戦兎が起きて最初に目にしたのは、梁や柱が剥き出しの急勾配の天井だった。次に自分に被せられている物を確かめた。毛足の長い先の尖った、一本一本がしっかりした、それでいて滑らかな手触りの物だった。
体を起こそうともそもそしていると、すぐ横に椅子の背もたれがあるのが分かった。
(ソファーベッドか…)
座面の奥行きが深かった。
戦兎が上体を起こして床に足を着けたところで、厨房から広間にやってきたイズと目があった。イズの持っていたトレーの上の食器がかちゃと音を立てた。イズの目がだんだん開かれた。イズは慌てないようにして、トレーをテーブルに置いた。そして、背筋を伸ばして服の裾をピンと引っ張った。服を伸ばした後のそれぞれ握り込んだ手の中が汗で湿っていった。イズはゆっくり戦兎の方を向いた。
戦兎はイズと目が合ったあとしばらく動けずにいた。黙ってイズの様子を見ていた。イズが両手を拳にして、かちこちの“気を付け”の姿勢を取って戦兎の方を見てきた所で、慌てて立ち上がろうとした。戦兎は少しふらついたが、無事しゃきっと立てた。その時、イズが戦兎に向かって一歩踏み出した。戦兎が立てたのを見ると、ほっとしたように足を戻した。
戦兎はイズに見とれていた。短めの金髪を後ろでちょこんとしばっていた。白い肌に大きなグリーンアイ。同じ人間とは思えぬ造作の顔立ちだった。人はここまで美しく産まれてこれるものなのかと、見つめていた。
目の前の相手の頬が薄く染まっていくのに気付いて、戦兎は目線を下に反らした。そして、目下緊急を要する案件を解決すべきなのを思い出した。
「えっと」
微妙に距離を取られている相手に訊ねようとした。
「ト 」
日本語を使おうとした戦兎は、女性の容貌や室内の雰囲気から、
(これは無いか)
と、最も汎用性の高い言語に変えた。
「Excuse me, can I use the restroom? 」
新世界での最初の会話だった。
「?」
(通じていない?)
「Umm...toilet . Where is the toilet ?」
フィラーも英語で、別の名称でゆっくり訊き直した。よく聞こえるように一歩分近寄った。相手も同じだけ下がった。
「 ?」
(え?何て?)
世界共通語が不可らしいと悟った。
「 。 ?」
何か聞いてきてるらしいのは分かった。内容はさっぱりだ。だんだん切羽詰まってくる。
「えっと、トイレ!ここ!restroom,please !」
もう細かい事にはかまっていられなかった。フェーズが更新されていく。股間を両手で押さえるジェスチャーで訴えた。
(頼む )
戦兎の仕草を見たイズが、急いで近寄ってきた。戦兎の腕を取り、ソファーの後ろにある広間の出入り口に向かう。出てすぐ右に薄暗い通路があり、突き当たりにドアがあった。イズがそのドアを開けて見せた。
「 ?」
言ってることは皆目分からなかったが、見せられたその造形は人類共通認識に準じていた。
「Thanks !」
何度も強く頷きながら、戦兎はドアを閉めた。
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