三分の一の勇者は不死身なので何をしても勝つ。

さんまぐ
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タカドラの死とジルツァークの豹変を見た復讐者。

公開日時: 2021年11月2日(火) 20:45
文字数:9,325

ジェイドの治療は1週間かかった。

それは三食の薬膳に薬湯、薬草茶まで処方されてシャツを何度茶色に変えても中々治らず、それだけサシュとの戦いが苛烈なもので、ジェイドの腕に出来た怪我の度合いを物語っていた。


ジェイドは回復を優先させる療養生活の為に外出禁止になり、セレストとミリオンがワタゲシやワタブシに払うお金を街の周辺を徘徊して魔物狩りをして稼いできていた。

宿賃としてヘルケヴィーオにも少しお金を払うと言う話になっていて。お金を渡すと感謝されていた。


この1週間の会話と言えば「ジルツァークの加護が切れたらどうするのか」と言う部分に焦点を当てられたがやはり言えるのは肉体の損壊に注意をした戦い方を心がけるしかないと言う以外に無かった。


当のジェイドは清々しい表情で「後は亜人王とモビトゥーイなんだ。その2人さえ殺せればいいさ。だから肉体の損壊を気にするのは亜人王との戦いだけでモビトゥーイは気にする事もないだ」とだけ言う。


