三人は雨の後のぬかるんだ道を歩いていた。幅の細い轍が三つ通っていた。その内の二本の間をガルド、イズ、戦兎の順で歩いていた。
空気が冷えていた。道の上に見える空は晴れていた。森の中を通っている街道だった。周りは背の高い木々が幾重にも連なっていた。日が当たった所は、しりしりと水蒸気が漂っていた。樹木の朽ちた匂いが鼻についた。どこかで鳥が木に嘴を打ち付けている音が聞こえる他は、濡れた土を踏んでいく三人の足音しかしなかった。
空気がうまいと最初に言ったやつは天才だな、と戦兎は思いながら肺に森の大気を送り続けていた。
(ここまでの道沿いには家屋らしきものは無かったな)
戦兎はハロルズギア製の腕時計を見た。ガルドの家を出てから四十分以上歩いていた。
食事がすむと、ガルドとイズがいそいそと身支度をし始めた。そして玄関に立って戦兎の方を見てきた。着いて来いと言われているような気がしたので戦兎も二人に続いた。
ドアの外はデッキだった。そのあと、五、六段の階段を下りた。
針葉樹の合間の広がった空間に届き始めた陽光が、地上に残された雨の残りをきらきらと照らし出していた。戦兎は視界の透明さに心を奪われた。冬を耐えたまだ茶色い葉の草たちが、太陽の光の中から生命力の素を取り込もうと様々な実験をしているのが見えるようだった。
「生命がある 」
そう呟いた戦兎は、今出てきた家を振り返った。勾配の強めの大きな切り妻屋根。屋根から高めの基礎までの柱の間を、煉瓦で綺麗に埋められていた。窓は木枠で、どれも小さく数も少なかった。屋根の上にある空は薄い青に塗られていた。
止まってた足音が動き出したのが聞こえた。
日を受けて細かく乱反射する水蒸気の中を行く二人を戦兎は追った。
車一台分がやっとと思われる道を五分ほど歩いた。轍が刻まれた未舗装の大きめの道に出た。
街道に出たとき、せせらぎの音らしき物が小さく聞こえた。黙々と歩く二人の後ろ姿を見た。リュックを背負ったイズは耳当てつきの帽子を被っていた。
(さっきの耳の形って…)
最初、戦兎は世界にはそんな特徴を持った人々もいるのかもしれないと思った。
しかし、イズが慌てて耳を隠して、それを見たガルドがコップを落とした様子から、戦兎はある可能性を考えていた。
スカイウォールの無い世界への創り変えにエラーが起きた部分があったのではと。
その影響が、ああいった身体的特徴として顕れたという場合だ。人は時々、自分達とは違う者を排除しようとする。この二人も何らかの差別を受けているのだとしたら 。
(俺の、せいだ )
戦兎も、今は黙って歩くより仕方なかった。
幾つか小さな道と交わる所もあった。本道を進み続けた。左に向いた大きめの丁字路に差し掛かった時もまっすぐ行った。その際に折れている道の向こうを戦兎は見た。開けた所に続いているみたいだった。奥が明るかった。
丁字路を過ぎて暫くしてから、緩やかなS字に入った。
(あれ、ここ昨日…)
S字を抜ける辺りにフォークみたいな三股の比較的大きな木が立っていた。その下に小道が森の中へと続いていた。カーブを出た道の向こうに馬車が一台止まっていた。その周りに何人かの人がいた。
(ば、馬車!?)
その時、先頭のガルドがイズに振り返った。
「 〈やっぱり、もういたな〉」
「 ?〈う、うん。お父さん、肩大丈夫?〉」
「 。 いず 。〈ああ。思ったより酷くないな。イズの薬が効いたんだよ〉」
二人が交わす言葉が、ただの音の羅列として戦兎の頭を流れていった。それでも、食事のときにお互い交わした名前は聞き取れたような気もした。
(まさか日本以外に飛ばされちまうなんてな)
パスポートの事が頭をよぎった。
(それにしても、馬車。やっぱり、アーミッシュ的な所か何かなんかな)
馬車の一団に近づくにつれて、その陰になっていた物が少しずつ見えてきた。
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