パキィィィィン!
澄んだ音を残してレヴィンの持つ、ヴァルガンダスがへし折れる。
ああッ高かったのにッ!と雑念が入るが、すぐさま追い払う。
レヴィンは、ザブンと泉に落下するが、闇から逃れるべく、泉から這い上がった。
滝周辺を丸い球状に闇が広がっていた。
レヴィンだけでなく、カゲユも、クローディアも、シェリルも何が起こるのか見逃すまいと闇の方をじっと見つめている。
すると、洞窟の中を哄笑が響き渡る。と同時に闇が晴れていくのが解った。
「我はッ! とうとうッ! 肉体を得たッ!」
闇が晴れたそこには、黒い翼を見せつけるかのように広げ、一人悦に入っている一体の黒い天使の姿があった。
「ニコライはどこへ行った?」
冷静な声で問いかけるカゲユに、それ――魔神ローズマダー――は何を言っているのか解らないと言った風に肩をすくめると、平然と言い放った。
「ニコライは喰ったよ。俺の肉になった。ヤツは永遠に俺の中で生き続けるだろう」
「お前は何者だ? どこから現れた?」
「愚問だな。お前らはもう知っているのではないか? 俺は魔神ローズマダー。最初からニコライの中にいたよ」
「ニコライの中にいたお前が何故、ここで出てくる?」
「ニコライが我が呼びかけに応えたからに決まっている。単純な話だ。ヤツは力を欲した」
確か、シ・ナーガ帝國が分裂したのは、悪魔の仕業だと言う話だ。
その悪魔もこいつのように受肉して出現したのだろうか。
レヴィンは、せっかくだからとローズマダーに質問をぶつけてみる。
「お前のように、人間の中に潜んでいる魔神は他にもいるのか?」
「いる。俺のように世界に顕現できる者は限られるがな」
「お前はどうして顕現できたんだ?」
「今回は触媒があったからな。黒晶石だ。闇の力を宿し、光以外の属性と親和性のある結晶体がな」
淡々と質問に答えるローズマダーに、鬼気迫るような迫力は感じられない。
力を押さえているのか、顕現したてで力を出しきれていないのか……。
すると、ローズマダーは、もう飽きたのか、喜色を浮かべた表情から無表情にそれを変えると終わりを宣告した。
「もういいだろう。冥途の土産に話は聞いてやった。そろそろ終わりにしてやる」
爪が長く伸びた青白い右手をのばすと魔法陣を展開した。
「地獄業火」
魔法陣が現れた瞬間、全員が動いた。
魔法の回避は、魔法陣を読み取ると、すぐさま回避行動に移るのがセオリーだ。
黒い霞が現れたかと思うと、次の瞬間、渦巻く螺旋の火炎に変貌を遂げる。
「水遁」
カゲユが術を発動すると、いくつもの水の刃のようなものが漣のように飛んでいく。
ローズマダーはそれを小蠅を追い払うように、左手で軽く払うと、水の刃は何事もなかったかのようにただの水に姿を変えた。
「チッ」
カゲユは舌打ちすると、すかさず違う術を発動する。
「雷遁」
バチバチッと言う音と共に、カゲユの前方に雷が網の目のように細かく撒き散らされる。
それに合わせて、クローディアが魔法を放つ。
「火炎球」
バチバチという音と、ズガァアァンという爆発音が木霊し、雷と炎に飲まれるローズマダー。
しかし、煙が晴れたその場所には、何事もなかったかのように平然と佇む魔神の姿があった。
(全然効いてねぇ!)
流石に魔族だけあった、魔法に高い耐性を持っているようだ。
レヴィンは走る。ミスリルソードを時空防護から出して抜剣すると、真正面から斬りかかる。
そして同時に、これはどうだとばかりに、レヴィンは神聖魔法を使用した。
「神光輝撃」
まともにくらうローズマダーに、レヴィンはすかさず追撃をかける。
神聖魔法は効いているのか、苦痛に顔をしかめるローズマダーであったが、ミスリルソードの一撃は右手で掴まれたかと思うと一気にへし折られる。後は、エクス公国で南斗旅団から分捕った詳細不明の剣しかない。
重いんだよな、この剣……と内心毒づくレヴィン。
クロエに鑑定してもらえばよかったと後悔しつつ、その剣を取り出して、すぐさま突きを放つと、魔法陣を展開する。
「宙畏撃」
突きは難なくかわされたが、至近距離からの魔法の一発に、まともに喰らって吹っ飛ぶローズマダー。
さらに追いかけ剣撃を見舞うが、左手から放出された魔力衝撃を今度はレヴィンがまともに喰らってしまう。
大きく吹っ飛ばされて地面を転がるレヴィン。
「お……のれッ……。人間風情が……」
ローズマダーは、明らかにイラだちの混じった声色をにじませて憤怒の表情をしている。
「くそがッ! 剣を二本もダメにしやがってッ! 弁償さしちゃるッ!」
一方のレヴィンも、剣を二本もオシャカにされて憤怒の表情をしている。
再び、ローズマダーに突っ込むレヴィン。
上段からの斬り下ろしが紙一重でかわされると返す刀で追撃しつつ、魔法陣を展開する。
「宙畏撃」
至近距離からの一発をギリギリでかわした瞬間を狙って騎士剣技を発動するレヴィン。
『真空斬』
剣の一撃はかわされるも、剣先から出現した衝撃がローズマダーを襲う。
それは、漆黒の翼に当たり、羽を散らす。
「調子に乗るなッ!」
ローズマダーがちょこまかと動き回るレヴィンを捕えようと掴みかかってくる。
しかし、そう簡単に捕まるレヴィンではない。
サイドステップで素早く回避すると、魔法を放つ。
「宙畏撃」
「地獄業火」
二人の魔法が重なる!
