カルマを出発して五日。
かなりゆっくりとした進行だったので、普通より多く日数がかかってしまった。
ユーテリア連峰から魔の森を通って流れてくる川の辺りに到着したのだ。
以前通った時、都市を造るのなら、ここら辺だなと思っていた場所だ。
草木が繁茂し、春の花々が咲き乱れている場所もある。
豊かな大地のように見える。三角州地帯もあり、上流の間の森の方には湿地帯が、下流の方には干潟らしきものも存在していた。
水害に備えて治水を強化する必要はあるだろうが、良い田園地帯になりそうな予感がする。
目的地に到着した事を知らせて回ると、最初に何か挨拶をと家宰候補のルーファス・スパイアーズから促される。
ご丁寧に木箱を重ねて台のようなものまで用意し出した。
レヴィンは、木箱に乗ると、一つ咳払いをしてこう言った。
マイクなのないので、大きな声で話すことにする。
「あーあーテステス。皆さん、たいへん長い旅となりましたが、ようやく目的地に到着しました! 皆さんの苦労をねぎらいます。これからは更に苦労を重ねる事になるでしょう。困難が待ち構えている事でしょう。しかし、我等には、この土地に都市を作り上げると言う大きな目的があります。我々の力を総動員して、この難しくも楽しい作業にかかりましょう! 皆さんの顔を見れば、英気がみなぎっているのが一目で解ります。この事業の成功と、都市の繁栄は約束されていると言っても良いでしょう! 私はこの地を『ナミディア』と、そしてこの大河を『藤川』とと命名するッ! ナミディアの興廃は、皆の働きにかかっているッ! 各員、一層奮励努力せよッ! 以上ッ!」
即興で考えたセリフだったが、予想外にウケたようだ。
大きな歓声が鯨波のごとく、沸き立ったと思うと人々の熱気が存分に伝わってくるのだ。
この大きな力を御しきれるかどうかはレヴィンの手腕にかかっている。
まぁ、実際は専門家と相談、相談、また相談なのだが。
レヴィンの激励を受けた開拓民達は、打ち合わせを重ねた、各指導者に導かれこの都市を形造っていく事となる。
皆、思い思いに、作業を開始してゆく。
測量を始める者、持って来た木材を用いて、簡易な小屋を建て始める者、魔の森の木々を伐採し始める者など様々だ。
ちなみに最初に用意した木材はマッカーシー領のものだ。彼の領地は林業が盛んなのである。
商人達は、食料品や日用品などを提供する準備を開始し、武器を持った者が各作業員を護衛するために随行する。
大まかに伝えてあった地形と、実際に測量して解った地形を突き合わせて、計画に微調整を加えていく。
レヴィンはナミディアの地を世界一の大都市にすべく計画を始動したのである。
と言っても、途上の馬車の中で、散々打ち合わせを行ってきたし、レヴィン自身が何か造る訳ではないので、思ったよりも暇になってしまうレヴィンであった。
中鬼族は、最初は藤川の――と言っても球児とは関係ない――上流に村を形成してもらう。
中鬼族の上流の村と人間族の下流の村は、発展して最後は、一つの都市として形を成す事となる予定だ。
人間だけではなく、多様性を持った都市の実現が理想郷、ナミディアの悲願なのである。
この藤川は過去に氾濫した形跡があると言うことなので(予想はしていたが)、堤防を設計する作業も開始された。
試案はまとめてあったので、これに沿って実行する。
後は、調整、調整、また調整だ。
また、予想通りの肥沃な大地は田畑にする予定なので、農民や農奴達が開墾を始める。
