レヴィンは、メリクの日の秘密集会へクィンシーと一緒に向かう事となった。
カゲユ、シェリルの二人は、潜伏後、信徒服に着替えて合流予定だ。
覆面を被ってしまえば、怪しまれる事はない。
サーザイトは王都の警備隊を引きつれて秘密部屋を襲撃する手はずとなっている。
警備隊の格好では目立つので、粗末な衣服に着替えての任務になる。
少しずつこっそりとスラムに進入し、秘密部屋の周辺で集合し、一気呵成に突撃する次第だ。
レヴィンは、クィンシーとアジトへの道を歩いていた。
「しかし、久しぶりだな。開拓団に入ったんだって?」
「うん。ナミディアの開拓団に入って開墾作業の毎日だったよ」
嘘は言っていない。
「野良仕事もいいが、こっちを優先して欲しいぜ。俺は成り上がらなければならないんだ。お前がいない間も色々やってたんだぞ?」
クィンシーは少しばかり腹を立てているような素振りを見せた。
「へぇ……そうなのか。何をやってたんだ?」
「王都のデモを指揮したり、商人の家に乗り込んで暴れたり、後は、恐喝とかだな。金を貸した貴族へ取り立てを行ってマルムス教に入信させたりもしたぞ」
「すごいな。大活躍じゃないか」
(教団は、金貸しもやっているのか。色々手広くやっているのかもな。調査が必要だな)
「今日のニコライ様の言葉を耳かっぽじってよく聞いておけよ?」
先程とは打って変わって、ご機嫌な表情になるクィンシー。
言葉の調子も明るいものである。
「何かあるのかい?」
「それは聞いてのお楽しみってヤツだな」
「解った。楽しみにしておこう」
その後も雑談しながら村への道を歩いていく。
村へたどり着くと、まず信徒服に着替えて覆面目出し帽を被る。もちろん腕章も身につける。
辺りはもう暗くなっており、遠くに篝火が見える。あそこが洞窟だろう。
「しっかし、この村は、怪しまれたりしてないのか?」
「まぁ、表向きは普通の村だからな。メリクの日の深夜に村人がいなくなるだけだし、小さな村だから誰も訪ねてきやしねぇよ」
「他にもこんな村ってあるのか?」
「いや、聞いてねぇなぁ……。まぁあっても不思議じゃないけどな」
確かにこんな村の情報は、他の顔なじみからも何も聞いていない。
だが、レヴィンは、マルムス教は、世界中に支部を持っていると、リナリーが言っていた事を思いだしていた。
同じような村が存在しても決しておかしくはない。
それと、彼女はこうも言っていた。他の支部はここまで宗教色は強くないと。
ちなみに、リナリーは、教団で顔なじみになった若い女性だ。他国出身で信者歴は長いらしい。
クィンシーが掲げる松明の光で辺りを照らしながら、洞窟への道を進む。
しばらくクィンシーの背中を見ながら山道を歩いていく。
山道は螺旋階段のように続いている。
ふと気になって振り向くが、村のあった辺りに光は見えない。
全員が、洞窟の秘密集会に参加しているのだろうか? もう眠っているだけ?
そんな事を考えているうちに、中腹にある、洞窟の入り口に辿り着いていた。
見張りは二人いるが、簡単な挨拶だけして中に入る。警備がザルで助かる。
中に入ると、例によって、悪魔神ローズマダーに捧げる祈りの声が呪詛のように聞こえてくる。
「我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。我等が悪魔神ローズマダーよ、この世に降臨し世界を破滅に導きたまえ。」
聞き覚えのある声である。前と同一人物か?と思いつつ、最奥の広間へと向かって行く。
途中で誰ともすれ違う事なく、広間に着くと、すぐに祭壇に向かって祈る振りを始める。
隣りの様子を窺うと、クィンシーも祈っているようだ。目元は良く見えないので目を閉じているのかは解らない。
祭壇にある悪魔神像は、今日も禍々しい。
最後列にいるし、魔法陣も見られないだろうと思って小さな声で、魔法探知を使用してみた。
すると、魔力を感知するや否や、思わず体がビクッとなってしまう。魔力量がとてつもないのだ。
驚きの魔力量である。黒晶石については、今後も調べる必要があるだろう。
カゲユとシェリルは上手く潜伏できているだろうか?
クローディアの居場所は変更されていないだろうか?
今日は、幹部は誰がどれくらいの人数くるだろうか?
