ジェイドを救出して2日が過ぎた。ジェイドは途中の村で宿屋に泊まる事を拒否して野宿を選んでいた。
「ここに亜人は居ないわよ?」
村の入り口でミリオンにそう言われても「気にするな。泊まりたければお前たちは泊まるといい。日の出後には迎えに来る」と言って村から少し離れた場所で野宿をする。
そして夜通し歩く事を拒否もする。
「今は新月だからそう危険もない。
ジェイドが望めば僕たちは夜行も気にしない」
そうセレストが提案をしても「進むのは日の出から日の入りギリギリまでにしてくれ」とだけ言う。
宿屋で同室にしているセレストとミリオンはジェイドについて思案していた。
「何があるのかしら?」
「わからない。だが長い牢獄暮らしで人が信じられなくなっているのかもしれない」
セレストとミリオンはお茶を飲みながらジェイドの話をしていた、
「別にジェイドなら寝込みを襲われても死なないのに…」
「それに毒殺はあまり気にしていないのか宿の食事は受け取っている」
2人は二階の窓から外に見える小さな焚き火を見てため息をつく。
その焚き火はジェイドのモノでジェイドが1人で夜を明かして行くのが見えているのだ。
「日の入りから日の出まではジルツァーク様も居なくなるからジェイドにバレないように理由は聞けないな」
「ええ。でももう後1日でブルアに着くから出来たら理由は知りたいわね」
そんな事をこの2日話しながら旅をしていた。
そして旅路は決して楽なモノではない。
この世界には人間、亜人、それにドワーフやエルフと言った上位種、そして魔物が居る。
魔物は自然発生して人や亜人をお構い無しに襲いかかってくる。
ブルア方面には牛と猪を合わせた「イノギュウ」と呼ばれる魔物やスライム等が現れる。
勇者の3人には苦ではないが人々には脅威で見かけたら倒さざるを得ない。
どうしても足止めを食らう。
そして遅くなると付近の村に滞在することになる。
「…これでポイズン・ウォールが必要だったのね…」
「そもそもその魔法は何なんだい?」
「1人で大軍を相手にした勇者ワイトが使った大魔法の一つ。目の前に毒の壁を作るの。
その壁は、後ろ側は何も無いけど前側は強い毒性を持つの。
近付けば亜人もひとたまりも無い毒の壁。
仮に毒に耐性があっても破壊するのは至難の業。
そして術者が死ぬか解除を命じるまで壁は消えない。
多分この旅路が長引く事を想像して穴を塞いでおきたかったのよ」
ミリオンが合点の行った顔をしてセレストに説明をする。
セレストはジェイドの先を見据えた考えに驚いたが同時に亜人を倒す事ばかりを考えている事に悲しくなった。
翌朝、日の出と同時に宿を出てジェイドと合流をする。
「おはようジェイド。宿の人が無理して作ってくれたよ」
セレストが朝食を渡すとジェイドは嬉しそうな顔をして「感謝しかないな」と言う。
そのジェイドの横にはジルツァークが居た。
「みんなおはよう!今日頑張って歩けば夜までにブルアに着くね!」
「ジル、日暮れが近ければ俺だけでも外で夜を明かしたい」
ジルツァークの発言に困った顔をするジェイドはジルツァークの発言でも頑として譲らない。
「もう、大丈夫だよ。気にしすぎじゃないかな?なんなら夜の間はセレストに誰も近寄れない部屋を用意して貰えばいいんだよ」
「そうだ。その事なんだがブルアの人間は信用できるのではないかい?
ジェイドの負った心の傷は深くてもブルアならば…」
セレストが良かれと思って提案をする。
「そう言う事ではない!」
突然豹変したジェイドが怒鳴り声を上げる。
それには2人は驚いた。
「ジェイド…」
「…済まない。だが亜人共を倒す為には必要な事なんだ。
受け入れてくれ。
穴に入るまでには説明する。
だが今はまだ気持ちを整理する時間をくれ…」
ジェイドが泣きそうな顔、辛そうな顔でそう言うとセレストに「先に進もう」と言う。
ミリオンもセレストもその顔の前では何も言えなくなっていた。
この日の魔物は嫌に数が多かった。
今までの人生でもたまにそんな日もあったのでなんとも思わないが朝のジェイドの話と顔を見た後ではブルアまでもう1日かかる事は容易に想像出来た。
途中、スライムの群れに襲われていた人間が居たのでミリオンとセレストが走って助けに行く。
「疾風剣!」
セレストは左足を大きく踏み込むと爆発的な脚力で前に出てスライムを斬り伏せる。
「ファイヤアロー!」
ミリオンは火の矢を放ってスライムを焼く。
だが数が数だ。
多少倒してもスライムは人間に襲い掛かろうとする。
「ちっ」
ジェイドは舌打ちをすると人間に覆いかぶさる形でスライムの溶解液を浴びる。
ジュゥゥゥと言う音でジェイドの肉は溶けるが次の瞬間には何事も無かったように傷は治り振り返り様にスライムを撲殺する。
その後は少し数の多さに手間取ったがスライムの群れを倒し切ったジェイド達は男に近寄る。
「無事か?」
