恐る恐ると目を開けてみた。ぺたんと座りこんでしまっているイズは、バーロックスと、その前に人間らしき者が倒れていた。
お父さん!
ほんの一瞬人間の事が気になったが、今のうちにと思い父親の元へと駆けつける。腰が抜けたらしく幾度か躓きながらもなんとかたどり着けた。
「お父さん!」
足を伸ばして木に寄りかかるようにして気を失っている父親の横にする。顔を近づけ何度も呼び掛ける。
「んん 」
「お父さんっ 」
「あ、おー…」
「お父さん。良かった」
「イズ お前 。そうだ!おいっ何してるっ 」
慌てて起き上がろうとして背中の痛みに呻く父親にイズは言い聞かせた。
「だ、ダメだよ急に動いちゃ。もう少しそっとしてた方が良いよ」
「ばっ、何呑気な事を言ってるんだ!いいから早く逃げてくれ、イズ!お前に何かあったら俺は 」
「そ、それなら大丈夫だよ。あのね、ほら 」
イズは父親の背中を起こしてやった。
「見える?あれ」
小雨にうたれて横になっているバーロックスの姿があった。
「な、いったいどうして…。まさか、イズお前がやったのか?」
「まま、まさか。えっと、ほら、あそこ、バーロックスの蔭になってる あっ!」
「え、なんだ?ぅおッ!」
突然イズは背中の支えを解き、走り出した。
「ぐ、痛たた。どうしたんだあいつは 。っておいッ!」
自ら体を起こしてイズの行方を追う。あろうことか倒れているバーロックスに駆け寄っていた。
「何してる、イズ!戻れっ!」
バーロックスの奴が死んだのかどうか俺は知らないんだ。もし、また起き出したりしたら?止めてくれイズ 。いったい何しに 。
なかなか帰ってこない娘が何しに行ったのか、戻ってくるのを見て更に困惑した。
一人の人間を抱えていた。
「こ、この人が、バーロックスを倒したんだよ」
イズは運んできた人間を父親の側におろした。男だった。そんな事はとっくに知っていた。娘に近寄るオス種の警戒は怠らない。というか…。
「まさか…。本当なのか、イズ?」
一人の男。ただの人族の人間だった。あまり見たことの無い服装をしてはいるが間違いないだろう。こんな小さき人族が一人で。しかも武器は持っていなかったようだと。辺りに落ちていたのは自分の木剣だけらしい。
そんな事が可能なのか?素手で魔物を倒すなど。仮にこの者に可能だとしたら、こいつこそが化け物ということに 。
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえた。
「イズ?」
いつの間にか目の前から娘はいなくなっていた。
「おい、イズ何してる!」
娘は再び獣の近くに行って何やらしている。
「おい!戻ってくるんだイズ!」
何かを足で蹴ったりつついたりしている。バーロックスが起きたり仲間がいたらどうするんだ。気が気でなかった。何やらごそごそやったあとやっと戻ってきた。
「何やってたんだイズ?危ないだろう」
「あ、えと、ちょっと。えと、これ…」
父親の木剣を手にしていた。
(これを取りに行ってたのか)
「こんなもの放っておいて良いから」
イズは頷いた。
「こ、この人、どうすれば良いのかな、お父さん」
「そうだな…いてて」
「もう起きて大丈夫?」
「ああ。ただ肩をやったみたいだ。折れてはいないと思うが」
「えっ!大変だ!」
「ゆっくりと歩くのは出来る。それくらいだから、この人族のことは置いて…」
「わ私が、運べば良いんだね!」
「なに!?」
「私が、この人を担いで行く」
冬の名残のある冷たい小雨の午後の森の街道で、呆然とする父親に娘はきっぱりと言った。
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