豚人王はすぐ隣りに立ててあった大剣を手にすると風の刃に対して防御しようとする。
すると、大剣によって風の刃は軌道を変えられ、豚人王のほほを浅く斬り裂く。
しかし大剣は使い物にならなくなったようだ。
(チッ! 仕留め損ねたッ!)
レヴィンは心の中で毒づく。
(一気に囲まれたらお終いだ……。その前にぶっ飛ばす!)
「爆撃風」
目の前に居た豚人王と豚人将軍がそれをまともに喰らって吹っ飛ぶ。
空気が破裂し、風が荒れ狂う。
「ジグド・ダ! 囲まれたらマズい! 入り口まで引くぞッ!」
完全に空気になっていたジグド・ダに声をかけ、後ろに居た十数人に火炎球をぶちかます。
土の錐に貫かれて動けなくなっている者も巻き込んで火炎がまき散らされる。
豚人の悲鳴が木霊する。
濃い血の臭い……。
その中を二人は走った。出入口に向って。
「追えッ!」
豚人の声が戦場に響き渡る。
走りながら後ろを振り返ると、十人くらいがレヴィン達を追ってきていた。
走る道すがらも周囲の家々に火炎球で放火してゆく。
狙いは混乱を誘うことである。
しばらく走ると出入口が見えてきた。
相変わらず見張りが二人立っているのが解る。
騒ぎを聞いて、持ち場を離れるかどうか迷っていたのだろう。
オロオロしているように見える。
しかし、走って近づいて来るレヴィン達を見てその場で槍を構える。
魔法の威力が落ちない程度の距離までくると、彼は魔法を発動する。
「空破斬」
見張りの一人の上半身と下半身が別れを告げる。
続けてもう一人に魔法を放とうとしたその時、横を走っていたジグド・ダがスピードを速め、斬りかかる。
こら。彼が邪魔で魔法が打てない。
(ええい。仕方ない。もう一人は任せて追手を片付けよう)
追手との距離がのこり10m辺りで魔法を発動する。
「凍結球弾」
その氷の塊が二人を氷漬けにする。
残りがこちらに迫りくる。まだ数が多い。
「爆撃風」
さらに残りの五人ほどが吹っ飛ぶ。
それを確認するとミスリルソードを抜き放ち、追手の一人に斬りかかる。
狙いは脇腹だ。一瞬首を狙うかのようにフェイントをかけ、引っかかったところで脇腹を一閃。
腹から血と臓物を出してのた打ち回る一人を放っておいて、次の一人と切り結ぶ。
他の二人がしきりに牽制攻撃を加えてくる。やはりさすがに三人同時に剣で相手をするのは難しいか。
横ではジグド・ダが豚人と、もみ合いになりながら土まみれになって争っている。
広場の方からは大柄の豚人がこちらに向かっていた。
少し焦るレヴィン。今切り結んでいる相手とはもう十合近く打ち合っていた。
(やはり剣の鍛錬も必要だな)
そう考えながら、切り結んでいた豚人から横へ飛んで大きく間合いを開ける。
『閃裂剣』
自分は死角だと思っていたのであろう、豚人が一刀両断される。
その時、ジグド・ダが大きな声を上げた。
「敵将、打ち取ったりッ!」
苦戦しながらも一般兵を倒したようだ。
倒したのは豚人将軍ではない。
その声を聞いて驚いたのだろう。
「おのれ……小鬼ごときがッ!」
こちらを牽制していた豚人が怒りに身をうち奮わせジグド・ダへと向かう。
しかし、彼は疲弊したのだろう。大きく肩で息をしている。
行かせない。
「電撃」
その一撃にジグド・ダに向った豚人がビクンと体を震わせたかと思うとドゥっと倒れ込んだ。
その光景に動きが止まっていた豚人にレヴィンは突っ込む。
反応した時にはもう遅い。その腕が飛んだ。そして余勢をかって首を刈り取る。
丁度その時、豚人王と豚人将軍、四人がその場に到着した。
豚人王が憎々し気に言葉をかけてくる。
「貴様、よくもここまでやってくれたな……」
今や、辺りにはあちこちに豚人が倒れ伏し、家々は火で包まれ燃え盛っていた。
「問答無用で襲ってきたのはそっちだろ。俺は飛んできた火の粉を払ったに過ぎない」
「飛んできた火の粉だとッ!? 同朋を愚弄する気かッ!」
「愚弄する気はない。むしろ先に小鬼を愚弄したのはそっちだろ」
「うるさいッ! 覚悟はできたか? 貴様は楽には死なせんぞ……斬り刻んでやるッ! 一斉にしかけろッ!」
そう言うと、五人一斉に飛びかかってくる。
豚人王も一緒だ。
レヴィンはジグド・ダの側に駆け寄ると、敵を引きつけてから魔法を放つ。
「地精波紋」
波紋が周囲に広がる。何人かがそれに触れ、大地の錐に貫かれる。
豚人王はというと……こいつ仲間を盾にしやがった。
そしてすぐに体勢を整え、レヴィンに肉薄し、大剣を頭上から振り下ろす。
鋭い一撃だ。かわしきれないのでミスリルソードで受け止める。重い。
そこにがら空きの腹を狙って豚人将軍が槍を突きだしてくる。
「チッ!」
レヴィンは軽く舌打ちをして剣を引くとその槍の突きを辛うじてかわした。
すると、その突きは向きを変えてレヴィンを追ってくる。槍が横薙ぎに払われる。
これはかわしきれない!
