手に物を持つとき、対象毎に腕に係るだろう力の配分を予め済ませている。その予測が裏切られる場面が時々ある。立て付けが悪そうに見えた戸が思いの外滑らかに開いてしまい、結果大きな音を立てて周囲の注目を集めて気まずくなる事も起きる。反対に、大した負担は無いだろうと構えていたところ、己の準備を上回る負荷に襲われる事もある。こちらの方が良くない。精神的にも、何より肉体を直截的なダメージが襲うからである。
「がっは」
「がうどぅ!〈ガルド!〉」
単なるガラス細工の類いか何かだとガルドは思い込んでしまっていた。女の関心を惹くための小道具だと。
「 !〈お父さんっ!〉」
かつてエルフの騎士の鑑との呼び名も受けたガルドだが、年頃の娘の前ではただの嫉妬深い親父であった。それゆえ、それの持つ、この世界においては異常な精巧さの造形から来る禍々しさに気付けなかった。
フルボトルの重量はガルドの予測を大きく上回った。ガルドは痛めていない側の腕を出していたが、フルボトルの予期せぬ重さに引っ張られ体が瞬間的に傾いだ。一瞬で崩れたバランスは、ガルドの痛めている肩にも影響を与えた。ガルドは、びきりと嫌な音を聞いた気がした。
更に、フルボトルの熱がガルドの手のひらを焦がした。ドライバーを通さず使用されたフルボトルは、冷却を自然放熱のみに頼っていた。その為、まだ火傷を起こすくらいに活性状態であった。
戦兎はショックを受けていた。何が起きたのか分からなかった。しかし、戦兎にそれを整理する時間はまだ与えられなかった。
ジールは友の具合を診ること無く、右手でナイフを抜いていた。
連邦王国より下賜されたことを示すシンボルが刻まれた特殊鋼ブレードの切っ先が、ジールの踏み込みに答えて加速する。
緑の木々の隙間から漏れた陽光が、春先の森の空気を切り裂き進む刃に銀色の光跡を残させた。一筋の光は戦兎に向かってまっすぐ延びていた。
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