気絶した中でエルムに会ったことを聖棍のエルに話してみたがエルは確認できなかったと言っていたがジェイドには確かにエルムを感じられていてそれだけで満足していた。

エルムに会えたこと、共に進む復讐者になれた事が何かの転機だったのだろう。

明らかに今までと何かが違っていた。



「ジェイド、何があったの?何か違うよ?」

3日目の日中にジルツァークが一度聞いて来た。

そこには誰もいない。

家の中でジェイドが療養している時だった。


「サシュに吹き飛ばされた時、エルムに会ったんだ」

「え?」

想像していない名前が出てきた事でジルツァークは驚いていた。


「エルムは聖痕に使われた聖剣に残された妄執と言っていた。ジルは何かわかるか?」

「…ごめん。私は生死を司る神ではないから…」

ジルツァークが申し訳なさそうに謝る。


「いや、俺こそごめん。そのエルムに復讐を頼まれた。亜人共を皆殺しにするように頼まれたんだ。俺一人ではない。エルにエルムの2人が力を貸してくれる」

そう言うとジェイドは嬉しそうに笑う。


「それでヤル気なの?」

「ああ。俺を使い潰す。亜人共は皆殺しだ。今のこの療養も後2回の大きな戦いの為に必要だからしている。2回…亜人王とモビトゥーイさえ殺せればそれでいい」

ジェイドは復讐者の顔で笑う。


「でも、それをしたらジェイドは皆の所に…」

「そうだな。ばあや達の所には帰れないかもな」

帰る約束、思い出作りの面を意識していた先日までとは違っていて復讐者の面が強く出ている。


「でも…平和になったエクサイトに俺が居なくてもジルはセレストとミリオンを導いて人で沢山の平和なエクサイトにしてくれるよな?」

「ジェイド…」

ジルツァークは聞いていて泣きそうになる。

思い出作りに賛成していたジルツァークからすると今のジェイドがした話はショックだった。


「そんな顔をしないでくれ。本来ならパーティーの話もあったが、もうそんな暇も無いだろ?」

ジェイドはパーティーの申し出を断っていた。

一食でも薬膳料理を後に回せばそれだけ出発が遅れる。

もうタカドラの用意が済んでいる以上、ジェイドには時間を稼ぐ必要は無かった。


「この臭い汗が出なくなったら俺たちは早急に亜人界に行こう」

ジェイドはそう言ってジルツァークをなだめた。


「うん…。でも私はジェイドにも幸せになって欲しいし一緒に人間界に帰りたいよ」

「ありがとうジル。俺の幸せは亜人共とモビトゥーイを殺す事だから。それで俺が残って居たら帰ろうな」

ジェイドの顔が儚げに見えたジルツァークは涙を抑えながら外に行ってしまった。






ジェイドは時間の許す限り横になるように言われていてジルツァークがセレスト達の所にいる間も寝ている。

それだけ寝ても夜は夜でキチンと眠れるので肉体の疲労や損傷な顕著なのだろう。

ヘルタヴォーグに一度聞いたら魂の汚れ、腕の部分だけなら来た時と同様かそれ以上の酷さだと言われた。


この日もジェイドは早寝をした。

一日何もしないで寝てばかりで済まないなとセレストとミリオンに謝ると「気にしないでくれ。路銀は稼ぐし亜人界までの道のりは一日半、それまでの食料と亜人界の広さは分からないが数日分の食料は買っておくよ」とセレストが言ってミリオンも「大丈夫。今は休んで」と言ってくれた。