何とか刃の部分を避けると柄の部分がレヴィンの右腕にヒットし軽いその体が宙を舞った。
思いっきり吹っ飛ばされたレヴィンはすぐに起き上がるが、剣を持つ右腕に力が入らない。
(こりゃ骨が逝ったか?)
しかし、すぐさま自分に聖亜治癒をかけると痛みがなくなり、腕に力が入るようになった。
「回復魔法だとッ!?」
驚愕の声が豚人王から上がる。
レヴィンは、残りの豚人将軍に電撃を放つ。
その体がビクンと震える。しかし、その一撃に耐えきったようだ。
再び鋭い突きを放ってくる。最早、背後のジグド・ダには眼中はないようだ。
その突きに合わせて、豚人王も大剣を振るう。
(しゃーない!)
「雷電」
狭い範囲に放電を行う魔法である。授業で覚えたうちの一つだ。
周囲に雷撃がまき散らされる。
豚人王も豚人将軍もまともに喰らっている。
やったか!? → やっていない。
豚人将軍の方は地面に倒れ伏したが、豚人王はめげずにこちらに突っ込んでくる。
間合いは十分にあった。しかし、レヴィンはあえて剣で剣撃を払う。
周りにもう他の敵はいない。ランクBの魔物にどれだけ剣で戦えるか実験だ。
今度はレヴィンから仕掛ける。横薙ぎの一閃が豚人王に迫る。
それを受け止め、相手は突きを放ってくる。
そんなやり取りが何合続いただろうか?
先に動きに衰えが見えたのは相手の方だった。
雷電を喰らっていた事もあってか動きが鈍い。
それを見逃すはずがない。
豚人王の右手を斬り落とすと、首元を狙って剣先を突きつける。
その剣は首をかばった左手ごと刺し貫いたのであった。
ここに勝負は決着した。
「ジグド・ダさん。村を見回ってくるからここにいてください」
ジグド・ダは黙ったまま、コクコクと首を縦に振った。
言葉がでてこないようだ。
彼に治癒をかけると、死んでいる者の魔石を刈り取っていく。
死にかけのものには、これ以上、苦しまぬようトドメをさしてやる。
広場の方に歩いていくと、もう死体で埋め尽くされ、家々はなお燃え盛っていた。
武器を持った者もいるようだが、こちらを窺うばかりで襲ってはこない。
豚人王達が向かった先から無傷の人間が歩いてきたのだ。
彼等の王の末路を悟ってしまったのかも知れない。
レヴィンが黙々と魔石を回収していると、それでも抵抗しようという無謀な者がいた。
「豚人王は打ち取ったぞッ!」
そう教えてやっても彼等は「まさか」だの「そんな訳があるかッ!」などと口々に叫んでこちらに向って来た。
抵抗しない者を殺す気はなかったが、向かってくるなら話は違う。
魔法であっさりと葬り去ると、彼等の魔石も回収した。
武器は全て鉄製のものだったので、特に回収する必要性を感じなかったが、自分用の剣と槍と斧を予備で何本かと、小鬼達に渡すものを集めようと思い、時空防護に入れてゆく。
あちこちで泣き声が聞こえてくる。子供や女達の者かも知れない。
燃えていない住居に閉じこもっている者もいるのだろう。扉を固く閉ざしている家があるが、押し入り強盗のような真似はしない。
豚人の文明度を推しはかろうと村全体を回って歩いた。
まだここに来て日も浅く、作りかけの集落であるにもかかわらず、小鬼に比べても技術が高い。雲泥の差である。
