三分の一の勇者は不死身なので何をしても勝つ。

さんまぐ
さんまぐ

上層階に着いた復讐者。

公開日時: 2021年10月19日(火) 20:45
文字数:18,088

ジェイド達は目の前に広がったエルフの住処の景色に言葉を失った。

整った美しい街並み。

まるで城のような石畳。傍目に民家とわかるのに城のような壁。

いや、自身の城でさえこんなに美しくはない。


鉄がうまく使われていて柱に補強として入っているのがわかる。

照明も綺麗で明るい光を放っている。

先程、草原に降り立った時も思ったが、ここは人間界とは一線を画しているのだ。


「どうだ?美しいだろう?」

ドヤ顔のヘルケヴィーオがジェイド達に声をかける。

確かにこれだけのものを見せられれば絶句してしまうしヘルケヴィーオもドヤ顔になる。


「え…えぇ…」

「本当だ…何と言う美しさだ」

ミリオンとセレストが何とか言葉を繋げている。



「ヘルケ、この違いはジルが嫌がる質問か?」

ミリオンとセレストよりは冷静なジェイドがヘルケヴィーオに質問をする。


「だろうな。これをジルツァーク抜きで見せたくなくて慌てていたのだろうからな」

ヘルケヴィーオは目を瞑るとそう答えた。


「そうか」

「何故かとは問わないのか?」

ヘルケヴィーオが不思議そうにジェイドに問う。


「ジルが嫌がるからな」

「そうか。食事だがどうする?恐らくお前達は飛び跳ねると思うぞ?」

ヘルケヴィーオがニヤりと笑いながら聞いてくる。


「…先に俺が食べて安全を確認してからセレスト達にも配って欲しい。金は足りるな?」

「問題ない」


「1つだけ、今日は後1つだけ聞きたい。それを聞いたら家に案内をしてくれ」

「何だ?」


「街に居る人間は皆エルフなのか?」

「ああ、中にはドワーフも居るがジェイドには見分けはつくまい」


「そうか。わかった」

そう言ってジェイド達は街の離れにある家に通された。

家の外観はとても綺麗で今も誰かが住んでいる風に見える家だ。

もしかしたらヘルケヴィーオの家なのかもしれないと思いながら中に入った。


「ここは今誰も使っていない家だ」

「その割には綺麗だな…」

まさかの発言にジェイドが驚く。


「昨日、ジェイド達に使わせるつもりで掃除をしたんだ」

「そうか。世話になる」


荷物を下ろすとヘルケヴィーオが部屋の設備を説明する。

台所も風呂にトイレも人間界より綺麗で使いやすそうな物だった。



「夕飯は持ってきても構わないな」

「頼む。早く寝て明日に備えたい」


「ふふ、早寝は大事だな」

「ヘルケヴィーオさん?」

ヘルケヴィーオの言い方が気になったミリオンが聞き返す。


「ジルツァークが来ないと話にならないだろ?」

「そう言う事だ」


ジェイド達は持ってこられた料理にも驚いた。

ただ焼いた風に見える肉すら味が違っていて野菜も同じトマトにしてもレタスにしても人間界の物と違っていた。

味が濃い。何というか食材からも生命力を感じるのだ。


「こ…これは、美味いな」

「そうだろう?」

またもドヤ顔になるヘルケヴィーオ。


「特別な毒とか中毒性になるような…」

「使ってはいないよ。普通に上層界で育った肉や野菜だ」


「…怪しいからと言ってセレストとミリオンの分まで食べてしまうか?」

ジェイドが思いもよらない事を言い出す。

その顔は真剣そのもので聞いているセレストとミリオンは驚く。


「ジェイド?」

「どうした?落ち着け!」


食事の虜になったジェイドが軽く混乱しながらセレスト達に料理を勧める。

2人も食べてみると味が圧倒的に違っていて驚いた。