開墾した場所は全て、開墾した者の所有ではなく、後で、それぞれに土地を与える事になる。
いきなり、墾田永年私財法のような事はしない。いや、墾田永年私財法って言いたかっただけです。すみません。
ちなみに農奴は全てなくすつもりだ。もちろん、長期のスパンで、だ。急激な改革をするつもりはない。
騎士候補の者達もいきなり訓練などしても、何だかシュールな光景になりそうなのでやらない。
雑用や開墾作業を手伝わせている。
開墾、木々の伐採、田畑の形成などの作業を見て回っていると、いきなり問題児がいた。
レヴィンは取り巻きの専門家や護衛達と一緒にこっそりと物陰に隠れる。
「なんで騎士の俺様が農作業しなきゃいけねーんだ」
「何言ってんのよ。開拓が始まったばかりなのに訓練なんかしたらシュールな光景になっちゃうだけでしょーが!」
「とは言っても、農民はまぁ百歩譲っていいとして、農奴とも一緒ってどうなのよ?」
この男――アレク・スチュアートと言う――は、良いとこの貴族の五男坊で散々甘やかされて育ったのでプライドだけが肥大しているのだ。この男のように、跡継ぎたり得ない、次男、三男などが、ナミディア開拓の募集に釣られてやってきているのである。
騎士候補は他の作業の護衛に回った者と、彼等のように開墾作業に回った者で別れていたのだ。
「あまり、くだらない事言ってると騎士団長になんてなれないわよ? あんたは野望だけは大きいんだから……。それに新しい領主様がどんな人かもまだよく解ってないんだからしっかりしなさいよね」
アレクを諌めるのは、アレクと同郷の女性――ケイシー・フリーマンと言う――だ。
諌める辺り、そこそこ仲の良い関係のようである。
そこへ、違う男性が、その会話へ入ってきた。
「ここの領主様ってどんな人なんでしょうか?」
「ああ? そう言うお前は誰なんだよ?」
あからさまに不機嫌な態度を見せるアレク。
「失礼、私は、ブルーノ・アイヒマンと言います。片田舎から出てきた騎士志望の、しがない男です」
「片田舎ってのは、あたし達と一緒じゃない。同僚になるんだから、アレクも態度をよくしなさいよね」
「解ったよ。俺はアレク・スチュアートだ。よろしくな」
態度が改まった訳ではないが、先程よりはマシだ。
「で、さっきの質問だけど、あたし達もよく知らないのよね。平民出の子供だって話くらいかしら」
「平民ですか。ローラン・フォン・アーヴルと言い、成り上がりが流行っているのですか?」
「けッ、俺も成り上がりたいもんだぜ」
「それなら、それなりの努力をしなさいよね」
「鍬なんか持って敵と戦えるかよ」
アレクは武功を立てたいようである。
名前は覚えたぞぉ!アレクぅ!
レヴィンは頭の中にメモして保存する。
その後も、しばらくアレクの愚痴と世間話が続いた。
ずっと隠れている訳にもいかないので、物陰から華麗に登場するレヴィン。
「や、どーも」
あん?とばかりにこちらに目をやるアレク。
ケイシーは誰だか解ったのか、姿勢を正し直立不動になる。
「見回り、お疲れ様です。閣下!」
その言葉で理解したのか、アレクとブルーノも態度を変える。
「手も動かしながらなら話していてもいいですよ?」
「はッ! 申し訳ございません!」
アレクはこんな子供が領主なのかと思っているようだ。
顔に書いてあるのですぐに解った。
レヴィンはまだ十三歳で身長もあまり高くない。一年で成長したとは言え、160㎝くらいである。
まだまだこれからよ!
