朝七時、エクス公国に向う全員がカルマの南門に集まっていた。
イザークとイーリスが護衛依頼を引き受けてくれた事にホンザはとても喜んだ。
報酬の確認にもイザークが文句をつける事はなかった。
こうして、一行はエクス公国への旅路についた。
しかし、カルマを過ぎてすぐエクス公国という訳ではない。
しばらくは領土的空白地となっていた。
魔の森の近くという事もあり、開発が進まなかったのだ。
(そう言えば、以前にカルマの東に開拓村を作ると言う話を聞いたな……)
三十台もの荷馬車が列をなして街道を進む。
そして間もなく、舗装された道から、そうでない道へと変わる。
荷馬車の揺れが激しくなり、ガタガタとうるさい音を立てている。
御者も尻が痛そうだ。
ホンザは本当に店から多くの人間を投入したようだ。
各荷馬車には御者が一人と店の人が二人ずつ武器を持って乗っているようだ。
彼等は魔物とさえ戦った事がないと説明を受けた。
それに対してイザークは邪魔になるから戦闘になっても隠れていて欲しいとホンザに伝えていた。
エクス公国へ向かう道に、他の商人達の姿は見えなかった。
確か、メルディナで複数の護衛依頼が出ていた事をレヴィンは思いだしていた。
彼等も護衛がいないなら無茶はしないだろう。
高値でエクス公国に売りつけたい商人達は今頃歯噛みして悔しがっているかもしれない。
まぁすぐに価格が下落するとは思えなかったが。
進行方向の左手にはなお、魔の森が広がっている。
今のところは森まで50mと言ったところであろうか。魔の森の深い場所にはユーテリア連峰見える。
右手前方にはハーヴェスト連峰の銀嶺が見える。
往来はそれほど多くない。たまに旅人とすれ違う程度であった。
警戒していたが、野盗の襲撃はなかった。
一日目は、魔物の襲撃が一回あっただけである。
魔の森から出てきたはぐれの魔物が数匹だけだったので、イザークとイーリスがあっさり仕留めていた。
レヴィンはと言うと先頭で探知の魔法を使ってずっと索敵をしていた。
先頭は『無職の団』のメンバーが先導し、最後尾にイザークとイーリスがついていた。
探知の魔法は360°で周囲を全てカバーしている。
どこから敵が来ても対応できるように常に探知魔法を発動して先を急ぐ一行であった。
最初の夜が来て休息となると、なるべく荷馬車を固めて停めるようにした。
レヴィンはイザーク達と警備について話していた。
「探知は俺も使えるから一日交代で使っていこう」
「解りました。では明日はイザークさんがお願いします。でも、今の職業は暗殺者ですよね? 魔法も使えるんですか?」
「ああ、職業変更ができない国だから解らないのも無理はない話か。何の職業についていても他の職業の能力を一つだけ使用する事ができるんだよ」
「それは職業熟練でなくてもですか?」
「そうだ。ちなみに職業熟練していれば、その職業の能力も使える」
ちなみに、レヴィンは、職業熟練に達していなくても、どの職業の能力でも使用できる。
これは異世界人であるが故である。
例えば、黒魔導士の今なら、白魔法も時空魔法も、付与魔法も使用できる。他には魔物使いの能力で覚えた『種族進化』も使える。
ただし、騎士の騎士剣技である、『閃裂剣』は武器依存の技なので、ダガーしか装備できない黒魔導士では使えない。
「そうなのか。じゃあベネディクトは今、見習い戦士だけど、他の能力は賢者魔法が使えるって事か?」
賢者は、黒魔法、白魔法、付与魔法が使える職業である。
「ああそうだよ。前衛だけど、賢者が使える魔法を全て使えるので便利だね。そうか、昨日の発言は職業変更の仕組みを解っていなかったからか……」
(昨日の? なるほど。異世界人以外はそう言う仕組みになっていたのか)
それではイザークは暗殺者の能力と黒魔法の能力が使用できるのだろう。
一日目の夜は不気味なほど静かに幕を降ろした。
二日目になると、朝から雨が降り出した。
午前中に豚人の集団に遭遇した。
人数は三十人といったところであった。
イザーク、イーリス、ダライアス、ヴァイス、ベネディクトで前線を押し上げレヴィンとアリシア、シーンは魔法で援護して撃退した。イザークはカルマで、まとめて面倒見てやると言っていた通り、ダライアス達に適格に指示を飛ばしていた。
前線で戦う経験がなかった、ベネディクトにとっては非常にありがたい事である。
また、ダライアスやヴァイスにとっても良い経験となる。
昼の食事を挟んで午後に入ると探知魔法にかかる者がいた。
数はおよそ六人、ある程度近づくと、それ以上寄って来ず、しばらくつかず離れずの距離を保っていたが、そのうち去って行った。
統率のとれた動きのように思えた。その動きからして、おそらく人間の斥候か何かなのだろう。