「ジェイド!」

「イロドリ」

サシュとの死闘の3日後にイロドリは現れた。

イロドリが息を切らせながらジェイドの元に駆けよってくる。


「なかなか来れなくてごめんね」

「いや、いいさ」

息を切らせながら待ち合わせに遅れたかのうように謝るイロドリ。

そのイロドリがジェイドに突然の質問をする。


「ジェイド、夢の中で妹さんに会ったの?」

「…!?イロドリにはわかるのか?」


「うん?さすがにじっくり見るとジルツァークにバレるから軽くしか見ていないけどジェイドは気絶した一瞬で妹さんに会ったよね?」

「ああ」


ジェイドはエルムに会った事が夢でなかった事を知ることが出来て嬉しかった。

そうして復讐を共に果たす約束をした事を告げる。


「そっか…復讐を頼まれたんだね」

「止めるか?」

ジェイドが少し困った顔でイロドリに聞く。


「止めていいの?」

「困るな」


「だよね。ふふ、ジェイドってさ創出神に似てるんだよ」

突然イロドリが創出神と言う。

ジェイドは知らない相手だったので聞いてみると「あ、そっか、創出神の話をしたのはリュウさんにだったよぉ…。間違えちゃった」と赤くなって照れる。

そして創出神は悪い神が他の神々や人間に復讐する為に1万人の人間を犠牲に創り出された存在が神になった者と伝える。

ジェイドは何もかも驚きながら聞く。


「それで俺とその創出神は似ているのか?どこが?顔がか?」

「ううん。話し方」


「そうか」

「うん。でも絶対的に似てない部分があるよ」


「なんだ?」

「創出神は自分を作り出した悪い神を憎んでいるし許せないけど復讐はしなかったの。

ジェイドは復讐をやめないよね?」


「そうだな。復讐が俺の全てだ」

「そこが違うかな。創出神は復讐よりも皆といる事を選んだんだよ」


「そうか」

「うん。ごめんねこんな話して。ごめんねついでだと、今回ジェイドの加護を外したのはリュウさんなんだよね」


そう、タカドラはジェイド達の戦闘終了を見計らって加護を外した。

これにより時間が確保できるようになった事ともう一つの目論見があった。

だがジェイドは薄々感づいていた。


「そんな気はしていた」

「そうなの?」


「なんとなくだがな…。モビトゥーイなら戦闘中に外して俺を確実に殺してだろう?タカドラの狙いは準備時間か?」

「うん。後はジルツァークを揺さぶりたかったの」


「そうか。だが益々わからない。ジルはやはり俺達を気遣う女神だ」

ジェイドは今まで見てきたジルツァークの顔を思い浮かべる。

全て人間の事を第一に考えてくれる女神だった。


「うん。ジェイドにはそう見えると思う。だからこそリュウさんが揺さぶるんだよ」

揺さぶりが何だかジェイドにはわからない。

だがこの世界を救うために、先ほどイロドリが話した真相を確かめるためには必要な事だろうと思っていた。


「タカドラには苦労をかけるな」

「うん。それでここでしか話せないことがあるから聞いてね」

イロドリの話はタカドラに何故生き残ってもらわなければならないか、それを事細かに説明された。

そしてその恩恵はジェイドにとっては計り知れないモノだった。


「わかった。所でタカドラの練習はどうなった?」

「それは散々練習したから大丈夫だよ」


「そうか」

「うん。じゃあ今度はリュウさんが殺された晩に来るね」


「ああ。イロドリの話通りなら復讐も間も無く終わるな。これからもよろしく頼む」

「うん!任せてね!」


ジェイドの体臭が落ち着いた所でパーティーではないが全員でタカドラの神殿に集まって見送る会をする話になった。


「別に会った翌日に旅立つならパーティーでも良いのにね。タカドラは変な奴〜」

ジルツァークが呆れながら不満を口にする。


「いや、薬膳だと俺以外食べられないし、皆は美味しくないと言う。それで食事のせいで出発が遅れたら困るだろ?」

ジェイドがイロドリに言い聞かせるように説明をする。


今日まで何回もジルツァークは「思い出が足りないんじゃない?」「ちゃんと帰ってくるって言わなきゃダメだよ」と甲斐甲斐しくジェイドの周りでアレコレ言ったり、セレストに「ジェイドはリアンと結婚してセレストはミリオンと結婚でどうかな?」と言ったりしていた。


当のジェイドは「だがサシュのようにモビトゥーイに強化された亜人が出て来たときにそんな考えはダメだ。なによりも俺自身を使い潰して亜人共を殺さねば」とそればかりだった。


そうなると思い出作りのパーティーが欲しくなったジルツァークはジェイドの発言を優先してやらないと言い出したタカドラに不満を募らせた。


「前なら「そう言うな」と言ってパーティーすると思うんだけど…なんで?」

そう言ってジェイドの周りでキョロキョロとするジルツァークは食事を持ってくるヘルケヴィーオにそこら辺の事を聞いてみたら「私にもよくわからない。タカドラは神化の影響なのか急に怖い顔をしたり物憂げに遠くを見たりするようになったのだ」と言う。


「…まだ少し先だと思ったけど」とジルツァーク驚くがそれ以上の追求はしない。


そんな時、ジェイドに昼食を持ってきたヘルケヴィーオが「タカドラがパーティーでは無いのだが旅立つ前に一度皆と話をしないか?と言っている」と誘ってきた。


「行こうよジェイド!大事だよ!」

今回はジェイドが返事をする前にジルツァークがノリノリで了承をした。


これにより旅立ちの前の日にタカドラの神殿でジェイド達3人とジルツァーク、そしてヘルケヴィーオ、ヘルタヴォーグ、ハルカコーヴェ、ワタブシとワタゲシ、そしてタカドラで会う事になった。