小言は言わないが、しっかりと注意をしてその場を去る。
舐められない態度が肝要なのだ。こちとら実年齢二十六歳なのである。
その後も地形や土壌などを確認しつつ、作業者達をねぎらっていく。
まだ初日なのだが、ねぎらうのは必要事項だ。
住民と一丸となってナミディアの開拓に取り組んでいくためにも、領主と民との壁をできるだけ低くし、共に歩んでいく姿勢を見せる必要があるのだ。
そして、見回りは魔の森付近の湿地帯を調査している技術者達の下へとやってきた。
すると、何かざわついている。
よく見たら、既に建物がいくつか建てられているのが見えた。
こんなところに建物を造る予定なんてあったっけ?と思いながら顔をのぞかせると、そこには技術者と蜥蜴人が何か言い争っている様子が見て取れた。
レヴィンは、仲裁すべく彼等のところへと足を運ぶ。
「どうしました? 何があったんですか?」
「あ……領主様。実は、この湿地帯の測量や調査を行おうとしたところ、ここに居た蜥蜴人族が文句を言ってきまして……」
助けを求めるような視線を投げかける青年。
レヴィンはその青年と言い争っていた蜥蜴人に言った。
「すみません。蜥蜴人族の首領の方とお話ししたいのですが、呼んできてもらえませんか? 私は人間の代表者です」
「ここは、我等が住んでいた場所だ。こいつらが勝手に何かし始めたのだ」
湿地帯の調査隊に確認を取ったところ、確かに何も言わずに調査を始めたようだ。
そりゃ、話を通さないで勝手な事をしようとすれば、文句も出るだろうよ。
「解りました。その件については、謝罪します。それで首領の方とお話ししたいので呼んできて頂けますか?」
頭を下げてお願いするレヴィンに、他の人間との違いを嗅ぎ取ったのか、その蜥蜴人は「少し待て」と言うと、この場から立ち去った。
以前、魔の森で話したような、人間融和派の蜥蜴人族ならいいのになと思いつつ、首領が到着するのを待つ。
すると、突然大きな声がレヴィンの耳に届いた。
「もしかしてレヴィン殿かッ!?」
そこに居たのは、衣服と装飾が豪華な蜥蜴人であった。
はっきり言って、見かけは他の蜥蜴人とあまり変わらない。
しかし、名前を呼ばれたからにはどうやら知り合いらしい。
もしかして……と思っていると、予想の通りであった。
「俺だ。ドドーマだッ!」
以前、マッドゴーレムの討伐時に出会った蜥蜴人族の首領、その名もドドーマである。
その隣りにも手を挙げてこちらに挨拶らしきものをしている蜥蜴人がいる。
となると、隣りは副首領のジェイクだろう。
三人は再会を喜び合うと、早速、話に移った。
「ところで、何でこんなところに? 前の沼地から出たんですか?」
「ああ、前の沼地も奪われてしまった。やむなくこの湿地帯に避難して今に至ると言う訳なのだ」
「もうここは魔の森の外ですけど、そこら辺は気にしないんですか?」
「別に構わない。もっと深い沼地であればいいのだが、他に見つからなくてな……」
別に魔の森にこだわりはないのかと認識を改めるレヴィン。
「レヴィン殿、どうしてこんなところに大勢の人間を引きつれて来たのか?」
「ああ、僕はここら辺の領主になったんです。なので、彼等には調査や測量をしてもらっていたんですよ」
「領主ですと!? この大人数の長がレヴィン殿と言う訳か?」
ジェイクが驚きを露わにする。
「そんなところです。まだまだ増える予定ですけど」
「なんと! それはすごいではないか! それならば、俺達の部族と友誼を結んではくれぬか?」
ドドーマは予想通りの提案をしてくる。
「それは願ってもない事ですが、他部族との争いには加担しませんよ?」
「なッ!? ヤツ等はまたこの地までも奪いに来るだろう……。レヴィン殿は我等に死ねとおっしゃるのか?」
「もし争いになったら調停役を買って出ますよ」
「それはありがたいのだが、人間嫌いのモーゼンが調停なんぞに耳を貸すか?」
ドドーマは隣りのジェイクに助言を求めた。
どうやら敵対部族の首領はモーゼンと言うらしい。
「流石に難しいかと……」
ジェイクは苦り切った表情をしている。
「ふむ……」
レヴィンは考える。
