(人族の言葉は一応出来るつもりだったが…)
こいつの話した言葉はそれとは全く違うものだった。
(ここら辺のやつじゃないってことか。あちこちに散らばっている人族は言葉もずれてきたりしてると妹も言ってたしな…)
にしても、これはズレているというもんじゃないぞ。
(胡散臭さしかないわ)
突然他人の家で目覚めて、はいどうぞと言われたからといって、飯食えるか?どれだけの胆力だよ…。
イズからこいつが目を覚まして、便所に行ったと聞いたときは肝を冷やした。俺がちょっと外した隙に…。便所の前で待つことにした。ドアが開いた時はちょっとだけ緊張した。
『 』
その時にやつの話す言語を初めて聞いた。
「お、おお?」
まさかの異国語で意表を突かれた。
奴が俺を観てきているのに気付いた。解った。こいつは戦いを知っている奴だと。対峙した時に相手の力量を測る。そういう状態に置かれていた。出遅れた。
(人族の中では小さい方ってわけではない。年は、イズより幾つか上くらいか。まあまあの優男か?線は細いが脆さはない。黒い髪に黒い瞳…。表情に動揺したところが無い。なんだこの落ち着きようは…)
今一つ上手く測れなかった。相手の方が多く手にしつつあるのが感じられた。怪我を気取られないようにして力んでしまった。
あいつが目線を外して俺の後ろを見ていた。肩の痛みを我慢して振り返った。何にも無いが、恐らくイズがいたのだろう。
敵意だけは無いようなのが分かった。もしかしたら敵にもならないと思われただけかも知れないとも考えた。怪我が忌々しかった。
そして今、向かいに座って図々しく飯を食っている。驚いたのはイズのあいつに対する態度だった。幼い頃から極度の人見知りで、ほとんど家の近くだけでしか遊んでいなかったイズが、知らない人間と積極的に関わろうとしている。しかも全く言葉も通じてない相手に。
『あの、ごご飯どうぞ』
しどろもどろながらもイズが突っ立ったままの奴に話しかけた。
『 、 ?』
男は自分を指差したりしながらイズに答えてきた。さっきとはまた違う言語だったのでぎくりとした。警戒した。
『はい!どど、どうぞ!』
イズも同じように手振り身ぶりで必死に相手に伝えようとしていた。奴は席についた。
ガルドはその様子を隣で黙ってみていた。戦兎が椅子に座った時のイズの表情が、頭から離れなかった。照れ臭そうに、そのくせ誇らしげな。イズの初めて見る表情だと最初は思った。しかし、自分はこれを知っていると言うことに思い至る。イズの前に座った戦兎にも同じような兆候が見られたからだ。このエルフの国の近衛団騎士だった自分を前にしても、落ち着き払っていた男の顔に現れた、若者どうしの無防備なエアポケット。
(くそ )
食事の席でガルドは心密かに毒づいた。
今娘が見せているような表情を、かつて自分もよく見ていたという事を思い出した。
成長した娘は、男が愛したただ一人の女に似てきていた。
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