「ジェイド、皆で話して思い出作るんだよ!」

ジルツァークがそう言いながら山道を進む。


大した用意は何も無いが何故かヘルケヴィーオ達はタカドラに呼ばれたと言ってワタゲシとハルカコーヴェがジェイド達を迎えに来た。



ワタゲシが真剣な顔でジェイドの後ろ姿を見る。

ジェイド達は鎧こそ置いてきたがそれぞれの武器は持ってきていた。



ワタゲシの視線に気付いたのはエルでジェイドに「ガン見されてるぞ?何かあるのでは無いか?」と言われた。


「どうした?」

「いや、聖棍が大きすぎたかな?そのせいで腕に負担がかかったんじゃないか?」


「いや、問題はない。それどころかサシュの鉄塊を打ち返しても無傷な武器をワタブシと作ってくれてありがとう」

「俺達はいいんだよ。でも本当に無理すんなよな」


「ああ。俺は無理だと思っていない。亜人共を殺すのに必要な事だけをする」

「いや、そうじゃなくてよ。キチンと帰って来いよな」


ジェイドは少し困った顔をしてから「そうだな」とだけ言って歩く。

ジェイドはきっと自分を使い潰すと言うとワタゲシは泣いて止めるだろう。

そうした後で止まらない自分を見て、帰ってこない自分を知って深く後悔をしてしまう。

だから「そうだな」としか返せなかった。






神殿では皆がジェイド達を待っていた。

「来たな」と言ったタカドラの顔と声は少し怖いモノだった。


「どうしたのタカドラ?折角だから思い出作りにパーティーすればいいのに」

ジルツァークが近くに寄って話しかける。


「思い出か…、我々がそんなモノを作って何になる?」

「タカドラ?どうした?」

ヘルタヴォーグがタカドラを見る。


「本当だ、どうしたんだよ?」

ワタブシがヘルタヴォーグと一緒になって聞く。



「私は…日々自分の力が強まっていく事を感じている…。この身体は神になるのだと思う」

突然タカドラが遠くを見ながら口を開く。


「先日、世界の始まりを見た気がした。眼鏡で少し小柄な男神がジルツァークに世界を渡していた…」

「タカドラ!?」

その言葉にジルツァークが驚く。


「とても変な話をしていた…。あの会話が真実だとしたら私は何のために生きている?こんな私に思い出など何の意味がある?」

「…やめなよタカドラ。見たものが事実だとして皆に言う必要は無いよ」


「そうだな、あんな会話は聞かせる必要はないな…。ジルツァークよ、モビトゥーイが行動を起こせば干渉値がお前にいくのだな?」

「……ええ」


「今回、突如現れた剛力のサシュと剣才のソシオはモビトゥーイの手で強化されたと言っていたそうだ。ジルツァークよ干渉値はどうなった?」

「……」


タカドラの言葉でセレストとミリオンは確かにそうだと思った。

五将軍を送り込んできて更に強化されたとあっては相当な干渉値がジルツァークに動いたはずだ。


「答えられぬか?では質問を変えよう。

何故お前はジェイド達を助けようとしなかった?

干渉値が許す限り手を貸せばジェイド達はここまで苦戦しなかったであろうな。

何が出来たかわからないとは言わないよな?私も神通力に目覚めつつある。私ならば亜人界に災害を起こす事も、ミリオンに無限の魔法を授けて魔法の連発を指示するだろう」


確かに聞けば聞くだけ不思議になっていく。

タカドラの言う通りジルツァークが何かしら行動を起こせばジェイドはここまで怪我をすることもなかったはずだ。


「それに何か不思議な事を口走っておったな、加護が外れて苦しむジェイドを見たジルツァークは「モビトゥーイはこんな攻撃しない…」だったか?何故そんなことが言える?」

「っ…!!?」

ジルツァークの顔には明らかな動揺が見て取れた。


「わ…私は繁栄と平和の女神だからモビトゥーイと戦っても勝てないの!だから前はワイトに頼んだし!モビトゥーイも前はこんな攻撃してこなかったから!」

「ほう、繁栄なぁ…、なら何故人間界の大地はあんなにも弱く痩せている?」


「……それは!」

「それは?亜人との戦のせいとでも言うか?もう壁を張って人間界を守って100年近く経つのにか?」


「タカドラ…」

ジルツァークが恐ろしい表情でタカドラを睨みつける。

普段見せた事のないジルツァークの顔には殺意があった。



「やはり本物には敵わないのではないか?」

「くっ!?タカドラ!!」

本物という言葉を聞いたジルツァークが更に恐ろしい表情でタカドラを睨む。


「なんだ?威圧する事で解決するのか?繁栄等と言いながらお前は未熟だから我らを生み出した神はジルツァークを手伝うように言ったのではないのか?」

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」

ジルツァークは取り乱すと頭を振り乱しながら叫ぶ。

こんなジルツァークを見たものはこの場には居なかった。


「私は神通力で見たぞ?お前の正体をな!お前はジルツァークでありジルツァークではない!そしてお前は繁栄と平和の女神なんかではない!」


「ちっ違……何を見…いえ…、タカドラ!あなた狂ったのね!?」

そう言ってジルツァークが飛び掛かってタカドラに攻撃をした。






ジルツァークの手からは何か光のようなものが飛び出してタカドラを襲うのだがタカドラには当たらない。

何か壁のようなものがタカドラを守る。

そして攻撃を防ぐ間世界が震えた。


「神通力…防壁」

「くっ!?まさか…防壁?」


「この力には先日目覚めた。それにいいのか?神と神の力が衝突する衝撃で世界が壊れるのではないか?何となくだがそんな気がする。私の居る上層界はまだしも誰かの作った弱い世界はどうなる事やら…」


