もう春休みも残りわずかとなってしまった。
ナミディアに行くには時間が足りないが、何もしないのはもったいない微妙な時間であった。
仕方ないので、レヴィンは、借りてきた『グラント大陸冒険記』を読んでみる事にした。
番茶を自分のコップになみなみと注ぎ、床に腰を下ろすと、レヴィンは、この本のページをめくった。
グラント大陸は、今、レヴィン達が住んでいるアウステリア王国がある、ユーステリア大陸の南西に位置している。
ナーガ海とエクス海峡を挟んでいるので陸続きではない。
大陸の北部には都市国家連合に加盟している都市群が点在している。
その中でも大きな都市と言えるのは、ベルリア、クルトン、バッサリアである。
ユーステリア大陸側の都市国家連合加盟国と同様に、一都市で精強な軍隊、水軍を持っている。
そんな都市が連合を組んでいるのだから、シ・ナーガ帝國の後継国家である、シ・ナーガ民国も中々手出しできないようだ。
どこかの都市を攻撃すれば、他の都市がすかさず援軍に現れる。
また、ほとんどの都市がナーガ海沿岸にあるのだが、ホーネキスのように内陸にある加盟都市も存在する。
ホーネキス周辺は大穀倉地帯であり、加盟都市だけでなく、グラント大陸の他の国家にも小麦を輸出していると言う。
今のところ、都市国家連合の結束は固いようである。
本を読み進めていくと、沿岸の都市国家は、以前、ドルトムットで読んだ『ナーガ海沿岸諸国放浪記』で書かれていた都市国家の内情とあまり変わらないように思えた。それぞれ力を持った都市であるが、そこまで突出した力がある訳ではなく、強い個性がある訳でもない。
飛びぬけた力を持つのは、ユーステリア大陸ではキグナス、グラント大陸ではホーネキス、ベルリアくらいのようだ。
ベルリアは近くに金鉱脈と銀鉱脈があり、経済的に潤っていると書かれていた。
そのため、ベルリア南の国、ナハト共和国から度々侵攻を受けているようだ。
ナハト共和国についての記述は少なかった。昔は王政だったようだが、国王の専横が強かったナハト共和国は、革命が起きて共和制に移行したと言う。しかし、特に目立った産業もなく、中々かつての栄光は取り戻せていないらしい。
南の森林地帯に住む、ノベスラ族に圧迫を受けていると書かれていた。
ちなみに、ノベスラの地は高温多湿の森林地帯であり、戦闘民族が住んでいるらしいが、この本の著者はそこまで冒険の足を延ばしていないようだ。また、興味深い情報もあった。あくまで著者の伝聞であるが、ノベスラ人は、職業が森林騎士の者が多いらしい。これは、東方に忍者や侍と言った職業が多いように、土地柄で生まれてくる職業に違いがあると言う説を裏付けるものだと言えるかも知れない。
ここで、気になったのでレヴィンは、この本がいつ頃書かれたものか確認してみる事にした。
最後のページに書かれている出版年は、ルニソリス歴1501年という事だ。この『グラント大陸冒険記』は比較的、最近に書かれた本であるため、ほぼ現在の実情にあった事が書かれていると思われた。
なので、グラント大陸の今を知る有用な資料であると言えよう。ちなみに現在はルニソリス歴1513年である。
エクス海峡を挟んでエクス公国の反対側には、コンコルディア王国があり、そこは織物の名産地らしい。
絹、綿、毛など様々な種類の織物で有名だと書かれている。この国もナーガ海沿岸に貿易港を持ち、貿易で莫大な富を蓄えていると言う。しかし、交通の難所、エクス海峡で船が沈んだり、エクス公国南の海であるノーア海に跋扈する海賊によって船が乗っ取られる事も多々あり、頭を悩ませているらしい。
更に読み進めていくと、興味深い内容が目に飛び込んできた。グラント大陸の内陸部には、精霊族の国家と闇精霊族の国家が存在しているらしい。以前、魔の森で会った精霊族が言っていた通りである。彼らの生活は、レヴィンが抱いていたイメージ通りであった。彼らは森林と共にあり、自然の木々に少し手を加えて住居として暮らしている。
そして著者は、精霊族が崇める樹齢数千年にも及ぶ大樹を見たとも書いていた。その大樹は世界樹と呼ばれており、その太い根っこの部分に護られた、澄んだクリスタルが存在していると言う。
夜には、その白銀に輝くクリスタルとほのかに発光する世界樹の葉が、相まってとても美しい光景が見られるらしい。
レヴィンは、その光景を想像する。
どこか幻想的な雰囲気のある神々しい大樹。
是非見たみたい光景であった。
特産は、世界樹の葉から作られる、生命の滴が有名のようだ。他にも弓矢、木工芸品などがあるらしい。
クリスタルは、著者に同行していた魔法学者によれば霊晶石の結晶という事だ。この地は霊子力で満ち満ちており、生命の息吹を感じる神聖な場所であると言う。
ちなみに国家の名前はエールヴヘイムと言うらしい。
そして、この冒険もいよいよ最後の地へとたどり着いたようだ。
その地は、闇精霊族と土精霊族が住む国、ダルヴェルムである。この国も森林地帯になっているのだが、先程の精霊族のそれとは毛色が違うようだ。どちらかと言うと魔の森の性質に近く、魔物の数が多く非常に危険な地域だと言う。
この国の南側に天然の地下洞窟があり、そこには霊晶石ならぬ、黒晶石の結晶が鎮座している。
要は漆黒の輝きを持つクリスタルがあると思えばいいだろう。
魔の森同様、暗黒子が満ち満ちていると言う。そのため、黒の森と呼ばれているそうだ。
この国は闇精霊族の国家だが、この地には土精霊族も多く住んでおり、様々な武器や防具、魔導具と言ったものが日々、製作されているようだ。土精霊族との交流する中で、シ・ナーガ民国の遥か西方に土精霊族の国家が存在している事が解ったらしい。
この冒険記は、この闇精霊族の国で旅を終えており、後は、後書きが書かれているのみとなった。
グラント大陸の冒険で共に旅を始めたうち5人が帰らぬ人となったとの事である。
そう。これこそが冒険なのだ。ひりつくような緊張感の中で未踏の場所を踏破する。
それが冒険者としての本懐なのではないかと、レヴィンは思うのであった。
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