久しぶりに予定のない休日となった。
もう取り調べに行かなくてもいいのかな?
最近、まったく冒険に行けていない。
もちろん、職業レベルUPの努力はしていたが。
今日はストレスを発散できるぞ!と勢い込んでアリシアの家を訪ねると、彼女には予定があったようであっさり断られた。
「本当にごめんね~。レヴィン、今日も取り調べがあるのかと思ってた~」
レヴィンはそう言われてガックリと肩を落とすも、ならば久しぶりに小鬼の連中にでも会いに行くかと精霊の森に向った。
森の西側の奥に分け入っていく。
途中の街道で空を飛んでいたギーを、森では鳥型の魔物、ログハイネと犬のような魔物、ココホリンを狩った。
魔石と素材はもちろん回収する。
そうこうして、無事に小鬼達の秘密基地に辿り着いた。
しかし、誰もいないようで、中はもぬけのからであった。
雨が降ってきたので、秘密基地の中でしばらくボーっとする。
最近ずっと騒がしかったからたまにはこんな静かな日もいいな、と雨が葉っぱにあたる音を聞きながら思う。
すると、入口の方でガタガタ音がした。
皆が来たのかと思い入り口へ移動する。
そこにいたのは、クマベアーであった。
間合いが近い。
とっさに間合いをとろうとするも、先に飛びかかってきた。
やばい。レヴィンは職業変更で騎士になるとミスリルソードを取り出す。
ダガーでは分厚い毛皮に守られてダメージが通らないと思ったからだ。
何とかクマベアーの脇腹に剣を突き刺す。
「ナンダッ!? ドウシタ!?」
入り口の方から小鬼の声が聞こえた。
どうやらタイミング悪く、今、秘密基地に到着したようだ。
「グヌヌ……ナイフが通らなイゾ!」
どうやらナイフで攻撃してくれているようだがやはり短剣程度では刃が通らないようだ。
しかし背後から攻撃が受けた事は理解したようで、レヴィンに覆いかぶさっていたクマベアーは二本足で立ち上がり、背後に爪の攻撃を仕掛けようとした。
そこを見逃すはずはない。レヴィンは空破斬でクマベアーの首を斬り飛ばした。
頭が床に転がり、その巨体が大きな音を立てて倒れ伏す。
「ム? 襲われていたのはレヴィンだっタか!? 」
ようやくこちらの姿を確認できたのであろう。
こちらに声をかけてくる。
「おお、久しぶり! 秘密基地の中を荒らしてすまないな……」
「いやこちらコソ助かっタ。レヴィンがいナかったらクマベアーなど我々でハ倒せなかったダロウ」
四人は協力して魔物を外に出すと、レヴィンが解体を始めた。
「相変ワラず手際ガいいナ」
感心した声でそう言うと、メリッサがギズの脇をツンツンと肘でつついている。
「ウん? アア、あの事カ?」
一人納得したギズがレヴィンに言葉をかける。
「レヴィン、聞いてクレ。お前の話を粘り強ク説明しタところ、特別に村ニ連れて来テヨイと言わレたぞ!」
「本当か!? ありがとう。このクマベアーの肉を手土産にしよう。小鬼族は魔物の肉も食べるんだったよね?」
「おお、いいノカ? それは皆喜ブだろウ」
「じゃあ血抜きをしなきゃな。しばらく待ってくれ」
血を抜いている間、荒れた秘密基地内を整理したり、補修したりして時間を潰した。
「マァ我々は血の味がしても特ニ気にシナイが……」
そう言われたので、血抜きを中断し、肉を斬り分けていく。
それを大きな葉っぱにくるんで背負っていたリュックにいれる。
ギズ達も運ぶのを手伝ってくれた。
「デハ案内しヨウ」
レヴィンは彼等の後を着いて行く。
さらに森の奥に入っていくようだ。これなら中々見つからないかも知れない。
「森の奥に入りすぎたと精霊に文句を言われないのか?」
「ギ。大昔に枝分かれしたが、小鬼も元々は精霊の一種ナノダ。ダカラ文句など言われナい」
「ト、長老が言ってイタわ」
メリッサが付け加える。
体感では一時間くらい歩いただろうか?
