結局家に着くまで、イズが父親に返した言葉は「別に」が四回と「うん」が二回と「大丈夫」が二回だけだった。自分からは話しかけなかった。ひどい仕打ちをしていると思った。父親はもしかすると大怪我をしているかも知れないのに。心配ではあった。しかし、自分にしても背中に一人担ぎ続けているのだ。雨足が強くなる前に、この森を抜けて早く帰らないといけないんだ。その為無駄口を叩いている暇なんか無いんだと自分に言い聞かせていた。家に早く着けばお父さんもすぐに休めるしと、言い訳を言い訳で補強し自分を正当化する。
そういえばと、イズは思った。最近お父さんの言うことを素直に聞くのが億劫に感じたりする時が出てきた。良くない事だとは思う。お父さんは私の事を大切に育ててくれている。それでも、とイズは考える。もっと色んな所に行って、色んな物を見てみたいなと。
家に帰り着いた時、親子二人はすっかり雨に濡れてくたくたになっていた。体力には自信のあったイズは精神的に。父親は怪我のため肉体的に。
戦兎を背負ったままのイズが自分の部屋に向かったのを見た父親のガルドが慌てて止めた。
「な、なんで?け、怪我人はベッドに寝かせた方が良いんでしょ?」
「いや、その。そうだ、まず乾かさないとな」
「あ、うん」
俺だって怪我人だぞと父親は心の中で思った。
「とりあえずそこに寝かせよう」
「う、うん」
イズは長椅子に背を向け、慎重に戦兎をおろした。ガルドは動かせる方の腕を使い戦兎の頭を支えてやった。エルフの為の家具は人族にとって、何の問題もない大きさだった。
「暖炉つけるね」
「ああ、頼む」
「あ、これ 」
と言って木剣を腰から抜いて父親に返した。
「お、ありがとうイズ」
「うん」
イズは薪の間に差し込んだ乾いた木の皮に火を着けた。そのあと天井に吊るしてあった布を一枚取って、戦兎の頭や顔や手をそっと拭いた。
そのあとその布で自分の頭を拭こうとしたイズにすかさずガルドは声をかける。
「イズ、お父さんにもかしてくれ」
手をイズに差し出しながら言った。ああ、という風に理解したイズは新しいのを取りに行こうとした。
「それでいいから」
やや語気を強めにすかさず言った。ガルドの手に速やかに湿った布が渡された。
何処の悪魔の骨とも知れぬ奴を拭った物から、娘を守れたという安堵と僅かな達成感をガルドは覚えた。
肩まである金髪をひっつめていたのをほどいたイズは、別の布を取って頭を拭いた。羽織るだけの簡単な上衣を脱いで、物干しに吊るした。上衣の雨にあたった部分が濃い緑になっていた。戦兎を背負っていた部分は色が変わっていなかった。
「こいつの服、もう乾きそうになってるな」
「こ、こいつとか駄目だよ」
片方の肩が痛んで上衣を脱ぐのに往生してたガルドを、手伝ってくれていたイズが言ってきた。
「む」
ガルドは軽い嫉妬を感じ始めたが、しゃくなので絶対に気取らせまいと決めた。
「この色、濡れても目立ちにくい、とか…?」
「そうか?見た目も変わったもので作られてるみたいだぞ」
ガルドはそう言って、長椅子に寝かされている戦兎の服を触ろうと体を屈めた。
「痛っ」
体を曲げると痛かった。
「だ大丈夫?」
「ああ、ちょっと痛かった」
「お父さんも休んだ方が、いいかも」
背中が酷く傷付いた父親の上衣を掛けながら、イズは言った。
ガルドは、暖炉の側の背もたれの着いていない椅子に腰を下ろした。
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