最初の襲撃があってから、一日が経った。
イザークがホンザに話しかけている。
「この辺って野盗が多いのかい?」
「どの国にも属していませんからな。この辺りは。ですから野盗も多いと聞いています。中でも最大の野盗集団『南斗旅団』が有名ですな。旅団の幹部は賞金首になっているはずです」
この辺りは豊かな土地ではないようだ。
草が繁茂していた平地とはうって変わって、一面の荒野が広がっている。
右手には前方にも後方にもハーヴェスト連峰の山々が連なっているのが解る。
そしてその裾野には森が広がっていた。
「あと三日もすればエクス公国領の最初の村に辿り着く頃でしょう」
先頭でそんな会話がされている頃、後方でも、野盗の話題が上がっていた。
レヴィンが昨日聞き取った内容について思い出していた。
「嘘か本当かはともかく、ヤツ等の職業はかなり多岐に渡っていたな。統一性がないというか」
「そりゃ、野盗になんかになるのは食い詰めたヤツ等なんだから当然だろ?」
ダライアスがそう決めつける。
「でも組織だった攻撃をしてくるようなら、昨日の戦いのようにはいかないだろうな」
「そこらのゴロつきのようなヤツ等が上手く統率できるとは思えないけどな」
ダライアスは不安なのだろうなとレヴィンは考察する。
それ故、不都合な可能性を否定しようとしているのだろう。
「そうかな? そうなら犯罪組織なんてできないと思うんだけど……」
「アリシアの言う通りだと思う。今後、統率のとれた襲撃をしてくる野盗が出てもおかしくないよ」
レヴィンはアリシアの言葉に同意する。
「あそこがやばそうだな」
イザークがイーリスに話しかける。
「小高い丘に囲まれた場所を街道が通っている。上から弓でも射かけられそうね」
「あそこは交通の難所です。切り抜けられるでしょうか?」
「おいおい、おっさん。あんた護衛なしで向かおうとしてたんだろ? 覚悟がないとは言わせないぜ?」
「も、もちろん覚悟はあります。ただ店の者が大勢いるので心配になってきまして……」
おいおい、今更な心配だなとイザークは内心そう思っていた。
最初の襲撃を無傷でしのげたのだ。欲が出ても仕方がないのかも知れない。
そして、その丘陵が大きく見えるようになり、いよいよと言うところで一度打ち合わせをする事にした。
ホンザの店の者や御者を含めた、一同が集まった。
レヴィンとイザークが全員の前で話を始める。
「もうすぐあの丘陵にさしかかる。野盗の襲撃があるとすれば十中八九あそこだろう」
「そうですね。あそこで間違いなく孔明の罠が来るでしょう」
「コウメイ? なんだそれ?」
「すみません。気にしないでください。左右の丘の上から弓でも射かけてきそうですね」
「弓矢で一斉攻撃した後、前後から挟み撃ちが来るだろうな……いや全員動かなくなるまで打ちまくるか?」
「まずは、矢避けのために風の結界を皆にかけましょう。普通の弓程度なら体まで届かないと思います。後は、味方強化の魔法をかけた上で通過するべきですね」
「そうだな。それと、もし強襲されて荷馬車を奪われた場合だが、固執せず、馬車から飛び降りることだな。これは徹底してくれよ? 荷物だけなら後で取り戻せるかも知れんが、命は取り戻せんぞ」
イザークは全員に目をやって脅すような口調で言った。
そして、さらにこう付け加える。
「人質に取られた場合は覚悟を決めるんだな。俺達は人質がいても気にしない」
その場の雰囲気が変わる。一気に緊張感が高まった。
「まぁ、相手も荷馬車を奪うのが目的だろうから火の魔法は撃って来ないでしょうし、奪われない限り荷馬車から降りないでくさい」
レヴィンは敵が撃ってくる魔法の種類も限られると踏んでいるようだ。
アリシアとベネディクトが一人一人に付与魔法をかけていく。
「風魔封界」
「防守固界」
かけるのは、風の結界、耐久力上昇、防御力上昇、魔法耐性上昇などだ。それに加えて武器の威力上昇、力上昇や魔力上昇などは護衛だけにかける。