いくつもの考えが浮かんでは消えていく。
気のせいか、思考が鋭敏になっているような気がした。
どれくらいの時間が経っただろうか。
後ろから、複数の人間の気配がする。
幹部連中が広間に入ってきたようだ。
閉じていた目を開くと、祭壇の前に幹部が並んでいた。
深緑色が二人、紅色が三人、黄色が五人だ。
信徒服が紅色の人数が前より増えている。レヴィンの知らないメンバーかも知れない。
「皆の者……、悪魔神様に祈りを捧げよッ! 負のエネルギーを供するのだ。悪魔神ローズマダー様の復活の日は間もないッ!」
ニコライの声である。レヴィンは、彼の言う文言に変化がある事に気が付く。
復活の日は近い、から、間もないに変わっているのだ。
これは、単なる言葉選びの問題なのか、本当に悪魔神が復活するというのか。
そもそも悪魔の姿を目にしたことはないし、魔物学の授業でも悪魔については学んでいない。
微かな不安がレヴィンの胸をよぎる。
「今日は、裏切り者を断罪するッ!」
ビクンと心臓の鼓動が跳ね上がるのが解る。
バレた!? まさか俺か? それともカゲユ達が見つかったのか!?
僅かな逡巡。すると、黄色の信徒服姿の一人が祭壇の前に引っ立てられていく。
「この者は、教団の資金を横領していた」
「判決をッ! 判決をッ! 判決をッ!」
「判決ッ! 死刑ッ!」
覆面を剥ぎ取られた黄色服は、無様な悲鳴を上げながら何とか逃げようともがいているが、何人もの信徒に押さえつけられ動けない。
「ローズマダー様に血肉をッ! ローズマダー様に血肉をッ! ローズマダー様に血肉をッ!」
その男は同じく黄色服の信徒にナイフで首を切断されていく。
しばしの断罪の時間の後、その者は物言わぬ骸と成り果てた。
首が祭壇に供えられる。
「弾劾したロレンソに喝采をッ! 弾劾したロレンソに喝采をッ!」
どうやら密告されたようである。
辺りは未だ冷めやらぬ興奮に包まれている。
マルムス教の世は、まさにディストピアだ。
隣りを窺うと、クィンシーの目が見えた。
何の感情も感動もない、輝きのない、虚無の瞳がレヴィンの目を引きつけて止まない。
この男はこんな目をする男なのか――レヴィンはゾッとして彼から目を背けて目を閉じた。
場が少し落ち着いたところで、ニコライが話を再開する。
「今日は、もう一つ話がある。クィンシーのテンブへの昇進が決定したッ! クィンシー、前へッ!」
ニコライからこの話が告げられると、辺りは再び騒然とし始める。
そしてクィンシーが前へ出ると、深緑色の信徒服――ニコライだろう――から黄色の信徒服を手渡される。
服を受け取った彼は、顔こそ見えないが、どこか誇らしげだ。
信徒達から喝采を受けて、威風堂々とレヴィンの隣りへ凱旋してくる。
「さっき言ってたのは、この事だったのか」
「ああ、だが俺はまだまだ昇り詰める。まだまだこれからよッ!」
クィンシーがそう宣言したその時、遠くで、ズゥンという地響きのような音と振動が伝わってきた。
その振動は、洞窟全体を揺らし、どこが震源地なのかすぐには解らない。
(始まったか!?)
レヴィンは辺りを見渡しながら、信徒達の様子を窺う。
隣りにいる、クィンシーは、キョロキョロと周囲を見回している。
静かにニコライの話を聞いていた、信徒達が騒ぎだし広間は騒然としだした。
「ちょっと見てくる。レヴィンはここで待ってろよ」
そう言うと、クィンシーは広間を出て行った。
紅色の信徒服に身を包んでいるうちの一人も黄色服を引きつれて広間を後にする。
残った幹部連中は何やらひそひそと小声で話している。
何を話しているかはレヴィンには聞こえなかった。
こいつらもここで無力化しておくかと、レヴィンはこっそり魔法を発動する。
「亜極雷陣」
バチバチバチバチッ
電撃を広範囲にバラまく魔法である。
これを喰らえば、まともな人間ならしびれてしばらくは動けなくなる。
無力化するにはもってこいな魔法である。
立っていた者も膝をついていた者も、電撃を喰らって崩れ落ちる。
レヴィンも倒れて動けないふりをして様子を見る。
すると、電撃を喰らってもなお、平然としている者が二人いた。
深緑色の信徒服を着ていた二人である。
すると、深緑色の一人が、腰の剣を抜き放つと、倒れている者を確認し出した。
レヴィンにそこまでの演技力はない。
痺れて動けない演技で騙しきれるとは思えなかった。
先手必勝で仕掛ければ勝てるか?と計算を始めるレヴィン。
現在、絶賛、無職中である。
深緑色が近づいて来るのを待って、攻撃を仕掛ける事にする。
こいつはニコライだろうか? それとも知らない幹部か?などと考えつつ、時空防護(シェルター)からこっそりと、剣を取り出す。
(3……2……1……今ッ!)
こちらに背を向けていた深緑に、斬りかかる。
(よしッ! タイミングばっちし!)