「はい!御三方に助けていただかなければ今頃はスライムの餌でした!」
男はヘコヘコとジェイド達に頭を下げて感謝を伝える。
「1人で何をしていたんだ?」
「1人ではなく仲間が居たんですが…」
助けた男はそう言って遠くを見る。
「もしや…」
「私の事は良いからと逃げるように言いました。今頃は無事に逃げ切ったのだと思います」
てっきり既にスライムに溶かされていたのかと思っていたミリオンは勝手に心配して勝手にため息をついていた。
その後、男はもう一度「ありがとうございました」と感謝を告げると去って行った。
「今の方、何をされていたかは聞いても言いませんでしたね」
「ああ…2人とも嫌な予感がするから気をつけるんだ」
ミリオンが会話で起きた疑問を口にするとジェイドが難しい顔をしながら嫌な予感がすると言う。
「ジェイド?」
「いや、気のせいなら良いのだがな」
そう言ってジェイドがまた歩き始めるとセレストとミリオンが後ろを着いて行く。
ジルツァークは勇者の旅に不必要な人間のいる所では姿を消していて、歩き始めると「お疲れ様」と言って戻ってくる。
しばらく進むとようやく遠くにブルアの城が小さいながらも見えてきた。
やはり魔物退治が思いの外大変だったことから思った程進めずにいて、後2時間もあれば城に着くだろうが確実に日没には間に合わない。
既に日は傾き始めていた。
「俺は明日朝になれば行く。2人は先に城に行ってくれ」
「そんな!」
「ここら辺でも夜には魔物も出るし城につけば安全に眠れるんだよ?」
ミリオンとセレストが必死に訴えるがジェイドは頑として譲らない。ジェイドの横を浮かぶジルツァークが困り顔と困ったジェスチャーをしている。
ジェイドは口を開けば「亜人共を倒す為には必要な事なんだ」と言う言葉を返してくるばかりだ。
「それなら後1時間だけ歩いたところで野宿をして?これは折衷案として受け入れて?」
ミリオンがジェイドの顔を見ながら言う。
そしてセレストが「それを受け入れて貰えないのなら僕達もジェイドと野宿をするよ」と言うのだった。
そのやり取りと言葉に諦めたジェイドが「わかった…。ただ城が近いから外套を余分に置いて行ってくれ」と言って1時間程歩き進める。
歩いている間もセレスト達は「ご馳走を用意するのだがどうしてもダメか?」「お風呂や布団があるのよ?」と言うのだがジェイドは「済まない。気持ちだけもらう」と言って深く謝るだけだった。
これ以上はお互いの為にならないとセレスト達も諦めて城まで1時間の所でジェイドに外套を渡すと城に歩き始める。
「私はギリギリまでジェイドと居るね〜」
ジルツァークがそう言ってセレストとミリオンに手を振る。
「ジルも無理しないで良いぞ?」
「私はさ、夜は居られないルールだから良いの。
ジェイドの事は私にも責任があるんだから気にしないで良いんだよ?」
ふわふわと浮かぶジルツァークがジェイドに語り掛ける。
「あんな事は誰が想像する?ジルの失態ではない。人間の闇…それだけだ」
そんな言葉を聞きながらセレストとミリオンは歩く。
「ジルツァーク様の責任?」
「人間の闇?それが亜人達を倒す障害になるの?」
謎ではあるがジェイドが穴に入る前には言うと言っていたのだから今は信じて待つしかない。
日が沈んだ後、城に戻ったセレスト達はブルア王に事情を説明した。
「ふむ…、わからない事だらけだな。
グリアの王子には何か事情がありそうだ。
だが無事に救出が出来たことは良かったと思う。
今宵は疲れを癒し早く休むが良い。
翌朝グリアの王子が訪れた時に今後の話をしよう」
ミリオンは客間に、セレストは自室に戻って疲れを癒しながらこれから先の事を考えていた。
そして虫の知らせなのだろうか…昼間スライムから助けた男を見たジェイドの「嫌な予感」と言う言葉が引っかかっていた。
夜更け。
突然遠くから聞こえる悲鳴でセレストは目が覚めた。
「どうした!」
慌てて兵に確認を取ると街で大規模な火災が起きたと言う。
「被害は?」
「不明です。ただ火災は一軒ではなく何軒も起きていて兵達が対処に当たっています」
兵士たちが慌ただしく消火準備をしながらセレストの質問に答える。
「僕も行く!」
そして身支度をして廊下に出ると「セレスト!」と言ってミリオンがくる。
「ミリオン!」
「私も魔法で消火を手伝います。行きましょう!」
セレストとミリオンは街に行くと避難指示をする兵士を抜けて火災現場に到着する。
火事は想像以上に酷く既に火元がわからないくらい周囲の家を燃やしていた。
「くそっ…延焼が酷い」
「水魔法で消すにしてもこの燃え方では…」
そこに外套を深く被ったジェイドが走ってくる。
兵士がジェイドを止めようとするがセレストがそれを制止する。
「お前達!良いところにいる!セレスト、勇者の剣、「真空剣」は使えるな?まだ燃えていない周りの家を破壊して燃え移らないようにしろ!
