取り敢えずの命の恩人らしいので仕方なく休ませてやっている男に、イズが毛布を掛けてやっているのを心休まらずに見届けたガルドは、
「イズ。そろそろ、こっちも休もうか」
と声をかけた。
「うん」
と答えたイズが、父親が椅子から立ち上がるのに腕を貸した。あとは一人で大丈夫だと、ガルドは一番奥の自室へとゆっくり向かった。イズの寝室は厨房の向かいで、暖炉の広間を出てすぐの部屋だった。イズの部屋のドアが開けられ、イズが入っていった。ドアが開いたままだった。ガルドは、ふと後ろを見た。イズが自分の布団を持ち出していた。
「イズ。何をしてるんだ」
「え?あ、私の布団を運んでるの」
「あ、ああ。それはそうみたいだな。その、何のために…」
「こっ、ここで寝るためにだけど」
暗い廊下の奥から、暖炉の炎で照らされた広間に居るイズが布団を抱えて立っているのが見えた。
「はあっ?だっ駄目駄目。絶対駄目だぞ、イズ」
「な、何で?この人、の事見てあげておく為だよ」
エルフ族は高潔な精神性で知られていた。イズの献身的な行動は、警戒が緩めだといえ非難されるものではなかった。
「…見張りならお父さんがやろう。お前は駄目だ」
娘を持つ父親なら当然の思考である。ガルドは広間まで戻った。
「み、見張りって…。この人は、私たちを…」
「とにかくこんなやつと一緒に居るなんて駄目だ。いいか 」
「お父さん、私は、ただ…」
「お前の言う通り、こいつが一撃でバーロックスを倒したって言うんなら、凄く危険な奴って事だ。それにな 」
「お父さん、お父さんは、怪我してるし…」
「お前はわかって無いだろうが、その、男の人ってのは危ないんだ。だからな 」
「お父さんだって男…」
「お父さんはお前の親だ!とにかく駄目だから 」
「駄目駄目ばっかり言わないで!」
イズは抱えていた布団を足元に投げつけた。
「私だって、出来る事あるんだから!お父さんが心配する理由だってちゃんと分かるよ!」
「イズ…」
ガルドは二重に驚いていた。一つは、大人し過ぎるくらいの娘がこうも声を荒らげてきたという、親ならいずれ訪れたであろう状況に。もう一つは、イズが言葉に詰まらずに、捲し立てる様に喋れていたことに。
「私にだってもっと何か出来ると思う」
「イズは、今でも何でもやってるじゃないか。薬草の知識は、レリも褒めてただろ」
ガルドは慎重に話すことにした。もしかしたら、このまま治ってくれるかもと思った。
「も、もっと色んな所、み見てみたい」
「色んな?」
ガルドは落ち込みを悟られないよう気を付けた。
「私、お家にばっかり、だったから。もっと色んな所見てみたくなったから…」
イズは真剣だった。父親の顔を恐る恐る見た。
ガルドはなんとも言えぬ感じでいた。薄く口を開けたが、すぐに閉じられ、娘の顔を見ようかどうか迷っていた。
「お、お父さん」
「ん。いや。そうか。そうだよな。世界は広いもんな」
我ながら何言い出してんだか、とガルドは思った。
「じゃあ、お父さんはこの廊下で寝る」
「え?だ、駄目だよ。ち、ちゃんとしたところで寝ないと」
「駄目駄目言うな。もう決めた。我々の自衛のためである」
騎士時代の口調を真似てやった。
「お父さん…」
かららと薪どうしがぶつかった乾いた音をガルドは聞いた。
「イズもそろそろ寝るんだぞ」
「うん。これ、最後にくべてから」
暖炉の前に居るイズからの返事をガルドはうつ伏せの姿勢で聞いた。仰向けだと肩が痛んだ。結局、広間の隅っこで寝る事にした。
イズは最後と言いながら、また男の様子を見に行ってるようだった。興味がわかない訳がない。ましてやあんな状況での事だ。無垢な娘の心が揺れない訳がなかった。
ガルドはイズの先程の喋り方を思い出していた。それから娘をああしてしまった苦い過去を思い出した。苦しさから逃げたくて寝ることに集中した。
眠りに落ちる前に確かめておくことがあったので聞いた。
「イズ」
「な、なに?」
イズもようやく寝床に潜り込むようだった。もそもそと音がした。
「その、お父さんがお前の事をだな、心配した理由を知ってると言ったけど…」
「う、うん。一応解ってるけど…?」
「一応?いや、はっきりしてくれ」
「えぇ~?」
「イズ、お前、もしかして、その、誰かと…」
「 !…もう寝る」
「え?いや、大事な話でだな 」
「 」
大きく寝返りをうつ音がして、ガルドにはもう一言も返事は返ってなかった。
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