その含みのある言い方は人間界のことを言っているのはジェイド達にはわかっていた。


「それなら…女神の加護により命ずる。

【ミリオン、宝珠の力を使って最大限に力を込めてサンダーパイル】」


「え?」

ミリオンは身体がビクッと揺れると手を前に構える。


「やだ…なんで…?」

「ミリオンよ、その強制力、何かに似ていると思わないか?」

タカドラが悲し気にミリオンに聞く。


「え…?た…確かにこれは…奴隷の…」


そう言った所で巨大な雷の杭が空中に生まれてタカドラを襲う。


「無駄だ」

タカドラはミリオンの攻撃も防壁で防ぐ。


「【ミリオン、そのままサンダーパイルを連続発動】」

そしてジルツァークはそのままセレストを見て「【セレスト、大真空を連続発動】」と言う。


セレストも驚く中身体が勝手に動き出してタカドラに向けて巨大な刃を飛ばす。


「ジル!やめろ!どうした!」

「ジェイド、タカドラは狂っちゃったみたい。

きっとモビトゥーイだよ…。モビトゥーイがまた何かしたのかも。皆の為に私がタカドラを止めなきゃ。完全に神になって手がつけられなくなる前に女神の私が止めなきゃ」


「ふ…。都合の悪い事は全部モビトゥーイか?便利な話だな。

皆の者!見たか!これがジルツァークの加護の正体だ!加護を授けた勇者を意のままに操る!勇者とは名ばかりのジルツァークの駒だ!!」


「これは緊急措置。干渉値を多く使うからなるべくならやりたくなかった事。でもタカドラが狂って暴走してしまったのなら私が止めなきゃいけないんだよ。ごめんねミリオン、ごめんねセレスト!皆の為に今だけは許して!!」


そう言うとジルツァークはサンダーパイルと大真空を防壁で受け止めているタカドラの前に行く。


「凄いね。完全に神化していないのにここまで出来るなんて思わなかったよ。タカドラは狂ってしまったんだね。その自覚もないよね?自分は正常だと思っているよね?

エクサイトの為に私がタカドラを止めるよ。

大丈夫、エクサイトは私が守るから。皆を幸せにする。私は繁栄と平和の女神ジルツァークだもん」

そう言って光る拳でタカドラの眉間を殴る。


拳は何にも阻まれずに物凄い轟音と共にタカドラの眉間に当たる。


「がぁぁぁぁぁっ!!?狂っているのはお前だジルツァーク!いや、モビトゥーイ!!女神の存在が世界を滅ぼす!皆の者!目の前の女神こそが…」

「私の皆を惑わせないで!!!」

タカドラに最後まで話させないように更に左拳の一撃を浴びせるジルツァーク。


再度断末魔の声を上げてタカドラの身体が霧散した。


「へぇ…タカドラは死ぬと散るんだ。知らなかったよ」

笑いながら地面に降り立つジルツァークは繁栄と平和の女神と言われても誰も信じられる姿ではなかった。


「ジルツァーク…」

「お前…」

ワタゲシとヘルケヴィーオが真っ青な顔でジルツァークを見る。

それに気が付いたジルツァークが目を見開いてワタゲシとヘルケヴィーオの目を見る。

それだけで2人は何も言えなくなる。


「タカドラは狂っていたよ?

今止めないと神になったタカドラが間違いなく暴れて皆を苦しめるもん。

それは私が止めたかったの」


そう言って後でジルツァークが小さく「だから最初から私だけでエクサイトを導きたかったのにあのメガネが余計な事をしたから…」と言う。


「だが、タカドラ抜きで世界はどうなる?水は?風は?大地は!?言っていたぞ!ジルツァークは水を循環することも風を自然に吹かせることも、大地を育む事も知らないと!」

ヘルタヴォーグが必死になって問いかける。


「平気だよ。私もモビトゥーイを倒したら覚えるから。それにまだ予備はあるから平気。ヘルタヴォーグ達は知らないから驚いちゃうよね?大丈夫だよ。繁栄と平和の女神が皆を導くから、タカドラの後ろのタマゴには次のタカドラが入っているからタカドラの居た台座に置けばタマゴでも仕事をしてくれるよ」


