フレンダは、思い出していた。
レヴィンと出会った、懇親会の事を。
珍しい黒髪に、不思議な雰囲気をまとい、優しそうな物腰をした少年。
第一印象は、そんな感じだった。
元々、男性にはあまり免疫はなかったフレンダであったが、レヴィンに話しかけられると、しどろもどろになり上手く話せなかった。
オレリアの助けもあり、何とか話せたが、それもほんの少しの間だけであった。
懇親会では、たいして仲を深められなかったフレンダであったが、ドルトムット領の視察を餌にレヴィンを誘ってみると、彼はあっさりと乗ってきたのである。そして、共にマッカーシー領の領都マッカスで、マッカーシー夫人に紹介してもらい、一緒にお茶を楽しみ、夕食、更にはレヴィンと一つ屋根の下で一晩を過ごしたのであった。
ちなみに視察を餌に誘うのはオレリアの作戦だった。
ドルトムット領に入り、高台で街を一望した時のレヴィンのはしゃぎっぷりと言ったら、それはもう微笑ましいものであった。
子供に果実をぶつけられた時も優しく気遣ってくれ、職業が魔女だと知った時も、魔女と言うだけで遠ざけられてきたフレンダの境遇について怒ってくれた。
生まれた時から、親に遠ざけられ、兄弟には疎ましがられて罵声を浴びせられる日々。
街に出てもマグナ教から、いわれのない誹謗中傷を受け続けた。
そして、弟のロマーノが死んだ時、マイセンに罵倒され飛び出したフレンダを追ってきてくれた事。
ナミディアに来ないかと誘われた事。
どれも冷え切ったフレンダの心を優しく溶かすものだった。
オレリアだけであった味方が、一人増えただけなのに、これほど心強く感じるとは。
「フレンダ! もうナミディア卿の庇護下に入るべきです!」
オレリアの言う事はいつももっともな事ばかりだ。
いつもフレンダを正しい方向へと導いてくれる。
「ここにどれほどの未練があると言うのですかッ!? いったい誰に気を遣う必要があるのですかッ!?」
オレリアはレヴィンを頼る事を強く勧めてくる。
そんな彼女の目を正面から見つめてフレンダは言葉を返した。
「そうね。わたくしが気にするのはただ一つ……レヴィン様の評判に傷がつく事だけよ」
「ッ!?」
オレリアが絶句する。フレンダを見つめるその瞳から今にも大粒の涙が零れ落ちそうになっている。
「フレンダは、人に気を遣い過ぎなのですッ! 忍耐は美徳ですが、フレンダのそれは違いますッ! 単に心を閉ざしているだけじゃないかぁ!!」
「!?」
今度は、フレンダが絶句する番であった。
オレリアが、ここまで感情を爆発させる事などなかったからだ。
いつも、フレンダの親友として、そして従僕として彼女の事を一番に考えてきたオレリア。
冷静で、常に微笑みを浮かべている彼女からは想像もつかない取り乱し様であった。
フレンダは、そっと息を飲むとオレリアを正面から見据えて言った。
「解りましたわ。レヴィン様について行きます。ドルトムットとはお別れしなきゃね……」
その言葉にオレリアの顔がパッと明るくなる。
「では、今すぐ、ナミディア卿に伝えに参りましょう」
「ええッ!? 今行かなければならないの?」
承知したものの、まだ心の準備が出来ていないフレンダ。
「善は急げと申します。思い立ったが吉日ですわ」
背中を押されて部屋から連れ出されると、今度はフレンダの手を引いてレヴィンの部屋まで先導するオレリア。
ほどなくして、レヴィンが宿泊している部屋の前まで来る二人。
フレンダは、オレリアに促されて扉の前に立った。
そこまでは良かったが、やはり中々踏ん切りがつかない。
扉をノックしようと、何度も拳を目の前に持ってくるのだが、毎回、手を降ろしてはため息をつく。
これの繰り返しである。
オレリアは焦れていた。
「いい加減にしてくださいッ! 私がノックしましょうか?」
レヴィンに聞こえないように小さい声で叫ぶオレリア。
「わ、わたくしがノックしますわ!」
フレンダは、胸の前で右手を左手で握りしめて、大きく深呼吸した。
吸って。
吐いて。
吸って。
吐いて。
そして、いざ、ノックしようと手を伸ばした瞬間――
「フレンダさん、何やってるんです?」
後ろからかけられた声は、まごう事なくレヴィンのそれであった。
「わたくしの苦労は何だったの……」と強烈な脱力感がフレンダを襲う!
「ナミディア卿ッ! 空気読んでくださいッ!」
オレリアの突っ込みがレヴィンを痛打した。
「す、すみません!?」
何だか納得できないけれども、とりあえず謝るレヴィン。
「それで、どうなさったんです?」
何とか、落ち着きを取り戻したフレンダが答える。
「あの時のお返事をしに参りましたわ」
その言葉に、スッとレヴィンの目が細くなる。
そして、フレンダの口から言葉が紡がれるのを急かさずに待つレヴィン。
フレンダは、ゴクリと息を飲むと覚悟を決めたように真剣な面持ちで言った。
「わたくしを王都へ……そしてナミディアの地へ連れて行ってくださいまし」
その言葉にレヴィンは、どれだけ彼女が勇気を振り絞ったのかと思いを巡らす。
そして、彼女の目を正面から見据え、こう言った。
「ええ、もちろんです」
いつもどこか陰のあったフレンダの笑顔が、レヴィンには、この時ばかりはまぶしく見えた。
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