ミリオン!お前のウオーターボールの規模は?街を覆えるか?」
ジェイドが2人に指示を出していく。
「ジェイド…」
「え?」
また自分たちの技や魔法を知っていたジェイドに驚いてしまう2人は何も言えない。
「良いから答えろ!人命がかかっているんだぞ!」
ジェイドの必死の声に2人は現実に引き戻される。
「…真空剣だな!わかった!」
セレストが周りの家に向かって風の刃を飛ばすと家に切れ目が入って行く。
「全部じゃなくて良い!半分でも壊して火の勢いを止めろ!」
「任せろ!」
セレストは防人の街以降ジェイドの指示が的確であることを知っているので躊躇なく実行に移す。
ジェイドは風の刃を見て満足そうにミリオンを見る。
「ミリオン!」
「え!?あ…街を覆えるわ!」
「よし、それなら合わせ技だ。ウオーターボールの中心にミドルボムの魔法を出して弾けさせるんだ。
細かく散らしすぎては消火にならないが散らす量が甘ければ水の重さで家が壊れるぞ!」
魔法の合わせ技を要求されることも意外だったがやれと言われているのでやるしかない。
「わかった!ウオーターボール!ミドルボム!」
ミリオンの魔法は街の上空に巨大な水の塊を出してそれを爆破してさながら大雨の様相で街の火災を消火した。
「消えた…」
「良かった…助かったよジェイド。今の家屋からは人も無事に逃げ出せたと聞いているし…」
そう言った時、群集の中からナイフを構えた男がミリオンに向かって走ってきた。
「死ねぇ魔女!」
ミリオンはまさか襲われると思っていないので動けずに居たがジェイドは即時に反応をしてミリオンの前に出ると凶刃に胸を突かれる。
そのナイフはジェイドの心臓を捉えたが命を捉えたわけではない。
即座にジェイドに殴り返されて男は尻餅をつく。
「ぐっ…、不死の化物め…」
そう言った男は昼間スライムから助けた男だった。
「あなた!?」
「昼間の?」
まさか助けた相手に殺されかけると思っていなかったセレストとミリオンが驚いた声を出す。
「やはりな…」
「ジェイド?」
ジェイドは外套を被ったまま片手で男を持ち上げると「お前、俺達の先回りをしていたな…」と言う。
「くっ…」
「言わなくても大体わかる。防人の街の生き残り…、恐らく騒ぎになった時点で逃げていたんだろう」
「そうだ!騒ぎが収まったら街に戻ろうと弟と離れた場所から見ていた!
そうしたらそこの魔女が全てを消し去ったんだ!」
男たちはミリオンがアトミック・ショックウェイブを発動する所を見ていた様子だった。
「復讐か…」
「そうだ!」
男は持ち上げられて苦しそうにしながら必死になってジェイドに言葉をぶつける。
「弟?」
「仲間がいるの?」
日中も男はもう1人居たと言っていた。
それは男の弟でここには居ない…。
「ちっ、そう言うことか!」
ジェイドは男を地面に転がすと走り出す。
「ジェイド!?」
「そいつの目的はミリオンの殺害、弟の目的は別だ!」
走り出したジェイドは止まらない。
「そいつは兵士に言って拘束させろ!多分弟は手薄になった城を襲うぞ!」
その言葉通り、走り出してすぐに城から火の手が上がる。
「間に合うものか!城には街以上によく燃える油を使ったんだ!」
兵士に拘束された男の捨て台詞の声が聞こえたが3人は止まらずに城に向かって進む。
「セレスト!前を走れ!俺では兵士に止められる!」
確かに外套を深々と被って走るジェイドでは兵士たちが不審がる。
セレストは前に出ながら不思議に思う。
防人の街で見せたジェイドと今のジェイドはまったくの別物でこちらが本来のジェイドなのではないかと思っていた。
城に戻ると燃えていたのは離れに建てられていた妹の屋敷だった。
「あれはリアンの…妹の屋敷が燃えているのか!?」
セレストが真っ青な顔で火の手の上がる屋敷を見る。
「妹!?」
妹と聞いてジェイドの声が強張った。
「リアン!」
セレストが屋敷の前まで走って声を張ると近くの兵士が「王子!王女様がまだ中に!」と言う。
「くっ…」
セレストが燃え盛る屋敷の中に入ろうとするのをジェイドが止める。
「お前は来るな!俺が行く!妹の寝所は?」
「に…二階の…向かって右端の部屋」
「わかった!俺が助けてくるからお前は犯人を探せ!」
ジェイドが燃え盛る火を無視して屋敷に入ろうとする。
ドアノブは焼けて熱くなっていたがジェイドは気にせずに扉をこじ開ける、
