「最悪だ…」
目の前に大熊のような獣がいた。しかし、自分が知っている熊とは微妙に違う。いや、結構ちがうか?毛皮の体で四つん這いになってこちらを見ているフォルムは確かに熊のモノだが、その頭には角が二本はえていた。
(実は牛とか…)
てかそんな考察いいから。どっちにしろヤバくね?みたいな。
(やられる )
こいつを倒せるとは到底思えなかった。
(逃げなきゃ…)
そう思って戦兎は後ろに一歩引いた。しかし、両の手は顔の前まで上がり、拳が握られる。
( !)
引いた右足に重心が置かれた。しかし、退却に向けての動作では無かった。爪先は相手の方を向いたままである。左半身を前に出した明らかな戦闘態勢を戦兎は取っていた。
(はは。そう、だよな 。俺は正義のヒーローなんだから )
頭の中は多少パニックになっているが、身体の方はリラックスしている感じが伝わってきた。前に出している左手を軽く開き気味にする。
(来る!)
こういうことはまだ分かるみたいだ。
そして、その通りに獣が角を戦兎に向けて猛烈に突進してきた。
それに合わせるように戦兎の体も右足に押し出されるようにして前に出た。正面から獣とぶつかるという一瞬、戦兎は体を左に流しながら自分に突っ込まれてきた獣の頭にある二つの角の右側のやつを掴む。ほぼ同時に獣の眉間に向かって右の拳を放つ。カウンターが撃ち込まれた瞬間、「ドーン」という音ともに拳の中から銀色の閃光があふれ出て強烈な陰影を辺りに作った。
獣は自身を支えられなくなり、やや前のめりに戦兎と反対側にドサンと音をたてて倒れた。
戦兎の右腕が倒れていく獣の角にあたる。体から急速に力を失い前を向いて倒れていく戦兎の右腕は、そのまま角に弾かれた。その時力なく開かれた拳から光る何かが飛び出したように見えた。
戦兎は左肩をしたにするように土の地面に倒れた。戦兎の手からこぼれた銀色に光る何かも獣の向こう側にバウンドもせずに落ちた。大きさの割には、重量感のある落ち方だった。
意識が遠ざかっていく中で、戦兎はつぶやいた。
「助かったぜ、万丈 」
微かな獣の毛の焦げ臭さと土に混じるカビのような匂いを感じながら、闇に落ちた。
銀色の輝きが消えていく《シルバードラゴン・フルボトル》に小雨が落ちてきた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!