ようやく目的地に辿り着いたようだ。
「我々ノ村ヘようコソ。歓迎シヨウ」
村の入り口には見張りが二人、作りの悪い槍を持って立っている。
武器の手入れなどはしないのだろうか?
村の規模はさして大きくない。
村の周囲を柵で囲んでいるようだが、お世辞にも良い出来とは言えない。
「村には何人くらいいるんだ?」
「だいタイ八十人くらいダ」
立ち並ぶ家々の作りは粗末で前世で言うところの竪穴式住居のような感じであった。
そして中央の少し作りの良い大きな家に案内された。
メリッサが先に中へと入っていく。
「ここに司教である、長老がイル。会ってクレるか?」
ギズがそう言うと、レヴィンは「もちろん」とそれに答えた。
メリッサが出てきて入るように促す。
入り口をくぐると中は火が焚かれてて案外明るい。
一番奥におそらく司教であろう、長老とその横に小鬼にしては異常に大きな小鬼――2.5mくらいだろうか――が座っている。
さらに四人の小鬼が火を囲んで座っていた。
誰も口を開こうとしないのでレヴィンは自分から挨拶する事にした。
「初めまして。今日はお招きありがとうございます。クマベアーの肉を持って来たのでお納めください」
そう言うとリュックから魔物の肉を取り出して火の側に置いた。
ずっと立っていると上から見下ろしているようで悪いかと思い、膝をついて腰を落とす。
「ク、クマベアーとな? それはありがたい。感謝する。狭いところだが座ってくれ」
中央の小鬼は幾分流暢な言葉で感謝の言葉を述べた。
それを聞いて腰を下ろすレヴィン。
その後ろに、ギズ、ジェダ、メリッサが同じように座った。
「それで、人間が村を訪れたがった訳を聞こうか」
「僕は小鬼族が言葉を話す事はずっと知りませんでした。彼等と出会い言葉を交わす事で小鬼族に興味を持ちました。言葉が通じる種族同士交流するのに理由がいるでしょか?」
「人間め! 何を企んでいるッ!」
横にいた大柄な小鬼が怒気を含んだ声で怒鳴りつける。
その小鬼を軽くたしなめると、中央の小鬼が再び口を開く。
「それはしたり。最もなことであるな。儂はこの村の長老の一人で小鬼司教のガンジ・ダと言う。横の大きいのは将軍のジグド・ダだ。その他は司祭で長老をしている者達だ」
「僕はレヴィンと言う人間です。こちらこそお聞きしたいのですが、ずっと村への立ち入り許可が降りなかったのに今回突然許可が降りたのはどう言う理由でしょうか?」
ガンジ・ダは居住まいを正して答える。
「まだ子供であろうに。よく頭が回るようじゃ。こちらはお主に頼みたいことがあっての。それは後で説明するとして、お主は何を望むのだ?」
「特に何も。小鬼族がいったいどういった生活をしていて、何を思い何を考えているか知りたいという知的好奇心からここに来ました。強いて言えば、仲良くできれば良いと思っているだけです」
「ほう。何もないと申すか……。確かに人間族の文明は我等を遥かに凌駕しておる。何かを望んだとしてそれが与えらえるとは思えんなぁ。じゃから仲良くする事はこちらとしても願ってもない事じゃ」
しかし、小鬼司教の言葉とは裏腹に周囲に居並ぶ小鬼達からはあまり良い感情が見えなかった。
「しかし、他の小鬼の方々はそうしたいと思っていないのでは?」
「当たり前だッ! 卑怯で小狡い人間よッ! 仲良くしたいだと!? ならばこちらの言う事を聞く事だ!」
「控えろと言ったぞ! ジグド・ダ!」
ガンジ・ダは再びジグド・ダを叱り飛ばす。
「それで何を聞けばいいのでしょうか?」
「うむ……。実はな……これが手前勝手な頼みとは重々解っておるのだが……」
歯切れが悪い。嫌な予感がする。
「我等に協力して豚人を滅ぼせッ!」
ジグド・ダが立ち上がり、こちらを威嚇するように叫ぶ。
なるほど。こいつは俺に豚人を倒させたいのか。
しかし、人を馬鹿にしながらその相手に頼み事をするなんて頭がフットーしているんだろうか?