新鮮な空気が入った事で火は余計に燃え盛る。
ジェイドの顔や髪を焼くがジェイドは気にせずに突き進む。
焼け落ちかける階段を駆け上がって二階に着いたジェイドが火の中で声を張る。
「セレストの妹!何処だ!済まない!返事をしてくれ!」
そう言いながら右の部屋を目指すと「助けて」と確かに聞こえた。
「わかった!もう喋る必要はない!煙を吸い込むから口に布を当てて俺を待て!」
ジェイドが扉を蹴破るとベッドの端で小さくなっている少女がいた。
「君がセレストの妹だな!」
「はい!」
少女は火事に怯えながら助けに来たジェイドを見る。
「よし、2階に他の人間は?」
「居ません」
「よし、それなら逃げられるな」
「でも火が!」
この火は素人目にも脱出不可能に見える。
「安心しろ。
君は布団に身を包め。俺が抱きかかえて逃げる。そこの窓から飛び降りるだけだ。なんの心配もいらない」
そう言ってジェイドは窓を蹴破ると外に向かって「セレスト!妹は無事だ!今から脱出する!」と言ってリアンを見る。
窓を蹴破って脱出路を確保したジェイドが燃え盛る火の中でリアンを見る。
リアンはジェイドの言いつけ通りに布団に身をくるんで待っていた。
ジェイドはリアンを抱きかかえると優しい声でリアンを安心させる。
「怖くない。怖かったら目を瞑っているんだ。後はしっかりとしがみつけ」
「はい」
リアンを抱きしめたジェイドが背中から飛び出す。
外には先ほどけ破った窓ガラスや石などもあり背中から落ちるのは得策ではないが下手に受け身を取ればリアンが怪我をする恐れがある。
ジェイドは死なない身体を利用してリアンを守る。
飛び降りてすぐに体制を立て直して館から離れたジェイドが胸の中にいるリアンに声をかける。
「何処も怪我をしていないな?」
「はい。ありがとうございます!」
「リアン!」
「ジェイド!」
そこに駆け寄ってくるセレストとミリオン。
セレストの顔は必死そのものだ。
「ほら、兄さんを安心させてやれ」
「はい。兄様!」
セレストが本気で安堵した顔でリアンを抱きしめる。その目には涙が浮かんでいた。
火を背にしたジェイドの表情はミリオンたちからは影になっていて見て取れないがとても喜んでいるのがわかる。
「ミリオン、犯人は?」
「まだ居ないの…」
ミリオンが訝しげに言う。
「何!?くそっ」
そう言ってジェイドが飛び出す。
それは咄嗟の勘でしかないが勘は見事に的中していた。
燃え広がる草むらから現れた男がナイフを持ってリアンに迫っていた。
「家族を奪われる苦しみを味わえ!」
そう言いながらナイフをリアンに突き立てようとしていた。
セレストは咄嗟にナイフに身体を向けてリアンを庇う。
だが先程同様にナイフを身体で受け止めたのはジェイドでジェイドの身体にナイフは突き刺さる。
ジェイドの外套と上着は火事の火で焼け落ちていて素肌にナイフが突き刺さっていた。
「きゃぁぁぁぁっ」
ジェイドを知らないリアンは胸にナイフが突き立てられたことに顔を覆い悲鳴を上げる。
「大丈夫だ!俺は体の勇者だ。この程度では死なない!」
ジェイドがリアンに向かって声をかける。
「くそっ、館に誰も入れないように出入り口に向かって念入りに油を撒いたのに不死身の化け物め!」
ジェイドにナイフを突き立てた男が悪態をつきジェイドが「化け物で悪かったな」と言って両肩を棍棒でへし折った。
激痛に蹲る男に兵士が群がりすぐに取り押さえる。
男の話が本当ならばこれで犯人は捕まった。
後は館の消火が済めば解決だ。
そう思ってセレストがジェイドに感謝を伝える。
「ジェイド、何から何まで助かっ…」
「ジェイド?」
その時…、ミリオンとセレストは見てしまった。
火に焼かれ落ちた服と外套が無くなったジェイドの顔と身体を…。
「見ないでくれ…」
「ジェイド、でも!」
「セレスト!見るな!」
そう叫んだジェイドの身体は痛々しいを通り越して見ていられない程にボロボロになっていた。
全身を埋め尽くすように真っ黒く広がる痣。
至る所に見えるちぎれ繋がった皮膚。
火傷によって腫れた部分もある。
「だがお前!さっきまでは何もなかったじゃないか!」
「そうよ!この数時間に何かあったの!?」
セレストとミリオンが必死になってジェイドに問いかける。
「わかった…、誰も来れない部屋を用意してくれ…。そこで話す。
とりあえずセレストの妹には目を瞑っていて貰えないか?
