レヴィンがレムレースへ発って、アリシアは落ち込んでいた。
彼の役に立ちたいと思っていたのに、置いていかれてしまった。
そんなアリシアをシーンが毎日慰めていた。
シーンが、今日のお茶会に声をかけたのも彼女に気をかけていたからだ。
と言ってもシーンが主催する訳ではない。
Aクラスの貴族である、オルコット子爵令嬢の主催である。
「アリシア、元気出して……」
「うん、あたしは、もう大丈夫だよ~」
今はアシリアの家で迎えを待っているところだ。
居室で二人でしゃべっている。
そこへ、ベネッタが番茶を入れてくれた。
「ありがとうございます……」
「何だかこの娘、元気がなくってねぇ……シーンちゃんいつもありがとね」
ブボボモワッ
その時、大きな音が木霊した。
アントニーである。彼は今日非番の日でゴロゴロしながら新聞を読んでいたのだ。
「父ちゃん、臭いよッ!」
近くにいたフィルが鼻をつまんで手をパタパタしている。
「おッすまんな」
まったく悪びれる様子もないアントニー。
実はこれも不器用な彼なりの気遣いなのだ。たぶん。
「どこの家も同じ……」
どうやらシーンの父親も似た感じのようである。
「アリシア、何も難しく考える事はない……私達に学校があるから連れて行かなかっただけ……」
いつもより、話す文字数が多いシーンであった。
それだけ彼女を思いやっているのだろう。
「そうだねッ! 連れて行ったのはダライアスだけだもんねッ!」
唐突にアリシアが張りのある声を上げる。
実際、連れて行ったのは学校に通っていないダライアスだけなのだ。
そして、レヴィンが彼を選んだ理由もそれである。
ベネッタはニヤニヤしている。
そこへ、フィルが抗議の声を上げる。
「だいたい、姉ちゃんのは、贅沢な悩みってもんだよッ! 僕なんか、まだ冒険者にもなれないんだよッ!」
「あんたは、もうしばらく我慢しなさい」
身も蓋もなく言い放つアリシア。
「学生の本分は勉強だってレヴィン兄ちゃんも言ってたぞ」
「そうだけど……」
レヴィンの言葉に弱いアリシアであった。
そこへ、家の扉がノックされた。
ベネッタが応対に出ると、立っていたのはオルコット子爵令嬢の御者であった。
慇懃な態度で迎えに来た事を告げる。
馬車へと案内されて、乗り込むアリシアとシーン。
中にはオルコット子爵令嬢が座っていた。
アリシアは、居住まいと正して挨拶する。
「今日はありがとうございます。オルコット子爵令嬢」
「いやだわ。シーンさんのお友達なんですもの。アンジェラとお呼びになってくださる?」
「アンジェラ……さん。よろしくお願いします」
「まぁ、まだ固いですわ」
「アンジェラよろしく……でいい」
アンジェラは、シーンとは仲がいいようだ。
シーンの砕けた口調と態度を見れば解る。
アリシアも諦めて、口調を改める事にした。
「ありがと。あたしはアリシアです。アンジェラよろしくねッ!」
アンジェラは、ほほほと手を口元にやって笑う。
いかにも貴族風なアレだ。
「よろしくですわ。アリシアさん」
「むー。そっちこそ呼び捨てじゃないよ~」
「これは癖ですわ。仕方がなくってよ?」
馬車の中でそんなやり取りをしながら馬車は進む。
城壁に中へ入り、貴族街へ。
アリシアとシーンは初めてではなかったが、まだ慣れないようだ。
貴族街の建物は小さいものでも平民の家よりは大きい。
特にアリシアは、飽きることなく、窓から外を眺めている。
そして、間もなくアンジェラの邸宅へと到着した。
「今日は他の同級生もいましてよ? でもアリシアさん達は有名ですから心配する事はございませんわ」
玄関ホールを抜けて、とある部屋へ案内される。
今回は室内でのお茶会である。
中へ入ると、既に三人の女子が椅子に腰かけていた。
三人共、きらびやかなドレスを着ている。