そしていよいよ一行は周囲を丘陵に囲まれた、街道にさしかかった。
その時、空気が震える。
丘の上に鯨波のように人影が姿を現す。
その手には弓が握られている。
「放てッ!」
号令一下、谷を通る者全てに弓矢が放たれる。
しかし、谷を通る者はだれ一人として回避行動を取らなかった。
矢は淡い緑色の結界に阻まれ、体まで届かない。
普通の弓を使った攻撃ではまず突破できない。
威力の高い弓や自動弓、スナイパーの能力『一撃必殺』くらいでないと貫くのは難しいであろう。
「何ッ!?」
驚きの声を上げる指揮官らしき男。
しかし、混乱は起きない。
矢継ぎ早に命令が下る。
「弓隊は引けッ! 魔導士隊前へ!」
しかし、相手に魔法は撃たせない。
「爆撃風」
「凍結球弾」
「電撃」
レヴィン、イザーク、ベネディクトの魔法が丘の上の魔導士たちに襲いかかる。
レヴィンの魔法は、弓隊もろとも五、六人の魔導士を吹っ飛ばす。
イザークの魔法は、指揮官もろとも魔導士四人を氷に閉じ込める。
ベネディクトの魔法は、魔導士一人に突き刺さる
ここで初めて丘の上の野盗達に動揺が広がった。
丘の上の一人が赤い旗を振り始める。
すると、荷馬車隊の前後からレヴィン達の予想通り、野盗達が大声を出しながら突撃をかけてきた。
「野郎共ッ! 残さず分捕れッ!」
その声を聞いたレヴィンが敵を無力化するために、指示を出した者へ向けて続けざまに魔法を放つ。
「亜極雷陣」
「魔鏡反射」
レヴィンの声と、敵の声が重なる!
(マズいッ!)
レヴィンは唇を噛んだ。
敵にそこまでの高レベルの魔法が使える魔導士がいるとは考えていなかったのだ。
(なんでそんなヤツが野盗やってんだよッ!)
しかし、行動は止めない。声を聞いたと同時にその魔導士に向って走り出すレヴィン。
反射された雷撃はランダムにその威力を解放し、それにヴァイスとダライアス、アリシアが巻き込まれる。
一気に間合いを詰めると、レヴィンはその魔導士にミスリルソードを振り下ろす!
その瞬間、魔導士は胸の辺りまで体を左右に両断されていた。
「ハヴェルッ! おのれぇぇ!!」
両断された魔導士の名前を叫ぶのは、フルフェイスの兜をかぶりフルプレートの鎧を着こんだ大柄な騎士であった。
レヴィンはすぐさま、フルプレートの騎士を指揮官の一人だと判断し、間合いを詰める。
相手は大振りの大剣でレヴィンの横薙ぎを受ける。
続けて五合ほど打ち合う二人。レヴィンはその五合で相手の実力を判断し、乱戦になる前に引く事を決断する。
その隙に倒れているヴァイス達の方へ向かう野盗達。
「高速飛翔」
魔法を発動するとレヴィンは一気に野盗を追い抜かし、倒れているヴァイスとダライアスの元へ飛んで行く。
そして、シーンとベネディクトを呼ぶと彼等はアリシアを担いでこちらに駆け寄ってくる。
その瞬間、レヴィンは魔法を発動する。
「地精波紋」
大地を波紋が走る。
それが広がり、野盗達に触れた瞬間、土の錐が彼等を貫く。
次々と悲鳴が上がり、血を流してその場で動けなくなる野盗達。
しかし、敵の数が多すぎる。
味方の屍を乗り越えて殺到する彼等。
近寄らせては状況は悪くなる一方である。
「爆撃風」
圧縮された空気が破裂したかのように荒れ狂い、十数人ほどが吹っ飛ばされる。
それでも後から後から湧いてくるかのように突っ込んでくる野盗達。
『南斗旅団』は荷馬車後方に主力五十人をぶつけていたのである。
レヴィンの魔法でその数を減らしていたが、それでも後、二十人はいるはずだ。
荷馬車の先頭でもイザーク、イーリスと野盗およそ三十人の戦闘が開始されていた。
接近される前にどれだけ数が減らせるかが勝負の分かれ目であろう。
「火炎球」
イザークが離れた敵に火炎球をぶちかます。
「サンダーブレード」
イーリスは魔法剣を発動する。
