翌朝、レヴィンは、馬車にも乗らず、一人でドルトムットの邸宅を出た。
ウォルターはレヴィンの指示で別行動である。
大通りまで歩いて呉服屋を見つけると、彼は貴族服から平民の服へと着替えて外へとくり出す。
街の視察がてら、フレンダを取り巻く状況を確認するためだ。
聞き込みなんてやった事のないレヴィンであったが、冒険者だと言っておけば何とかなるだろうと行動を開始した。
とりあえず、最初は冒険者ギルドへと向かったのだが、途中で広場に人だかりができている事に気づく。
昨日の弾劾集会のようなものがまた行われているのかと思い、顔を覗かせると、そこには予想通りの光景があった。
朝っぱらからご苦労なこって。暇なのかな?
「ドルトムット家のフレンダは魔女だッ! 魔女は干ばつを起こし、疫病を呼び込むッ! そして我らが神殿の敵であるッ!」
木製の台の上に立ってフレンダを弾劾している。昨日と同じ光景だ。
毎日行われているのだろうか?とレヴィンは不安になる。
隣りにいた、頭に手ぬぐいを巻いた中年くらいの女性にこっそり話を聞いてみた。
「すみません。僕は旅の冒険者なんですが、ドルトムットのフレンダって言うのは、そんなに悪いヤツなんですか?」
女性は、こちらを胡乱気な目で見つつも、話し相手が欲しかったのか、話始めた。
「フレンダってのは、ドルトムット家の長女でね。中々優しい娘だって話だよ」
「ならどうしてこんな吊るし上げみたいな事になっているんでしょうか?」
「神殿よれば、魔女ってのは色々な災厄をもたらすそうだからね。マグナ教にとって魔女は仇敵なのさ」
「神殿が証拠もないのに、一方的に弾劾していると?」
「なんでも去年の不作はフレンダ嬢が引き起こしたって話だよ。彼女が天に向かって邪悪なまじないをしていたのが目撃されたらしいわ」
「なるほど。目撃したのは誰なんですか?」
「そんな事は知らないよ。ただこの街ではマグナ教の信者が結構いるからね。信じている者もそれなりにいるんじゃないかしら」
レヴィンは女性にお礼を言うと、人ゴミをかき分けて、前の方へと移動し、今度は熱心に話に聞き入っている女性に話を聞いてみる事にした。
「すみません。ちょっとよろしいですか? あの神父が言っている事って本当なんですか?」
その女性は、迷惑そうな眼差しをレヴィンの方に向けながらも、質問に答えてくれるようだ。
「そうよ。ドルトムット家のフレンダは、絶対神ソール様に仇成す魔女なのよ」
「具体的に何をしたんでしょうか?」
「去年の干ばつを引き起こし、使い魔である、黒猫や烏を使って流行り病を起こさせたって話ね。それに昨日、ロマーノ様が亡くなったそうじゃない。とうとう実の弟まで呪い殺したようね」
レヴィンは驚いた。昨日死亡したばかりのロマーノの情報が既に伝わっている辺り、ドルトムット家内部に情報を漏らす存在がいるのかも知れない。
「でも証拠はあるんでしょうか?」
「何を言ってるの? 神父様の言う事なんだから、本当の事に違いないわ」
マルムス教の件で、狂信者の怖さを理解したレヴィンは、盲目的に信じている者も、やはり存在するのだなと納得する。
レヴィンは弾劾の場なら、目立たず情報収集ができるだろうと、他にも聞き込みをしてみる事にする。
何人かに声をかけてみた結果、色々な情報を聞き出す事ができた。
似たような内容が多かったが、ドルトムット夫人はフレンダを生んだせいで、ドルトムット卿に遠ざけられていた過去がある事が解った。魔女の母親と言う事で、神殿からも現在のフレンダのように批判される事が多かったそうだ。
しかし、十二年前に次女のルビーを生んだお陰で、今度は持ち上げられ、神殿からも懇意にしたい旨の使者が訪れるまでになったと言う。理由は、ルビーの職業が聖人だったかららしい。熱い手の平返しにレヴィンは頭が痛くなった。
庶民レベルでは、これ位しか聞き出せないかと、今度は予定通り、冒険者ギルドへと足を運んだ。
午前中ということもあり、中々賑わっているギルド内の掲示板を見た後、飲み屋の方へ行ってみる。
どこの街でも早い時間帯からへべれけになっている冒険者はいるものだ。
カウンターで、二人の冒険者の酔っ払いを見つけたので、隣りに座ってジュースを注文する。
カウンターに肘をついて一杯やっている金髪の男性の首からぶら下がっているのは、ミスリルの冒険者タグだ。
つまり、ランクBの冒険者と言う事である。隣りにいる女性も同じなのかなと思いつつ、思い切って声をかけてみる事にした。
「こんにちは! お兄さんたち、仕事に興味はありませんか?」
「んあー? 仕事だって? こっちは一仕事終えて祝杯あげてんだ。ってなんだ子供か……」
酔ってはいるが、そこまで深くはないようだ。
荒くれ者でもなかったので、こっそり安堵するレヴィン。
「子供がなんのようだい? いやー可愛い子じゃにゃないか」
男性を挟んで向こうにいる女性が噛みながら絡んでくる。別に猫の獣人という訳ではないにゃ。
女性の方は薄緑色の髪に翡翠色の瞳をしている。目がとろんとしているが大丈夫だろうか。
「僕は今度、ドルトムット家に奉公に行く者なんですけど、ドルトムット家のフレンダ嬢っていつも神殿に弾劾されてるじゃないですか? なので心配になっちゃって……ドルトムット家の事を知っておきたいなと思って声をかけさせてもらいました」
「なんだ? ドルトムット家を調査でもして欲しいのかい? お金がかかるぞー。子供に払えるかなー?」
「あ、言い値で払いますんでおっしゃってください」
「「ッ!?」」
レヴィンの予想外の言葉に面食らったのだろう。カウンターに肘をついて頬に当てていた手をどかし、同時にこちらに顔を向ける二人。
「ただし、調査は急ぎでお願いします。どんな些細な情報でも構いません。お願いできますか? 明日の朝、明後日の朝にギルドで会いましょう」
言い値で払うと言った事で、逆に冷静になったのだろう。その後、二人と報酬の交渉したが、たいして吹っかけられることはなかった。
相場は解っていなかったが、余裕で払える額である。むしろ、ためになる情報があれば色を付けてあげるつもりだ。
「それじゃあ、こんなところで飲んだくれておれんな。早速、調査開始だ」
「よろしくお願いしますね」
そう言うと二人は勘定を支払ってギルドから出て行った。
カウンターの向こうでは、バーのマスターが何か言いたげにそわそわしている。
話を聞いていたのかも知れない。と言うか特にこそこそしていた訳ではなかったので、聞こえていたのだろう。
レヴィンはジュースを飲み干すと、次の場所に移動すべく席を立った。
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