家に到着して、扉を開けるとクロエが思いっきり飛び出してきた。
「どーん! 兄ちゃんお帰りーー!」
胸の辺りに体当たりされ、ゴフッと咳き込むレヴィン。
「ああ、ただいま。良い子にしてたか?」
「そのセリフ……お父さんみたいね」
リリナがからかうようにそう言った。
「レヴィンはお父さん? いいえ、お兄ちゃんです!」
何が面白いのか、わはははと笑いだすクロエであった。
「楽し気……」
本当のお父さんであるグレンが居間に入ってくるなり、ぼそりとつぶやいた。
「クロエ、お父さんはあっちだぞ。行けー!」
「ははははは。突撃ーーーーー!」
楽しそうに振る舞うクロエを見て、レヴィンは心の底から安堵していた。
両親を失ってまだ、わずかな時間しか経っていないのだ。
この少女の心の傷はどれほどのものであろうか?と心配するレヴィンであった。
グレンもリリナも、クロエが健気にはしゃぐ姿を見てすぐに彼女の事が気に入ったようだ。
グレンは、クロエを抱っこすると、亜麻色の髪を優しく撫でた。
そこへ、リリナが少し厳しめな声で尋ねた。
「あなた、最近、クロエちゃんと遊んでばかりいるけど、仕事は大丈夫なの?」
「うッ……」
図星だったのかグレンが言葉に詰まる。
「少しくらい大丈夫じゃない? 僕がもらった報酬もある事だし」
レヴィンがフォローすると、グレンはクロエを降ろすと真面目な口調で言った。
「いや、お前はこれから領地経営していかなきゃならん。お金はその時のために取っておきなさい」
「なーに偉そうに言ってんの! それは当たり前でしょ!」
リリナに叱られるグレン。
そんな微笑ましい二人にレヴィンはお礼を言う。
「ありがと」
「クロエもありがとー!」
クロエもお礼を言っている。おそらく意味は解っていないだろう。
リリナが温かい番茶を出してくれたので受け取って床に座る。
始めは椅子に座っていたのだが、レヴィンの啓蒙活動によって床に座る事も受け入れられてきたのだ。
「そう言えば、帰りに何かデモやってたよ。たぶんマルムス教だな」
「何だか最近、物騒になってきたねぇ……」
「自由と平等、博愛を謳っているらしいな。貧困層に割と人気があるらしいぞ?」
二人共知っていたようだ。
「農民やスラムの人達を惑わす邪教だって神殿のお偉いさんはカンカンらしいな。でも王国としては穏便にすませたいらしくて随分下手に出てるって話だ」
「博愛を謳ってるくせに、よく街で暴れてるって聞くねぇ……。クロエちゃん、お外で遊ぶときは遠くに言っちゃ駄目よ!」
「あい」
リリナはあまり良いイメージがないらしい。言葉は辛辣だ。
クロエも何か察したのか神妙な面持ちをしている。
ちなみに神殿というのは、主にマグナ教の施設を指す。
神殿や教会は、大抵、街に一つはあり、司教や神官などによって運営され、慈善活動なども行っている。
マグナ教の総本山が神聖アルヴァ教国の大神殿である。
神聖アルヴァ教国は、ルニソリス歴元年に成立した国家だが、宗教としてのマグナ教自体は、旧暦の頃から存在している。
最古の宗教勢力の一つである。
「新旧の宗教勢力が対立しているのか……。マルムス教は知らんが、神殿は武力を持っているからな。衝突しなければいいんだが……」
グレンが不安げな顔をしてつぶやいた。
「マグナ教って確か、旧暦の頃からあるんだよね? 神学の授業でやったな」
「ああ、そうらしいな。でも冒険者やってた時、大変だったよな? 一時期パーティを組んでたヤツが神官で、「お前らは神聖魔法の効きが悪い」っていつもボヤいてたな」
「あったわねぇ。神聖魔法は、絶対神ソールへの信仰心の度合いによって効きが違うらしいから……」
「何それ!? じゃあ、全く信じていない人はどうなるの?」
「少しは効果はあるらしいぞ? まぁ聞いた話だが、神の慈悲による効果らしい」
「ふーん。効き目が違うなんて初耳だな。授業でもやってないよ」
「それはあれだろ。絶対神様の心が狭いとか言われないように配慮してるんだろ」
レヴィンの家では、絶対神への信仰はない。
ソールも唯一神ではなく、多くの神のうちの一柱という認識である。
「なんでも洗礼って言う信徒の誓いの儀式みたいなものもあるって聞くね」
マグナ教では、洗礼で神への信仰を証明する事によって信徒と認められるのである。
「さ、このままじゃ宗教談義でお腹いっぱいになっちゃうわよ。クロエ! 夕食の支度をするよッ!」
「あいあいさー!」
クロエの元気な声が家中に響き渡った。
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