見知らぬ場所で目覚めて、見知らぬ女性と最初に交わした言葉を戦兎は狭い個室の中で思い返していた。その、とほほさに今さら恥ずかしくなった。
(仕方ないじゃないか)
『nascita』に置いてあった『地球の歩き方』にも“トイレは何処ですか?”は最重要ワードの一つだと書いてあったはずだ。自分は活きていく上で最も意義のある質問をしたのだと、戦兎は自分に言い聞かせた。
(それにしても…)
なかなか強烈だなと、今しがた使用した物をちらと見た。
汲み取りトイレだった。
その事に気付いたのは、用を足している最中だった。
木の箱に穴が開いているというような簡素な見た目なのは、この家のインテリアとの調和を考えた物だと思った。何よりそんなことには構っていられなかった。マナーなので小さい方でも座ってした。木だった。ウッディ感が凄くリアルだった。
(こ、拘ってんだな…)
取り敢えず火急の要件がクリア出来ると、ついでにもっと軽くしとく事にした。
音が虚空に響いた…。本能的にどういう事が起きたのか分かる。そういう類いの響き方だった。ぞぞぞと背中がざわついた。
不安になって紙を確かめた。あるにはあった。茶色いごわごわしたような八切りサイズの紙が束ねて台の上に置いてあった。見た目に違わずごわごわしていた。立ち上がって慎重に服を直した。ボタンやレバーなんかは、やっぱり見当たらなかった。
(…ふ。オーガニックってやつか)
水洗式ではないので、手洗いも当然室内に無かった。ポケットにあったハンカチでごしごし拭いた。そして、さも鏡の前に立っているかの様にして、ドアと向き合った戦兎は髪を手で整えた。顔さえ決めた。
(綺麗な人だったな)
きっと性格も美しいんだろなと、後ろにあるものを根拠に思った。
肩で息を一つしてからドアに手をかけた。そして開けた。
大男が立っていた。
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