年末に狩って来た肉は食べる分以外は、一部は物々交換で野菜や果物に代わり、また一部は干し肉などの加工品に姿を変えた。
おかげで年末年始は豪華に過ごす事ができた。
誕生日と同じくグレンの家とアントニーの家の合同パーティで、年明けを迎えたのであった。
食べ盛りの子供が三人もいるのだ。食べ物の消費量は推して知るべしであった。
この国は年始の三が日と言う概念はない。
一月一日は祝日でお休みだったがすぐに学校が始まり、日常を取り戻した。
ちなみに冬休みはない。
しかし、小学校三年の一月ともなるとそれほど授業もなく、受験勉強のために自習が行われている事がほとんどであった。
ただ、先生は生徒の質問攻勢に追われ忙しそうである。
そんな一月ももう終わり、二月にさしかかろうとしていた。
レヴィンの推薦入試の面接と実技試験もあっさり終わった。
推薦入試に失敗した場合は一般入試に切り替えなければならないため、結果が出るのは早い。
一月末にはレヴィンの合格が決定したのであった。なのでもうほぼ自由登校でも構わないと先生にも言われた。
今はまだ残っている一部の授業の他には、自習時にアリシアの勉強を見てあげている。
アリシアも優等生であったので、どれほど役に立っているかは解らなかったが。
二月に入り、レヴィンは平日にも係らず森に来ていた。
アリシアにはレヴィンが学校に来ている事にしてもらっている。
グレンにはまだ一人で森に入る事は認められていないからだ。
この事が知れたらしばらく外出禁止令なんてものがだされそうでちょっと不安ではあったが。
王都は冬場でも雪が積もるほど多くの雪が降る事は少ない。
今日も天気は晴れで森に雪もほとんど残っていなかった。
レヴィンは春休みにはまだ少し早いが、冒険者ギルドで依頼を受けてみる事にした。
はぐれ小鬼の討伐依頼である。
実はこの依頼、一度撤回されていたようだ。
以前に見た時の依頼は他の冒険者によって受注されたらしいのだが、結局それらしい小鬼が見つからずに期間が満了してしまったため、依頼は失敗に終わっていたようである。それが最近また森の入り口周辺で数体の小鬼が目撃されるようになったのだという。
冒険者達も酔狂で魔物を狩っている訳ではない。
依頼を受けていないのにむやみに魔物を狩る事はあまりないし、攻撃を受けてもいないのに進んで殺す事もしない。
今回は小鬼が街道まで出てきていたところを商人の馬車が通りかかって発見し、冒険者ギルドに通報した事から依頼が出される事になったようである。ちなみにその商人が依頼を出した訳ではない。治安維持のため、冒険者ギルド自体が依頼をした格好になる。
レヴィンは森の縁を何度か往復して、はぐれ小鬼の集団を探していた。辺りには、他の冒険者や旅人らしき人の姿も見える。
何度往復しただろう。用意していた昼ご飯――と言っても干し肉だが――を食べて、今日は他の魔物を狩ってから帰ろうかと思い始めていた時だった。
王都から南西の森の縁を歩いていると、森の中から三匹の小鬼が姿を現したのである。
これ幸いと、少し距離を取った状態で小鬼の前に立ちふさがる。
しかし、ここでレヴィンは衝撃を受ける事になる。
「グギャ!お前何者ダ!俺達を狩りにキタのカ!?」
(しゃべったぁあああああ!?)
なんと小鬼がしゃべったのである。
小鬼が人語を解するなんて聞いてない。
学校では教わっていない。
脳内で言語の授業について思い出す作業を開始する。
確か記憶にあるのは、ルニソリス歴645年に世界の口語、文語を含む様々な言語が統一されたという事だ。
しかし魔物までしゃべるなんて事は少なくとも学校では習っていない。
混乱も収まらないまま、レヴィンは質問をしてみる事にした。
「いや。違う。少し話をしたいんだがいいだろうか?」
「ナンダ?俺達に話す事ナドなイ!」
「まぁまぁそう言わずに。お願いだ」
すると別の個体が最初に話していた個体に話しかける。
「別にイイじゃない? ワタシ達を狩ル気がないって言ってるし……」
こちらは女性のようだ。小鬼のしゃべる言葉はところどころアクセントがおかしかったりする。決して流暢な言葉ではなかった。
「大人は言っていル。人間は残虐だト。話す事などナいッ!」
「残虐ならコウやって話しかけたりしないデしょう?」
「ぐぬぬ……」
頑張れ女の子! 負けるな女の子! レヴィンは心の中で応援する。
その後、小鬼同士の間で何回かのやり取りした後、観念したのか、最初に話しかけてきた個体が口を開く。
「……何ダ? 何が聞きたイのダ?」
「いつから人間と同じ言葉を話せるんですか?」
「そんな事は知らン。昔からダ。そもそも俺は人間と初メテ話す」
「名前とか聞かせてもらってもいいかな? 俺の名前はレヴィンという」
「グギャ。名前など教える気はナイ。何が目的ダ?」
「イイじゃなイ? 向こうも名乗っているんだから。ワタシの名はメリッサよ」
「ぐぬぬ……。俺の名前はギズだ。もう一人の名前はジェダと言う」
どうやらイニシアチブを握っているのは女性のようだ。
話の分かる個体で良かった。
「ありがとう。君達は大人なんですか? あと、年齢はいくつですか?」
あまり刺激しないように丁寧な言葉を選んで話しかける。
色々聞きたい事がある。知的好奇心と言うヤツだ。
「我々はまだ子供ダ。年齢はよく解らない……。たぶん生まれてから十二年位ダ」
(タメかよッ!)