二人は同時に身をかわす!
不発に終わる二つの魔法。
その動作を予測していたカゲユがローズマダーを忍者刀で斬りつける。
しかし、ローズマダーは回避しない。
知っているのだ。
その武器では自分の身を傷つける事などできないと言う事を。
「何ッ!?」
カゲユは思わず、驚きの声を上げる。
二本の忍者刀が両方、体を刺し貫いているのだ。普通なら致命傷である。
しかし、魔神との戦闘経験のないカゲユは知らなかったのだ。
この武器では魔神の身を傷つける事などできないと言う事を。
茫然とその場を動けないカゲユをローズマダーの右腕が貫く。
「堕天霊撃」
「がはッ!」
体に大穴を開けられ、大量に吐血するカゲユ。
命を賭してローズマダーの動きを止めたカゲユに報いるべく(勝手に殺すな)、レヴィンの剣が上段から思いっきり振り下ろされる。
動けないローズマダーは、今度は当たるつもりはなかったのか、左手でレヴィンの剣を受け止めた。
その途端に魔神の手から煙のようなものがあがる。
「チッ!」
多少であるがダメージが通るようだと判断したローズマダーは、舌打ちすると握る手に力を込める。
レヴィンの持つ剣は、一応、魔力剣のようであった。
人間では到底出す事のできない握力で剣をへし折ろうとするローズマダー。
しかし剣は、折れない。魔神は右腕をカゲユの体から抜くと剣を取り上げようと、右手をレヴィンに向ける。
その手に魔力の光が灯る。レヴィンを吹っ飛ばす気だ。
それを察知した、レヴィンは左手でローズマダーの左腕を掴むと魔法を発動する。
「強振破撃」
その瞬間、ローズマダーの左腕が粉砕され、レヴィンの剣が自由になる。
すぐさま、カゲユを掴んでふわりと浮き上がると、高速移動の魔法を使い脱兎のごとく逃げ出すレヴィン。
後ろから魔力衝撃が飛んでくるが当たらない。
「高速飛翔」
間合いを取って、カゲユを降ろすと、レヴィンは、彼に回復魔法をかける。
「聖亜治癒」
カゲユの腹の辺りに空いた大穴が、瞬時にして塞がっていく。
しかし、彼は気を失っており、動き出す気配はない。
同時に、粉砕されたローズマダーの左腕も再生し、ローズマダーは何事もなかったかのように腕をぐるぐると回している。
レヴィンは、カゲユをシェリルに任せると、ローズマダーと対峙する。
クローディアもレヴィンの左前方で短剣を構えている。
お互いに決め手に欠く中、レヴィンが地を蹴る。
多少なりともダメージが通るのであれば、チクチクとでも攻撃を続けるべきだと判断したのだ。
それに合わせて、クローディアもローズマダーに斬りかかる。
ローズマダーはレヴィンの一撃を魔力を込めた左手で受け止めるが、クローディアの攻撃はかわす気配がない。
彼女の武器ではダメージを受けないと高をくくっているのだろう。
彼女の攻撃がローズマダーに肉薄するその瞬間、レヴィンは魔法を発動する。
「神霊斬裂」
その魔法を受けてクローディアの短剣が淡く光を帯びる。
「グワァァァァァァ!!」
油断していたローズマダーに、魔族にもダメージを与え得る魔法のかかった短剣が食い込む。
その瞬間を見逃すレヴィンではない。
すぐに剣をローズマダーの手から振り払うと下段から左腕を薙ぎ払いつつ、魔法陣を展開する。
「宙畏撃」
魔法と剣の同時攻撃にローズマダーにも焦りが見える。
更にクローディアの追撃にも気を取られ、一瞬の硬直。
それが命取りとなった。
レヴィンの魔法をまともに喰らい、さらに左手が宙に舞う。
「グゥゥゥウ!」
それでも耐えるローズマダー。
斬り飛ばされた彼の左腕は虚空で塵と化し消えた。
魔神は、思うように力を振るえず、イラだちを隠せない。
魔力の少ないニコライを触媒に顕現したので、本来の力を出しきれていないのだ。
彼は、クローディアを魔力衝撃で吹き飛ばすと、残っていた右手でレヴィンの追撃を受け止め、魔法を放つ。
「吸魔霊呪」
至近距離でかわせないッ!
