七月二十三日を迎え、魔法中学校と騎士中学校の交流イベントが始まった。
交流会は、両校の生徒会が共同で企画し、毎年催されている。
今年は魔法中学で開催され、騎士中学からは六十二名の参加者が集った。
午後の十三時になり、まず大式典場で、魔法中学の生徒会会長のエドガーによる挨拶が行われた。
夜はここがパーティ会場になる予定のようだ。
そして学校の各施設が紹介されてゆき、そこがどんな施設で何が行われているかなどが説明された。
特に変わった施設などない中で、人気なのはやはり魔力具現化装置による対戦体験だ。
魔導士によるデモンストレーションが終わると、騎士学校の生徒達も我先にと体験しようと装置に殺到した。
この装置は、過去に古精霊族の遺跡から発掘されたもので、そっくりそのまま、王都の魔法学校に移植された。
原理はまだ解明されておらず、未だ研究中の代物であるので、新しく造る事はできない。
円形闘技場の両端にそれぞれ向かい合わせに装置が設置されており、使用者は描かれた魔法陣の中に入り、魔力を解放すると、闘技場の中に魔力の使用者の姿が投影される仕組みである。
使用者の姿と言っても必ず本人の姿がそのまま現れる訳ではなく、人によって千差万別の姿をしている。
実体化したそれは手から魔力弾を放ったり、魔法を発動したりして相手と戦う事になる。
騎士学校の生徒達は魔法こそ使えないが魔力弾を放ったり、扱いが上手い者に至っては、手に魔力剣のようなものを具現化して戦闘をしあっている。
騎士学校に通うヴァイスも装置に熱中する内の一人であった。
しかし、彼が対戦していると、後ろから大きな声がかけられる。
その声に体を震わせてヴァイスは嫌々ながら装置から降ろされてしまう。
「おい、ヴァイスッ! テメー何調子こいてんだ? 誰が遊んでいいって言ったよ?」
「す、すみません……オルテガさん……勘弁してください」
「いいからさっさと、飲み物でも取ってこいよ。俺ぁ喉がカラカラで死にそうなんだよ」
ヴァイスは小さな声で「解りました」とつぶやくと、その場から走り去っていく。
闘技場から通路をしばらく行ったところに飲み物が用意されていた。
交流会であるから、もちろん無料である。
ヴァイスはオルテガとその取り巻き四人分の飲み物を持って行こうとするが、流石に手が足りない。
何とかトレイを借りるとそれに飲み物をのせる。
(くそッ! くそッ! なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよッ!)
ヴァイスは胸が張り裂けそうであった。
あんな低俗な連中に従わなければならない自分に腹が立って仕方なかった。
そんなヴァイスに後ろから声がかかる。
「ヴァイス! お前、ヴァイスじゃないか?」
彼が後ろを振り返るとそこには黒髪の少年が佇んでいた。
「レヴィン……か?」
久しぶりに再会する小学校の同級生だ。
ヴァイスの目から涙がとめどなくあふれ出してくる。
「おいおいどうした? 何かあったのか?」
心配して駆け寄ってくるレヴィンにヴァイスは何も言えなかった。
とてもいじめられているなんて事は言えなかった。
今の情けない自分を見られたくなかった。
「そうだ。アリシアも来てんだよ! 呼んでくるから待ってろ!」
そう言うと走り去って行くレヴィンから、ヴァイスは飲み物を置いて逃げ去った。
どれくらい走っただろうか?
気づくと彼は、広いグラウンドのような場所に来ていた。
そこでは魔法学校の生徒達による魔法の実演が行われていた。
見るからに華々しい魔法が次々と放たれ、見る者全ての心を魅了した。
(どうして俺は騎士なんかになろうとしたんだッ! 俺の職業も魔導士だったならッ!)
魔導士だったならなんだと言うのだろうか?
