アリシアは朝食の場で宣言した。
「あたし、冒険者になるからッ!」
それを聞いたアントニーが口からお茶を噴き出す。
「ちょッ汚いなぁ、お父さん。急になにしてんの?」
口と濡れたテーブルを拭きながらアントニーは怒鳴る。
「お前が急に変な事を言うからだッ!」
「変な事じゃないもん! レヴィンと一緒にパーティだって組むんだからッ」
「もん!とか可愛らしく言っても無駄だぞ!」
「お父さんも昔、冒険者だったんでしょ!? レヴィンの家のグレンさん達とパーティを組んでたんでしょ!?」
「いいなー! 僕も冒険者になりたいッ!」
やり取りを横で聞いていたフィルが口を挟む。
「二人共、冒険者なんてまだ早ーい!」
「じゃあ、いつならいいの? 春から中学校も始まっちゃうし、強くなるには春休みに頑張るしかないんだよ!?」
そうなのだ。
誕生日を過ぎてもまだ冒険者登録をしていないアリシアでなのであった。
そこに母のベネッタが助け舟を出した。
「まぁまぁ、私達も十二歳になって登録して学校に行きながら精霊の森に通ってたじゃない?」
「アリシアはまだ精神的に未熟なんだ。だから今は時期尚早だッ!」
「解った……なら、あたし大人になるッ!」
「なッ!? お父さんは許さんぞッ!」
アリシアの宣言にアントニーはテーブルに拳を叩きつける。
「ど、どっち!?」
困惑するアリシアを衝撃が襲う。
「お前は将来、王国の魔術団の一員になるんだ。名誉な事だぞ?」
「初耳だよ!? それにどっちにしろ強くならないといけないよね?」
「ぐぬぬ……」
理屈で娘に負けそうになるアントニーは思わず唇を噛む。
そこにベネッタのフォローが追い打ちをかける。
「とにかくレヴィンが一緒なんだよ? 私は頼もしく思えるけどねぇ。それに二人だけじゃないんだろ?」
「うん。友達のシーンも一緒だよ。しっかり回復役もいるんだよ!」
「ぜ、前衛がいないじゃないか」
アントニーは必死に声を絞り出す。
「それは当てがあるってレヴィンが言ってた。ダライアス……だったかな?」
「お、男かそいつは!?」
「ほらほら、とにかくケチつけようって魂胆が気に入らないね」
ベネッタが少し、キレぎみになる。
「お父さんが嫌なら、私と行くよ! アリシア支度しなッ!」
「あい! 四十秒で済ませるよ!」
「いいなー僕も行きたいッ!」
「お、俺も行くぞッ!」
収集がつかなくなりそうなアントニー一家であった。
三十分後、そこには冒険者タグを手にして嬉しそうにしているアリシアと肩を落とすアントニーの姿があった。
「お次はシーンだよッ!」
そう意気込むとアリシアは自宅を飛び出した。
ここからシーンの家まで二十分。
彼女はもう気が急いて急いて仕様がなかった。
「今ならスピードの向こう側に行けそうな気がするよッ!」
意味不明な事をつぶやきつつ彼女は走る。
明日に向かって。
彼女は走る。
冒険者の未来へ向かって。
シーンの家に到着すると、アリシアは強めに扉をノックした。
すると、間もなく中から「はーい」という声が返ってくる。
「はいはい。どちら様?ってアリシアちゃんじゃない? シーンに用事かい?」
「はい! おばさん。シーンはいますか?」
おばさんは「ちょっと待っといで」と言うと家の奥へと姿を消した。
彼女が戻ってくるのにさほど時間はかからなかった。
アリシアはシーンの姿を認めるや彼女に呼びかける。
「シーン!」
「……アリシア、どうしたの?」
「それはもちろん勧誘だよッ!」
「ああ、この前の話ね……」
シーンは気だるそうに返事をすると、ピンク色の長い髪がさらりと揺れた。
彼女の母親が入ってとアリシアを促した。
部屋の床ではシーンの弟が一人遊びをしている。父親は留守のようだ。
三人は揃って席に着いた。
アリシアは座るや否や、件の話題を切り出した。
「それでね。おばさんも聞いて。シーンと冒険者をやりたいと思って勧誘に来たの」
「あらあらまぁまぁ、いいじゃない? もう冒険者登録も済ませてあるんだし。でも二人でやるつもりかしら?」
「いえ、あたしの幼馴染ともう一人の四人でパーティを組むつもりなんです。あたしも今さっき冒険者登録してきたところ」
「私はいい。前にも言った……」
シーンは短く言い切った。言葉は控えめのタイプのようだ。
「よかった!じゃあ、おばさんも賛成なんだね!? おじさんはどうかな~」
「そうね。あの人はどうかしら。反対はしないと思うんだけど……」
「おじさんは今、仕事中?」
「うん。今工房に居るはず……」
「今行ったらお邪魔かな?」
「そうね。お昼に顔を出したらどうかしら? 差し入れを作るから持って行ってちょうだい」
おばさんが口実を作ってくれる。
三人はお昼前までお茶を飲みながら雑談をして時間を潰した。
そしてお昼前。時間は十一時半を指し示していた。
アリシアとシーンは二人で工房へ向かう。
所要時間は四十分。結構遠いのだ。
二人は到着すると、シーンの父親――ネイサンと言う――の差し入れを持ってきたと伝え、工房に入れてもらった。
二人を見るなり彼は尋ねる。
「おう。どうした? 二人揃いも揃って」
「おじさん、こんにちは。差し入れ持って来たよ!」
「ん……」
シーンが差し出すと、ネイサンは豪快に笑って頭を掻きながら感謝の言葉を述べる。
「いやーありがとな! 差し入れなんて粋な事しやがって」
彼が包みを開けるのを待ってアリシアは切り出した。
「それでね、おじさん。今日はお願いがあって来たの」
「お願い? なんだ言ってみろ」
「シーンと一緒に冒険者になりたいの。お願いします!」
「私が皆を護る……」
アリシアのお願いとシーンのよく解らないお願いにネイサンはしばらく口をポカンと開けた後、慌てて我に返る。
「急に訪ねてくるから何かと思えばそんな事か! 母さんはなんて言ってた?」
「おばさんは良いって言ってたよッ!」
「そうか……シーンはもう冒険者登録を済ませてある。別に俺ぁ反対はしない。でも危険な稼業だぞ?」
彼はシーンの覚悟を試すかのように確認した。
「解ってる……」
「お前は白魔導士だ。選択の幅は大きいんだぞ? それでも冒険者で喰っていきたいのか?」
「頑張る……」
「あたしも頑張るよッ!」
彼はシーンとアリシアの瞳をじっと強く見つめる。
彼女達の覚悟をもう一度試すかのように。
「解った。頑張れよ! ただ無茶だけは止めてくれ。約束だぞ?」
「約束……」
「あい!」
こうしてアリシアの勧誘活動は終了した。
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