第2章突入です。
よろしくお願い致します。
誘拐事件から時が過ぎ、ようやく日常が戻ってきた。
と言っても入学してまだ二か月半くらいしか経っていないので、学校生活が日常であったかと言われれば違うと言わざるを得ない。
レヴィンはと言うと、学校や冒険者ギルドに事情を聴かれたり、司法長官である貴族から取り調べをうけたりと忙しい日々を送っていた。呼び出されて何度も同じ事を聞かれるのと、休日がつぶれて狩りに行けないのとで、かなりのストレスにさらされていた。
ついでを言うと五月病にかかっていた。もうすぐ六月になるというのにである。
「学校行きたくないでござる」
普通の五月病だけならグレン達も活を入れるだけだったろうが、レヴィンが取り調べで苦労している状況を知っている身としては、あまり強くも言えないところがあった。
五月に起きた、中学生誘拐事件は、有力貴族の子息が巻き込まれた事もあり、国王の関心を強く惹いていた。
そのため、事件の解決に向けての進展は速い方であった。
学校では箝口令が敷かれていた事もあって当初は静かなものであったが、事件の進展が速かった事もあってかじょじょに事件の噂で持ちきりになっていった。どうやら貴族の間では、ベネディクトが他の班員五名を先導して悪の組織を壊滅させ、その拠点から脱出したという事になっているらしい。
なので、最早、ベネディクトの人気はうなぎのぼりであった。
校内では彼の取り巻きが増え本人も大変そうだ。
だが、レヴィンにとっては僥倖であった。
日々の心労に加えて、噂の的になっては気苦労も倍増していたであろう
ただ、噂の的にはならなくても、事件の話が聞きたくて当事者の一人である彼に話を聞きに来る者は後を絶たなかった。
最初は、話に付き合っていたレヴィンであったが、今では、適当にあしらう事を覚えていた。
噂の当事者である、ベネディクトであるが、彼は極めて謙虚であった。
有力貴族の長男で、賢者、十二歳と言う事を考えると、調子に乗って増長してもおかしくないだろうに、本当によくできた男である。
ベネディクトは周囲を自身の信奉者に囲まれていたが、彼自身はレヴィンの信奉者であった。
彼の中でレヴィンの評価はクラス代表に選ばれた事で最初から高かったのであるが、この事件で最高潮に達していた。
何かにつけて積極的に話しかけてくる。
(やめてくれ。お前が近くに来ると周囲が騒がしくなる……)
レヴィンがこのような心境に陥っても仕方のない事であろう。
とは言っても特段、彼はベネディクトを嫌っている訳ではない。
ベネディクトはとてもいいヤツで、約束の探知魔法もすぐに教えてくれた。
ついでに秘蔵の魔導書も貸してくれるそうだ。
これがいい男でなくて何だと言うのだ。
そして事件の話を聞きに来る者も少なくなってきた今日この頃……。
レヴィン達のSクラスは神代の言語の授業を受けていた。
神代の言語は今はもうほとんどいないと言われている古精霊族の魔法言語だそうだ。
通常の言語とは別に存在し、魔法陣を描くのに使用されている。
この通常の言語とは違うと言う点が、過去の世界言語の統一化の影響を受けなかったのだろうとレヴィンは考えている。
ちなみに世界言語の統一は神の願いを叶えた報酬であるとも彼は考えていた。
神代の言語はもう数千年も前から存在していたとされる。
古精霊族が滅んだ後から神代の言語が解析され始めたとしても現在まで、解析が進んでいないのは古文書などの資料がそれほど少ないからなのであろう。
レヴィンは、頭の良い学者が何千年かかっても解析できないものが自分に解析できるとは夢にも考えていない。
しかし、自分の思い通りに魔法陣を作成し、新魔法を創りだすのにはロマンを感じていた。
神様の願いを叶えた時の報酬は神代の言語を理解できるようにする事にしようかと考えているほどである。
まぁ、願いを叶えられたとしても、まだまだ先の話であろうが。
やがて授業が終わり、放課後になった。
さて今日も図書館に向うかね、と考えながら身支度を整えているとベネディクトが近づいてくるのに気付いた。
(何故こちらに来るッ!?)
「今日も疲れたね。どうだいこれからどこかでお茶でもしていかないか?」
茶ぁしばきたいなら女子とでも行ってろとも思ったが、別に彼の事は嫌いな訳ではないので、わざわざ相手を馬鹿にするような言動は取らない。おそらく、彼の邸宅への招きを何度も断っていたため、少し方法を変えてきたのだろう。
本当は図書館に行きたかったが、魔導書の件もあるし、別に嫌いなヤツでもないのでこれくらいなら、とOKする事にした。
あ、でもアリシアに文句言われそうだな。
まぁ仲間を紹介する意味でも連れて行ってやろう。
「解ったよ。どこへ寄って行く?」
素直に誘いを受けるとは思っていなかったのだろう。ベネディクトが一瞬言葉に詰まる。
「め、めずらしいね。まさか誘いにのってくれるとは思わなかったよ……」
「断った方が良かったのか?」
「いいや、そんな訳ないじゃないか。嬉しいよ」
「そっか。じゃあちょっと連れを呼んでくるんで待っててくれる?」
「連れ?」
「ああ、冒険者でパーティ組んでんだ」
そう言うとレヴィンは廊下に出ようとする。
しかし、こちらから向う前にアリシアとシーンがSクラスに顔を出した。
「レヴィン、今日はお茶する日だよッ! 図書館はなしなんだよッ!」
「ああ、ちょうど良かった。今からベネディクトとお茶していく事になったんだよ。お前らも来るよな?」
そう言って振り返るとそこには取り巻き連中の顔が並んでいた。
え。そいつらも来んの? ちょっと多すぎない?