旅は三日目に突入した。
午後に入るとユーテリア連峰から魔の森を通って流れてくる川が眼前に広がっていた。
この辺りになると、下流なので川幅も結構あるように思える。
一応、ぼろいが橋がかかっており、通行は可能なようだ。
左手に広がる魔の森も、大分遠くに感じるようになった。この辺りは草が繁茂する平地が広がっている。
全荷馬車がなんとか川を渡りきって少し進むと、再び探知魔法に引っかかる存在が現れる。
進行方向からおよそ三十、今渡り終えた橋の方から三十ほどである。
完全な挟み撃ちである。おそらく周到に用意した上での襲撃であろう。
すぐに荷馬車を停止させ、護衛全員に情報共有を図る。
混乱を招いて欲しくないため、ホンザ以外の乗組員たちには伝えていない。
しかし、急に進行を停止したのだ。察しはついている者も多いかも知れなかった。
こういう場合は先手必勝である。
レヴィンは大規模広範囲魔法を使うべく最後尾の先頭で敵を待ち構えていた。
進行方向ではイザーク達が待機しているはずだ。
一団が近づいて来る。
仲間全員に緊張の色が見て取れる。
その距離がつまる。残り10mほどまで近づいた時、あちらから声がかかる。
「おい!命が惜し「亜極雷陣」
有無を言わさず広範囲雷撃魔法を放つレヴィン。
射程内にほぼ全員が入っている。決まれば戦闘不能は間違いない。
バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!
電撃の音と悲鳴が響き渡る。
それがおさまった後には、死屍累々と横たわる屍、もとい気絶した面々が倒れ伏していた。
あっけに取られ、仲間達も動けないようだ。
レヴィンは、走って敵に近づくと全員が動かないのを確認して指示を飛ばす。
「ダライアスは荷馬車の人達と気絶したヤツ等を縛り上げてくれ! 後の皆はイザークさんの援護に向うぞッ!」
動けなかった仲間達は我に返ったようだ。
指示を聞くとすぐに実行に移した。
場面は変わってイザーク達の方も、敵と相対していた。
敵の首領らしき男が大声でイザーク達に話出す。
威圧しているつもりなのだろう。
「命が惜しかったら荷馬車ごと俺らに寄越すんだな。あと身ぐるみ置いてけ。そしたら命だけはとらねぇでおいてやるよ」
「お前ら馬鹿なのか? それを信じる護衛がいるかよ」
「火炎球」
イザークの魔法が敵に放たれる。
その火炎は多くの者を巻き込んで燃え盛る。
先頭に居た首領は器用に魔法から身をかわしたようだ。
「お前ら、やっちまえッ!」
「応ッ!」
「火炎球」
再びイザークの魔法が空気を焦がす。
「火炎球」
魔法の連発に敵は近づけない。
そこへ後方からレヴィン達が駆け付けた。
「おッ、早いな」
「無力化してきました」
レヴィンはそう言うと、火炎に阻まれて近づけない一団に向って問答無用で魔法をぶっ放す。
「爆撃風」
数十名がまともにくらって吹っ飛ぶ。
地面に叩きつけられ怪我をする者、気絶する者が続出する。
「おし、制圧するぞッ!」
イザークの掛け声とともにイーリスとベネディクト、ヴァイスが突っ込む。
なんとか魔法をかわして立っていた者も次々と、一撃の下に切り捨てられる。
ヴァイスも騎士剣技を使って敵を殺してゆく。彼に迷いはないようだ。
一方、ベネディクトはと言うと戸惑いながらも敵の攻撃を良く防いでいる。
夜にイザークに稽古をつけてもらっていたのだが、少しは成果が出ているようだ。
多少傷ついてもすぐに援護の白魔法が彼にかけられる。
主にイザークとイーリスによって瞬く間に敵は一掃されたのであった。
「いやー素晴らしいッ!」
戦況を見守っていたホンザが全員を賞賛した。
「あれほどの野盗……もう駄目かと思いましたぞッ!」
目の前には縛り上げられた野盗が四十人ほど地面に転がされている。
敵の首領は戦死したようだ。
「で、こいつらどうする?」
「この辺に町も村もない。警備兵に引き渡すために連れて行くのも足手まといだ。縛って放置しておこう」
ホンザは殺す事を選択しないようだ。
「それがいいかと思います。無抵抗の者を殺すのは気が引けますし……」
レヴィンも同意する。
進行ペースが落ちるのは非効率だ。とても連れて行ける状況ではない。
かと言って殺すのも気が進まない。甘いかも知れないが。
イザークに何か言われるかとレヴィンは思ったが、何も言われなかった。
結局、ちょっとした聞き取りをしただけで、縛り上げた野盗を放置したまま、一行は旅を再開した。
その日はそれ以降、何者にも襲われる事はなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!