これは剣に雷をまとわせているため、かする程度でも相手を痺れさせる事ができる。
使い勝手の良い魔法剣である。
「火炎球」
「火炎球」
イザークが魔法を連発する。
荷馬車の前方に位置どっているため、そこまで火炎は届かない。
数発も放つと、回避してきた敵と顔を突き合わせることになった。
斬り合いになる。
イザークもイーリスも剣を片手に、よく防戦している。
しかし、敵の質も高いようで、一撃必殺とはいかないようだ。
「『南斗旅団』を舐めるんじゃねぇ!」
敵の指揮官らしき男が叫ぶ。
イザークとの距離はもう5mもない。
「おいッ! てめぇ! とっととかかって来いや!」
「『南斗旅団』のカシュパルだ!」
てめぇ呼ばわりされて腹が立ったのかイザークにまっすぐ突っ込んでくるカシュパル。
剣と剣が交錯する。
イザークがフェイントをかけて横腹を狙う。
しかし、カシュパルはそれを見抜き、弾き返すと、横薙ぎの一撃を放つ。
再び剣が交錯し、鍔迫り合いとなる。
互角の勝負が繰り広げられ、その隙に次々と敵が荷馬車を分捕っていく。
イーリスも苦戦していた。
敵の腕は野盗如きと舐めてかかれたものではない。
なんでこんなのが野盗をやっている?と彼女は内心一人ごちる。
彼女が相手しているのは大振りの斧使いだ。
大きな体躯から繰り出される一撃は重く、受け太刀するのは危険である。
彼女はそれを解っているのか、紙一重でひらりひらりとかわし続けている。
その斧使いの男は狂戦士であった。
「俺達が引きつけている間に荷馬車を奪えッ!」
先頭での戦いは圧倒的不利な状況へと推移していった。
「爆撃風」
後方での戦いも白熱していた。
魔法で吹っ飛ばすもいよいよ接敵されて白兵戦が開始されている。
レヴィンとベネディクトが敵と切り結んでいる。
雷撃の痺れから回復したヴァイスとダライアスも戦線に復帰している。
彼等はアリシアとシーンを護る陣形で戦いを繰り広げていた。
「ぐッ!」
一番斬り合いの経験が少ないベネディクトが苦痛の声を上げる。
しかし、追撃はさせじと、すかさずシーンが回復魔法を彼にかける。
「電撃」
ベネディクトは魔法を牽制に使いながら何とか戦っている。
ヴァイスもまた互角に相手と切り結んでいた。
油断できる相手ではない。相手もまたヴァイスと同じ騎士であった。
「無明剣」
しかし、騎士剣技を発動して敵にダメージを与えると、相手は錯乱状態に陥った。
その隙をついてヴァイスの剣がうなる。
その瞬間、敵は脳天を叩き割られていた。
一方、ダライアスは新米剣技を駆使して敵と戦っていた。
「脱穀!」
その技を発動すると、彼をまばゆい光が包み込む。
技量を大幅に強化する技だ。
さらに次々を技を繰り出すダライアス。
「ライス打ち」
「ライス斬り」
その一撃は敵の戦士を袈裟斬りに薙いでいた。
レヴィンも剣の応酬に押され始めていた。
剣技では相手の暗黒騎士に及ばない。
何度も何度も斬りつけられるが、その度にシーンの回復魔法が彼を救っていた。
敵の暗黒騎士も離れるとレヴィンから魔法が飛んでくるのは解り切っていたので、何とか離れないように戦っていた。
商隊の護衛が『南斗旅団』の猛者に足止めされている隙に次々と荷馬車が奪われ、エクス公国方面へ走り去っていた。
レヴィンはその一台にダガーを投げ入れる。
それは馬車内の小麦袋に刺さってとまる。
やがて、荷馬車の多くが走り去ったのを見届けると、足止めしていた野盗達は倒れている仲間を置き去りにして各方向へ走り去って行った。丘の上にも最早その姿はない。
敵を大勢倒したとは言え、奪われた荷馬車は十八台。
御者やホンザの店の者は怪我を負っている者もいたが、逃げていて何とか無事だった。
こうして、襲撃は『南斗旅団』の勝利に終わったのであった。
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