戦兎は初めて見る馬車から離れていた。
ガルドは、馬車の持ち主らしき人物と話していた。イズはガルドの後ろに立っていた。所々、イズもガルドに促されて話していた。イズは、その時も父親の後ろにいたまま前に出ようとはしなかった。
エルフの村から町へと仕事に向かおうとしていた一行が、倒れていた獣の死体に邪魔されて足止めを食っていた。獣を避けるとき轍から逸れるので、馬車を軽くするため一旦御者だけを残して他の者は馬車から降りていた。しかし、今度は馬が大きな獣を怖がって進もうとしない。
「誰か村に戻って人を呼んで来なきゃな」「呼んで来るっつっても一仕事になるな」「ああ。こいつを村まで持っていく」年輩の者達が対策を論じている。「昼まではこれでつぶれるんじゃね」若いのが一人やる気無さそうにしている。
「全く何だってこんな所にこんなやつがくたばってるんだか」
年輩の一人が文句を言っていた。
「こいつがこんな所に出てきた理由は分からないが、こいつがここでくたばった理由なら分かるかもな」
馬車から降りていた防寒装備の御者が、物言わぬバーロックスの右の角に刺さっている大振りのナイフを顎で示した。
「こいつを使ってたやつが倒したってのか?前から刺さってたんじゃないのか?」
「持ち主の署名つきだ」
「署名?どこに書いてあるよ。あ 」
質の悪い冗談のように獣の角を銀色に飾っていた刃渡り三〇センチ近くのナイフ。そのグリップエンドには紋章が入っていた。
「ユニコーンのシンボル 。じゃあ 」
「ちょうど来たみたいだぜ、持ち主が」
御者の男が馬車の横に顔を向けた。
「よぉガルド。忘れ物でも取りに来たか?」
「ああ」
「これ、お前がやったのか?邪魔になってんだよ」
「いや俺じゃないんだが…」
「なんだよ。これ、お前のナイフだろ?騎士団にいたときの」
御者の男が問い詰める。
「そうだ。だが…」
「わざわざ自分がやったって印を残したって事か。こんなの持ってんのこの里じゃお前だけだもんな」
「ジール、話を聞け。これを倒したのは俺じゃない」
(しかし、誰も彼もが大きいやつばっかりだな)
ガルドに詰め寄っている者はガルドよりも大きかった。
(でも俺くらいなのもいるな)
何やらイズに一方的に話しかけている若そうな奴だった。イズは話しかけられる度に、顔を反対に向けていた。
(イズみたいな耳をしている人があんなに )
戦兎はショックを受けた。
男のエルフ達はガルドのように、長髪を後ろで縛っているのがほとんどだった。
(差別が酷いのだろうか?)
戦兎は人々の物腰を見やって考えた。あれは自衛の為なのかと。
(イズと一緒にいる人の木剣と言い、本物の剣やナイフを帯刀してる者が割りといるんだが…。そんなの許されてる国あるのか?)
銃の所持を許されてる所もあるんなら、刃物携帯の許可が出てる国もあるか…?いやいや、武器の持ち歩きなんてどうなんだ?それを言ったらライダーなんて歩く凶器…うーん 。言葉の通じない戦兎は考察を続けていた。
ガルドに詰め寄っていた御者を務めていたジールと呼ばれた男が、戦兎の方をを見てきた。ガルドとイズも振り返った。イズにちょっかいだしていた若いエルフや他の年輩のエルフも戦兎を見てきた。
(なんだ?)
イズが戦兎のところへやって来た。トイレの時みたいに手を取ってガルドたちのいるところに連れてきた。馬車の陰から見えていたバーロックスの死体の前に立たされた。
「いず ?〈イズ、本当にこんなチビがやったっていうのかよ?〉」
イズに付きまとっている若い男が言った。こいつも耳当て帽子をしていた。
「 〈う、うん。そうだよロガ。わ私見てた〉」
「 ゐず 〈それよりイズ。いつまでそんな奴と手繋いでんの〉」
やや強い口調でイズに言ってきた。男の態度や目線などから、何となく言ってきた内容が戦兎にも察せられた。
「~~」
イズはもごもご何か言った。戦兎の手を放すどころか、そのまま前に突き進んだ。
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