「わぁぁぁ…美味しい」

「これ…が…上層界の食事」

トマトを一かけら食べただけのミリオンが感嘆の声を上げ、セレストが言葉に詰まりながらパンをかじる。


「ごく一般的な…な」

3人の驚きを見ていたヘルケヴィーオが呆れ笑いをしながら答える。


「聖剣と聖鎧が直るまで滞在するんだから楽しんでくれ。まあ慣れ過ぎて人間界に帰りたくないとかはならないでくれよ?私がジルツァークに恨まれてしまう」


ヘルケヴィーオはそう言って笑いながら帰っていく。


「…ジェイド」

「わかっている。水まで美味い」

ジェイドが水を飲みながら答える。


「いや、そうじゃない。ジルツァーク様はこれを恐れて?」

「ああ。それで連れてきたくなかったのかも知れない」


食後、ジェイド達はジルツァークとの約束もあるからさっさと風呂に入って眠る事にした。



だがここでも問題はあった。


「石鹸が良い匂いで汚れや嫌な臭いが簡単に落ちる。お風呂も何故か凄く気持ち良くて…」

そう言いながらミリオンが2時間も長風呂をしてしまっていたり…


「布団に入って静寂の中に身を任せると、空気の匂いが違うのがわかる。それに外がいつまでも煌々としていて眠れない…」

セレストがそんな事を言いながら自室をうろつく。


ジェイドは気に止めることもなく1人で先に眠る。

寝室は4部屋あったので各々が気兼ねなく眠らせて貰っていた。






「へへへ。驚いたでしょ!」

「ああ…全てがイロドリの説明通りになった」


ジェイドの夢に現れたイロドリがドヤ顔で笑う。


「ヘルケヴィーオが迎えにくる事、ジルツァークが怒る事、エルフとドワーフの街が綺麗な事、ご飯が美味しい事、全部私の言う通りだったでしょ?」

ジェイドの前で、身振り手振りで話しながらドヤ顔のイロドリが表情をコロコロと変えながら聞いてくる。


「ああ。イロドリの言う通りにしておいて良かったよ」

「えへへ、褒められると照れるね!」

イロドリが頬を染めて頭に手を回しながら照れる。



「イロドリ、もしこのままだとまずい事と今聞きたいことがあるが良いか?」

ジェイドが真顔になってイロドリに質問をする。

「まずい事?」

「ヘルケと込み入った話をしたいのだがミリオンとセレストがお目付け役…、足枷になって話ができない。この夢にヘルケを呼べないか?」

ジェイドは込み入った話をヘルケヴィーオとしたかった。ジルツァークを裏切るのではなく単純に勝利に必要な情報が欲しかったのだがセレストとミリオンは良くも悪くも温室育ちでジルツァークを裏切れない。

どうしても2人の前でヘルケヴィーオに質問が出来ないのだ。


「にひひ〜。もう呼んであるよ」

ドヤ顔のイロドリが嬉しそうに言う。


「何?」

これにはジェイドも驚きを隠せない。


「ヘルケヴィーオもイロドリの仲間だよ」

「そうなのか…、頼もしいな」


「ヘルケヴィーオを呼ぶ前にジェイドの聞きたい事を言いなよ」

「ああ。ヘルケの言った俺達では亜人王に勝てないと思うと言う点だ」

ヘルケヴィーオに言われた事がずっとネックになっていた。

今のまま亜人界に攻め込めて亜人五将軍を葬ることが出来たとしても亜人王には敵わない。

その事の真意を女神であるイロドリに聞きたかったのだ。


「あー、それかぁ。

今は答えられないかな。

事態の根幹にかかわる情報だからね。徐々にジェイド達の理解度を見て説明しないと台無しになっちゃうんだよ。

代わりにヘルケヴィーオにはジェイド達を鍛えるように頼んであるからさ、口裏合わせしてよ。

多分駐留するって言ったらジルツァークが怒るでしょ?