実は、レヴィンが人間に好意的な種族とは魔物であろうが関係なく友誼を結ぼうとするのには、単に争いが嫌いなだけでなく、打算もあったのだ。多種多様な社会の実現は、神様の願いに叶うだけの成果にならないかと考えていたのである。
「相手の部族はどれくらいの規模の部族なんですか?」
「魔の森で最大の蜥蜴人部族ですからな。二〇〇は、くだるまいかと」
ジェイクがまたもや苦渋の表情をして、そう答える。
その数は想定より多かった。ドドーマの部族は前と同じくらいだろう。五〇程度だ。
最初の種族選択の時、人間以外の種族でも職業を選択する事はできた。
と言うことは蜥蜴人族にも職業の概念が適用されているはずである。
しかし、彼等の文明が低すぎて職業の事について認識できていないと考えられる。
「蜥蜴人族は、魔法が使えますか?」
「魔法? 以前にレヴィン殿が沼地で使っていた術の事か?」
「そうです」
「我が部族だけでなく、モーゼンの部族でも使っている者は見た事がないな」
一応、種族進化を試してみる価値はあるとレヴィンは思った。
後、蜥蜴人族と戦った事はないが魔法を使ってこなければ、どうとでもなる。
しかし、レヴィン自身が居ればの話であるが。
しばらく考えた後、レヴィンは神様の願いを達成し、自分の望みも叶えてもらう方を選択した。
ドドーマの部族を種族進化で能力的に底上げし、お金はかかるが、腕の良い冒険者を雇っておく事でモーゼンの部族に対抗する事に決める。
「解りました。モーゼンの部族が攻めてきた時は、力を貸しましょう」
「おおッ!? では……」
「ただし条件があります。」
喜びの声を上げかけたドドーマをするどい声で制止し、条件を突きつける。
ドドーマは間の抜けた顔を、ジェイクは緊張の面持ちをしている。
「あなた方の部族が、我がナミディアの住人となり、この都市を世界で類を見ないほどの大都市にするために協力して頂きたい」
「な、なんだ……!? そのような事で良いのか?」
ドドーマは、あまり意味が解っていないようである。
そんな中、ジェイクがレヴィンに尋ねた。
「我等にレヴィン殿の配下になれとおっしゃるのか?」
「名目上はそうなります。ただし、人間族と蜥蜴人族とは対等の関係を築いていきたいと考えています。さらに、あなた方にもメリットがある提案があります」
ジェイクがレヴィンの目を鋭いまなざしで刺し貫く。
「僕は、『種族進化』と言う能力を持っています。これを蜥蜴人に適用する事で更なる能力の向上が期待できるでしょう」
「なんだ? 何か問題あるのか? 俺にも教えてくれ」
ドドーマは困惑した表情を見せ、シリアスな空気をぶち壊す発言をしている。
本当に何でジェイクが首領じゃないんだよ……。
まぁジェイクが従っている辺り、まだ見えない魅力があるのだろう。
ドドーマの魅力……それは愛らしさ!とかじゃないだろうな。
ジェイクがしばしの沈黙を見せた後、ドドーマに進言した。
「ドドーマ様、レヴィン殿が領主を務めるこの村で、人間と共に暮らしていく事を進言します。それでよろしいですか?」
「なぬ? まぁ構わないぞ? どうせ俺は人間と仲良くしようとして部族を追われたんだしな」
話は着いた。これで仲間が増えるよ。やったね! レヴィンちゃん!
その後、中鬼族のジグド・ダを呼んできて、『種族進化』の説明をし、ドドーマの部族全員に能力を使用したのであった。
結構疲れたぞ。マジで。
「おおおおおッ! 力があふれてくるッ! ジェイク! 我等は種族の限界を超えたぞ! 天の声が聞こえるッ!」
(どうせ、高蜥蜴人族とかだろ……)
「我等はこれから高蜥蜴人族と言う種族だッ!」
小鬼族も天の声を聞いて中鬼族になったのを理解したのかと天の声の主は誰かな?と、いらん事を考えるレヴィンであった。
その後、体を動かしてストレス解消しようと、レヴィンも貴族服から平民服に着替え、農民に混じって開墾作業を手伝ったのであった。
やはり、体を動かすのは気持ちいいものだ。
別にレヴィンはアウトドア派ではなく、インドア派であったが、狩りなどの体を動かす事は好きであった。
最近の、マルムス教の内偵でたまっていたストレスを解消すべく、積極的に作業に身を投じたレヴィンである。
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