絶妙なタイミングで斬りかかったレヴィンの一撃は、深緑の背中を左から右腰の辺りまで斬り裂く予定であった。
しかし、深緑はまるでその攻撃を解っていたかのような動作でかわすと、逆にレヴィンの脇腹辺りに剣を突き立ててきた。
流れるような攻撃を身を投げ出すようにして、紙一重でかわすと、立ち上がって、深緑と対峙するレヴィン。
「よく解ったな」
「お前さん、殺気がダダ漏れだよ。やれやれ、ここにも鼠がいたとはね」
少し甲高い声をしていて男か女か解らない。ニコライの声ではなかった。
ハッとして周囲を見渡すが、この場に立っているのは、深緑一人である。
ニコライは既にこの場から姿を消していた。
ニコライは消えていたし、視界が利かないので、覆面目出し帽を取ると、相手も覆面を脱ぎ捨てる。
その顔は人間のそれではなかった。
いや人間のような顔はしているのだが、それは一部だけであり、ゴツゴツとした岩肌のような部分が多くを占めていた。髪の毛は生えておらず魔物のような風体をしている。
目の色は碧く、その鋭い眼光は相手を射抜くようで、思わずレヴィンは身震いをする。
これはもしかして人間と魔物の合成!?
「なかなか見ない外見をしてるんだな」
「俺は人間と魔物の合成獣だからな。生半可な一撃じゃあ倒せんよ」
「じゃあ、やってやるよ。会心の一撃ってヤツをな」
時が流れる。
その刹那、お互いの剣と剣は真正面からぶつかり合っていた。
レヴィンの剣、ヴァルガンダスがぬらりと鈍い光を放つ。
鍔迫り合いから抜け出すと、相手を力任せに押し出して追撃をかける。
下段からの突きは、深緑に払われ、そのままの勢いでこちらの腹を狙う。
レヴィンは、それをバックステップでかわすと、深緑は、くるっと回転したかと思うと遠心力を利用してその剣を思いっきり上段から振り下ろした。
かわせるタイミングではないので、剣を横に構えて受け止める。
重い!
ズシっとくる一撃に、戦慄するレヴィン。
受けなければ一刀両断されてしまうだろう。
狭い空間の中、レヴィンは軽く後ろにステップし、魔法を発動する。
「空破斬」
「チッ!」
流石にこれは受ける気はなかったか慌てて魔法をかわすも体勢が崩れる。
「光弓」
光の矢が三筋、深緑に向かって飛んでいく。
これも剣で受けずに何とかかわそうとするが、一筋の光が左肩を貫いた。
どうやら得物は、普通の品のようだ。
少なくとも魔法をぶった切るような芸当はできないらしい。
「クソがッ!」
深緑はそう吐き捨てるとレヴィンの方に突っ込んでくる。
何とか間合いを詰めたいのだろう。
レヴィンもこれ以上下がれないので、前に出て斬り合いに出る。
一合、二合、三合と斬り結んでいく二人。
力は深緑の方がかなり上だ。
このまま打ち合うとジリ貧になってしまう。
レヴィンは鍔迫り合いに持ち込むと、左手だけを剣から離し、深緑の右肩に触れる。
「強振破撃」
「グァァァッ!」
大きな破砕音とともに、衝撃が触れたものを破壊する。
左肩が砕け散り、まともに剣を持てなくなった深緑は、左手で右肩を押さえるとジリジリと後退する。
「貴様ぁぁぁ! よくもッ!」
「もう得物はない。大人しく投降しろ」
「ふざけるなッ!」
深緑の体を光が包む。
何かの能力を使用したようだ。
「ぐるぁぁぁぁぁぁ!」
右手がぶらりとぶら下がったまま、左手のみで突っ込んでくる。
(こいつッ! 正気じゃねえ!)
レヴィンは剣を薙ぎ払うも、深緑の突進は止まらない。
左手の拳が右脇腹にめり込む。
「かはッ」
一瞬、息ができない。
レヴィンの体が宙に浮くほどの怪力だ。
(狂戦士化かッ!?)
そして、左手でレヴィンの首を押さえ、壁に押し付ける。
レヴィンの足は地面に届いていない。
このまま絞め殺すつもりのようだ。
首を絞められているので声を出せない。
魔法が使えない。
これ……死……。
意識が飛びかける。
何とかレヴィンは自分にもう一度喝を入れる。
魔法が使えないなら、あの応用を試せッ!
あの応用とは、魔法陣なしで火を起こした時のアレだ。
イメージするのは光!
全身からオーラを練るような感覚で、左手に集中する。
すると、一瞬、まばゆい光が辺りを包んだかと思うと、目を焼かれた深緑が左手を離し、目を押さえて暴れ出した。
「くおぉぉぉ! 目がぁぁぁ!」
自由を取り戻したレヴィンは、暴れる深緑の後ろに回ると、全体重をのせて首を圧し斬ったのであった。
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