ほぼゼロ距離での攻撃だった。
ガルドに起きたことに動揺もした。
それでも太刀筋は見えていた。戦兎は、男が手に刃物を持ったまま近付いて来ていたのは認識していた。自分しかいなかったのならば、左手で払い、右手で相手の右手の裾を掴みながら右の蹴りを相手の胴に入れる。相手がデカ過ぎて頭に届かない。
しかし、イズがすぐそばにいた。ガルドに向かってまだ中腰の姿勢だった。刃はイズの側も通り過ぎた。
(この野郎 )
ナイフが戦兎に捕らえようとした。戦兎は体を反らせ後ろに一歩引く。反動で前に出てイズを庇う。避けられると思っていなかったジールは次の攻撃に移す動作がわずか遅れた。戦兎は体の開いた相手の股間に後ろ回し蹴り。急所を打った。ナイフが手から滑り落ち地面に刺さる。ジールが苦悶の表情で踞る。
イズが自分の前に立ちはだかった戦兎を押してきた。戦兎は後ろから押された。
「 !〈お父さん!〉」
イズは父親の側にしゃがんだ。戦兎も同じようにした。ガルドは膝をつき激痛に唸っていた。
「 !〈ガルド!〉」
「 !〈ジールさん!〉」
(一体どういうことだよ )
イズが父親を呼ぶ声に混じって他の叫び声も聞こえてきた。
戦兎は落ちていたフルボトルを拾って見つめた。
「 ?」
戦兎は服を掴まれた。イズだった。
「俺は…。こんなことになるなんて…」
「 ?」
「ごめん…。でも、分からない…俺は…」
何か自分のせいで起きたのだと思い、具合が気になってガルドにてを伸ばした。
「 !!」
イズが戦兎の手を払った。
戦兎はイズの顔に、恐怖と戸惑いを見た。
この人はいとも簡単にあれをつまみ上げた。
「どう、どうしてそんな風に出来るの?」
私の声が届いてないみたいだから、服を掴んだ。
「 …」
何が起きたのかこの人にも分かっていないみたいだった。
「こ、これ、何なの?あなたは一体 」
「 …」
凄く狼狽えている…。
「ダメっ!!」
イズは戦兎の手を払った。
イズは戦兎の顔に怯えと戸惑いを見た。
「てっめえ!な何しやがっよっ!!」
ロガは腰のナイフを抜いて吠えた。しかし、その口は興奮で上手く回っていなかった。恐怖を押さえつけるために奮い立たせていた。
「イズ!そいつから離れてろ!」
イズが戦兎の手を払っていた。戦兎はふらふらと立ち上がり後ずさっていた。
(妙な動きしやがって)
小さな人族に、ジールがあっという間に倒された事に納得出来なかった。
(何か卑怯な手を使ったんだ。純粋に剣技だけだったとはいえ、ただの人族なんかにジールさんがやられるかよ )
恵まれているとは言えない体格のロガは、自分とさして変わらない大きさの人間が、ジールとの体格差を物ともせずに向かっていったのを見てショックを受けた。
(なんてことすんだよ…。何でそんなこと出来んだよ…くそ…)
ロガは足に力を込めた。そして、世界に願い乞うた。
(俺は認めねー)
ロガの体にうっすらとした光が降りてくる。
「何してるロガ!?」
「止めないか!」
「ロガ!」
集まってきていた他のエルフ達が、ロガに呼びかける。しかし、ロガは聞く耳を持たない。
連呼されている幼馴染みの名前を聞き、イズは顔を上げた。
「ロ、ロガ?」
ロガの鋭い視線の先に有るものは見ずとも解った。
「だ、駄目よロガ!」
イズが言う間もなく、ロガは飛び出していた。
戦兎は視界の隅に異変を捉えていた。戦闘兵器とも言えるライダーシステムは、戦兎の精神情況に拘わらずに脅威を察知し排除に掛かる。
(くそ、止めてくれ )
完全に間合いの外からの攻撃を受けつつあった。生身ではあり得ない速度での接近だった。
(こいつはさっきの )
戦兎の余裕もそこまでだった。
急激に体が重くなり、相手へのフォーカスが合わなくなり出した。手からフルボトルがこぼれる。
(なんだ!?)
世界はロガに味方していた。
(くそ)
相手を傷つける事への配慮などしている暇など無くなっていた。変身前の常態では、迎撃どころか回避出来るかどうかも難しいと判断した。
ロガのナイフの剣先が戦兎に真っ直ぐ伸びてきた。
戦兎は脱力して背中から倒れていった。思うように力が入らない以上、自然落下に任せるしかなかった。
刃が白く光ながら、はためいたフード付きコートの襟を切り裂いていった。仰向けに近い体勢の戦兎の上をロガが通過していく。突然戦兎の体が軽くなった。
(戻った)
戦兎は落ちていく体を捻り、目の前を通りすぎていくロガの腰骨に掌底を打ち込む。勢いに乗っていたロガの直進エネルギーは向きを変えられた。ロガの体はバランスを失い回転しながら飛んで、地面に打ち付けられた。戦兎も背中から落ちたが、想定済みの事なのですぐに立ち上がっていた。ロガは大の字でのびていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!