レヴィン達は、ゆっくりとした朝を過ごした。
皆、十時頃に食堂に集合して、ブランチを楽しんだ。
ホンザからは何も言ってこなかったので、今日も観光する事になった。
昨日の予定通り、劇を見に行く。
劇場の前に到着すると、そこには大きなポスターが貼られていた。
男と女がお互いの頬に手を当てて向き合っている絵が描かれている。
題名を見ると、『ロビンとジャネット』という劇のようだ。
レヴィンは、どこか既視感を覚える。
銀貨一枚を払って劇場の中に入ると、既に大勢の人が詰めかけているようだ。
何とか、一階の真ん中辺りの席を取る事ができた。
一番前のエリアは演奏隊の席になっており、それぞれ楽器を手に今か今かと開演を待っているようだ。
ドリンクを買って席に着く。まだ開場までしばらく時間がかかるようで、人の声は、ざわざわと静まる気配はない。
しばらく待っていると、大きな鐘が打ち鳴らされた。
周囲を見渡すと、一階席も二階席も満員であるように見える。
人気の興行なのだろう。
やがて幕が上がり、劇が始まった。
どうやら、ロビンとジャネットの家は古くからの因縁で、もうずっと対立しているらしい。
そんな中、ロビンが親友とジャネットの家のパーティに参加する機会ができたという。
そこで、ロビンとジャネットが運命的な出会いを果たすのだ。
お互いに恋に落ちた二人は、因縁をはねのけようと苦闘する。
しかし、両家の溝は深く、どうする事もできない。
そこで二人は知り合いの僧侶に頼み込み、二人だけの結婚式を強行する。
ここで第一幕が終わったようである。
アリシアとシーンは興奮しているようだ。二人して目を輝かせている。
ヴァイスはもう寝ているようだ。
そういうところだぞ!
ダライアスも続きが気になっているようで、静かだが興奮しているのが解る。
ベネディクトは劇など見慣れているのか、いつもと表情は変わらない。
そして第二幕が始まった。
第一幕から事態は急転する。
ロビンの親友がジャネットの家の者に殺されるという悲劇が襲う。
それを知った彼はその男を殺してしまう。
その罪でロビンは街から追放されてしまい、ジャネットは悲嘆にくれる。
そんな事は露知らず、ジャネットの父親が彼女に他の男と結婚するように迫ったのだ。
ジャネットは仲立ちをしてくれた僧侶に頼み、自分が死んだことにする計略を思いつく。
その計略は実行に移されるが、それを知らないロビンは彼女が本当に死んでしまったと勘違いし、自殺してしまう。
ロビンの自殺を知ったジャネットは嘆き悲しみ、彼が持っていた短剣で自刃してしまった。
それを知った両家は古くからの因縁を断ち切り、和解する事を誓ったのであった。
そして劇は幕を降ろした。
(うーむ。これは……)
隣りの席に目をやると、アリシアが目に涙をためている。
シーンは彼女の頭をなでて慰めているようだ。
ヴァイスはまだ寝ている。
ダライアスは何故、自殺なんかするんだ!とロビンに物申したいようだ。
ベネディクトはいつも通りだ。
これは結構、悲劇面が強調されてはいるが……。
(どう見てもロミオとジュリエットです。本当にありがとうございました)
レヴィンは別の意味で興奮していた。
そこに異世界人の気配がするからだ。
どうやってコンタクトを取るか。それだけを考えていた。
出待ちするのは無理そうだ。まだ今日の公演は終わっていないようである。
それに外見だけで異世界人だとは解るまい。
一か八か、劇団宛に花を送ってみる事にした。
アリシア達は何か語りたそうにしていたので、近くにあったカフェでお茶していてもらう。
レヴィンはちょっと用事があるから、しばらく宿の部屋にこもると伝えて、一人花屋を探す。
少し時間がかかったが、なんとか聞き込みして花屋を探し出すことができた。
メッセージカードの文面には、『日本より愛をこめて。剣流亭にて待つ。藤堂貴正』と漢字とひらがなで記述した。
外国人だった場合は、諦めよう。日本人であってくれと期待を込めて、すぐに送ってもらうよう手配した。
そして、アリシア達に合流せず宿に直帰する。
初めての同郷の者との邂逅。
どんな事になるか、今から心臓が高鳴っている。
(友好的な人ならいいんだけど……)
宿の受付の人に伝言などがあったら教えて欲しいと頼んで、部屋に戻る。
部屋では、まだ見ぬ、同郷の人に対する期待と不安が入り混じった感情に支配され、冷静になれない。
一人で部屋にいると、色々な考えが浮かんでは消えてゆく。
こちらからコンタクトを取るのは悪手だったか?とか、相手が悪意を持つ者だったらどうしようとか。
いつもはよく考えて行動するのに、今回の件は衝動的に過ぎないか?とか……。
しかし、やってしまったものは仕方ない。
もう腹をくくるしかないのだ。
いつまで待っても時間が経っていないような気がして、時折、ホールの待合所へ足を運んだ。
素数を数えてみたが駄目だった。
とりあえず日課である、職業点稼ぎをして落ち着こうかとも思ったが、相手次第では戦闘にならないかと不安になり、結局、魔力を温存する事にした。
コンコン。
部屋の扉がノックされる音で目が覚める。
どうやら、うたた寝していたようだ。
慌てて返事すると、「来客です」と声が聞こえた。
部屋に来てもらうように言うと、足音は扉の前から離れて行った。
しばらく待っていると、再びノックされる。
「お連れしました」
「どうぞ!」
「失礼します」と言って入ってきたのは、美しい黒髪を長く伸ばした女性だった。
もちろん、初対面である。
劇場では、ステージまでそこそこ遠い位置だったので出演者の顔まではよく見えていなかった。
しばらく彼女の顔をポーっと眺めていると、声がかかる。
「あの……」
しまった。呆けていた。
慌てて挨拶をするレヴィン。
「あ、すみません。花とメッセージを送った藤堂貴正と言います。劇を見させて頂きました」
そう言うと喜色を満面に浮かべて彼女は言った。
「ありがとうございます。劇を見て頂けたようで嬉しいです。あ……わたくしは小笠原祥子と申します」
(ロサーーーーーー!)
