旅は順調に進んだ。
もうじきメルディナに着く。
ジリジリと暑い街道を進んでいると、前方から馬が単騎で駆けてくるのが見えた。
人もちゃんと騎乗している。暴れ馬ではないようだ。早馬だろうか?
その馬は先頭を歩いていた、『五連星』の前で止まると何やら聖騎士ガルバッシュと話している。
しばらくすると騎乗していた者が馬から降りて、先頭の荷馬車に乗っていた、ホンザと話しているように見える。
(商人に伝令? 何かあったのか?)
しばらく、荷馬車を止めて話し込んでいたホンザであったが、話が終わったのか再び荷馬車をスタートさせた。
早馬はメルディナ方面へ戻って行った。
何の説明もないまま、予定通り東へ進む一行。
やがて何事もなくメルディナに到着した。
街道の魔導具の整備も終了しているようだ。これで王都ヴィエナ―メルディナ間は夜でも明るい街道で結ばれた事になる。
現在はレヴィン達は街中にある、ホンザの所有する倉庫の前にいた。
メルディナでは、補給のみを行ってすぐに出立する予定である。
しかし、ホンザはその予定を変更すると言い出した。
各パーティのリーダーが集められた。
「本来なら、すぐカルマへ向かうはずだったのですが、予定を変更して、メルディナで数日滞在する事にさせて頂きたい」
ホンザはそう切り出した。
「何かあったのですか?」
ヨシュアが誰しもが思っている事を質問する。
「この街で少しばかり用事ができてしまいました。もちろん、料金は上乗せして支払います。ここの宿も手配させて頂きます」
ブルーノとヨシュアが顔を見合わせている。
「私は特に急ぎの用でもないので構いません」
「俺も構わんが」
ヨシュアとブルーノは承諾の返事をする。
続いてガルバッシュも口を開きかけたその時、イシュタルが先んじて声を上げた。
「数日滞在だと? 契約もまともに守れんのかッ! 我々は魔の森で魔物を討伐せねばならんのだ」
「イシュタル様ッ!」
ガルバッシュが慌てて声を荒げる。
そして、イシュタルを少し離れたところへ連れて行くと何やら話し始めた。
どうせ、何かしら諫言されているんだろうなとレヴィンは思いつつ、返答を決める。
「僕も構いません。ただできるだけ早く用事を済ませて頂けるとありがたいです」
「申し訳ございません。助かります……。宿は『剣流亭』を手配させておりますので、案内させます」
そう言うと、ホンザと一緒にいた人に案内するよう告げる。
そこへ、ガルバッシュが戻ってきた。
「すまぬな。我々も数日程度なら構わぬ」
向こうではイシュタルが腹を立てているようだ。
ここからでも彼がイラついているのが解る。
ガキだなと心の中で思いながら、レヴィンはメンバーにメルディナへの滞在が決まった事を伝えに行く。
「数日滞在するのか……。何があったんだろうな?」
「そうだな。何か急に仕入れる物でもできたんじゃないか?」
ベネディクトに適当に考え付いた事を答えておく。
「まぁ、皆、メルディナに来た事なかっただろ? 焦らず街中見物でもしてきたらどうだ? この街はガラスとワインが有名らしいぞ?」
「いいね。とりあえず宿を探そう」
ヴァイスは楽しそうにしている。
「宿は向こう持ちらしい。『剣流亭』ってところだってさ。案内してくれるみたいだからついて行こう」
そして案内された先は、かなり大きな宿であった。
「流石、大店だけあるな。じゃ。皆チェックインした後は、宿でご飯食べて、十八時まで自由行動ね。なるべく一人で行動しないようにねー」
宿内で時間を確認すると、現在十一時であった。
少し早いが昼食を摂る事にする。
案内された部屋は、なんと一人部屋であった。
ちょっと気を使いすぎじゃない?と思ったがここは甘えておこう。
各自部屋に荷物を置いた後、宿の食堂へ集合した。
席に着いた後、各々好きなものを頼む。
「君は昼食の後、何をするんだい?」
「んー冒険者ギルドで色々したいかな」
まぁ主に資料探しなんだが。
「あたし、街を見て回りたーい」
アリシアがはーいと手を挙げて発言する。
シーンはアリシアと一緒だろうが、女子だけで行動させるのもどうだろう。
そう思っていると、ヴァイスがダライアスを誘っている。
「じゃあ俺達も着いていこう。ダライアスもいいだろ?」
ダライアスも異論はないらしい。
「僕はレヴィンと一緒に行くよ」
「え? 貴族なんだからそうそう他の街見物なんてできないだろうし、あっちに行ったら?」
「冷たいな!? 別にいいじゃないか」
「いや、つまらないと思うけどいいの?」
「構わない」
その後、出された食事を平らげると、二組に別れて行動する事になった。
レヴィンはベネディクトと一緒に冒険者ギルドへやって来た。
一応、依頼掲示板を確認する。
冒険者なのだから、とりあえず掲示板は確認すべきだと思っているし、ホンザの予定変更の原因がないかと思っての行動でもある。
しかし、これと言ったものはなかったが、一つ気になった事があった。
隣国である、エクス公国への輸送隊の護衛任務が多く感じたのである。
一応、心に留め置いておこう。
確認し終わった二人は資料室へと向かう。
「つまんなくなったら言ってね」
そう言って、資料を漁り始めるレヴィン。
「君はどこでもこんな事をやっているのかい?」
「そだねー。本と資料探しは定番だな」
少し呆れた感じでそれを眺めつつ、ベネディクトも資料を読み始めた。
どれくらい時間が経っただろうか?
