ポロロ村の民は皆、寝静まっているようだ。
残りの荷馬車は十二台。村の広場はほとんど埋め尽くされていた。
探知魔法によれば、広場の中央に大量の反応が見られる。
これは捕虜達だろう。おそらく集めて眠らされているに違いない。
ちょっとやそっとの騒ぎでは目が覚めないはずだ。
外から広場に通じている道は一本だけである。
その他の道は荷馬車で塞がれているため通れない。
荷馬車は凹のような形に停められており、その真ん中にたき火と大勢の人間がいるようだ。
その広場に近づく者が数名いた。
その中の一人である、盗賊のホランは罠がないか調べながら進んでいる。
連れは二人、黒魔導士と盗賊だ。
黒魔導士には探知の魔法を使ってもらっている。
広場中央にはたき火による灯りが見える。
その傍らには多数の人間が横たわっているようだ。
火の番をしている者は見えない。
探知魔法による気配察知で周囲に誰もいない事は解っている。
ならば敵の護衛は、村人の家の中か、捕虜の中に紛れているかだろう。
捕虜の集団まであと10mほどまで近づくと、黒魔導士は魔法を放つ。
「睡眠」
念のため、眠りの魔法をかける。
ただし、相手に付与術士がいたと聞いている。
もし魔法耐性を使用されていれば、眠らせる事は難しいと教えられていた。
また、護衛達は、我々と同じく、探知魔法を使えると思われる。
こちらの接近も知られていると思った方が良いだろう。
敵は広範囲攻撃魔法が使えるという。
できる限り近づいて、一気に襲撃しないと魔法で一掃されてしまうだろう。
こちらに灯りが届かないギリギリの場所まで来ると待機する。
今のところ、罠はない。ホランは後ろを振り返り、ハンドサインを送る。
第二陣を率いるのは、幹部のイェスタだ。
確か彼は騎士に職業変更したはずであるが、元々狩人であったため、夜目が利く。
職業変更したのは彼だけではない。
こちらは捕虜を取られているので、魔法による先制攻撃ができない。
勝負を接近戦で決めるために、団員のほとんどが前衛職になっている。
イェスタ率いる十五人も匍匐前進でホランと同じ場所までやってきた。
後は、白魔法が使えるものが光球を放って一気に距離を詰めるだけだ。
残りの団員達も周囲を取り囲んでいる頃だろう。
「光球」
全員が目をつむった瞬間、光球が放たれる。
一気に突撃を敢行する旅団員。
ホランはイェスタ達と共にたき火の近くの集団に突っ込む。
もし人質に取られても関係ない。
一気に方をつければ被害は少ないからそうしろという命令だ。
その時、ホランの視界が大きく揺れた。
急激な浮遊感。
落とし穴である。
ホランは成す術もなく穴に落ちて行った。
途中までは罠を警戒していたのにギリギリの場所に落とし穴を設置するとは、とホランは歯噛みした。
イェスタ達は急に止まろうとするが、勢い余って多くが穴に落ちてゆく。
その時、大きな炸裂音が響いた。
その炸裂音と炎に追われて、ギリギリで踏みとどまっていた団員達も次々と落とし穴に落ちてくる。
穴はかなり深かった。
とても登れそうにない。
しかも、強かに体を打ったため、体中を痛みが駆け巡る。
さらにホランの上に次々と人が落ちてくるため、押しつぶされてしまう。
ホランは畜生と悔しがりながら、意識を手放した。
◆◆◆
想定通り敵が突入してくる。
たき火のすぐ前方に作った大穴に、敵が次々と吸い込まれてゆく。
さらには敵の後方でイザークが放った火炎球。
それが辛うじて穴に落ちなかった者に襲いかかり、逃げ惑った敵は結局落とし穴に落ちてしまう。
その音を聞いて、周囲に散っていた団員が一斉に広場に突入する。
勝負はここからである。
レヴィン達は抜剣すると、襲い掛かる敵を迎撃した。
辺りには複数の光球が煌々と光を放っている。