その時にヘルケヴィーオに賛成するのがジェイドの仕事ね」


その回答を今は出来ないとイロドリに言われてしまった。

だが女神がそう言うと言う事は、嘘ではない限りある程度は正しいのだろう。


ジェイドは「わかった」と答える。



「じゃあ明日からの話をするね。明日ジェイドはドワーフとエルフ、後は時間が許せばドラゴンに会うの。その後は修行の話になるからね」

「わかった。この世界の事を聞いても良いか?」


「じゃあヘルケヴィーオも呼ぼう!」

イロドリが「ヘルケヴィーオ!」と呼ぶとその場にヘルケヴィーオも現れる。


「イロドリ様」

「こんばんはヘルケヴィーオ」

ヘルケヴィーオが膝をついてイロドリに挨拶をするとイロドリは幼女なのに当たり前のように挨拶を受け入れる。


「…どうしてヘルケヴィーオが寝たのがわかるんだ?」

「それは私が神様だからだよー。それにヘルケヴィーオにも早寝するように頼んでおいたんだよ」


「ジェイド、お前の事はイロドリ様から聞いていた。共にエクサイトを救おう」


立ち上がってジェイドの前に来たヘルケヴィーオが握手を求める。

だがジェイドは応じない。


「ジェイド?」

「俺はまだイロドリとヘルケヴィーオを信用し切っていない。だからまだ握手は早い」

ジェイドは申し訳ないと言いながら首を振って拒否をする。


「やっぱりジェイドだね」

「そうですね」

イロドリとヘルケヴィーオが顔を見合わせて笑う。






「じゃあとりあえずこの世界の始まり。499年前の所から始めるね」

「何?エクサイトはまだ499年なのか?」

ジェイドが驚きの声を上げる。

そして同時に自分たちが99年前からの事しか知らない事に気付いて愕然とする。

それ以前の話は人間は亜人に追いやられていたとしか残っていないのだ。


「あー、ジェイドはそこからかぁ。ヘルケヴィーオは自身の神様を見たこともないんだよね」

イロドリが「これは大変だ」と言いながらヘルケヴィーオに質問をする。


「はい。御意志だけは遺されましたので従っております」

「御意志?」

神の意思と言う事が気になってジェイドが聞き返す。


「うん。ヘルケヴィーオ、ジェイドに教えてあげて」

「イロドリは知っているのか?」


「うん。神様だから見たよ」

イロドリは真面目な顔で見たと言う。


「ジェイド、我らが神の遺された言葉は「女神ジルツァークの世界創造に付き合うように」だ」


「ジルの…、何故だ?」

「それは私にはわからない。イロドリ様は御存知なのですか?」

ヘルケヴィーオも神の意志が何なのかを知らなかったのでイロドリに聞く。


「うん…全部見てきたよ。それはヘルケヴィーオには耐えがたい真実だと思う」

「…そんな…」

女神であるイロドリに言われたヘルケヴィーオが青い顔で一歩下がる。


「ヘルケ…。聞くのをやめるか?」

「いや、聞こう」

ジェイドの声で何とか持ち直したヘルケヴィーオが真実を知ろうとした。


「イロドリ、教えてくれ」

そう言われたイロドリは八の字眉毛の困り顔で「落ち着いてね。取り乱さないでね。ガッカリしないでね」と言ってからまさかの事実を聞かされる。



「そんな…、そんな理由でエクサイトが生み出されたのか?」

「そして…、ジルの目的は何なのだ?意味がわからない…」

ジェイドとヘルケヴィーオが効いたエクサイトが生み出された理由は意味が分からないものだった。

何故そんな事が?何故そうなった?何故こうなった?