「すまぬ。実は、ここから西へ行って森を抜ける付近に最近、豚人族が集落を作り始めてな。ヤツ等は森の木を伐り倒し、森を伐り開いておる」
「なんと罰当たりなッ!」
「こんな暴挙は許されまいぞッ!」
周囲に居た司祭ズが騒ぎ始める。
そりゃ昔は精霊だった小鬼族なら怒るのは当たり前か。
「ヤツ等は我々に奴隷を要求し、さらに村のおなごを差し出せと言ってきおったのじゃ。ヤツ等は誰彼かまわず種を撒いては子を生すからのう……」
流石の豚畜生だな。
「それで村を助ける事で僕が得る物はなんでしょうか?」
「「「「なッ!?」」」」
将軍と司祭ズの声がハモる。
何を驚いてんねん。当然の要求だろうに……。
頭わいてんのかこいつら。
「それこそ、我等がお主と仲良くする事でお主の知的欲求とやらが満たされるというところかの……」
流石にガンジ・ダは他のヤツ等とは違うな。
「相手の人口や、村の作りや規模、兵力や装備は解っているんですか?」
「密偵を放ったのだが、詳しい事は解らないのじゃ……人口は我等より多いとの事。そして村は柵で囲まれていて簡単には入り込めないそうじゃ。持っている武器だがヤツ等は冶金技術を持っているらしい。少なくとも我等以上の武装はしているのは間違いないじゃろう」
ふむ。密偵の知的レベルが低いだけなのか、豚人の集落が堅固なのか。まぁ小鬼が豚人の集落に入ろうとしても簡単にバレちゃうし仕方ないか。
小鬼の種族進化ってどうなっているのだろうか? これは魔物使いの条件を解放すべきところか?
魔物使いの能力の一つに『種族進化』というものがある。しかし、解放には獣使いのレベルを上げる必要がある。
そもそも人間の子供一人にどれだけの戦力を期待しているのだろう。
「それで、いつまでが返答期限なんですか?」
「マーイの月の三十日まで……。後、六日じゃな」
うん。解放は無理だ。学校休めば行けるだろうけど。それでも『種族進化』までは取れないか。
まぁ滅ぼさなくても痛撃を与えれば向こうも引いてくれるだろうか?
うーむ。希望的観測は駄目だしなぁ……。
「とりあえず、木を伐り出して柵をもっと太くて丈夫なものにしましょうか。それと柵の手前に深い堀を作りましょう。それと長い槍を作りましょう。刃は鉄がないなら石でも削り出しましょう。これ位は突貫で可能ですよね?」
「無理じゃ!」
あいやぁー!!
「森の木を伐り出すのに抵抗を持っている者が多いし、何より指導できる者がおらん。わしが口聞きをするから、お主が技術面を指導してくれるかね?」
「こちらにも用事がありますから今日くらいしか無理ですよ……。それに木を使えないんじゃ何もできないじゃないですか……」
流石のガンジ・ダも黙ってしまった。
この村をまとめられるのってこいつしかいないんじゃないの? この村大丈夫か!?