幼い少女には刺激が強すぎる。
こんな事で怖がらせたく無いんだ」
そう言ったジェイドの頬には涙が伝っていた。
セレストは人払いをすると客間にジェイドを迎え入れた。
本来ならブルア王や王妃、リアンもお礼を告げたいと申し出たのだがジェイドの頼みでそれは延期となった。
「…ジェイド…、治療をしないか?」
「問題ない。命に別状はない」
無感情といった感じで返事をするジェイド。
「だがその身体は…」
「そうよ!明らかに怪我だわ」
怪我を問題ないと言われて「わかりました。そうですか」と言える訳もなく2人が心配して食い下がる。
「いや、だから平気だ。今さっき刺された箇所も問題ない」
そうは言ったが胸の傷口は塞がっているものの赤黒い痕になっていた。
「傷が消えない?」
ミリオンが胸の傷を見て異変に気付く。
日中であれば傷は瞬時に消え去っていたのだ。
「まさか、体の勇者の不死能力はジルツァーク様が近くに居ないと効果を発揮出来ないのか!?」
セレストが何かに気づいた顔で聞く。
ジェイドが少し笑って「半分…でもないな。ほんの少しだけ正解だ」と言う。
「じゃあ何で…昼間はあんなに傷一つない身体だったのに。今は全身傷だらけ…」
ミリオンが震える声でジェイドに質問をする。
「これが人の闇だ」
「人の闇?」
「ああ、ジルツァーク…ジルが99年前、かの勇者ワイトに授けた、剣、魔、体の力…、その中で体の力にはジルも気付かなかった…ある欠点があったんだ」
そう言ってジェイドが遠い目をしながら暖炉の火を眺めて話し始めた。
「体の力。
死ぬ事なく亜人共と戦い続ける事が出来るようにジルが授けた力。
それは死ねなくなる能力だ。2人も見ただろう?獄長に殴られても即時に身体が修復される。
都合も良く出来ていて身につけた装備品なんかは攻撃では壊れなくなる。
さっきの火事みたいに無差別攻撃には弱いが奴隷の時に着ていた服が無事だったのはその恩恵があったから。
勇者ワイトもその力で99年前の戦いを生き抜いた。無論剣技と魔法が無ければ亜人共に対して勝ち目はなかった」
2人は話を聞きながらここ数日のジェイドを思い出していた。
今日の昼、確かにスライムに溶かされた服も身体と一緒に再生していた。
「…勇者ワイトの時には明らかにならなかったジルの力の欠点が俺の時に明らかになった」
「欠点?」
「ジルツァーク様の御力に欠点なんて…」
2人は無欠だと思った女神の力に欠点と言うものが存在している事が信じられずにジェイドに聞き返す。
「あったんだよ。それがこの身体だ。
消える事のない傷にまみれたこの身体がジルの力に欠点があった事を証明した。
ジルも想定外の出来事に力が対応出来なかった。それだけだ」
「それだけって…、何があったと言うんだ?言ってくれ!」
想定外…女神が想定できない事態とは何なのか?
そう思ってセレストがジェイドに質問を投げかける。
「体の力は亜人や魔物からの攻撃には瞬時に修復をする。
傷痕すら残さずにな…。
だがこの身体は傷だらけだ。
その意味がわかるな?」
話ながらジェイドの顔が曇るのがわかる。
セレストとミリオンはジェイドの言葉を聞きながら恐ろしい考えが脳内に産まれていたが口にしたくなかった。
だがその表情をジェイドは見逃さない。
「わかった顔だな。言えって」
「まさか…、人間からの攻撃には傷が残るのか?」
「でも、それなら私のアトミック・ショックウェイブの傷だって…」
「ようやく70点だな。
そう。ジルの力は勇者ワイトが魔物や亜人共との戦いで傷つかない為の力で人間の攻撃は想定外だった。
だが今からその力を付与するのはモビトゥーイに干渉値を与える事になるとジルは言っていたし、今更その力が付与されてもこの傷は消えない。
この傷はジルの活動範囲と同じ、日の出から日の入りまでは消えるが日没を迎えるとこうして浮かび上がってくる」
そこまで話した所でセレストとミリオンの顔は真っ青になっていた。
ミリオンは震えていて立っているのも辛そうだ。
「ミリオンの問いに答えないとな。
人間の攻撃でも傷痕が残る条件があるんだよ、
なんだと思う?」
「…まさか…」
「明確な殺意?」
ミリオンと先ほどの男たちの違いはそれしかなかった。
「正解だ。この傷は亜人共に捕まってから拷問で付いたものだ。
拷問官には亜人共に忠誠を見るために人間も選ばれていたからな。
ただ選ばれただけで仕方なく傷付けられれば…ミリオン、お前の攻撃と同じで消えていたが消えないで残ったままだ。
どう言うことかわかるよな?」
ジェイドが真っ黒になった腕を見て鼻で笑う。
「そんな…」
「嘘だろ?」
もうミリオンだけではない。
セレストも震えていた。
「本当さ。
防人の街で投げつけられた石。ノコギリで斬り付けられた腕や背中、焼きゴテを押しつけられた腹。全部に殺意があった」
遂にミリオンは立っていられずに床にへたり込んで泣き始めてしまう。
「それが……人の闇…」
「な?人の闇、人の悪意が形取ったら俺だ」
そう言ってジェイドが力なく笑う。
「だからジェイドは…夜は別行動だったのか…」
「ああ、体の勇者の姿がこんな姿だったら人間の結束が揺らぐ。
ましてや傷は殺意を持った人間の攻撃。それも街一つの不特定多数からだなんてバレたら亜人共の思う壺だ」
「済まない…何も知らず…」
「謝んな。惨めになる。
とりあえず今晩はこの部屋を使わせて貰う。
ベッドは汚したくないから床で寝る。
この絨毯すら俺の寝ていたゴザより寝心地が良いしな」
「気にするな!それこそ使うべきだ!」
セレストが声を荒げる。
その顔は怒りに満ちているが何に怒っていいかわからないそんな顔だ。
「お前、良いやつだよな。とりあえずミリオンが限界だから休ませてやれよ。
俺は廊下には出られないからな。
セレストに頼むしかないし、風呂に入ってないからベッドで寝たら汚れるだろ?」
「だから気に…」とセレストが行った時に扉が開かれる。
ジェイドは慌ててカーテンに身を隠してセレストは扉を見て「誰も入るなと言ったはずだ!」と怒った所で次の言葉が出なくなる。
「リアン…」
「ジェイド様!聞き耳を立ててすみません。私にお世話をさせてください!」
リアンは部屋に入るとジェイドを見て明るく言い放つ。
「セレストの…妹…、ダメだ。俺を見ないでくれ!」
ジェイドは半狂乱になってリアンを拒む。
この旅が始まって初めて見るジェイドの姿にセレストとミリオンが驚いている。
もしかして…彼は純粋で心優しい人間なのかも知れない。
そう思っていた。
「ジェイド様!