そんな事ばかりが去来する。


2人の消耗具合は見てわかる。

イロドリが心配そうに2人を見て口を開く。


「2人とも、今日はこのくらいにしよう?」

「いや、ジルとエクサイトの事はわかった。だが何故ここにモビトゥーイの名前が出ない?」

ジェイドは気力を振り絞ってイロドリに疑問点をぶつける。


「…」

イロドリが困り顔で黙ってしまう。

仕方ないのでジェイドはヘルケヴィーオを見る。


「ヘルケ、ヘルケはモビトゥーイを見たことがあるのか?」

「ああ。100年以上前に見た。薄褐色の肌に水色の目。銀の長い髪の女神だ」

そう言われてジェイドは脳内でモビトゥーイの姿をイメージする。

倒すべき敵。争いと残虐の女神・モビトゥーイ。


そこでジェイドは次の疑問をヘルケヴィーオにぶつけた。

「…ヘルケの神はジルに付き合うように言ったのにモビトゥーイには従うように言わないのだな」

そう、ヘルケヴィーオの神がジルツァークの名前しか出さなかった事が気になったのだ。


「ジェイド…、それはまた後にしよう。まだ早いかな」

イロドリがジェイドの前に進んでジェイドを止める。


「イロドリ?」

「ジェイドは耐えられてもヘルケヴィーオが耐えられないよ。

こんな調子で明日ジルツァークに見つかってバレたら全てが台無しになるから…。

だから今日は別の話にしよう。

明日からの修行の話。ね?」

イロドリが必死になってジェイドを止める。


「…わかった」

「済まないジェイド」

ヘルケヴィーオが申し訳なさそうにジェイドに謝る。


「いや、この世界を救うのに俺達やヘルケヴィーオ、イロドリが必要なら歩幅は合わせる」


「うん。ありがとうジェイド。明日から先の修行の話だよ。仮にだけどモビトゥーイが勇者の力を無効化できるとしたらどうする?」

イロドリの質問はとんでもないものだった。


「何?」

「イメージして、剣技の封じられたセレスト。

魔法の使えないミリオン。

そして亜人の攻撃で身体が千切れ飛ぶジェイド」


「…」

「出来ないと思う?可能性を無視した?」

イロドリが幼女とは思えない顔と声で質問をしてくる。


「いや…、心の何処かで考えては居た…」

「うん。だから明日からはそれに備えた修行をしてね」


「わかった。話の流れはヘルケに任せれば良いのだな」

「うん。お願いねヘルケヴィーオ」

イロドリがヘルケヴィーオを見てお願いと言う。


「はい」

そう言うヘルケヴィーオの顔は暗い。



「安心しろ。

俺達は生き延びる。

そして全ての謎にも打ち勝つ。

よろしく頼む」


そう言ってジェイドが右手を出す。


「え?」

「今の時間でイロドリもヘルケヴィーオも信用に値する事がわかった。

だからよろしく頼むの握手だ」


「ジェイド…」

ヘルケヴィーオが泣きそうな顔でジェイドを見る。


ジェイドはイロドリの方を向く。

「イロドリ」

「なに?」


「この世界ではイロドリには触れられないのか?」

「え?」


「触れられて許されるのなら3人で握手をしないか?」

「ジェイド〜!」

イロドリが嬉しそうに飛び跳ねて前に出てくる。


「ジェイドっていい男だね。フランや皆に言っておくよ」

そう言ってイロドリが嬉しそうに手を出す。


「ヘルケ」

「ああ」


「エクサイトを救うぞ」

「ああ」

「女神の私に任せてよね!」


3人で手を合わせて誓う。



「じゃあ今日はここまでだよ。

ヘルケヴィーオ、リュウさんには私から言うね。

やり方の説明もするからさ。

明日はドワーフのオジちゃんに会ってからエルフのお姉ちゃん。

そしてリュウさんだからね」


「はい」

ヘルケヴィーオが答えると世界が閉じて行く。


「皆!また明日ね!!」

「ああ、また明日!」

「また明日!」


そう言ってジェイドは眠りについた。






ジェイドが起きると日の出はとうに過ぎていた。

寝心地の良いベッドに身体を沈めたせいか、イロドリと会話をしたからかかなり深い眠りについていた。

もう少し寝ていたい気持ちを振り切って起きたジェイドが寝室を後にして食事を摂ったリビングに顔を出すと不機嫌そうなジルツァークが居た。


「ジル、おはよう」

「早くないよー」

ジルツァークが口をとがらせて拗ねている。


「済まない。疲れが出たようだ」

「うん。それはセレストが言ってたよ。

ジェイドは3人の中で誰よりも先に寝たのに起きてこないって。

だから仕方ないけど…でもこの状況が嫌だったんだよー」


そう言うジルツァークの目線の先には目にクマを作っているセレストが少し辛そうにしていて、ミリオンは朝風呂に入ったのか上気した顔で濡れた髪を乾かしていた。

確かに3人の一体感は無い。


「確かにここは想像していなかった住処だな」

ジルツァークが味方でイロドリが敵の場合を考えるとエルフの住処で骨抜きにするのかもしれないなと思った。


「ジェイドはあまり代わり映えしないね」

ジルツァークが嬉しそうにジェイドに言う。


「ああ。昨日のヘルケヴィーオに言われた事が気になっていて眠る時もその事とこの先の事を考えていたんだ」

「亜人王の事?」


「ああ。そしてモビトゥーイだ。ヘルケヴィーオに言われてもう一度考えたがどう言う攻撃をしてくるのか想像もつかない。俺達の技が通用しない場合を考えていないわけではないがワイトが倒せた以上、俺達にも出来ると思ってしまっていた」


「そうだね…。きっと私がそこら辺を調べたり説明をしたら干渉値が大きく変わる。

それこそ五将軍が蘇るくらいの干渉値が行くかもしれない」


そこにヘルケヴィーオが朝食を持って現れる。


「おはよう」

「おはようヘルケ」

ジェイドとヘルケヴィーオは昨晩会っていた事を悟らせない完ぺきな対応だった。


「よく眠れたか?」

「俺はな、セレストが寝不足だ」

ジェイドが笑いながら言うとヘルケヴィーオがセレストを見て笑う。


「それは慣れてもらうしかないな。朝食を食べたら外に出て昨日の門に来てくれ。

先に聖剣と聖鎧の話を済ませよう。その後はエルフの長に会ってもらう」

テーブルに朝食を置くとヘルケヴィーオがエルフの長と言う。


「わかった」

ジェイドは普段の幹事で了解をする。


「なんで!?どうして?」

ジルツァークが慌ててヘルケヴィーオに食って掛かる。


「ジル?」

「ジルツァーク?」


「聖剣と聖鎧は仕方ない。でもエルフの長に会う必要は無いでしょ?」

「長期滞在になれば顔合わせは必要だ」

ヘルケヴィーオがジルツァークの疑問を一蹴する。


「…」

「ジル、エルフの長がもしかしたら亜人王やモビトゥーイについて何か知っているかもしれない。もしエルフの長がそこで嘘をつくのならジルが教えてくれればいい。それこそ信頼に値するかわかる」


