「なんたる無様だッ!」
マイセンの激昂した言葉がレヴィンに降りかかる。
物言わぬドルトムット卿を背中におぶって、フレンダと共に、邸宅に帰還したレヴィンに浴びせられたのは、マイセンの無慈悲な言葉だった。
「お兄様! レヴィン様はよくやってくれましたわ。魔族を倒したのですよ?」
「お前は黙っていろッ! なんでお前でなく父上が亡くなるのだッ!」
「……」
あんまりな言葉に二の句が継げないフレンダ。
ドルトムット夫人は、ベッドに横たえられた亡骸に縋り付いて泣き叫んでいる。
「警備隊に任せるべきだったのだッ! お前がでしゃばったせいで父上は死んだのだッ!」
「マイセン殿、我が主に対して、言葉が過ぎますぞ」
ウォルターが静かに怒りを燃やしている。
「何だと、執事風情が……それがドルトムットの領主に対する態度かッ!」
「領主ですと? 領主はドルトムット卿のはず。あなたの方こそ、言葉を慎むべきでしょう」
「父上が亡くなったのだ。この家を継ぐのは俺なのだぞ?」
「あなたはまだ正式な当主ではない。王家へ届け出なければ認められませんぞ?」
貴族の代替わりは、アウステリア王家へ申告する必要がある。
王家が正式に認めなければ、当主にはなれないのだ。
「ふん。認められないはずがない。伯爵家に盾突いた事、後悔しても遅いぞ」
そう言うとマイセンは、部屋を出て自室へと戻って行った。
「ウォルター、すぐに手紙を書く。マッカーシー領へ早馬を出すぞ。そして俺達も直ちに出発して、マッカスに寄った後、王都へ戻る」
「御意」
レヴィンはフレンダにその旨を伝える。
明日には、マイセンが神殿にフレンダを差し出す可能性がある。
もたもたしている時間はない。
「フレンダ嬢、明日出発致します。ドルトムット卿の葬儀に出られなくなりますが我慢してくださいますか?」
「解りました。すぐに準備を致しますわ。それで……一緒にお母様とルビーを連れて行く事はできませんか?」
「夫人とルビーさんを?」
レヴィンは考える。
マイセンが現当主ではないとは言え、重要人物を連れ出したとなると流石に名聞が立たない。
しかし、これはフレンダを連れ出した時点で同じか、とレヴィンは考え直す。
「解りました。一緒にドルトムットを脱出しましょう」
「ありがとうございます! 二人には、わたくしから話しておきますわ」
「お願いします。では朝に」
そう言うと、レヴィンはウォルターに早馬の手配をさせ、手紙をしたために自室へと戻る。
ドルトムットでお家騒動ありと王都へ報告し、マッカーシー卿に根回しと協力を頼むのだ。
後は、捕虜にした者を証人として王都に送りたいところだ。
「できれば、エイベルさんとアニータさんにも協力を要請したいな……」
そうつぶやきながら、自室へと向かうレヴィンであった。
◆◆◆
「そんなッ!? お母様ッ何故ですッ!?」
フレンダの声が部屋に木霊する。
「わたくしは、もう疲れてしまいました……」
そう言うとカーラ――ドルトムット夫人――は目を伏せて言った。
「この数日で、夫と息子二人を失くしたのです」
「ここに居てはお兄様に何をされるか解りませんよッ!?」
フレンダも必死だ。一時期遠ざけられていたとは言え、自分の母親なのである。
彼女には母親が自暴自棄になっているようにしか見えなかった。
「フレンダ、落ち着きなさい。わたくしには何の価値もありません」
「そんな……価値がないなどと……だからと言って放っておけませんッ!」
「落ち着きなさい。マイセンは、時期当主の身……もしわたくしを無碍に扱えば彼の名声に傷がつきましょう。何の心配もないのですよ」
それでも心配なフレンダは説得の言葉を探し続ける。
「それにしても強引にレヴィン様を視察に誘って良かったわ」
「えッ?」
「あなた達を護って頂けますもの」
その言葉に絶句するフレンダ。
「まさか、こんな事態になるとは思ってもみなかったけれど、神様はドルトムットを完全には見離さなかったようね」
そう言ってカーラはフレンダをそっと引き寄せてふわりと抱きしめる。
「フレンダ、あなたを傷つけてしまった事……ごめんなさいね。こんな事、今更なんでしょうけれど……」
「お……母様……」
「これからはルビーと共に心機一転、頑張るのですよ?」
「はい……」
フレンダがそう返事したのを聞いて安心したのか、カーラは彼女から体を離して、回れ右をさせた後、トンと両肩を軽く押した。
まるで、言っておいでとフレンダを送り出すかのように。
「元気でね……」
カーラが最後にかけた声は、小さくてフレンダに届いたか解らなかった。
そして、その声は虚空に溶けて消えた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!