疲れたので、部屋に戻って休んでいたレヴィンであったが、まだ15時くらいである。
夕食まで寝るかと考え始めた頃に、部屋の扉がノックされた。
扉を開けるとそこには、クラリスが佇んでいた。
「レヴィン様、お疲れでしょうし、甘いものでもいかがですか?」
「甘いもの? お茶でもするの?」
「はい。今、用意させているところですわ」
「解ったよ。フレンダとルビーも一緒にいいかな?」
「もちろんですわ。今、従僕に呼びに行かせておりますわ」
特に断る理由もないので、クラリスについて部屋を後にする。
彼女についていくと、庭園の中にある円形の東屋に案内された。
近くに大きな木が植えられており、低木の花々がその美しさを競うように咲き誇っている。
そこには既にベネディクトが座っており、数人の使用人がお菓子やお茶を用意していた。
「やぁ、もうレヴィンもお茶会を嫌がらなくなったね」
「べ、別に前から嫌がってなんかいないんだからなッ」
何故かツンデレ調の返答になってしまい、顔を赤らめるレヴィン。
それを見て何故だかニヤニヤしているベネディクト。
「もう、お兄様ったら意地の悪い顔になってますわよ?」
そんなやり取りをしていると、使用人に連れられてフレンダとルビー、オレリアが顔を出した。
「お誘い頂きありがとうございます」
「ありがとうございます」
フレンダに続き、ルビーも慣れない様子で挨拶している。
よく考えたらルビーの声をはっきりと聞いたのは初めてかも知れないとレヴィンは思った。
「二人共、どうぞお掛けになって?」
クラリスに促されるまま、席につく二人。
五人のティーカップに紅茶が注がれ、何とも言えない良い香りがこの空間を支配した。
「フレンダさん、ドルトムットからマッカスまでの旅でお疲れでしょう」
「いえ、わたくしは馬車に乗っているだけでしたから……」
「え? ああそうですね。ずっと馬車に揺られ続けるのも疲れるでしょう」
なんだか噛みあっていない会話にレヴィンは、少し頭をひねったが、ベネディクトが事件の事を知らないのだと結論づけると納得してフォローしておく。
「ドルトムットでも道中でも色々あったんだよ」
「そうなのかい? フレンダさん、すまなかったね」
あの一言で、察する辺り流石はベネディクトである。
「いえ! とんでもないですわ」
「フレンダさん達は、王都で何かご予定が?」
ベネディクトはフレンダが訳あって王都へ行くという事しか聞かされていないのである。
「いえ、今のところ特に決まっておりませんの。レヴィン様にお世話になる事くらいですわ」
そう言ってチラッとレヴィンの方を見るフレンダ。
「そうなんだ。フレンダとルビーには、しばらく宿に泊まってもらって、僕の邸宅が完成したらそこで暮らしてもらおうと思っている」
「学校には行かれませんの?」
クラリスの問いかけにレヴィンもフレンダに尋ねる。
「学校に通いたい?」
「いえ、特に考えておりませんわ」
「僕は通った方がいいと思っているよ。魔力操作など学ぶ事も多いし、友達もできるだろうしね」
フレンダの隣りの席では、ひたすらお菓子を食べていたルビーがパァッと明るい顔をするのが解った。
護りたい、この笑顔。
「それに開拓中のナミディアも見せたいところだね」
「それは、僕にも是非見せて欲しいところだね」
「わたくしも見てみたいですわ!」
「クラリスは今年から騎士中学だっけ? 夏休みにでも皆を招待するよ」
その声に、マッカーシー家の二人は大はしゃぎであった。
フレンダも楽しみな様子で、微笑んでいる。
「それで君らは春休み何やってたんだ?」
「普通に静養してたよ。家庭教師に剣の特訓を受けたりもしたな」
「わたくしも同じですわ」
「やっぱり、こっちは暇だね。王都の生活が恋しいよ」
「でもこっちにも友達とかいるんでしょ?」
「ああ、小学校は王都で通ってたけど、幼い頃からの友人はいるよ。でも皆働いたり、奉公に出たりしているからね」