「こっちの名前はレヴィンと言います。この世界にはいつから?」
「そうですね……、もう五年になるでしょうか。名前はローサと言います」
「ふむ。記憶が戻ったのは12歳の時ですか? 僕はそうだったんですけど」
「同じです。誕生日でしたし……とても混乱しましたので覚えておりますわ」
彼女は頭を押さえて首をふるふると振りながら言った。
「どういう経緯で転生したんですか? 僕の場合は車にはねられて気が付いたら変なテンションの神様の前にいたんです」
「わたくしはおそらく病気で。気が付いたら神様と名乗る男性が前にいらっしゃったのです」
その後、しばらく変な自称神様の話で盛り上がった。
「それで、種族と身分と職業を決めてくださいと言われました。もういきなりで何がなんだか……」
「そうですよね。なんだかゲームみたいな事を決めさせられて、転生した世界もゲームみたいなんですから戸惑いますよね」
「ゲームを嗜んだ事がなかったので、よく解りませんけれど……ゲームというのはこういう感じのものなのでしょうか?」
「そうですね。ところどころにゲームのような所が見受けられますね。職業とかレベルとか……」
「よく解らなかったのですが、わたくしは女優になりたかったので、そうお願い致しました」
「女優!? 職業が女優なんですか?」
「そうですわ。なんでも『こゆうくらす』とかおっしゃってましたね」
「新しい職業を創ってもらったんですね? やりますね! 僕の場合は職業として無職を創ってもらったんですよ」
「職業なのに無職とはいったい!?」
的確なツッコミがレヴィンを襲う。
その後も話に華が咲いた。
彼女はインペリア王国の王都インビック出身で平民として生まれ、十五歳の時、劇団に入ったらしい。
今まで、他の職業に変更した事はなく、魔物と戦った事もないそうだ。
今では劇団員として、各地を飛び回って公演を行っているという。
ちなみに彼女が演じていたのはヒロインのジャネットだったようだ。
あの劇は脚本をやってみたくて試しに書いてみたらしい。
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
「レヴィン、入るよ~」
間延びした声がしたかと思うと扉が開けられる。
止める暇もなかった。
時が停まる。
椅子に座っているローサを見て固まるアリシア。
「ら、来客中だったんだねッ! ごめんねッ!」
慌てて扉を閉めようとするアリシアと、それを阻止するレヴィン。
「ちょっと待て。何か勘違いしてるだろ!?」
「勘違いって何がかなッ!?」
「彼女はさっき見た劇の劇団員さんだよ」
別にやましい事はないのに、レヴィンはどうしても焦って小声で話してしまう。
「えッ!? そうなの? 何で劇団員さんがこんなところに!?」
「アリシアが劇を気に入ってたみたいだからサインをもらおうと思ってな。彼女はあの劇のヒロインだ」
苦しすぎる言い訳である。
しかし、レヴィンは彼氏彼女の間柄でもないのに、言い訳する必要があるのか?とも思っていた。
すると彼女は納得して彼女に握手をしてもらい、レヴィンが手渡した羊皮紙にサインをもらって自分の部屋に戻っていった。
納得したように装っていたが、もちろん納得などしていないだろう。
彼女には早めに真実を打ち明ける必要があるなと痛感したレヴィンである。
いや彼女だけでなく、仲間達にも話す必要があるだろう。
そうすれば縛りもなくなりかなり戦闘が楽になる。
何より心につっかえているものが取れるだろうと思う。
レヴィンは彼女とこの世界で生きていくために協力する約束を交わした。
そして手紙をやり取りするために住所も教え合った。
ゲームに疎い彼女ではあるが、かけがえのない同郷人である。
大事に信頼関係を深めていきたいところだ。
こうして、突然の同窓会は幕を降ろしたのであった。
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