レヴィンは頭が痛くなる。
「あッ! 大事な事を聞き忘れてました。豚人って豚人将軍とか豚人王っているんですかね?」
「おそらくだが向こうは豚人王が率いておるらしい……この村にやってきた豚人将軍が言っておった……」
豚人王はランクBの魔物だ。手ごわいどころではない。
レヴィンの今の冒険者ランクはDなのだ。
まぁ鬼王を光弓で倒した経験があるので、豚人王は何とかなるとしてもやはり数の暴力は脅威である。
「ところで、この村では人間を襲った事はありますか?」
突然の話題の転換に長老達が戸惑っている。
ガンジ・ダが厳しい表情で答える。他の者は事の成り行きを見守っている。
「申し訳ないがある。しかし、返り討ちにあって以来手を出していない。森の中で死んでいた者の装備を取った事はある」
「必ず救えるとは断言できませんが、一応、豚人に関しては手を尽くしてみましょう。これから人間には手を出さないと誓ってくれますか?」
「誓おう。この村の司教たるガンジ・ダの名にかけて」
ガンジ・ダは即答した。他の司祭ズが何か言ってくるかと思ったがそんな事はなかった。
あの反抗的な小鬼将軍も大人しくしている。それだけ豚人が脅威だと思っているのだろう。
司祭ズを伴って長老の家を出ると、こちらの様子をうかがうような小鬼が何人もいる。
他の司祭ズを引き連れて、ガンジ・ダと並んで歩いているのはよほど目立つのだろう。
子供らしき小鬼はレヴィンを見ると顔を引きつらせて逃げていく。
「にんげんだァ!」
お前はジパングの子供か。
レヴィンが武器や道具を持って皆を集めるようにガンジ・ダに頼む。
すると、ギズ達にをれを伝えると、彼等は広間に集まるように村内の小鬼達に伝えに行った。
村にある低い櫓のような建造物にいる者が支持を受けて木の板を棒で叩きだす。
辺りにカンカンという音が響き、家のなかに居た者達が顔を出した。
集合の合図だろうか?王都での鐘のような役割を果たしているのだろう。
王都でも緊急時などに鐘を鳴らすそうだ。
アントニーによれば叩く回数や叩き方によって、何が起こったかが解るという。
しばらく待っていると、様々な得物を手に広間に多くの小鬼が集まってきた。
木の実採集や猟に出かけている者もいるので全員とは行かないが、目の前にはそこそこの人数がいる。
彼等の持って来たものを見てまわると、石斧や鉄の剣、鉄の槍は良い方で、竹槍のようなものや単に木を鋭く削っただけのものが多数見られた。
あ。やっぱりこれ無理だわ。正直、頭がクラっときた。
これでは木を伐り倒す事自体、結構難しいように思える。
レヴィンは先程提案した事を長老達に伝えてもらう。
ちゃんと伝わるか不安であったが人間の言う事など聞くまい。全て長老経由で伝えてもらった。
それを確認すると、村の周囲に大地陥穽で空堀を作成していく。
さして大きな集落でもないがかなりの魔法回数だ。それなりに疲れてしまう。
それからしばらく木の加工や細工を見てまわった。
ほんの一部だけだが村の外縁の柵ができあがる。少し太い木を蔦でくくったもので、元の柵よりかは幾分マシなように思えた。
他にも石を削っているところや、戦いには関係ないが、麻のような植物の繊維を取り出している光景を見てまわった。
おそらく彼等が着ている服はこうした繊維をより合わせて作ったのだろう。
最後に豚人の集落を確認しておく事にした。
精霊の森に外縁部にかなりの数の豚人が集まっているのなら人間にとっても脅威である。
冒険者ギルドに報告して討伐してもらう事も可能かも知れない。
暗くなる前に様子を確認しておきたかったので、早めに小鬼の村を出る事にする。
人間の冒険者ギルドに豚人の事を通報しておくと、ガンジ・ダだけに伝え、ギズやメリッサ、ジェダに別れを告げると、豚人の集落へと向かった。
もちろん豚人の集落の位置を知っている者に先導してもらった。
足場の悪い中を二時間ほどかけて歩いた。今日は本当に疲れる日だ。
少し丘のようにせりあがった場所から豚人の集落を観察する。
木を伐り倒したのだろう。木の切り株が多く見える。
周囲は小鬼の村の柵より頑丈そうなものが設置されており、入口には見張りが二人、槍を持って立っている。
中の様子は少し見える程度だ。これでは村の一部しか把握できそうにない。
「どうやって豚人族の数を予想したんだ?」
「夜陰にまぎれてなんとか忍びこんだ。家の数から小鬼族より多いと判断した」
おお、この密偵は思っていたより有能なようだぞ。言葉も流暢だし。
明るいうちは、これ以上の諜報は無理だろう。だからと言って夜忍び込むつもりはない。
今後の予定は冒険者ギルドへ通報して来週に小鬼村を再訪し、手勢を引きつれて豚人の集落へ最後の交渉をしに行く。
決裂するのは間違いないだろうから、その場合はその場でひと暴れして一撃を与え、時間を稼ぎ、冒険者の討伐に期待する。
レヴィンはこの線で行こうと考える。そして密偵役の小鬼と別れて家路についた。
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