「うぅ…。うん」

「なら決まりだな。では私は門で待つ」

そう言ってヘルケヴィーオは去って行く。


「ほら、さっさと食事を済ませて用意をして行くぞ」

「…もう。お姉さんのミリオンはお風呂でダメだしセレストもこの調子だとアテにならないし。

やっぱりジェイドだね」

ジルツァークが上目遣いにジェイドを見る。


「そうか?」

ジェイドが笑いながら朝食を食べる。

人間界でも食べられるパンと卵焼きとソーセージだったのだがこれも夕飯同様に今まで食べた中で1番美味しい朝食だった。


旅の荷物は家に置かせて貰い、身軽な恰好で門に行くとヘルケヴィーオが待っていた。

「遅くなった」

「構わない。では工房に行こう」


「工房?そうだな。

普通に考えれば聖剣と聖鎧はそう言う場所で直すな」

ジェイドがジルツァークとヘルケヴィーオと並んで歩き、セレストとミリオンはその後ろを歩く。

見慣れぬ景色にセレストとミリオンがキョロキョロしてしまう。


「ヘルケヴィーオさん。昨日ジェイドが聞いたけど街の方々は本当にドワーフの方も?」

「ああ。今すれ違った女性もドワーフだぞ」


「わからない。全部僕達と同じ人間に見える」

セレストが振り返りながら言うとドワーフと言われた女性が笑顔で手を振る。


「ヘルケ、少し聞いてもいいか?

ジル、勿論ジルが嫌な質問なら昨日みたいに止めてくれ」

「うん。わかったよ」

ヘルケヴィーオが振り返りジルツァークが頷く。



「何だ?答えられる事なら遠慮なく聞いてくれ」

「亜人共に性欲や繁殖の概念がほぼ無い。それらに目覚める個体はレアケースだ。エルフやドワーフはどうなんだ?」


「ジルツァーク」

「いいよ。答えてあげて」


「ふむ。かなり偏っているが種の繁栄としての性欲もある。

昔ワイトに聞いたが性欲も人間のソレとは違っていてかなり独善的だそうだ」

「じゃあ個体は増え続けるんだな」


「そうなるな。

だがエルフとドワーフは上位種で長命だから中々子供は授かれない。

私も200年目に子を授かったきりだ」


「何?ヘルケは既婚者なのか?」

「そこからか。しまった。

エルフとドワーフには婚姻の概念がない。

そうだな。何故か婚姻…結婚についてよくわからないのだ」


「わからない?」

「独占欲や種族の為に子を残したい。目の前の優れた種が欲しいと思う事があってもそれが愛ではないのだと思う。ワイトが教えてくれた異性に対する慈しんだり愛でたりする気持ちが芽生えない」