「忙しくて中々会えないのか……」
「わたくしは皆とお茶会をしましたわ」
ベネディクトとは違い、クラリスは昔馴染みとの交流はあるようだ。
そこは男性と女性の違いなのかも知れない。
「皆、早く結婚したいっておっしゃってましたわ。でも良い男性がいないって……」
「ふーん。女性は早く結婚したいものなのか。そういや、ベネディクトは王女殿下と結婚するって聞いたけどどうなん?」
話の矛先が突然ベネディクトに向いたので驚いたのだろう。
彼は少し慌ててカップを口から離して言った。
「一体、誰から聞いたんだい? 確かに父上からそんな話をされたね」
「いや、夫人から聞いたんだよ。確かルシオラ第四王女殿下だって?」
「別に僕もパーティでお顔を拝見したくらいだけど、こういうのは本人の意思とは関係ないところで進んでいくものだからね」
「ルシオラ王女殿下ってどんな方なんだ?」
「確か僕より年上で、金色の御髪が綺麗な女性だったよ。王城内ではその聡明さから王国の至宝とまで言われているらしい」
「ふうん。何にしろおめでたいじゃないか。おめでとうベネディクト」
「ありがとう。まぁたぶん、まずは婚約って形になると思うけどね」
フレンダもベネディクトに祝いの言葉を投げかけている。
そこまで話は進んでいるのかとレヴィンは驚いていた。
(もしかしたらクライヴ様も侯爵から公爵に陞爵するかもな)
これでマッカーシー家も盤石だなとレヴィンが考えていると、クラリスが話しかけてきた。
「レヴィン様は夏休みはずっとナミディアに行かれるのですか?」
「ん? どうしようか迷ってるんだけど、内政面で色々とやることがあるからなーと思って」
「冒険者としての活動はなさいませんの?」
「そうなんだよね。せっかく『無職の団』を創ったのに活動できないのは嫌だな」
「そんな……わたくしも『無職の団』に入りたいですわ」
「わ、わたくしもです!」
クラリスの残念そうな言葉に、フレンダも喰いついてくる。
二人が加わったら『無職の団』も大所帯だな、とレヴィンは感慨深げだ。
「冒険者として何か為し遂げたいなぁ……」
「そうだね。でもそうポンポンと事件は起こらないよ」
「だよな。どこか未踏の地へ探検に行くとか?」
「学生の内は厳しそうだね」
レヴィンは立身出世もだが、世界最強になるべくしてこの世界に来たのだ。
ナミディアの地下迷宮創造も楽しいので、やりたいことはどんどん増えていく一方である。
「ところでフレンダ様の職業は何ですの?」
クラリスの言葉を聞いて、レヴィンは慌ててフォローしようとするが、フレンダは特に気にした様子もなく平然と言ってのける。
どうやら彼女の中では、もう吹っ切っているようだ。レヴィンは強い少女だと感心する。
「わたくしは魔女ですわ」
「魔女? それは一体どのような職業なんですの?」
「闇魔法が使えて、魔神なんかも滅ぼせる力を持つ職業ですわ。それに使い魔なんかも使役できるそうですし」
フレンダはレヴィンがした説明をしっかりと覚えているようだ。
それが彼女の自信につながったようでレヴィンとしても嬉しいところである。
「まぁ、すごい職業なんですのね。わたくしは普通の騎士ですから羨ましい限りですわ」
「騎士だって素晴らしい職業ですわ。主と決めた方に剣を捧げる……たぎりますわ」
「ありがとうございます。わたくしも『無職の団』の名に恥じないような働きをして見せますわ!」
フレンダは王と騎士の主従の関係に憧れを抱いているのか、目を輝かせている。
クラリスも既に『無職の団』に加入した心持ちのようで張り切った姿を見せている。
こうして、レヴィンは女性たちの活き活きとした会話を聞きながら午後の時を過ごしたのであった。
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