夏休みが終わって学校が再開され、二日目。
いつも通りに登校し、教室の前まで来ると、たくさんの人だかりができていた。
教室の前の扉も後ろの扉も中を覗き込む人でいっぱいだ。
レヴィンは「すみません」と言いながら人ごみをかき分けてどうにか中に入る事ができた。
席につくとロイドが「やぁ」と挨拶してくる。
「それにしても何なんだ? この人だかりは」
「皆、君を見に来たんだよ」
「は?」
ロイドを二度見するレヴィン。
レヴィンにとって予想外の回答であった。
耳をすませば、「あいつか?」だの「弱そう」だの「きゃー」だの「調子のんな」だのろくな声が聞こえてこない。
確かに意識すると視線が突き刺さっているような気がする。
迷惑極まりない。
こっち見んなと思いつつ、早く時間が経ってくれるよう祈る。
待ちかねた鐘がようやく鳴り響くと、エドワードが集まっていた人だかりを解散させて教室に入ってきた。
号令をかけ、ホームルームが終わると、久しぶりの授業である。
授業を真面目に受けていると、あっという間に終了してしまうものだ。
すると、再び、どこからか人が集まってくる。
本当に迷惑な連中である。
クラスの皆にも申し訳ない。
これが何度も繰り返される訳である。
トイレに行こうと、移動すると、波が割れるように人だかりが綺麗に二つに分かれていく。
俺はモーセか!と心の中で突っ込みを入れつつ、トイレに向かうと、目の前に大柄な男子が立ちふさがった。
向こうは避ける気はなさそうだ。空いた隙間から先に進もうとすると、その男子はレヴィンの行く手を遮ってくる。
「何か御用で?」
「お前がレヴィンか。なんか調子に乗っているらしいなぁ……」
そんなビッグウェーブになんか乗っていませんが、と心の中で反論するレヴィン。
気が付くと四人に周囲を囲まれているようだ。
どうやら、その男子の取り巻きのようである。
リーダー格の男子がレヴィンの胸元を掴み引き寄せる。
そして威嚇した顔を近づけてくる。
いわゆるガンをつけるというヤツだ。
(近い近い近い)
何が悲しゅうて男子とこんなに接近せなならんのかと思うレヴィン。
彼はいたって健全な男子なのである。
ガンをつけて顔を近づけてくる男は前世でもいたが、気持ち悪いとは思わないのだろうか?
レヴィンは気色悪くてしょうがなかった。
大柄と言っても高々、魔導士である。
力の強さも限られているだろうと思い、胸ぐらをつかむ手の手首を右手で掴む。
そして、思いっきり力を込めると、その男子の顔色がどんどん変わっていく様子がうかがえた。
(いくらレベルが高かったとしても魔導士でレベルアップしているんだから、力の補正は高くないだろ)
顔色が変わっても手首を掴む力は緩めない。
そのうち、その男子は「ぐぅう……」とうめき声をあげながら胸ぐらから手を放すと膝をついてしまう。
その手は紫色に染まっていた。ズクズク色だ。いったいどこのデブ崎だろう。
取り囲んでいる野郎共も顔色が悪いようだ。
口々に何か叫んでいるが気にしない。
「おい、やめろッ!」
そのうちの一人がレヴィンの肩を突き飛ばす。
手を放すと男子はうずくまってしまった。
「貴様ッ! この方がゲメナストス侯爵家のご嫡男と知っての狼藉かッ!?」
「知るか」
そのまま無視してトイレに直行するレヴィン。
追ってくるかと思ったが一向に誰も来ない。
用を足して教室に戻ろうとすると、まだ先程の何たら侯爵のご嫡男様がいた。
その横をさっさと通り過ぎようとすると、ご嫡男様が「てめぇ……覚えてろよ……」と三流悪役ムーブをかます。
もちろん華麗にスルーして教室に戻るのであった。
席につくと、ロイドが心配の声をかけてくる。
「なんだか廊下が騒がしかったけど大丈夫だった?」
「ん? 問題ないよ」
そして鐘が鳴った。
何事もなく三時限目も終了する。
午前中の授業も全て終わり、昼休憩に入る。
レヴィンはいつも通り、ロイドとアリシア、シーンとともに学食へ向かう。
当然、学食内でも視線の集中砲火であった。
流石に近寄ってくることはなかったが、チラチラ見られているのがよく解る。