ヘルケヴィーオが少し困った顔で説明をする。

恐らくかつてワイトにも説明をした時に困ったのだろう。


「ではこの家で暮らしている家族は?」

丁度横の家では男が「行ってくる」と言い女が「行ってらっしゃい」と見送っていた。


「損得だよ」

「ジル?」

ジルツァークがとても嫌なものを見る目で言う。


「損得勘定。独善的な肉欲。そう言う気持ちで共に暮らしているの。

あの男はドワーフで「行ってくる」と言ったのは工房に仕事をしに行ったか、近くの山に鉄なんかを採掘しに行ったんだよ。

女の方はエルフでドワーフに外仕事を任せている間に家事をして残りの時間を自己研鑽に当てる事が出来る。

ドワーフもエルフを養う事で家の事もやって貰える。

ドワーフとエルフは子を授かれないけど性交渉は可能だからお互いの欲を受け止め合えたんだよ」

そう言ったジルツァークの冷たい目が印象的だった。


「成る程な。ありがとうジル。ヘルケの子はどうしているんだ?」

「巣立った。種としての父親ももう何の縁もない。子にしても巣立ったからほぼ会う事もない。私は巣立ちまでキチンと育てて責務は果たした」


「そう聞くとエルフも色々あるんだな」

「そうか?まあ良い。もうすぐ工房だ」


鉄の焼ける臭いと鉄同士がぶつかる音が聞こえてくる。


「ここで聖剣と聖鎧を直して貰う。

…今になって思ったがお金は足りるのであろうか?」

「…あ」

「…しまった」


「そんな気にする事はあるまい。

お前達が思うよりは安いと思うぞ」

そう言ってヘルケヴィーオが一軒の工房に入って行った。


「お邪魔します」

ジェイド達が工房に入るとむすくれた顔の男が待ち構えていた。


「ジェイド、セレスト、ミリオン、紹介する。彼がその聖剣と聖鎧の製作者、ドワーフのワタブシだ」

ごく普通の中年男性に見えるワタブシがジェイド達の顔を見る。


「99年振りに人間がくれば3人か。まずは挨拶なんていいからナマクラを出しな」

ワタブシが右手を前に出してくるので聖剣を見せる。


「おーおー、真っ二つじゃねぇか」

「済まない…。これには…」

ジェイドが説明をしようとするとワタブシが手で制止する。


「いらね。リーディングするから言う必要ねぇ」

「は?」


「自分の武器の軌跡くらい製作者なら魔法で追えるから黙っていてくれ。

あ?あー…、剣使い!こっち来い!」

ワタブシはセレストを呼びつけると無言で殴る。


「がっ!?な…何を?」

「ヘタクソ!不得意な剣でももうちっと上手く振るえよ!」

ワタブシがまさかの剣の勇者を捕まえて「ヘタクソ」と言って殴りつけたことが3人には衝撃的だった。


「え?」

「その腰の剣がお前の得物だろ?見せてみろ」

ワタブシがセレストの剣を持つと頷いてから返す。

「重さも長さも違う剣の練習くらいしておけよ。お前が使いこなせていれば刃こぼれくらいで済んだぞコレ?」


「え!?」

「てかなんで剣使いが剣に合わせて訓練しないんだよ?ジルツァークは何やってたんだ?」

ワタブシがジェイドの横に居るジルツァークを見る。


「ブルアに聖剣はなかったの。それに記述も残ってなかったからセレストのお父さんからこの剣だよ」

ジルツァークが仕方ないでしょ?と言う感じでワタブシに答える。


「んだよ。無茶苦茶じゃねぇかよ人間界。そもそもナマクラ捕まえて聖剣なんて呼ぶし。ワイトの野郎も約束を違えるしよぉ。セレストとか言ったな。お前、今のままじゃ死ぬぞ?」

「…」

剣の勇者としての自信があったセレストがまさか「ヘタクソ」「死ぬ」と言われるとは思っていなかったので言葉に詰まっている。


「まあいいや。先に次行こう。お前がジェイドだな?」

「…ああ」

ワタブシがジェイドの顔を見て名前を呼ぶ。

ワタブシはジェイドの何を知っているのだろうか、その事からジェイドが訝しむ。


「怪しむなって。ナマクラが謝ってる。お前の妹の事を悔やんでるぞ」

「…何?」

いきなりエルムの名前が出てきてジェイドが驚く。


「亜人共に殺されたってな。ナマクラも魔法契約をしていたから戦えたがそのせいでこうなったしな」

「どう言う事だ?」


「簡単に言えば、ワイトの野郎と契約したからコイツはワイトが持った時には軽くもなったし斬れ味も増した。

その代わり封魔の鞘が無ければワイト以外には持ち上げるのは余程の膂力がねぇと無理だし。倒すべき亜人共に持たれれば契約不履行で切れ味も落ちる。

もしも魔法契約がなければお前が振り回しても良かったんだ。人間界の剣と比べればナマクラでも十分強いだろ?」


「エルムの事はわかった。聖剣に罪はない。気にしないでくれ。だが、そもそも聖剣を何故ナマクラと呼ぶ?それにワイトとの約束とは何だ?」

ジェイドはワタブシとの会話で気になっていた部分を聞く。


「ん?何でか俺の武器は亜人共にも売れないし作ってもエルフ達にも行き渡って壊れるまで買い手がつかない。

その話をしたらワイトの奴が「僕がその剣で亜人を討伐して人間界に帰って喧伝したらきっと飛ぶように売れるよ!」って言ってこのナマクラ捕まえて「この剣がいい。コレをくれ!」って言うから魔法契約をして渡したんだよ。それなのに、約束は守んねえしなぁ」

ワタブシが困り顔でやれやれと言う。


「…済まない。恐らくだがその記述が人間界に無い」

ジェイドが申し訳なさそうにワタブシに謝る。


「はぁ?なんで?ジルツァーク!」

「多分モビトゥーイに3人に分けられた時に記憶が曖昧になったんだと思う」


「ふっ、都合のいい記憶喪失だな」

「ヘルケヴィーオ!」

ヘルケヴィーオがジルツァークの回答に疑問を抱くとジルツァークが怒る。

だがヘルケヴィーオは気にしないで続ける。






「上層界の事、聖剣の事、ワタブシとの約束。亜人界の事もモビトゥーイとの事もどれも忘れるなんてな。そうとしか思えん」

「…くっ…」


「ヘルケ、ジルもそれは後でいい。ワタブシ、済まないがもう一度機会をくれ。

俺達が亜人共を滅ぼす。そして今度こそ上層界の話を持って人間界に帰る」

「…ったく。顔つきや声はセレストが似てるのに目だけはジェイドが似てやがる。

とりあえず聖剣とやらを作ればいいんだろ?

