ドルトムットの屋敷に戻ったのは、西の空が赤く色づき始めた頃であった。
服はもちろん、貴族服に着替えてある。
馬車は置きっぱなしで出かけたので、特に出迎えなどはない。
そんな事はどうでも良いので、屋敷にさっさと入り、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、執事のジェルマンに出会う。
「これは、ナミディア卿、お戻りになられましたか。夕食は十九時からとなっております。喪中につき、大したものも出せず申し訳なく存じますが、時間が参りましたらお呼び致しますのでよろしくお願い致します」
「いえいえ、ジェルマンさんが気にする事ではありませんよ。夕食の件は承知致しました」
頭を下げて、そそくさと立ち去ろうとするジェルマンにレヴィンは今日一日の事を聞いてみた。
「今日何か変わった事はありましたか?」
「変わった事でございますか? はて……特にはございませんが……」
「ドルトムット卿のご様子はいかがですか? ロマーノ殿の件でやはり、気を落としていらっしゃるでしょう」
「そうですな。旦那様は執務以外は、一日、自室に閉じこもっておいででした」
「フレンダ嬢はどうですか?」
「お嬢様も今日は閉じこもっておいででした」
レヴィンは、ジェルマンにお礼を言って彼と別れた。
再び、自室に向かって歩いていると、今度は後ろから声をかけられる。
「これは、ナミディア卿。今、お帰りですか。どうです、この街は?」
「マイセン殿ですか。非常に美しい街だと存じます。ただ、少し広場が騒がしいようで」
疲れからか、ついつい皮肉めいた事を言ってしまうレヴィンであったが、マイセンは特に気にした様子もなく言ってのける。
「ふははは。広場はもうずっと騒がしいですよ。今日も司祭達がフレンダの弾劾でもやっていたのでしょう?」
「ドルトムット家としては、お止めにならないので?」
「父上と神殿は折り合いが悪いですからね。止めるように働きかけても神殿は動かないのでしょう」
「あの様子が街の日常風景とは、いささか異常なのでは?」
「そうですね。父上も速くご決断なされば良いものを。なんだかんだと甘やかすからドルトムットは不幸が続くのですよ」
相変わらずフレンダの事を話す時は容赦がない。
「なるほど。そうかも知れませんね。それでは、私はこれで……」
部屋に戻ったレヴィンは、ベッドにダイブして誰に言うでもなくつぶやいた。
「今日は結構動いたな。疲れた……」
そして、レヴィンは意識を手放したのであった。
部屋をノックする音で目が覚めた。
レヴィンは目をこすりながらベッドから起き出すと、服がしわになっていないか確認しつつ、部屋の扉を開ける。
そこにはドルトムット家の従者の姿があった。
夕食の準備ができたとの事だったので、部屋に向かうレヴィン。
部屋に入ると、まだ全員揃っていないようであった。
来ていないのは、次男のセグウェイのようだ。
ウォルターも既に来ていたらしく、レヴィンの席の後ろに陣どっている。
しばらく待ってもこないので、ボーッとしていると一人の従者が部屋に入ってきて言った。
「セグウェイ様がお部屋から出ていらっしゃらないのですが、いかが致しましょうか?」
「お客人を待たせるとは……もうよい。食事を始めよう」
ドルトムット卿が少し怒ったような口調でそう言った。
しかし、それに異を唱える者が現れる。
マイセンである。
「父上、昨日の今日です。何か胸騒ぎがするのですが……」
「ふむ……そうだな。私が行ってこよう。ジェルマンも参れ」
「では、私も」
マイセンも着いていくようだ。レヴィンも心配になったので、着いていく事にした。
結局、ドルトムット卿とマイセン、ジェルマン、そしてレヴィンと従者三名でセグウェイの部屋に向かう事となった。
セグウェイの部屋は2階の中庭に面した場所にあるらしい。
部屋の前に到着し、呼びかけたり、ノックしたりしてみるが、応答はなかった。
マイセンの提案で、扉を蹴破る事にした。
全員で蹴破ろうとするが、中々扉は空く気配を見せない。
良く考えたら魔法でぶち破ればいいじゃんとレヴィンが思いついたのは、それからしばらく経った時であった。
他の全員を扉から離れさせると、扉に手を添えて魔法陣を展開するレヴィン。
「強振破撃」
ゴバァ!!
かなり大きな破砕音を残して扉が破壊される。
中は灯りがついておらず薄暗い。
レヴィンの部屋には魔導具の照明があったので、この部屋にもあると思うのだが、よく解らない。
スイッチ一つで灯りが点灯する訳ではないので、レヴィンが光球の魔法を数個、部屋の中に放り投げる。
すると、光球に照らされて浮かび上がる影が一つあった。
レヴィンがそちらの方へ目を向けると、こちらに背を向けてソファーに座る人物がいるのがぼんやりと見えた。
セグウェイは二人掛けのソファーに座っているようだ。
ドルトムット卿は、セグウェイの正面に回り込むと声をかけようとして、絶句した。
「ッ!?」
その様子を不審に思ったのか、マイセンが口を開く。
そして、ソファーに寄りかかるセグウェイの肩に手をやった。
「父上、どうなさったのです? おい、セグウェイ! 何をやっている?」
すると、セグウェイの体がずるりと傾いて左側に倒れ込む。
体は、ひじ掛けに引っかかって止まった。
「すぐに医者を呼べッ!」
我に返ったのだろう。絶句していたドルトムット卿が叫ぶ。
それに、反応したジェルマンが弾かれたように行動を開始する。
レヴィンも何事かと思ってセグウェイの正面に回り込むと、そこには体を傾けて、だらりと力なくソファーに寄りかかるセグウェイの姿があった。ドルトムット卿は医者を呼ぶように言ったが、既に息をしていないように感じる。
おそるおそる近づいて、念のため首を触り、脈があるか確認してみたが感じられなかった。
今度は離れて観察してみるレヴィン。
ソファーの前のテーブルにはワインボトルとグラスが置かれている。
特に争った形跡も見られない。
前世界ではミステリー小説も読んでいたレヴィンだが、読むけど推理しない系読者の彼は、現場を見ても特にピンとくる事はなかった。
話を聞きつけて、ドルトムット夫人やフレンダ、オレリア達も部屋に駆けつけたようだ。
現場を保存するという概念がないのか、夫人はセグウェイに縋り付いて泣いている。
我が子が立て続けに亡くなったのだ。冷静でいられないのは仕方ないのかも知れないが。
やがて、ロマーノを見ていた医者がやってきて、セグウェイの死亡が確認された。
フレンダは、どこか冷めたような表情をしている。
その後、ドルトムットの警察機構が介入し、現場に調査員らしき人々が派遣されてきた。
警察的な役割を持ってはいるが、事実上、ドルトムット卿の配下なので適正な捜査が行われるかは解らない。
調査員が来たので、全員が現場を追い出された。
食事がまだだったので、食事の部屋に戻ったのだが、ドルトムット夫人やフレンダは料理が喉を通らなかったようだ。
そして、全員が自分の部屋へと戻って行ったのである。
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