視界は良好である。
「お前の相手をこの俺だッ!」
レヴィンの前に立ちはだかったのは、暗黒騎士のマクシミリアンである。
彼は、その聞き覚えのある声を聞いて、またこいつかよ、と舌うちしつつ、剣を振るう。
今回は夜襲という事もあり、フルフェイスの兜はしていないようだ。
スキンヘッドにフルプレートの男が眼前に立っている。
身を潜めている時は役に立った捕虜達も乱戦になるとただの邪魔にしかならない。
落とし穴に注意しながら戦いやすい場所へと移動する。
さらに光球を生み出し辺りを照らした。
すると、マクシミリアンが不思議そうな声を上げる。
「てめぇ……、なにもんだ?」
レヴィンは答えない。
「黒魔法に白魔法、そして騎士剣技……職業が騎士で能力に賢者魔法ってとこか?」
そんな質問を鼻で笑い飛ばす。
「ただの無職さ」
「ほざけッ!」
マクシミリアンが斬りかかってくる。
まともは受けない。その膂力を受けたら剣が弾き飛ばされる恐れがある。
勢いを削ぎ、受け流していく。
あちらも離れては攻撃魔法が飛んでくると考えているのだろう。
間合いを取らせないように密着してくる。
それでも、レヴィンは魔法を放つ。
「狂風」
向こうで、数人の野盗が巻き込まれている。
「はッ! そんなものが当たるかよッ!」
笑いながらも斬撃を繰り出すマクシミリアン。
「氷錐槍」
「くどいッ!」
軽々と避けて再びこちらへ斬り込んでくる。
彼が避けた向こうでは、一人の野盗に直撃し、倒れ伏す。
『イビルソード』
その時、マクシミリアンの持つ剣を黒い闇が覆う。
「暗黒騎士かよッ!?」
レヴィンが慌てて飛び退る。
くらったらただでは済まない。
斬られれば、邪悪な力で体力が消耗し続ける。
「凍結球弾」
レヴィンも負けじと魔法を繰り出す。
向こうで二人が氷漬けになる。
淡い緑色を放つミスリルソードと暗黒剣のぶつかり合いは未だ終わる様子を見せなかった。
イザークは火炎球で敵の第一陣を落とし穴に突き落とすと、残る雑魚敵を鎧袖一触で片づけていく。
もう敵の数も少なく見える。
近くでヴァイスが戦っているのが見えたので、加勢に向かおうと思ったその時。
そんな彼の前に現れたのは、旅団幹部のカシュパルであった。
「お前ちょっと調子に乗り過ぎだぜッ!」
たちまち斬撃の応酬になる。
中々の腕前だとイザークが感心する。
「その腕を持ちながらどうして野盗なんざしているッ?」
「俺たちゃ、元々義賊なんだよッ!」
「義賊様が聞いてあきれるぜッ! こんな時に民を救うのが義賊だろうがッ!」
「元々だっつってんだろッ! 所詮使い捨てられた哀れな旅団よッ!」
「降伏すれば、後の処遇がよくなるぜッ?」
「問答無用ッ!」
剣と剣のぶつかり合いで夜の闇に火花が飛ぶ。
そして、イザークの剣が大きく弾かれて胸が、がら空きになる。
騎士剣技を使うカシュパル。
『真空斬』
しかし、イザークは待ってましたとばかりに、その衝撃波を叩き斬ると、返す剣で右腕を斬り落とす。
悲鳴が辺りに木霊する。
発動直後の隙を狙っていたイザークであった。
さらに追撃してカシュパルの左脇を薙ぐ。
その一撃で、崩れるように倒れ伏す。
その姿を確認すると、イザークは何も言わずに近くで斬り合いをしていたベネディクトの加勢に向った。
大振りの斧による攻撃が、イーリスを襲う。
振りはでかいが、中々斬り込めない。
もしあの一撃が当たれば一刀両断されてしまうだろう。
その恐怖心が彼女の攻撃を委縮させていた。
「ほらほら、どうした嬢ちゃん!」
イーリスは答えずに黙々と相手の攻撃を払い、流していた。
とても答える余裕がないのである。
ブラッドリーも自分が優勢である事は自覚しながらも中々渾身の一撃が当たらないことにイラだちを感じ始めていた。