家も木でしっかりと作られているように見える。家の中までは見ていないが、もしかしたら彼等が身につけていた皮の鎧も彼等自身が加工したものかも知れない。
色々考えながら回っていると、なお襲ってくる者がいたので、もちろん地獄に落としておいた。
レヴィンはしばらく周囲を見て回り、もう見るべきものはないと判断すると、最初の出入口へと足を向けた。
出入口に着くとそこにはジグド・ダだけではく見届け人の三人も居て、茫然自失といった感じで突っ立っている。
そんな彼等に声をかける。
「戦闘可能な豚人はほとんど倒したと思う。残るは女、子供が多数でしょう。無抵抗の者を殺すつもりはないので、これで村に帰りましょう」
それを聞いて、四人ともコクコクと頷いたのであった。
レヴィンを見る目が、畏怖する目に変わっていた事はなんとなく解ったが、何も言わずにおいた。
これで何かと反抗的だった、ジグド・ダの態度も変わるだろう。
そしてレヴィンを先頭に村への帰途についた。
帰ると、いつもの小鬼の村の風景がそこにはあった。
彼等は何も知らないのだから出迎えなどあろうはずがない。
村に入ったところで何かに気づいたのか、見届け人の一人が先に長老の家に入っていく。
うん。元々、戦況を刻々と報告してもらうために三人呼んだんだけどね。
レヴィン達が長老の家に着くと、中からガンジ・ダと取り巻き司祭の連中が顔を出した。
彼等は顔に満面の笑みを浮かべて出迎える。
「おお、英雄の凱旋だ!」
「豚人達を殲滅したとか! いやあ凄い!」
「我等の目に狂いはなかった!」
取り巻き司祭ズが今までの態度が嘘であるかのような手の平返しをしてきた。
ガンジ・ダは少し離れて苦笑いを浮かべている。
嘘つけよお前ら。
司祭ズのヨイショが少なくなったのを見計らってガンジ・ダが前にやってくる。
「無事帰ってこれたようで何よりです。この村を救って頂き感謝の言葉もございません……」
そう言うと、家の中に入るよう促した。
中に入り、皆が坐すると、再びガンジ・ダが口を開く。
「それでは、どのような結果になったか詳しく教えて頂きたい。先程は簡単な話を聞いただけなのでな」
すると、周囲が静かになったが、今度は誰も口を開かない。
え。見届け人じゃなくて俺が説明すんの?
「えー。そうですね……彼等の集落に辿り着き、まずは広場に通されました。そこで、豚人王に会ったんですが、ジグド・ダさんが豚人の要求を断ると問答無用で襲いかかろうとしてきました。そこで、僕が和平の提案をしたのですが、普通に断られて戦いになりました。後は、剣と魔法で豚人王と豚人将軍、四人を討ち取ってその他大勢を倒して引き揚げてきました。結構打撃を与えたと思うので、おそらくこの村に仕掛けてくる事はないんじゃないでしょうか」
レヴィンはコホンと一つ咳払いをして続ける。
「ええと、詳しい事は後で、ジグド・ダさんと見届け人から話を聞いてください」
そう言うと、ガンジ・ダはジグド・ダ達に報告するように促す。
それを見て今度は彼等が口々に説明を開始する。
レヴィンとしてはもっと誇張して説明するかと思っていたのだが、そうならなかったので若干驚いていた。
特に、プライドの高いジグド・ダは自身の活躍を大々的に話すかと思っていた。
そう言えば、豚人達を殲滅してから今まで口数が少ない。いったいどうしたと言うのだろうか?