私は火に巻かれかけた時も助けていただいた時もジェイド様のお姿を見ました。
見られて居ないと思って居たのはジェイド様だけです!」
リアンはジェイドから目を逸らさずにハッキリと言う。
「俺の…姿が……怖くない…のか?気持ち悪く…」
震える声でジェイドがリアンに聞く。
「ありません!ジェイド様は私を助けてくださった勇者様です。
あの火の中に飛び込んできてくださった勇気は正に勇者のそれです!」
「…ほ…本当…?」
「はい。今すぐにベッドで眠れるようにお湯とタオルを用意して参ります。そのボロボロの服はお脱ぎください!」
「え?」
「私がお世話をさせていただきます!」
何を聞き返してもリアンは明るくハッキリと言い切る。
その姿にジェイドは何も言えずにリアンのペースに飲まれていく。
「いや、君は姫で…俺は男で…その」
「大丈夫です。父様が言っていましたが兄様の粗末な物も見てきました!
気になさらないでください!
兄様!羨ましいからとジェイド様の裸を見ようとしないでミリオン様をお連れになってお休みください!」
「り…リアン?
僕は粗末じゃ…いや、そうじゃない。
姫が王子の…」
粗末なセレスト…セレストがリアンに意見をしようと口を開くのだが…。
「あー!うるさい!私がお世話をさせていただきます!兄様はとっととお休みなさい!
ジェイド様も!異論は認めません!」
その気迫にセレスト達は何も言えなくなりスゴスゴと退散をする。
「さぁ、お湯を持ってきますからね。それとも人払いをさせますから浴場まで行かれますか?」
「いや…ここで…」
「はい!」
リアンは眩しい笑顔でお湯を取りに行くとすぐさま戻ってくる。
ジェイドは決心がつかないのかカーテンから出られずに居る。
「もう、まだカーテンの中なんかに居て!」
リアンはカーテンの中に入ると力づくでジェイドを連れ出してしまう。
手を掴まれたジェイドは慌てて手を払おうとするが「怖くありません!気持ち悪くもありません!何度も言わせないでください!」と言って桶にジェイドを座らせると頭からお湯をかける。
「お湯加減はどうですか?」
「熱く…ない」
「良かった。それよりもジェイド様?見た目より臭いを気にしてください。レディの前ですよ?」
「え?あ…済まない」
ジェイドは自身が何年も風呂に入っていない事を思い出して赤くなる。
「ふふ。さあ頭を洗いますからね!
うわっ、泡立たない。コレは戦いですね!」
その後、リアンは傷だらけのジェイドに痛くないかと何遍も聞きながら身体を洗う。
お湯はすぐに汚くなるとそれを何遍も捨ててきては甲斐甲斐しくジェイドの世話をする。
30回目のお湯交換でようやく殆どの場所が洗い終わる。
「さあ、後は…」
「いや、そこは自分で!」
残された場所はジェイドの大切な場所で一国の姫においそれと見せられるものではない。
「御遠慮なさらずに!…まぁ!」
「…言わないでくれ」
リアンが驚くのも無理はない。
ジェイドの陰部、臍の下から腿の付け根までは傷一つない綺麗な身体だったのだ。
「兄様より御立派…じゃなかった。ここは傷が…」
傷一つない事に驚いたリアンが驚きを口にする。
「ああ、ジルが…ジルツァークが守ってくれたんだ」
そう。ジルツァークがジェイドの心を守る為に介入したのは大切な部分を汚されない為の行動で、ここだけは何をしても傷1つ負う事は無かった。
「ああ、勇者を1つに戻すためにですね」
「多分な」
「でも良かったです。
これでジェイド様は勇者の誓いを叶える為に私かミリオン様と契りを交わす事も可能ですね」
「い…いや。俺は…」
「ふふ、それはまた今度としまして。
とりあえず洗いましょう」
ジェイドはそこだけはと必死になってリアンを制止してなんとか自分で洗った。
ようやく綺麗になった事で風呂が終わる。
「ふぅ、ではこの服にお着替えください。私はお湯を捨ててきますね」
リアンが臭いのきつい汚水が入った桶を持ちながら言う。
「え?洗い終わったから」
「戻ってきてはご迷惑ですか?」
またリアンの圧がジェイドを襲う。
「いや、その…」
「キチンとお礼も申し上げない、お礼もさせないなんてブルアの姫に恥をかかせるおつもりですか?」
そうは言われてもここまてまのやり取りで恥も何もない気がするのだがジェイドはリアンの圧に勝てなかった、
「わかった…」と弱弱しく答える。