スカートの裾をちょこんとつまみ、カーテシーで挨拶すると、それぞれが我先にとアリシアに挨拶の言葉を述べる。
「ね? 有名だと言ったでしょう?」
アンジェラは何故かドヤ顔をしている。
一人ずつに丁寧に挨拶を返しながら、アリシアとシーンも椅子に座る。
そこへ用意されていた紅茶やお菓子が振る舞われる。
当然、話は『南斗旅団』壊滅の時の話題に触れられる。
貴族令嬢の一人がアリシアに質問を投げかける。
「でも、野盗の集団なんて恐ろしくなかったんですの?」
「怖かったよ~。いい歳した大人が次から次へと襲ってくるんだから」
そりゃ、そうだろう。いい歳していない野盗などいない。たぶん。
「多勢に無勢……よく凌げたと思う……」
「前衛の三人の男子が頑張ってくれたからねッ! それにリーダーのレヴィンがいたし」
「頼りになるリーダー……」
レヴィンの評価は高いようだ。良かったなレヴィンよ。
「きゃー。レヴィン様と言えば、エクス公国の名誉貴族の称号を得たお方でしょう?」
「そうだよ~。でも今回、本当に貴族になっちゃったけど……」
「今、レディの間ではレヴィン様の話題で持ちきりでしてよ?」
アンジェラが親切にも教えてくれる。またまたドヤ顔をしている。
「私もファンになっちゃいそうです!」
こちらは平民なのだろう。小ざっぱりした薄緑色の衣服を身に纏い、清潔感のある印象を与える格好をしている。
「アリシアはレヴィンと幼馴染……」
「えッ? そうなのですか!? すごーい」
何がすごいのかさっぱり解らないが、女子の会話なんてこんなもんである。
「やっぱり、昔から出来る男だったんですの?」
青色のドレスを身につけた女子がきゃあきゃあ言いながら尋ねてくる。
「どうかな~。昔は本ばかり読んでるイメージばかりあったけど、十二歳になって、冒険者になってからやたらと行動的になった気がするよ~」
それでも今も本の虫だけど、と付け加えながら嬉しそうに話すアリシア。
「冒険者になって変わる男……いいですわッ!」
アンジェラも盛り上がってきたようである。
実際に、十二歳で前世の自我を取り戻したのであるから人が変わったようと言われてもしょうがないだろう。
アリシアも時々、レヴィンが遠くの人に感じる時があった。
シーンはと言うと、小学校の時も知ってはいたものの、仲良くなったのはパーティを組んでからだ。
時折、お菓子をつまみ、紅茶を飲みながら、和やかに時間は過ぎていく。
「それで、この度、貴族になって封土まで賜ったのでしょう? 学校があるのに大変ですわね」
「しかも、一から街造りをするんでしょ? 学校は大丈夫なの?」
アリシアはレヴィンなら両立できると、何の疑いもなく信じていたのだが、言われてみれば。大した問題である。
ここで、言及されて初めて、その自信が根拠のないものだと気づかされたアリシアは、茫然としてしまう。
それを感じ取ったシーンがすかさずフォローを入れる。
「きっと大丈夫……レヴィンなら大丈夫……」
あなたなら解っているはずでしょう?と目で語りかける。
それを見たアリシアは、うん、と小さくつぶやくと、胸を張って答えた。
「レヴィンの辞書に不可能という文字はないよッ!」
自信満々で答えるアリシアに、絆の深さを感じ取ったのか、一同感動しているようだ。
「何と言う正妻ポジ……」
「これは敵いませんわ……」
「わたくしは側室でも我慢しますわ」
なんだか不穏な言葉も混じっていたような気もするが、華麗に流すアリシア。
こうしてシーンの目論見通り、アリシアの元気は復活した。
レヴィンなら、元気!やる気!いわきーーー!と叫ぶところだ。
後はお決まりの女子トークが続き、本日のお茶会は無事終了した。
後日、レヴィンとアリシアの二人の仲も噂になるのだが、これは余談である。
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