思わず舌打ちをする。
再び、紙一重のタイミングで斧の攻撃がかわされる。
イーリスの背中を冷や汗が伝う。
彼女が内心焦っているのを知らないブラッドリーは焦れはじめる。
彼女があまりにポーカーフェイスのため、表情から心が読み切れないのだ。
そしてブラッドリーは能力を使う事を決断する。
『狂戦士化』
全ての能力を向上させ、力尽きるまで戦う事をやめないと言われている能力だ。
イーリスの顔が流石に曇る。
受け流すために必要な力が先程とは比べものにならない。
受け流すだけでこれほどなのだ。まともに受ければ剣ごと叩き斬られるに違いない。
『サンダーブレード』
イーリスも魔法剣を発動させる。
ブラッドリーの振りは先程よりもかなり大きい。
彼女は、隙が出来た事を神に感謝しつつ、チクチクと攻撃を続ける。
持久戦である。
かわし、受け流し、浅く斬りつける。
まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す作戦である。
この状況が続けば、剣にまとった電撃が彼を動きを鈍らせていくはずである。
いくら『狂戦士化』とは言え、動かない体ではどうしようもない。
イーリスは、決して守勢に回る事無く、攻撃の手を緩めない。
じょじょに動きが悪くなっていくブラッドリー。
その目は血走り、咆哮を上げているがそれで攻撃が当たるようになる訳ではない。
彼は体が痺れ、遂に膝をついてしまう。
それを見たイーリスは彼の後ろに回り込むとその首をはねたのだった。
ベネディクトとヴァイス、ダライアスはアリシアとシーンを護りながら戦っていた。
幹部は全て違う場所で戦っている。
相手は急遽前衛職にされた者が多い、急造の前衛である。
経験の浅い、彼等でも協力して何とかしのいでいた。
アリシアの魔法援護があるのも大きかった。
魔霊豪撃や霊体縛鎖などの攻撃、移動行動阻害魔法。
そして能力を強化してくれる、補助魔法の存在が大きかった。
ヴァイスが騎士剣技を発動すれば、その隙をついて斬り込んできた敵をベネディクトが間に入り盾で押し戻す。
ダライアスも『脱穀』で能力を向上させ、新米剣技で敵に一撃を与えていく。
一撃必殺ではないが、連携でじょじょに相手を追い込んで行った。
そして、時々飛んでくるレヴィンの黒魔法。
三人には、偶然なのか解らなかったが、確実に相手の数を減らしていってくれていた。
もちろん、レヴィンにしてみれば、援護射撃である。
彼はマクシミリアンと戦いながらも、その実、一般兵と戦っていたのであった。
そして、戦いから二時間近くたったであろうか?
その頃には立っているものは『南斗旅団』、団長の暗黒騎士、マクシミリアンのみとなっていたのである。
周囲を囲まれている事に気づいたマクシミリアンにレヴィンは声をかける。
「もう終わりだ。大人しく投降しろ」
「へッ! まさか天下の『南斗旅団』がたった八人に壊滅させられるとはな」
「……」
「引き際を見誤ったって事か……」
「お前達は元々義賊だと聞いた。何故、野盗ふぜいに成り下がったんだ?」
イザークがカシュパルとの会話を思い出す。
「ふッ、そうだな。どうせ捕まれば縛り首か磔だ。死ぬ前に何も知らねぇ国民に檄を飛ばすのも悪かねぇかもな」
マクシミリアンは持っていた剣を捨てると、地面に膝をついた。
イザークは観念した彼を縄で縛り上げる。
「終わったな……やっと」
ダライアスの言葉にレヴィンは答える。
「まだ、旅団のアジトに行って小麦を取り返さなきゃならない。そして、大公殿下には色々しっかり裁いて頂かないとな」
こうして深夜の激闘は幕を降ろしたのであった。
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