ベネディクトが少し休憩しようと言うのでギルド内の食堂へ行こうと促した。
そこで飲み物と軽食を頼み、席につく。
「何か掘り出し物はあったかい?」
「んー特になかったかな。そっちはどう?」
「古いものだけど、一つ興味深いものがあったよ。闇精霊族の件だね」
「闇精霊族!?」
驚くが声は小さめに抑える。
「インペリア王国のガルアの森に住んでいた、闇精霊族の族長の息子の捜索依頼が過去に出されていたようだ。この街だけでなく他にも多くの都市で依頼が出されていたらしい」
「誘拐かな? で、結局、その息子は見つからなかったと?」
「そうみたいだな。あまり仲良くもない人間にまで頼ったんだから相当の重大事件だったのだろうな」
闇精霊族や精霊族は、人間とあまり仲が良くないらしい。
古精霊族とは交流があるのに、彼等とはあまり接点がないと言うのはどういうことだろうか?
そこへ頼んだものが運ばれてきた。
二人はドリンクに口をつける。
「それで、いつ頃の事件だったん?」
「五年前だな。結構最近っぽいね」
ベネディクトが食事を取り分けながらそう言った。
しばらく黙々と食事をする二人。
しかし、軽食だったのであっさり食べ終わって再びドリンクをチビチビ飲み始める。
「しかし、久しぶりのメルディナだけど、変わりないな」
「ん? トラウマになってる?」
「いや、そこまでじゃないさ。ただ、監禁されていた街だからなぁ……。レヴィンのお陰で少しワクワクしたけど」
「まぁ、良い思い出じゃないからな。それにしてもワクワクしてたのか」
しばらくドリンクで粘りながらまったりと過ごす。
「十八時までまだ時間があるけどどうする?」
「まったり資料を漁るよ」
「またかい。まぁ意外と面白かったけどね」
「ベネディクトも解ってきたじゃないか」
そうして再び資料室へと戻る二人であった。
十八時に近くなると、皆が宿に戻ってきた。
「ガラスの小物可愛かったよ~」
アリシアがご満悦の表情でそう言うと、シーンと「ねー」と顔を見合わせながら、じゃれ合っている。
「素晴らしいものがいっぱいあったな。ワインの瓶ですら工芸品のように見えたよ。ワインを親父に買って帰りたいな」
ヴァイスも少し興奮している。
「じゃあ、帰り道で買っていけばいいよ。魔の森でたっぷり稼いでな……。ダライアスもどうだった?」
レヴィンがぐへへと、あくどそうな笑顔をして見せた。
「うちの親父はお酒が駄目だからな。むしろ妹にガラス細工のお土産を買っていってやりたい」
なるほど。妹思いの彼らしい。
「レヴィン、レヴィン、それとね。劇場があったんだけど、今、人気の悲恋物語の劇をやっているらしいの。明日見に行こうよ」
「劇場か。前来た時は気づかなかったけど、そんなのもあるんだな。じゃあ、明日にでも皆で行こうか?」
「うんッ!」
「それじゃあ、飯にしようぜ。俺腹減っちまった。」
ヴァイスがお腹をさすりながら提案する。
「適当に外で食べようか」
そう決定すると、六人は外をぶらつき始めた。
雑踏の中をはぐれないように、人をかき分けながら進んでゆく。
店の外にあるメニューの看板を見たり、店の込み具合を確認したりしながら店を回っていった。
辺りには美味しそうな良い匂いであふれている。
最終的には、少し込んでいたが、良い匂いに釣られて一軒の大衆食堂に決めた。
各々好きなメニューを選んで注文する。
シーンはいつまでもメニュー表とにらめっこしている。中々決まらないタイプのようだ。
ヴァイスは本当に食べ切れるのかと思うくらいに注文している。
「俺は成長期だからな。騎士になるからには大きくならねばならん」
「ダライアスも好きなもん頼むといいよ」
彼はよくお金の事を気にしている。
自分が贅沢するくらいなら、その分、実家にお金を多く入れたいのだ。
レヴィンはダーダーの香草蒸しを注文した。
ダーダーは駝鳥のような鳥だ。
ベネディクトは何を頼むのか注目していたが、普段食べられないようなワイルドな料理を頼んでいた。
貴族だから、口に合うか心配していたのだが、どうやら杞憂であったようだ。
まぁ、冒険者として野宿に干し肉の生活も体験したのだし今更か。と思うレヴィンであった。
「そう言えば、資料を探していて、良いものを見つけたよ」
食事をしながらレヴィンが話題を提供する。
「ユーテリア連峰の西にあるロックヘルの町なんだけど、温泉があるらしい。昔の調査依頼を見つけたんだ」
「温泉?」
アリシアは何それと言った顔で聞いてくる。
「地中から温かいお湯が沸いていて、それに入ると、様々な効能を得られるんだよ」
「お風呂と何か違うの?」
「自然に湧き出すお湯だから、色んな成分が含まれているんだ。だから普通のお風呂よりも体にいいって訳だよ」
レヴィンが丁寧に説明する。
アウステリア王国では普通の家に風呂がついている事はほとんどない。
大衆浴場もあるにはあるが数は少ない。
アリシアも毎日は無理だが、定期的に入りに行くのだが、さすがに温泉には行った事がないので知らないようだ。
「うちもお風呂はあるけど、温泉には行った事がないな。興味深いね」
ベネディクトも行った事がないようだ。
「時間を見つけて皆で行きたいな」
ヴァイスがそう提案する。
食事の間、歓談を楽しんだ。
宿に戻ると、朝はゆっくりして、それから劇を見に行こうという事に決めた後、解散した。
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