そこへアリシアがずずいと前へ進み出るとペコリと頭を下げる。
「いつもレヴィンがお世話になってます」
おい。お前は俺の保護者か。むしろ保護者は俺の方だろ。
「ああ、君はレヴィンとよく一緒にいるね?」
「悪いけど、こいつらも一緒でいいかな?」
レヴィンが口を挟む。
「もちろんだとも! これを機に仲良くなれたらと思う」
こうして許可が降りたところで、皆揃って学校を後にする。
行くのは取り巻きを含めると、七人だ。
ベネディクトの先導の元、ちょっとお洒落なカフェに到着する。
席はなんとか空いているようだった。
案内された席に七人が座る。
レヴィンの対面にベネディクト、そして両側にアリシアとシーンが座った。ベネディクトの脇はもちろん取り巻き連中が抑えている。
全員が自分の分のドリンクを注文した後、ベネディクトは他にも注文している。
何かつまめるものを頼んでいるようだ。
おつまみじゃないよ! 酒じゃないからね!
「でも、今日はレヴィンとお茶ができて嬉しいよ」
感情を素直に表に出すヤツである。まぁ負の感情は表に出さないけど。
実際、こいつが嫌な表情を浮かべたところを見た事がない。
「そりゃどーも。でも何で俺なんかとお茶したいんだよ……」
誘拐事件以降、彼には結構砕けた感じで話をしている。
「嫌だなぁ。事件を一緒に乗り切った仲間じゃないか?」
「皆で脱出したそうですけど、いったいどうやったんですか?」
アリシアが会話に入ってきた。
レヴィンは彼女に超適当にしか説明していない。
地下室に閉じ込められて、皆と協力して脱出しようとしたら、街の警備隊が来てくれて助かったとかそういう感じである。
「そりゃすごかったよ! 僕達は目も口も塞がれ、手足も縛られていた。それなのにレヴィンはあっさり戒めを解くと、見張りを睡眠で眠らせて僕達を解放したんだ」
ベネディクトはよく聞いてくれたとばかりに興奮して語り出した。
アリシアとシーンはその勢いに若干びっくりしているようだ。
「レヴィンさん半端ないっス!」
取り巻きAがお前ホントに貴族なの?といった感じの言葉づかいでヨイショしてくる。
「いや、さんとかつけなくていいから……」
そこに注文したものが運ばれてくる。
「それでね! 密室だった隣の部屋に扉の手前から火炎球を何発も放って何十人もの敵を一気に葬ったんだ!」
それちょっと盛ってね?
それを聞いてアリシアとシーンは敵に同情したようだ。
「鬼だッ! 鬼がいるよッ!」
「鬼畜の所業……」
ひどい言われ様である。
「事件の話なんてもう飽きるくらい聞いてるだろ……」
そんな彼等は、運ばれてきたものに手も付けずに盛り上がっている。
レヴィンはそんな彼等をジト目で眺めながらホットコーヒーを啜った。
ちなみに正式にはコーヒーという名前ではないようなのだが、どう見ても味と香りがコーヒーなので、そう呼んでいる。
話題が事件のそれから世間話に移ったようだ。今はアリシアとレヴィンの話になっている。
「そうなの。レヴィンったら思い立ったら行動が速くってね~。十二歳になってからは特にそんな感じがするよ~」
そうなのか? そう見られていたとはびっくりだ。やはり記憶が戻ってから何かしら変化が見られたようだ。そしてレヴィンは口を挟む。
「そうか? そんな事はないと思うけど……。冒険者は長年の夢だったから。それでアリシアとシーンと、もう一人を誘ってパーティを結成したんだよ」
「いいなぁ。僕もパーティに入れてくれないかな?」
「魔法職は間に合ってマス」
「僕は前衛に職業変更する覚悟だよ!」
「貴族が率先して法律を破ってどーする」
「ああ、勘違いしている人も多いみたいだけど、貴族や王族は職業変更しても法律違反じゃないよ。それに特別に許可される平民だっている」
「!?」
それを聞いてレヴィンは絶句する。まじか。上流階級半端ないってもぉー!
貴族になれれば、他の国に移住したりせずに職業変更可能になるのか。
しかし貴族は色々としがらみがありそうだ。
「貴族か……」
レヴィンがポツリとつぶやいたのをベネディクトは聞き逃さなかった。
「そうだ! またこうして皆でお茶したいよね? 前から誘っていたように、僕の家でのお茶会に来てくれないかな?」
面倒くさそうなのでまた断る気マンマンであったが、彼は口を挟まれる前に追撃してきた。
「ほら。アリシアさん達もクラスの女子からお誘いがあるでしょ? 僕の家で作法を練習していくといいよ」
本当はたいした作法などない。ベネディクトはニヤリと笑みを浮かべた。
「いいのッ!? なんだか貴族のお茶会は怖そうで誘いは断ってたんだよ~」
アリシアとシーンはねー?と顔を見合わせて笑っている。
あかん。
外堀を埋められた。
レヴィンは貴族の強かさに舌を巻いていた。
勢いで取り巻き達も口々に誘いの言葉を口にする。
「僕の家のお茶会にも是非!」
そんなこんなで、今回はお開きになった。
お茶受けはベネディクトのおごりだった。
あかん。借りばかり増えていくのはあかん。
面倒な事になった。レヴィンは心の中でそうつぶやいた。
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