今日から六月だ。だからと言って何か変わる訳でもない。
リリナの出産予定まで後、一か月となったくらいだ。
学校の授業にも大分慣れた。しかし、小学校と違って貴族がいる分、少し面倒臭い。
彼等との付き合い方が将来にも大きく関わってくるのだという。
確かにお茶の誘いが半端ない。まだ、誘いに乗った事はないが、これからはもっと交流していくべきなのかも知れない。
どうせ将来、冒険者になるのだからコネクションなど関係ないと思っていた時期が僕にもありました。
大人って色んなしがらみの中で生きているのね。二十四歳にしてやっと解ったよ……。
もちろんこの年齢は前世でのものだが。
黒魔法の授業も楽しい事が多い。特に知らない魔法を教えてもらえるというのは素晴らしい事だ。
神代の言語で描かれた魔法陣を覚えて、さらにイメージの中でそれを再現するのは多少難儀だが、今のところ問題ない。
昨日の豚人戦でも新しく覚えた魔法が役に立った。
一年で習う魔法ですら使いこなせない者が多いのには驚いたが、よく考えたらあんな殺傷能力のあるものをポンポン覚えられる世界というのもどうかと思う。
後は、魔力具現化装置というものを使って模擬戦をする授業も中々楽しい。
デュエルスタンバイッ!ってな感じの装置を使って試合を行う。
いや、説明になっていないとか言わないで欲しい。
装置の原理はよく解らない。
魔導士同士で魔法による戦闘なんぞを行ったらそれこそ死人が出かねない。
それを回避すべく、この装置が作られたという事だ。
魔力によるかりそめの霊体を作り出し、それを操って相手の霊体を倒せば勝ちというもので、魔力操作が上手くできないと零体を上手く操作できず簡単に負けてしまう。
昔、狩りの時に、魔法を使わずに手から火を出した事があったがあれの応用である。
体内の霊子回路と呼ばれるものを鍛える事にもなり、魔法の操作が上手くなるだけでなく、威力も上がる。そして対魔導士戦を疑似体験できるのだ。霊子回路については、名前を聞かされたくらいで深く習うのは、まだ先の話らしい。
なんでも人間や、魔物以外の生けとし生ける者――例えば獣などだが――に備わっている器官らしく、それの複雑さや太さが本人の能力に直結するようだ。
ちなみに魔物などは暗黒子回路を持っているという話だ。魔法を扱うには本来ならば暗黒子回路を持っていた方が良いらしい。
七月末には夏休み前の試験が待っている。魔法の実技試験や一般教養の科目の試験がある。
一般教養と言っても小学校のものよりはレベルが高い。
気は抜けないが、この世界に来てから新鮮な事ばかりなので、もの覚えは良い方だと思う。きっと試験も大丈夫だろうと考えている。
本日の午前の授業は黒魔導士の選択授業と、アウステリア王国史だった。
ちなみに選択授業は毎日ある。中学は魔法専門の学校なので当たり前と言えば当たり前である。
昼休みになり、弁当を食べ終えて教室でロイドやモーガンと話をしていると、派閥の話になった。
モーガンも貴族子息で男爵家の次男にあたる。
「派閥? この学校にも派閥が存在するのか?」
「ああ、今、ニコラスの派閥が、フィリップの派閥と揉めているらしい」
今、一番のホットな話題だ、とモーガンが話している。
「どんな場所にもヒエラルキーってできるもんなんだな」
レヴィンは思ったままを口にする。
「で? なんで対立しているんだ?」
「いやたいした理由じゃないと思う。どこどこのどいつが気に食わないとかそう言うレベルさ。子供だよね」
「いやでも第四王女殿下が絡んでるって話も聞いたぞ」
「なんで王女様がでてくるんだ?」
レヴィンは人間関係に疎い。
「ニコラスもフィリップも王都の邸宅で大規模なパーティをするらしい。そこに王女殿下も誘われているらしい。パーティは同じ日に行われるそうだ」
「二人の爵位ってなんなんだ?」
「ニコラスもフィリップも父親は伯爵だよ。それなりに大きな力を持つ貴族だから王女殿下も無碍にはできないって話だ」
モーガンはどこからそんな情報を仕入れてくるのだろう、と疑問を抱くレヴィン。
「面倒臭い話だ。ちなみに俺ってどう見られてんのかな?」
レヴィンが素朴な疑問を口にする。
「なんでそれを俺達に聞くんだよ。一番解ってるのはレヴィン自身だろ?」
「いやーそれが、色々と茶会やパーティに誘われたりしてるんだけど、まだ一回も参加した事なくてさ」
「そうだね……。ベネディクトと仲良いんだから、彼でいいんじゃないの?」
ロイドが苦笑いをしながらそう告げる。
そんな話をしていると、どこからともなくベネディクトが現れる。
「やぁ、午後の授業は一般教養ばかりだね。眠くなりそうだ」
「お疲れ。今丁度、君の話をしていたところなんだ」
何故、それを言う。モーガン。
「僕の? いったいどういう話だい?」
不思議そうに返すベネディクト。
「派閥だよ。あと、お茶会とパーティの話。」
「派閥か……面倒臭い話だよね。お茶会と言えば、レヴィン、正式に家に招きたい。遅くとも夏休み前までには参加してくれないかな?」
「まぁ、前にアリシア達と行くって言ったしな。問題ない」
レヴィンはアリシアとシーンも一緒だと思っているため、余裕の表情だ。
「一応、僕の誘いって言うより、父の誘いなんだけど……」
「え? そうなの? なんでベネディクトの親父さんの名前が出てくるんだよ」
「いや、例の事件の事もあるし、君に興味があるらしい。直に正式な招待状が届くと思うよ」
「マジか。なんか緊張するんですけど……」
「ちなみにそのお茶会には君しか呼ばれないと思うからそのつもりで」
「」
レヴィンは絶句する。
(俺、何かマズい事したっけ? 事件で目立ち過ぎたか?)
実は、ベネディクトが家で父親にレヴィンの話ばかりしているからという事を彼は知らない。
「それじゃあ」と言い残してベネディクトは自分の席に戻って行った。
後には、放心状態のレヴィンと、彼に同情の視線を寄せるロイドとモーガンだけが残った。
「ま、まぁ気にしない方がいいよ……ベネディクトが主催の方のお茶会は僕も行くからさ。」
ロイドのフォローが固まったレヴィンの耳に虚しく届く。
その時、昼休み終了の鐘が鳴った。
その無機質な鐘の声には諸行無常の響きがあった。
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