ヴァイスは自嘲気味に笑った。
(今の俺は誰にも顔向けできねぇ……)
居場所がない彼は色んな場所を彷徨った。
そして大式典場に戻ってきた。
「まだ夜のための準備中ですよ?」
入ってきた彼を見て準備に余念のない魔法中学の生徒会役員共は、親切に教えてくれた。
夜はここがパーティ会場になるのだ。
所在なさげに突っ立っているヴァイスを見かねたのか、エレノーラが声をかけた。
「ふッ! 騎士中学の生徒さんね? やる事がないなら設営を手伝ってみないかしら? これぞ交流よねッ!」
中々動かないヴァイスを説得して手伝わせるエレノーラ。
ヴァイスはこき使われながらも何故だか救われる思いがした。
夜の部が始まった。
大式典場は椅子が片づけられ大きなパーティ会場に早変わりしていた。
生徒会役員共からお礼を言われ、ヴァイスの心は少し安らいでいた。
飲み物をもらって、食べ物を皿に盛ると部屋の片隅に行ってひたすら飲み食いにいそしんだ。
そこへキョロキョロしながらレヴィンが歩いてきた。
彼はヴァイスを見つけると早足で近づいてきた。男子二人と女子二人と一緒だ。
「ヴァイス、どこに行ってたんだよ。探したんだぞ?」
(馬鹿野郎。だからだよ……)
「ヴァイス、久しぶり! 元気にしてた?」
この声はアリシアだ。相変わらず優しく柔らかいその声に涙がこぼれそうになる。
「ああ……元気さ。アリシア達も相変わらずだな」
それからレヴィンは仲間達をヴァイスに紹介した。
「今、ここにいないもう一人とアリシア達で冒険者のパーティ組んでんだ。夏休みには南の遺跡か、魔の森に行きたいところだな」
そこへ悪魔から声がかかる。
「ヴァーイス……どこ行ったのかと思ってたらこんなところに居やがったのか」
騎士学校の悪魔、オルテガ・フォン・バーロウ、侯爵家の長男だ。
そばには取り巻き三人とマルコの姿があった。
「おい、飲み物も持ってこないでどこへ逃げていたんだ?」
マルコがニヤニヤしながら問いかける。
ヴァイスからオルテガにへーこらする相手を変えたようである。
「お? マッカーシー家のボンボンも一緒じゃねーか。なんだなんだ、取り入ろうと思ってんのか?」
「相変わらず下品な男だな、君は」
ベネディクトがため息をつく。
「マルコー、寝返るとかちょっとそれは格好悪いんじゃないか?」
レヴィンがマルコを挑発している。
マルコが額に青筋を立てている。どうやら怒っているようだ。
「まッ、コイツは俺の舎弟なんだ。騎士学校にコイツの味方は俺しかいねーのよ」
ヴァイスの肩に手をまわしてポンポンと叩きながらオルテガはのたまう。
「ヴァイス、お前は将来、騎士団長になる男なんじゃなかったのか?」
彼の肩がビクリと震えた。
「以前のお前なら、そんなヤツぶっ飛ばして、俺がヴァイスだ文句あるか!って胸張って言ってたんじゃないか?」
レヴィンの言葉がヴァイスの心に刺さる。
さらに追撃するレヴィン。
「そんなヤツ放っておいて俺達とパーティ組もうぜ!」
ヴァイスはオルテガの手を払った。
「あ? テメー誰に何をしたか解ってんのか」
オルテガは彼の胸ぐらをつかんで持ち上げる。
なるほど、腕っぷしに自信があるのだろう。
そこへ、レヴィンがその手首を掴み力強く握った。
オルテガの顔色が変わる。
「テ、テメッ……。魔導士のくせに……」
レヴィンは黒魔導士だけでなく無職や騎士の時にも何度もレベルアップを経験している。
レベルアップ時の力の成長は魔導士の比ではない。
オルテガは手を放すとレヴィンの手を振り払う。
「今日からは俺達が味方だ」
レヴィンは振り払われた手をそのままヴァイスに向け、手を差し伸べる。
ヴァイスはじっとその手を見つめている。
わずかな逡巡。
しかし、仲間の言葉を心に宿した彼はもう吹っ切れた顔をしていた。
そして、その手を力強く握ったのであった。
その後、ベネディクトが騎士中学の知り合いの貴族子弟とヴァイスを引き合わせた。
その貴族はバーロウ侯爵家とは違う派閥に所属しており、ベネディクトのマッカーシー侯爵家とも近しい関係にある。
そのため、その子息と仲良くする事で、オルテガを牽制する事となり、ヴァイスの立場が盤石なものになると踏んだのである。
「それにしてもマルコの掌返しには苦笑いするしかなかったよ……」
自嘲気味にヴァイスが言った。
「あいつはどこまでいっても金魚のフンかも知れないな。職業も見習い戦士だし、そりゃ、うまく取り入らないといけないんだろうけどさ」
レヴィンが嫌悪感を露わにしている。
「それにしてもヴァイスは冒険者の仕事やってないの?」
アリシアが疑問を口にする。
「ああ、中学に入ってすぐ、オルテガに目をつけられてな。ハブられてたんだ」
「冒険者ギルドで募集すれば良かったのに」
「そうだな……行動力のない自分が情けないよ」
再び、しおらしい事を言うヴァイス。
「それにしてもパーティ誘ってくれてありがとう。本当に俺なんかでいいのか?」
「問題ないよ。ちょうど前衛が欲しかったんだ。夏休みは冒険者生活を満喫するぞッ!」
「解ったよ。もっと強くなって見返せるように頑張るぜ!」
「その意気だ。騎士団長!」
葉っぱをかけられたヴァイスは胸を叩いて敬礼のような動作をする。
「ところで今の装備はどうなってる?」
レヴィンが話題を変える。
「鉄の剣と革の鎧くらいだな。装備にかける金がない」
「それじゃあ、休みに入ったらカルマで装備品購入からだな。お金なら多少持ち合わせがある」
「そこまでしてもらうのは申し訳がたたないよ……」
「せ、「先行投資さ」
レヴィンが言う前にアリシアが真似をして言う。
あははと笑うアリシア。
それにつられてヴァイスも笑ってしまう。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか?
そこにはもう卑屈な少年の姿はなかった。
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