フレンダ達の準備ができたようなので、直ちに出発する事にした。
天気は快晴。フレンダの新しい出発にふさわしい朝だ。
マイセンは今日、レヴィン達がフレンダを連れて出発する事は知っている。
完全な証拠はないが、状況証拠はあるし、ウォルターも自分の耳で聞いている。
と言う訳で、レヴィンはマイセンと神殿が黒幕だと考えている。
父と弟を亡き者にする事に成功したマイセンが次にとる行動は、フレンダを神殿に差し出して全ての罪をなすり付け抹殺する事だろう。
今、家を留守にしているのも、レヴィン一行を捕える準備をしているのだと思われる。
レヴィン達を見送りに、使用人達が邸宅の前に整列している。
その中には、フレンダが連れて行きたいと言っていた、ドルトムット夫人の姿もあった。
「夫人!? 一緒に行かないのですか?」
「私にはデイヴ様を弔って、墓を護る義務があります。レヴィン様……フレンダとルビーの事……頼みましたよ……」
その言葉にレヴィンは二の句が継げない。
しばしの間、レヴィンと夫人は視線を交わしあう。
その瞳に強い意志を感じたレヴィンは、軽く目を閉じた後、再び真っ直ぐに夫人を見据え言った。
「お任せください。このレヴィン、約束は決して違えませぬ」
隣りではフレンダがバーバラとの別れを惜しんでいる。
彼女はフレンダの数少ない理解者の一人だ。別れるのは辛いだろうとレヴィンは両者の心中を察する。
「バーバラさん、良ければあなたも王都へ、そしてナミディアへ行きませんか?」
「え? 私がですか?」
「フレンダ嬢もあなたに来てもらえば頼もしいでしょう」
バーバラがフレンダの方をチラリと一瞥すると、フレンダもレヴィンの提案に顔を輝かせている。
しかし、急過ぎる提案である。身軽な冒険者ではなく、彼女はこのドルトムットに居を構えているのだ。
「そうですね……折りを見て訪問させて頂きます」
レヴィンの思った通り、色よい返事は返ってこなかった。
フレンダは残念そうな顔をしてつぶやいた。
「残念ですわ……」
「フレンダ嬢、仕方ないですよ。道中に襲撃を受けるかも知れないんだし危険には巻き込めない」
レヴィンは少し狡い言い方をする。
「襲撃?」
「はい。マイセンと神殿から追手がかかると思います。間違いなく襲撃されるでしょう」
「しかし、兄が妹を襲うなど……」
「フレンダ嬢に絡む全ての事件の元凶はマイセンと神殿です。マイセンのフレンダ嬢に対する態度はご存知でしょう?」
「……確かに……では私も途中までフレンダを護衛しましょう」
「本当ですか!?」
フレンダが喜びの声を上げる。
「では、時間が惜しいですし、出発しましょう」
ドルトムット夫人とルビーがまだ名残惜しそうにしているが、レヴィンは出発の下知を出す。
全員が馬車に乗り込むと、列になって城門の方向へと走り始めた。
馬車は、レヴィンで一台。フレンダとルビー、オレリア、バーバラで一台。荷馬車一台に、屋敷に襲撃に来た闇ギルドの捕虜三人を手足を縛って乗せ、監視役のウォルターが乗る。
もうこの街ともお別れかと、名残惜しそうにレヴィンは水の都を窓から眺める。
しばし感傷にひたっていたレヴィンであったが、良く考えてみると、ろくな思い出がねーなと心の中でつぶやいた。
まともに視察できたのは初日くらいであろうか。
レヴィンは少し遠い目をしながらボーッとしていると、城門へさしかかる。
レヴィンは、城門の手前にエイベルとアニータの姿を見つけて馬車を停める。
「エイベルさん、アニータさん、おはようございます。今日はありがとうございます」
「いや、王都までよろしく頼むよ」
そう挨拶をかわすと、レヴィンの馬車に乗り込む二人。
そして、そのまま城壁外へと出ようと馬車を発進させる。
街から出る場合は特に止められないはずだと思い、レヴィンは馬車の中でくつろごうとしていると、急に馬車が停車する。
見逃される訳ねーよな、やっぱりと思いつつ馬車から降りるレヴィン。
降りると、御者と衛兵が何やら言い争いをしているのが見える。
「どうした?」
「それが、ナミディア卿の馬車を通すのはまかりならぬと言われまして……」
レヴィンはそれを聞いて、衛兵の方に向き直るとうんざりした口調で言った。
「早く通してもらえませんか? 急いでいるんですが」
「ならん。ドルトムット家から通達が出ている」
「その通達は無効ですよ? ドルトムット卿は昨晩亡くなられましたから」
「は!? 今なんと言った!?」
「だからドルトムット卿は亡くなったんです」
「嘘を申すな! 通達が出たのは今朝なんだぞ!」
馬車が停まって、ウォルターも駆けつけてくる。
「それが貴族に対する態度かッ!」
やり取りを聞いていたのだろう。彼はレヴィンの傍に来たかと思うと衛兵に一喝する。
それを聞いてようやく気づいたのか、その衛兵がレヴィンに謝罪する。
「も、申し訳ございません! 言葉が過ぎました!」
「ならば、早くここを通して頂きたい」
「しばらく待って頂けませんか? 確認致します故……」
「今から確認していては時間がかかり過ぎます。ちょっと通りますよ」
レヴィンはそう言うと、フレンダの馬車の御者に行って先に進ませる。
更にレヴィンの風神仕様の馬車の御者にも先に行くように指示を出す。
「お待ちくださいッ!」
「どうしたッ! 騒々しいぞッ!」
レヴィンが、馬車二台を先に行かせて自身も荷馬車に乗ろうとしていたその時、衛兵隊長が詰所から出てきた。
「それが、例の通達ですが、ドルトムット卿から出されたものではないと言われまして……」
「何を馬鹿な事を言っておる。ドルトムット卿からでなければ誰から出されると言うのだ……ってちょっと待てい!」
しゃしゃり出てきた衛兵隊長をスルーして荷馬車を進めようとしていたレヴィンにちょっと待ったコールがかかる。
何? お見合い企画の参加者なの?とレヴィンは心の中で突っ込みを入れる。
「なんですか? 急いでいるんですが?」
「まだ、通過の許可は出しておらん。しかし、通達がドルトムット卿から出されたものでないと何故言いきれる?」
するとレヴィンは嫌そうに衛兵隊長の方を見ると、これまた嫌そうな口調で言った。
「ドルトムット卿の死に立ち会ったからに決まってるじゃないですか」
「!?」
絶句する衛兵隊長。
「私達は先を急ぎますので、ドルトムット家に使いをやって私の言った事が嘘だったなら、追撃なり何なりしてください」
そう言い放って、レヴィンとウォルターは荷馬車に乗り込む。
そして、御者に前の馬車に追い付くよう指示を出した。
その場に取り残された衛兵隊長と衛兵は、しばらくポカンとしていたが我に返ると隊長が指示を出す。
「ええい! すぐにドルトムット家に確認だッ! 急げッ! 他の者は出撃準備にかかれッ!」
その言葉に、衛兵は、面倒臭い事になりませんようにと心の中で思いながら馬を走らせた。
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