンが魔法陣を展開しないで火を起こしたからだ。
アリシアは以前に見た経験があるので特に反応はない。
シーンとベネディクトが方法を教えてくれと言ってきたので、コツを教えておいた。
とりあえず、火は起こせたので、レヴィンが担いでいた鍋を火にかけると、シーンが水を作り出す。
後は、野菜と干し肉をぶち込んで、煮込んだだけのスープのできあがりである。
肉野菜スープを食べながらヴァイスは明るい顔をして、はしゃぎだす。
「やっぱり旅はいいなッ!」
「なんだよ。やたらと嬉しそうだな」
ダライアスが苦笑いをしつつそう言った。
「ああ、小学生の頃、親父と狩りに行ってたのを思い出してな」
レヴィンは、ヴァイスの明るい表情を見る事ができて良かったと思う。
二人は小学生の時は特段仲が良かった訳ではない。
それでも、交流会の時の彼の暗い顔と言ったら、思い出すだけでも、少し悲しくなる。
二人の様子を眺めていると、アリシアが声をかけてきた。
「元気になったみたいで良かったねッ!」
「そうだな。他の貴族とのつながりは作った。後は強くなれば、オルテガももう下手なちょっかいはかけてこないだろう」
「うんッ!」
アリシアも心配だったんだなと思う。
小学生の時はヴァイスの事を嫌がっていたと思っていたのだが、そこまででもなかったようだ。
彼女は優しい娘である。レヴィンは改めてそう思った。
ヴァイスはダライアスとまだ何か話している。
ヴァイスの家庭の話のようだ。
「俺んちは革細工・加工店だからな。細かくチクチクと針仕事するんだけど、母さんが、跡を継ぐのはあなたなのよ!ってうるさいんだ。細かい仕事なんて女の仕事さ」
「でも、お前の親父さんもしてるんだろ? 男女なんて関係ないんじゃないか?」
ダライアスがおいおいと言った顔をしてヴァイスをなだめる。
「親父は主に加工を担当してるよ。それに俺は、騎士か冒険者として食っていきたい」
「親父さんは賛成しているのか?」
「親父は昔から強くなれって言ってたからな。騎士中学にも入れてくれたし、騎士になるのは反対しないだろう。それに弟もいるしな」
レヴィンにしてみたらヴァイスに弟がいたなんて初耳である。
会話に割って入るレヴィン。
ちなみにベネディクトとシーンは、何とか魔法陣なしで火を起こそうと悪戦苦闘している。
「へ? ヴァイスって弟がいるのか?」
「ああ、言ってなかったか? 弟が二人いるよ。特に末っ子は大人しくて細かい作業が好きだから、この仕事に向いてると思うんだよな」
鼻の頭をかきながら、照れくさそうに話すヴァイス。
「まぁ、実際の仕事とは別に経営の才能が必要なんだ。誰でも勉強さえすればなんとかなるだろ」
ダライアスは一般中学にも行かず、農作業を手伝っているので、騎士中学に通っているヴァイスに贅沢言うなと言いたいのかも知れない。
「ダライアスの家はどうなんだよ?」
「ん? 俺の家はの農民の家系だからな。畑を耕して生きていくさ。今も妹と一緒に手伝っている。まぁ妹は小学校に行っているから今はまだ少ししか作業できないけどな」
「でも一流の冒険者にでもなれば、稼ぎは良いって聞くぜ? 農家を止めたっていいんじゃないか?」
「そうかもな。まだ一流になれるって決まった訳じゃない。まだまだ駆け出しなんだぜ? 俺達は」
そうなのだ。本格的な活動は夏休みに入って初なのである。
レヴィンは、皆に気を引き締めていこうぜ!と喝を入れる。
こうして、夜は更けていくのであった。
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