「最近ここら辺を移動しているみたいだけど、何か目的でもあるんですか?」
「色々、冒険してイルのダ。今日はここら辺に生えていル、モエニの草を取りにキタのだ」
モエニの草とは前世界でいうヨモギのような草の事だ。
香りも良いので、人間も食用や薬として用いている。
「冒険ですか? 冒険はいいですよね。僕も大好きです」
すると、ギズは笑って言った。
「グギャギャ! 気が合うナ人間。レヴィンと言ったか」
ここらで既にレヴィンは小鬼を狩る事など諦めていた。
人語を解する相手を殺すのはなんだか嫌だったのだ。
依頼は失敗になってしまうがそこら辺は特に気にしない。
結局見つからなかったと言い訳すればいいかと思った。
「街道沿いは他の冒険者や旅人が通る。もう少し森の奥に行って話しませんか?」
「そうダナ。人間に殺された仲間は多いらしい。奥に行コウ」
かくいうレヴィンも一匹、いや一人の小鬼を殺した事がある。
話せると知っていたなら話かけていたのに。レヴィンはあの時、問答無用で魔法を放った事に罪悪感を抱く。
しばらく共に森の中を歩くきながら会話を続けた。
「君達は小鬼族であっていますか?」
「そうヨ。ワタシ達は小鬼族。レヴィン、そんなに丁寧に話さなくていいノよ?」
丁寧に話している事は伝わっていたかと小鬼の知的レベルを考察する。
「解ったよ。仲間達は人間の事を恨んでいるの?」
「恨んでイル者もいるが、ワタシ達のヨウに人間について特に知識を持たナイで、何とも思っテいない者もイル」
「グ……。俺ハ人間を恐ろしい種族だト思ってイルぞ!」
メリッサの言葉にギズは異論を唱える。
だがレヴィンは特に気にせず続けた。
「どういう生活をしているんだ? 集落にはどれ位の人数が住んでいるの?」
「獣を狩ったり、木の実を集めたりしている……」
集落に関しての質問には答えない。警戒しているのだろう。
その時、ずっと黙っていたジェダが初めて口を開いた。
「村のコトなど聞いテどうするつもりダ……?」
やはり警戒している。
「別にどうもしない。興味があるだけだよ。できれば村に行ってみたい気もする」
レヴィンは本音で話した。
「本気か!? 村の場所ヲ教えたら人間は我々ヲ殺しニやってクルだロ!」
「俺は殺さないッ! 小鬼族は人間と商売なんかの取引とかをしていないのか?」
「ググ……。お前がソウだとしても他の人間はチガウダロウ……? 取引しているカは解らナイ」
確かに、他の人間が小鬼の村の場所を知れば滅ぼそうとするだろう。
果たして小鬼族が人語を解するという事実をどの程度の地位までの人間が把握しているのだろうか?
少しランクが上の冒険者なら知っていそうだ。支配者階級もそうだろう。
商人なら金が稼げれさえすれば、良好な関係を築こうとする者も現れそうではある。
「そうだな……。村に帰ったら大人達に聞いてみてくれないか? 俺を村に招き入れてくれるかどうかを」
レヴィンは決して前世で博愛主義に目覚めていたとかそういう事はない。
ただの知的好奇心と、人語を解するという事実で情がわいたというそれだけであろう。
人語を解する魔物は殺さないで、解さない魔物は殺すのか?
これは偽善なのか?と自問するレヴィンであった。
「解ったワ。聞いてみル」
「あと、あまり街道に出てこない方がいい。森の人の手の入っている部分にもだ」
「ウム。そうしよウ」
「また会えるか?」
「そうだナ。お前なら俺達の秘密基地を教えテやろう。そこに来れば会えるだロウ」
そう言うと、ギズはもうしばらく森を分け入った先にある秘密基地の場所を教えてくれた。
レヴィンは小鬼達に別れを告げると、森の出口に向かった。
今日はもう魔物を狩るのもやめだ。なんだか疲れてしまった。
これからは尾行にも気をつけないとな、と思いつつ帰路につくレヴィンであった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!