「はい。では着替えてお待ちくださいね。まったく、灰色の髪色かと思ったら綺麗な緑色なんですね。きっとその服は似合うと思いますよ?」
そう言ってリアンが置いて行ったのは銀の寝間着で確かに髪色とは似合う気がした。
「兄さん!やっぱり兄さんは銀が似合うよね!兄さん!」
ジェイドが一瞬大切な人を思い出して寝間着を持ってうずくまる。
そのまま嗚咽を上げてしまった。
「エルム…エルムっ…ぅ…ぉぉぉ…」
「ジェイド様!?」
リアンは部屋に入ってすぐに見えた泣き崩れるジェイドを見て驚く。
「どうされました?」
「エルム?…!!?」
ジェイドは混乱していてリアンを見ても初めはリアンだと気づかなかった。
「エルム…さん?」
「いや…何でもない」
ジェイドは平静を装って何でもないと言って顔を背けるがリアンはジェイドの頭を捕まえると優しく撫でる。
リアンが優しくジェイドの頭を撫でながら質問をする。
リアンは自分と間違ったエルムを知りたかった。
「エルムさんってどなたですか?」
「…」
「私と似ているんですか?」
「…」
ジェイドはもっと嫌がるかと思ったが素直に頭を撫でられ続けていて。
なんとも言えない顔をしている。
そして返答がなくてもリアンは優しく頭を撫でる。
「エルムは俺の妹だ…」
しばらくしてジェイドが口を開く。
「妹さん…」
「亜人共に殺されたんだ」
「私に似ているんですか?」
「わからない…でも君がセレストと話している姿は似ている気がした」
「そうですか。エルムさんはジェイド様を何とお呼びするんですか?」
「え?」
「私みたいに兄様と呼びますか?」
「いや…、エルムは俺を兄さんと呼んでくれていた。
あの日…、亜人共に殺される…最後の時まで俺を兄さんと呼び続けて…いた!」
またそう話して涙を流すジェイド。
傷だらけの顔で涙を流すと悲壮感が凄い。
ジェイドが泣き止むまでリアンは頭を撫で続ける。
少ししてジェイドが鼻声で話し始める。
「だからではないが…」
「え?」
「君を助けられて良かったよ」
「…君、ではなくリアンとお呼びくださいジェイド様」
「え?」
「もう一度私を助けられて良かったと仰ってください」
「え?…リアンを助けられて良かったよ」
「私の目を見て仰ってください。ジェイド様はエルムさん達とも目を逸らすんですか?」
「だが俺は酷…」
「まだ言うんですか?私には勇者としか見えません。はい。言って!」
リアンの圧に負けたジェイドがリアンの目を見る。
「…リアンを助けられて良かったよ」
今度はジェイドもリアンの目を見てキチンと言う。
本当に助けられて良かった。
セレストには自分のような気持ちを味わって貰いたくない。
ジェイドはそう思っていた。
「兄さん、助けてくれてありがとう」
突然微笑んだリアンがジェイドに向かって言う。
その言葉でジェイドの目に涙が溜まっていく。
「え?あ…ぁぁ…あああ。助けた。俺は助けられたんだな」
「そうよ兄さん。だから苦しまないで。まずは自分に優しくなって。誰も兄さんを恨んでなんて居ないから!」
リアンは必死になってエルムなら何と言うかを考えてながら口を開いた。
間違っていても良い。
とにかくジェイドの心を癒したかった。
それだけだった。
しばらく泣いていたジェイドはリアンに連れ添われてベッドに入る。
4年ぶりのベッドは暖かく柔らかく、安らいだ気持ちになった。
「ジェイド様、お休みなさい」
「リアン、ありがとう」
ジェイドが穏やかな声でリアンの名を呼ぶ。
「いえ、当然のことをしたまでです。
私こそ命を助けて貰って何と感謝を告げて良いものか。眠るまで手を握らせていただきます。寝たらおいとましますのでご安心ください」
「ああ…あり…がと…」
余程疲れていたのだろう。
ジェイドはあっという間に眠ってしまった。
「あら?」
だが立ち上がろうとしたリアンが少しだけ困った声を出す。
翌朝、寝所に居ないリアンを不審がったセレストがもしやと思いジェイドの部屋に入る。
そしてベッドの横で座るリアンを見つけて足早に近寄る。
「リアン!」
「しー。兄様、お静かに」
リアンが迷惑そうにセレスとを睨む。
「だが姫が一晩中…?これはどう言う状況だ?」
ここまで言ったところでセレストは状況に気付いてリアンに聞く。
「ジェイド様は4年間も孤独の中で責めを受けて人恋しいのでしょう。
眠るまでと手を繋いで差し上げたら寝た後も離されませんでした。
それに不思議、本当に日の出と共に傷が消えましたのよ?
