夕食が終わると、ウォルターから聞き取りを行うために彼を部屋に呼ぶ。
「今日はどうだった? どこかに出かけてたみたいだけど」
「今日は神殿に行って要人に会っておりました。お相手は、フランケン・ダズムンド司教です」
「司教だって? また大物が出て来たな」
ここで司教が出てくると言う事は、本当に神殿あげてフレンダを弾劾しているのだ。
「ドルトムットの神殿の最高責任者です。会談の内容ですが、襲撃の依頼ですな。対象は、レヴィン様とドルトムット卿です。先程、襲撃にあったと仰せでしたが、大丈夫だったのですか?」
ウォルターが心配げに聞いてくる。
「うん。問題なかった。襲撃はやっぱり今夜ある感じかな?」
「その通りでございます。レヴィン様が王都にお戻りになるので焦っているようでした」
「まぁ僕が帰るのが嫌と言うより、一緒にフレンダ嬢が王都へ行ってしまうのが嫌なんだろうな。何とか、彼女がいるうちに不幸を起こしたいんだろうよ」
「私はどう動けばよろしいでしょうか?」
「ウォルターはドルトムット卿の護衛を頼む」
そう伝えると彼はレヴィンの部屋から出て行った。
ドルトムット卿には、昨夜、警備を厚くするように進言してある。
今日確認すると、彼の身辺には屈強な護衛が付きしたがっていた。
後は、レヴィン自身だ。二人を狙うならどうやって襲撃してくるだろうかと一人頭を働かせる。
「どうせ来るなら深夜だろ。察知の魔法を部屋にかけておくか……」
察知は、対象に近づいたり、対象が魔法を含む、何らかの攻撃を受けた場合に役立つ魔法である。
レヴィンは察知を部屋にかけると、まだ寝るには早い時間なので、蔵書室に向かう事にした。
蔵書室に入ると、ほこりとカビのにおいが鼻についた。
ここでレヴィンが見つけたかったのは、闇魔法の魔導書だ。
あまり広くない室内を片っ端から調べていく。
時々気になったタイトルの本を手に取っては中身を確認していくが、どれにも闇魔法についての記載はなかった。
何回も同じところを繰り返し確認するが、やはり見つからない。
レヴィンは、闇魔法については諦めて面白そうな本がないか探し始めた。
しばらく本を物色していると、一冊の本が目に入った。
『ナーガ海沿岸諸国放浪記』というタイトルが書かれている。
巻末の記録を見ると、ルニソリス歴14××と言う記述が見えるが何年かまでは文字がかすれて見えない。
しかし、1400年代だとすると、シ・ナーガ帝國分裂前のはずである。
レヴィンは昔の事は全く知らないので、これは助かると思い読み始めた。
この本の作者は、ナーガ海を西に向かっていたのだが、沿岸を荒らしまわっている海賊に捕えられたらしい。
しかし、生粋の変人であった作者は、その海賊に気に入られ、一緒に西方の現在で言う都市国家連合がある場所を旅したようだ。
この都市国家連合は、シ・ナーガ帝國時代には自治の意識が高い都市として、帝國に組み込まれていたようである。
帝國の支配が弱まった現在、ナーガ海沿岸の都市がいくつも集まって都市国家連合を作ったという。
この本は、シ・ナーガ帝國時代の沿岸都市の様子がリアルに描写されており、キグナス、テネス、マルドネという都市の事が書かれていた。どの都市も自前の軍隊と水軍を持っており、貿易船の寄港地として莫大な富を誇っていたと書かれている。
中でもキグナスは虎人族の長、デリア・グロッサを頂点とした獣人を中心とした都市であり、都市群の中でも群を抜いて豊かで精強であるそうだ。キグナスの事が気になったので、飛ばし飛ばし読んでいくと、キグナスは温暖な気候で、ワインの名産地であり、大穀倉地帯でもあるらしく、シ・ナーガ帝國が領土的野心を持って侵略してきた事が幾度となくあったようである。
しかし、グロッサを中心に頑強に抵抗した結果、自治は守られたという。
グロッサはその勇猛さから万夫不当の二つ名で呼ばれていたと書かれていた。
ここまで熱中して読んでいたレヴィンだったが、今はのんびり本を読んでいる場合ではないとようやく我に返ったのであった。
本を閉じ、元の場所に戻すレヴィン。
蔵書室から戻ると、もういい時間帯になっていた。部屋の時計は11時を指している。
少し蔵書室に長居し過ぎてしまったようだ。レヴィンはすぐに床に就いた。
それから、どれくらい経ったろうか? レヴィンは突然、ハッと目を覚ました。