ジルツァークはそう言うと手をかざす。

ジルツァークの手は触れていないのにタマゴがフワリと浮くと台座に収まる。


「はい、これで大丈夫だよ」

そう言ってジルツァークがニコリと笑った。

その顔がとても怖い笑顔で何も言えなかった。






ジェイド達はエルフの街から丸一日歩いたところに来ている。

辺りに町や村は無い。

これは出立時にヘルケヴィーオから言われていたので見晴らしのいい場所で野宿をする。


あのジルツァークがタカドラを殺した日。

皆が言葉を失って恐ろしい笑顔に染まるジルツァークに恐怖する中、ジェイドだけは「ジル、これはモビトゥーイの仕業なのか?」と聞いた。


「これ?タカドラの事?うん。そうだと思う。多分タカドラの神通力が強まった時に合わせて混乱させるような何かを見せたんだと思う。タカドラは責任感の強い奴だったからきっと見せられたものにショックを受けたんだと思うよ。

それで何が正しいか分からなくなって狂ってしまったんだと思う」

ジルツァークが普段の表情に戻ってジェイドに説明をする。

それはこの旅が始まってから何も変わらない光景に見えた。

場所と状況を見なければではある。


「ジルでもあやふやなんだな」

「ジェイド?」


「いや、ずっと「思う」ばかりを使っていたからな。だがこのタマゴのタカドラはどうなるんだ?」

「この子はまだタマゴ。多分世界がタカドラの死を認識した時からこの台座に乗るタマゴがタカドラになって成長が始まるんじゃないかな?

孵化したら私がこまめに近くにいてあげて惑わされないようにするよ」

ジルツァークが純白のタマゴに手を当てて愛おしそうに言う。


「そんな必要はあるのか?」

「なんで?」


「モビトゥーイは殺すのだろう?もう敵は居ないはずだ。それとも俺たちには言えない敵が居たりするのか?」

ジェイドは一つの望みを胸に秘めてその質問をした。


「あ…、そうだよね。モビトゥーイが居なくなったら平和だからいいのか。

でもまた外敵が来た時のためにも今度は皆で仲良くした方のがいいのかな?」

だがジルツァークの返答はジェイドが待ち望んだ回答ではなかった。

ジェイドは「そうだな」としか言えなかった。



「じゃあジェイドが橋渡しの役目をしてよ。ほら、私は今ので怖がられちゃったからさ」

そう言われたジェイドは周りを見るとセレストもミリオンも…、ヘルケヴィーオ達エルフもワタブシ達ドワーフもジルツァークを恐怖と疑念の目で見ていた。


「ジル、では橋渡しとして言うがセレスト達にももう一度説明もなく加護を使って身体を動かした事について一言言えばいいのではないか?

後はヘルタヴォーグ達にもキチンと説明すると良い」

ジェイドの普段通りの口調でジルツァークは「…うん」と言うとセレストとミリオンの前まで行ってまず謝る。突然理解が追いつかない中で謝られた2人は何も言えずに曖昧な返事をしてしまう。


ジェイドは何も言わずにそれを見届けるとヘルケヴィーオ達にもキチンと話をさせる。


「これでひとまず問題は無いだろう。ジル、明朝出立する。いいよな?」

「うん。ありがとうジェイド」

このままでは先に進まない会話をジェイドは次々と捌いて行く。


「ヘルケ達も世話になった。亜人共を倒してくる。皆で平和になったエクサイトを生きよう」

ジェイドはそう言うと皆の返事を待たずに借家に帰ってしまう。

ジルツァークはその後ろをただふわふわと漂いながらついて行っていた。


その晩、ジルツァークが消えた後でセレストとミリオンがジェイドに疑問をぶつけてきた。それは「あの説明で納得が出来るのか?」「タカドラが殺されたのに何とも思わないのか?」と言ったものだったがジェイドは「お前達はそれでいい。俺は亜人王とモビトゥーイを殺すことだけを考える。お前達は平和になったエクサイトの事、そして人間界と上層界との事を考えてくれればいい」そう言って少しだけ微笑んでから「明日は早い、先に眠らせてくれ」と言って眠った。

次回は「上層界を旅立つ復讐者。」になります。

11/5の夜に更新します。よろしくお願いいたします。

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