整ったお顔立ち、これだけ整っていると夜の姿が気になってしまうのも納得ですわ」
そう言ってリアンが感慨深くジェイドの顔を見る。
今のジェイドは傷1つない顔をして穏やかな寝息を立てている。
「そ…そうか…」
「兄様、一つお願いがあります」
何もなかったことにホッとしたセレストに向かってリアンがお願いと言う。
「願い?何だ?」
「ジェイド様の親友になってください。もっと…わざとらしいまでにスキンシップもお持ちください」
「何?」
「ジェイド様の心の傷を埋められるのは人の温もりです。
人の闇が傷つけた体を癒せるのは人の光です」
リアンが確信めいた気持ちでセレストに言う。
そう、人の闇は人の光で晴らすしかないのだった。
スキンシップを取るようにリアンに提案をされたセレストが嬉しそうな顔でジェイドを見る。
「そ…そうか。そうだな!よし!起きろジェイド!」
「ちょっと兄様!」
「ん?セレスト…朝か?俺は…起きられなか…うわぁ!?リアン!?」
「はい。ジェイド様、おはようございます!
ジェイドはベッド横で笑顔のリアンに気付いて慌てる。
そして服装を見て更に慌てたのだ。
「ま…まさか一晩中?」
「はい。ジェイド様が手を離してくださいませんでしたので寝姿を一晩中見させていただきました!」
リアンの笑顔に何も言えなくなったジェイドは真っ赤な顔になる。
「!!?すまない!」
ジェイドはベッドがら飛び起きるとリアンに深々と頭を下げる。
「ふふ、そのお姿のジェイド様にお会いするのは初めてですね。
初めまして。
ブルアの姫、リアンです。
昨晩は命を賭して助けてくださってありがとうございました」
「え?いや…姫を一晩中も…」
ジェイドは慌てふためいたままキョロキョロと挙動不審になる。
「ジェイド〜。お前よくも僕の妹を…」
「セレスト!?違う!」
セレストはジェイドの肩に腕を回して意地悪く笑ってから「覚悟しろよ?うちの父上はリアンを溺愛しているからな」と言う。
「何!?これは本当に何もないんだ!」
ジェイドが更にキョロキョロしながら必死に弁解をしようとする。
「知ってるさ。少しからかいたくなったんだ。まあ父上への弁明は考えておいてくれ」
セレストが嬉しそうに言って笑っていると、そこにミリオンとジルツァークがやってくる。
「おはようございます」
「おはよー」
「ジル、ミリオン。おはよう」
「これは何の騒ぎ?あら?リアンさんの召し物が昨晩の…」
ミリオンがリアンを見て不思議そうに言う。
「違う!決して何もない!」
「ふふふ、嘘よ。ジルツァーク様がそう言えって教えてくださったの」
嬉しそうに笑ったミリオンがジェイドに言うとジェイドは驚いてジルツァークを見る。
「ジル!?」
「ジェイド、久しぶりに優しく笑ってるよ〜」
ジルツァークは嬉しそうにふわふわと浮かびながら笑う。
「え?」
「さぁ、ジェイド様、朝ご飯を食べたらお風呂に入ってたっぷりのお湯に身を任せて来てください。父様達に会うのはその後です」
リアンが嬉しそうにジェイドに指示を出す。
「え?いや、俺達はブルア王に会って一日も早く先に進まないと…」
「ダメです!4年ぶりのお風呂が先です!父様は待たせておけばいいんです!兄様も一緒に朝風呂なんていかが?」
スキンシップが大事と言ったリアンがセレストに風呂を勧めるのはもっと仲良くなれと言う事だ。
「…そうだな、悪くないな」
「そして自身が粗末だと言う自覚をお持ちになりなさい」
冷たい目でセレストを見てリアンが鼻で笑う。
「何!?僕は粗末じゃ…」
「井の中の蛙大海を知らずという奴ですわ。ジルツァーク様、ジェイド様の大切な物をお守りくださりありがとうございます」
「リアンが感謝するの〜?」
「はい。ブルアの姫として勇者様を1つにする為にも私はジルツァーク様に感謝を申し上げます!」
勇者を1つに。
その意味を知っているセレストの表情が強張ってジェイドを睨む。
「ジェイド?」
「セレスト…声が怖い。それに俺は何も…」
ジェイドは昨日までの印象を払拭するように表情をコロコロと変えながらセレストに弁明をする。
「それはそれで不愉快だ。リアンの何が気に入らない?」
「落ち着け!気にいるとかいらないとかではない!」
そう言って言い合いになる2人。
「ほらほら、さっさと朝ご飯を食べましょう」
最後はリアン主導で皆タジタジになる。
「こちらですよジェイド様!」
リアンがジェイドの手を引いて歩く。
その後ろ姿は、今は亡きエルムに似ていてジェイドは小さく「わかったよ。転ぶぞ」と言った。
次回は「聖女と復讐者。」になります。
9/28の夜に更新します。よろしくお願いいたします。
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