察知の魔法の効果はこのように表れるのかと一人で感心しつつ、ベッドからはい出ると、ベッドの脇に身をひそめる。
侵入経路は、扉か窓か。
そして、その瞬間がやってきた。
カタッ
窓の方から音がしたかと思うと、ゆっくりと窓が開く。
どうやら鍵なんて飾りらしい。偉い人には解らないかも知れない。
入ってきたのは、五人。日中に刺客を二組とも撃退したので多めに戦力を投入してきたようだ。
暗闇に目が慣れているのと、窓から微かに月明かりが射しているので良く見える。
全員が部屋に入ったのを確認すると、侵入者のど真ん中に、最大出力で光球の魔法をぶち込むレヴィン。
もちろん、目は閉じている。
「ガッ」
どうやら侵入者の目を焼く事に成功したようだ。
ぬるぽっぽい叫び声を上げた彼らに動揺が広がるのが伝わってくる。
「神霊烈攻」
魔霊界から干渉し、精神にダメージを与える魔法である。
ただの人間にはきついだろう。レヴィンは、目を開けると侵入者の末路を確認する。
するとそこには、倒れている者が三人と、何とか耐えきった者が二人立っていた。
「凍結球弾」
三人を倒したとは言え、油断はしない。
すぐさま、魔法を発動すると氷の球体が残りの二人に迫る。
次の瞬間、レヴィンは信じられない光景を目にした。
パキィィィィィン
おかしな仮面をしている方が右手を前に突き出したかと思うと、氷の弾を掴んで握りつぶしたのだ。
(こいつ人間じゃねぇッ!)
すると、もう一人がベッドを回り込んでレヴィンの傍へ駆け寄って来る。
手には短剣が握られている。速いッ!
レヴィンはベッドの脇から身を躍らせると、抜剣して短剣を受け止める。
こちらは長剣サイズだが鍔迫り合いになる。
レヴィンは強引に蹴りを放つが向こうは難なくかわし、大きく後ろに飛んで間合いをとった。
レヴィンの目の前にはヘンテコな白い仮面を被ったヤツ――魔神サテライト――と、黒装束に黒頭巾のヤツ――悪魔ガルナード――が身構えている。
「何者だッ!」
ここに刺客が来たという事はドルトムット卿の方も襲撃されていると考えた方がいいだろう。
速く片づけて何とか援護に向かいたいものだと少し焦るレヴィン。
その時、遠くから大きな音が聞こえてきた。
ドルトムット卿の部屋からかも知れない。
レヴィンの誰何に何も答えない二人。
緊張感がジリジリと高まり、今にも弾けそうになったその時。
闇が動いた。
サテライトが左手から光弾を打ち出す。
同時に、ガルナードも手から光弾を打ち出しつつ、レヴィンの方へとダッシュをかける。
レヴィンは前まわり受け身の要領でくるりと回転して光弾をかわすとガルナードの懐に入り、魔法陣を展開した。
「雷電」
レヴィンを中心に生じた、荒ぶる雷がガルナードを巻き込んで炸裂する。
(これで一人!)
問題は凍結球弾を握りつぶした白仮面の方――おそらく……魔族ッ!
レヴィンが、意識をそちらに向けた瞬間、倒したはずの黒装束が短剣を振るう。
思いっきり脇腹を刺されたレヴィンは混乱して思考が濁る。
(こっちも魔族かッ!)
床をゴロゴロと転がって距離を取るが、ガルナードも怪我人を逃すほど馬鹿ではない。
レヴィンが転がった先に飛ぶと再び短剣を突き立てる。
「聖亜治癒」
レヴィンは叫ぶように自分に向かって魔法を発動させると、ガルナードの短剣を腕ごと脇で固めて闇の剣の力を解放する。その刀身から闇が生まれ、それがガルナードの胸を貫いた。
その一撃でガルナードは塵となり、部屋の闇に溶けて消えた。
それを見たサテライトは、ふわりと浮いて後方へ移動すると、再び右手から魔力弾を放つ。
レヴィンはそれを闇の剣で難なく、弾き散らす。
しばしの間、両者は睨みあったまま動かない。
どれ位、時が流れただろうか?
先に動いたのはレヴィンであった。闇の力を解放した闇の剣は消耗が激しい。
決着を急ぐのは無理もない話であった。一気に間合いを詰めるレヴィン。
しかし、先程の一撃を見ていたサテライトは、またもやふわりと浮くと窓の方へ移動し、そのまま夜の闇の中に消えて行った。
取り残されたレヴィンは、しばらく虚空を睨んでいたが、ふと我に返るとドルトムット卿の部屋に向かうべく、扉を開けて走り出した。
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