ジェイド、ナマクラの無念、お前の妹の血で濡れた怒り…ナマクラの復讐を引き受けてくれないか?」


「何?」

「見たところお前の得物はその棍棒だろ?」

ワタブシが腰にぶら下がる棍棒を指さす。


「ああ、これは拾い物だ。俺は剣の知識は無いからな。とりあえずジルツァークの加護で死なない体に合った武器は鈍器だと思う」

「成る程な。じゃあコイツは剣じゃなくてお前のために打ち直す。使ってくれ」


「え?僕は…」

まさか聖剣が剣でなくなってジェイドに行くと聞いたセレストは気が気ではない。


「はぁ?お前がナマクラの形に合わせて鍛えて一人前になるのに何年かかんだよ?

仕方ねえからお前に合わせた剣を打つんだよ。後はそこの姉ちゃんも知らんぷりしてんなって。

お前にも武器を打つから使えよな。

魔法が得意で後ろに引っ込んでますなんてお荷物だからな」

ワタブシが後ろで話を聞いていただけのミリオンを捕まえて武器を用意すると言う。


「わ…私!?」

「嫌か?イメージしろって。

魔法の無効空間に連れ込まれてジェイド達から隔離された自分をよ。どうなる?助けが来るまで生き延びれる自信はあるか?」


「…」

「な?護身用に武器くらい持てって」

ワタブシに呆れられながら言われたミリオンは素直に頷く。

だがこのやり取りをジルツァークは快く思わない。


「え?そんな!必要無いよ!」

ジルツァークが慌てて前に出る。


「なんでそんな事が言えんだよ?」

ワタブシがジルツァークを睨む。


「何でって…」

「ジル?干渉値を払ってくれたのか?」

ジェイドがジルツァークを気にして質問をする。


「ううん…、でもワイトの時にはそんな攻撃は無かったから…」

「だがそれをやられればひとたまりもないぞ?」

畳みかけるようにヘルケヴィーオもジルツァークに意見をする。


「そうだな。ジル、ジルが不安なのは何だ?俺達が上層界で暮らしたくなる事が心配ならそんな事はない。俺達は待っている人たちのところに帰るからな」

「帰る?」

ジルツァークが少し意外そうに帰るという言葉を口にする。


「そうだ。帰るためにも生存率を高めなければならないだろう?それで言えばワタブシの提案は間違っていないと思う」

「うん…そうだよね。でも時間が経つとモビトゥーイが戦力を整えてしまうからあまり長居はできないからね?」


「わかっている。いつもジルには心配をかけてしまうな」

「ジェイド…」

ジルツァークが涙目でジェイドを見る。


「ありがとうジル」

「うん。私が見張るから無理はさせないね!」


「よし。じゃあ鎧も置いて…って何だこりゃ?」

ワタブシが呆れ返る。


「…亜人に奪われないように湿度の高い洞窟に隠した人間が居まして…」

「さらにそこにモビトゥーイが魔物を放って毒液を浴びてこの形に…」

ミリオンとセレストが申し訳なさそうに説明をする。


「鎧は完全に廃棄だな。鎧と武器だな。ところでお前ら金ある?」

「え?」

急にワタブシがお金の話を始める。


「言ったろ?武器が売れないって。金ネンだわ」

「いくらだ?」

ジェイドが金額を聞くと後ろでセレストとミリオンが息を飲む。


「鎧込み込みで金貨三枚」


これはワタブシはからかっているのか?

誠意を見たいのか?

ここで正しい金額を言うのが正解なのか?