レヴィンを闇の光が包み込み、力が吸われていく。
それでもローズマダーの左腕は再生しない。
ローズマダーの顔に焦りの色が見え始める。
レヴィンの連続の剣撃に防戦一方になるローズマダー。
魔力剣の影響により、手に込める魔力が小さくなりながらも攻撃を何とか受け続ける。
しかし、じわじわと追いつめられていき、とうとう小さな隙が生まれた。
それを見逃すレヴィンではない。
中段の左からの払いをフェイントに使い、空いたローズマダーの左脇にレヴィンの魔力剣が肉薄する。
しかし、それはローズマダーの誘いであった。
「堕天霊撃」
パッキーーーーーン!
澄んだ音を響かせて三本目の剣も刀身を半分ほど残してへし折れる。
レヴィンの心も折れそうである。
しかし、その時、ゾワリとした違和感がレヴィンを襲う。
レヴィンが剣に目をやると、折れたはずの刀身部分からロングソードくらいの闇の刃が生まれていた。
違和感の正体は、レヴィンの持つ魔力剣であった。
「なッ!? それは闇の剣だと!?」
ローズマダーの動揺がレヴィンに伝わってくる。
魔神が知っている武器なんて最高だぜ!と、早速、レヴィンはその闇の剣を振るう。
慌てて、レヴィンと間合いを取るために大きく後ろに飛ぶローズマダー。
すぐにはこちらへ攻撃してこない。
ローズマダーは、思わぬ武器を前にレヴィンの方をうかがって様子を見ている。
レヴィンはというと、闇の刃の状態が変わらないか試してみる。
この闇の刃はレヴィンの魔力を対価としていた。凄まじい脱力感と虚無感がレヴィンを襲う。
通常の状態でも力が奪われ続けているのが解るのだが、刃を大きくすると、その力も大きくなる感じがする。
これは長期戦には向かない剣である。レヴィンはこれまた、癖の強い剣を手に入れたものだなと少し苦笑いする。
解った以上、ぼやぼやしていられない。
ローズマダーに向かってダッシュをかけると、闇の剣で斬りかかる。
対するローズマダーも受け止めようとしても斬り裂かれるのは解っているため、なんとか剣撃をかわし続ける。
「地獄業火」
苦し紛れに魔法陣を展開するが、初動が遅い魔法なのでレヴィンにはかすりもせず、何もない空間を焦がすだけだ。
ひたすら連続攻撃をしかけるレヴィンを援護しようと、クローディアも攻撃に参加する。
刃に宿る淡い光はそのままだ。まだ効力は失われていないようだ。
更には、気が付いたカゲユもレヴィンの方に向かってくる。
フォローしていたシェリルも一緒だ。
「レヴィンさん! 私達の剣にも魔法を頼むッス!」
その声に応じて、カゲユの忍者刀と、シェリルの短剣に神霊斬裂の魔法をかけてやるレヴィン。
四対一。
もうかわし続けるのも無理な手数をローズマダーは、もう満身創痍になっていた。
闇の剣の一撃を受けるのだけは何とか回避していたが、その他三人の攻撃までかわし続けるとなると難しい。
しかし、ローズマダーの目はまだ死んでいなかった。
四人が一か所に集まったところを狙っていたのだ。
「極大爆撃」
ローズマダーを中心に大爆発が巻き起こる。
まともに爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされる四人。
対して何とか立っているものの大きく肩で息をするローズマダー。
追撃をするのもきついらしく、倒れている四人に向かってこない。
自分の体力の回復を優先しているようだ。
レヴィンは自分に回復魔法をかけると、立ち上がって、全員を回復すべく魔法陣を展開する。
それを見たローズマダーは、これ以上の長期戦を避けるべくレヴィンに突っ込んでくる。
「吸魔霊呪」
魔法陣を描く隙を突いた一撃を避けるために、回復魔法の魔法陣を解除しレヴィンはローズマダーに向かって走る。
もう勝負をつけるッ!
カゲユの陰になってダメージの少なかったシェリルもレヴィンの後に続いて走り出す。
レヴィンの魔力も残り少ない。
レヴィンは大上段から思いっきり全力斬りをぶちかます。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
ローズマダーは、ふらつきながらも、前に出て右手だけで、剣を両手持ちしているレヴィンの手首を受け止める。
「吸魔霊呪」
力が流れる。
レヴィンから力がふッと抜けていく。そして、闇の剣が手から零れ落ちた。
「勝ったぞッ! 焼け死ねッ!」
「地獄ッ」
その時、レヴィンの手から落下していく闇の剣をシェリルが空中で受け止めた。
時が流れる。
スローモーションのように。
そのまま、シェリルは自重に身を任せてローズマダーを二つに断ち斬った。
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