レヴィンが弁当を食べ始めると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ふッ! お久しぶりねッ!」
「あ、エレノーラさん。お久しぶりです」
「しばらく見ない間に色々あったようねッ!」
「お陰さまで色々ありまして……」
「ふッ! あまり調子に乗ら……乗っていないようねッ! 感心感心」
レヴィンの様子を見て言い直すエレノーラ。
「乗りませんよ。謙虚が僕のモットーです」
「まぁ、人の噂も彼岸までって言うしねッ!」
格言がごっちゃになっている、エレノーラに突っ込みをいれようか迷っていると、彼女が続けて話し始める。
「あなた、せっかく貴族になったんだから、お友達と生徒会に入りなさい」
「何だか久しぶりに勧誘を受けた気がします」
それだけ夏休みが長かったのだろう。
「封土までもらったそうじゃない? 生徒会の活動が領地経営の役に立つかも知れないわよ?」
封土をもらった事は学校で周知されていないと思うのだが、彼女も貴族である。
親から情報は入ってきているのだろう。
「そうですね。何かあったら声をかけてください。手伝える事があるかも知れません。忙しくて中々機会がないかも知れませんが……」
「ふッ! 殊勝な心がけね。ではそうさせて頂くわ」
そう言うとくるりと踵を返して颯爽とエレノーラは去って行った。
「今回は素直に聞いてたねッ! レヴィン」
アリシアが珍しいものを見たかのような表情を見せる。
「そうだな。実際、何が街造りの役に立つか解らないからな」
そう言うとレヴィンは昼食を再開した。
午後からは至って平穏な時間が流れ、レヴィンも授業を楽しんでいた。
野次馬は、まだいるものの、教師から注意があったのか幾分数を減らしていたのだ。
五時限目は職業学の授業であった。
眠たそうな顔をしている、白髪白髭の先生だ。
声まで眠たそうなので、こちらまで睡眠に誘われると言う罠を無意識のうちに仕掛けてくる。
「今日は神聖魔法を使う職業について教えよう。神聖魔法とは、主にアンデッドや悪魔、魔神に特効のある魔法のことじゃな。マグナ教の絶対神の御業と言われておる」
「先生!」
いきなり質問をする生徒がいるようである。
向学心があるヤツだ。
「質問か? 今からいいところなのにのう。で、何?」
「は、はい。アウステリア王国は多神教だと思うのですが、マグナ教の神様はそんな国の国民でも効果を与えてくれるんでしょうか?」
「良い質問ですねぇ……」
「神聖魔法の効果は、絶対神ソールへの信仰心の度合いによって変化すると言われておる。まったく信じていない人でも多少は効果はあるようじゃが……。この中に神官の子はおるか?」
「……」
「うーん。おらんか。まぁいいか。マグナ教は洗礼と言う、神への信仰を証明する儀式を行う事によって信徒になると言う。この国ではマグナ教を信じる者が少ないので神聖魔法の回復魔法より、白魔法の回復魔法の方がよく使用されておる。神殿にも色んな事情がありそうじゃのう……おっと話がそれてしまったが、これでよいかの?」
「は、はい。ありがとうございました」
「神聖魔法の使い手として基本的な職業と言えば、神官じゃな。神官はLv2の神聖魔法まで使用できる。なお、アイテム士Lv2で職業変更可能じゃ。次は司祭じゃが、これはLv5までの神聖魔法を使う事ができる。司祭Lv5で司教に職業変更できる。そして司教じゃな。これは神聖魔法Lv8まで使用可能じゃ。最後に聖人じゃが、これは司教Lv8で職業変更できる。能力は『神聖化』と言って、攻撃に神聖属性を付与できるすごいものじゃ。殴って魔族を倒せるんじゃぞ!これは燃えるのう!」
一気にしゃべって疲れたのか、肩で息をしている。
「ふぅ……。後は、神官騎士じゃな。Lv5までの神聖魔法と騎士剣技が使える。神官Lv5、騎士Lv5で職業変更可能である」
「ここまでで何か質問はあるかの?」
「……」
「ふむ。ないようなので次に進もう」
こうして授業は進んでゆく……。
そして久しぶりの授業は終わりを告げた。
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