そして、話が女、子供はおそらく無事であるというところに及ぶと、司祭ズは手の平を返したかのように文句を言い始めた。
「女、子供が無事では、将来の禍根となるではないかッ!」
「ヤツ等、戦力が整ったらこちらに攻めて来るぞッ!」
「何故、中途半端な事をするのだッ!」
それを聞いたレヴィンは少し語気を強めて言い返す。
「元々、無抵抗の者は殺さないって言いましたよね? 相手に痛撃を与えるだけだとも」
その口調から何かを感じたのか、ジグド・ダと見届け人は慌てて擁護を始める。
司祭ズが言っている事は正論である。
しかし、禍根が残る事は織り込み済みのはずだ。
そもそも、部外者に全て手を汚させようとするその根性が気に入らない。
テメーらも手を汚してから言えよ。
「お前達、何を偉そうに上からものを言っておるのじゃ。レヴィン殿はあくまで好意で手を貸してくれたに過ぎぬのだぞ? 見返りも求めてこない。小鬼の女を差し出させる事もしない。実際に手を汚していない儂等が批判する事などできようはずもあるまい!」
いや、小鬼の女性は差し出されてもお断りしますけど……?
なおも罵ろうとする司祭ズを強い口調で抑え込むと、ガンジ・ダはレヴィンに謝った。
「村の者が申し訳ない。こやつ等にはよく言って聞かせるので、許して頂きたい……。村の民はあなたに感謝するでしょう」
「解りました。でも感謝するならギズ達三人にしてください。彼等との交流がなければ僕は手を貸さなかったでしょうから」
そうなのだ。レヴィンを動かしたのはあの三人なのは間違いない。
豚人の傲慢さに対しての若干の反発はあったにせよ、三人と礼節を弁えた長老への情から手を貸したのである。
「あと、豚人が持っていた鉄の武器を分捕ってきたので狩りにでも使ってください」
そう言うと、時空防護から、自分のためのものをのぞいた全てをその場に引き出した。
「おお、これはありがたい。有意義に活用させて頂きますぞ」
「では僕はこれで帰ります。疲れましたし」
「いずれ、獲物を狩って祝宴を開きましょう。その時はギズ達に伝えさせます故、また村にお越しくだされ」
「解りました。楽しみにしていますよ」
そう言うと、レヴィンは長老の家から出て帰路につこうとする。
しかし、それをとめる声が響いた。
彼が後ろを振り返ると、ジグド・ダが語りかけた。
「レヴィン殿、本当に世話になった。数々の無礼、許してほしい」
彼が神妙だったのは、豚人との戦いでレヴィンの獅子奮迅の活躍を見たからこそだろう。
「いえ。この村を良い方向へ導いてくださいね」
そう言い残すと、今度こそレヴィンは村を後にした。
レヴィンが王都へと帰って行ったその日。
夜も更け、森は暗く、辺りは虫の声だけが響いていた。
ガンジ・ダの家にはジグド・ダと司祭ズが集まっていた。
「レヴィン殿のお力はそんなにか……」
「はい。あれは鬼神の如き活躍でした。その魔法の威力たるや凄まじく、その剣撃も豚人王ですら相手にならなかったほどです。」
「それでは、我々も今以上にレヴィン殿と親密な関係を築かねばなるまいな」
すると、司祭の一人が口を挟む。
「しかし、そんな力があればこの村などひとたまりもありませんぞ。」
「そう思うならお主も彼に礼を尽くさぬか。彼がどう言う理由で我等と友誼を結ぼうとするのか解らぬが……」
ガンジ・ダにしても、レヴィンが小鬼族に味方した理由を理解していないようであった。
ただただ単純な理由からそうしただけであるのに。
「人間の考える事は解らぬ……」
「レヴィン殿が友好的だからと言って勘違いしてはいけませぬ。人間は小鬼を見れば襲ってくる。そんな種族でしょう」
「そうだな。人間の中にはもしかしたらまだ、彼のような者もおるやも知れぬが、その大多数は小鬼を敵と見なしているのは間違いない」
「とにかく、今は人間と争うてはならぬ。会ったらすぐに逃げるように村の者に言って聞かせよ」
長老の言葉は重い。
「そうですな」
「後はこの村が人間に見つかって、目をつけられた時……ですな」
「そうなったら流石の彼も我々に味方などしてくれぬであろう」
「そうなった時の事も考えてレヴィン殿に根回ししておかねばなりませんな」
「しかし、彼はまだ子供……どれだけ他の人間に影響力を持っているのか……」
彼等が比較的平和的なのは住処が精霊の森だからこそである。
精霊の森の小鬼族の血に宿る精霊の残滓が彼等を温厚にさせているのだ。
他の小鬼族は、いたって凶暴で人間に対して好戦的である。
だが彼等はそんな事を知る由もなかったのであった。
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