3人が躊躇をする。



「…んだよ、払えないのか?足元見るのか?」

呆れたワタブシが3人に悪態をつく。


「…それで良いのか?」

「は?」


「ここで1つ聞くが金貨3枚に銀貨5枚を付けたらどうなる?」

「…お前、冷やかしはやめろって」

ワタブシが辟易としながら言う。


「いや、俺は本気だ。足りなければ外で魔物の一つも倒してくるぞ」


「え…、あ…、お…」

ワタブシが言葉に詰まって返答に困っている。


「金貨4枚だ」

「本当に支払ってくれるんだな!お任せください!!」

目の色と態度が変わったワタブシが直立すると3人に向かって敬礼をする。

…どうやら金貨3枚がワタブシの適正価格なのだろう。

聖剣と聖鎧が金貨3枚と知ったら人間界では大慌てになるだろうと思った。


「頼む。期待している」

「ジルツァーク!良い奴らだなコイツら!」


「…良かったね。3人が生き残れる装備を作ってよね」

「おう!」


ジェイド達はその場を離れて次を目指すことにする。


ヘルケヴィーオに連れられたジェイド達は一段高い山の手に作られた館に向かう。


「ここに長、エルフの女王がいる」

ヘルケヴィーオが館を指さして言う。


「長期滞在の許可を貰わねばな」

ジェイドがヘルケヴィーオの横で話に乗っている。

その横をジルツァークが無言で飛んでいる。


「ジルツァーク様」

「あまりご気分が優れないようですが…」

セレストとミリオンが心配そうにジルツァークに話しかける。


「あんまり好きじゃないの」

そう言ってむくれるジルツァークにヘルケヴィーオが「なら席を外しても良いのだぞ?」と言う。


「出来るわけないでしょ!私のジェイド達に何かされたら困るの!」

ジルツァークがジェイドの周りを飛びながら怒る。


「なら我慢するんだな」

「してるよ!」

ジルツァークは、この2日ずっと声を荒げているなとジェイドは思っていた。



到着した館は人間界の何処を見ても無いような美しさで3人は息を飲む。


「よく来たね」

そう言って降りてきたのはヘルケヴィーオによく似た金髪の美女。

ヘルケヴィーオが長髪でこちらの美女はセミロングだ。


「お連れしました。姉上」

「ええ、青い髪色の男の髪色は違うけど顔立ちがワイトによく似ている。

赤い髪の貴方からは宝珠の気配がします。

そして緑色の貴方……罪深い魂をしている」

3人を見た美女は最後にジェイドを見ると罪深い魂と呼んだ。

それはジェイドには何のことかわからなかった。


思わず「え?」と聞き返したジェイドだったが、ジルツァークが「ヘルタヴォーグ!」と怒鳴って前に出る。


「ジルツァーク?久しぶり。何を怒るの?本当のことでしょ?」

「ジル?」

ジェイドは罪深い魂と言われた事が気になってしまう。

だがヘルタヴォーグは止まらずに話を進める。


「まあ自己紹介からだ。私の名はジルツァークも言っていたがヘルタヴォーグ。

ヘルケヴィーオの姉になる。

まあ姉と言っても突然目が覚めた時お互いが姉妹と認識していて話し合いで私が姉になっただけだがな」

ヘルタヴォーグが自嘲気味に笑う。


「エルフの長、エルフの女王…」

「それも話し合いでな。我々が気づいた時に我々を生み出した神は居なかった。

だがまとめ役が必要だと言うことは遺されていたので話し合って姉の私が長になった。

長でも女王でも好きに呼ぶと良い」


「では女王、俺の魂が罪深いとは何だ?」

「ふむ。それは見えるだけで説明はタカドラに任せようと思う」


「タカドラ?」

また聞き覚えの無い名前が出てくる。


「なんで!?必要ない!」

「ジルツァーク、何を慌てる?我々もタカドラも勇者を助けようとしているのだぞ?」

また声を荒げるジルツァークをヘルタヴォーグが不思議がる。


「…」

「お前はワイトの時も過度の接近を嫌がっていたが何故だ?」


「…言えない」

そう言って口を尖らせたジルツァークが下を見る。


「ジル。心配かけてすまないな。そのタカドラと言う奴に会った先の事は会った先で決めるのはどうだ?」

「ジェイド…」


「女王、とりあえずタカドラとは何者だ?」

「この世界唯一のドラゴンだ」


「ドラゴン…。それは古い物語にあった。

上層界に住む全身ウロコに覆われた高次元の魔物…」


「魔物ではない。我々エルフやドワーフと共に神様がご用意くださった高次元の存在。

今最も神に近い存在だ」

そう言って家の裏手を見ながら話すヘルタヴォーグ。


「神?」

「そうだ。我々を生み出した神様はタカドラに500年を生きたドラゴンは神格を得て神になると定められた。

そのおかげでタカドラはここ数年で神に通じる力、神通力に目覚められた。

まだ神ではないが神と近い存在になっている」


「神…。もうそんな時間か…」

ジルツァークが小さく呟く。


「そのタカドラがなんだと言うんだ?」

「神に通じる力で自身がモビトゥーイだった時に勇者達にどう言う攻撃をするかを考えたと言っていた。

そしてその方法を聞いた。

お前達はタカドラの攻撃で何もできずに死ぬ」

ヘルタヴォーグの目が冷たく光った気がした。



「…死」

突然の宣告でジェイド達の背中に冷たいものが走る。


「ああ。ジルツァークに頼り切った戦いをしている以上、お前達に待つのは死だ」

「そんな…」

「まさか…」

セレストとミリオンの顔色が悪くなる。

もう真っ青だ。


「ふむ。とりあえず我らはお前達の滞在を認める。

剣と鎧が出来上がるまでは気兼ねなく暮らすと良い。

魔物と戦って力を養いたければヘルケヴィーオに付き添ってもらって街の外に出れば良い」

「助かる」

ジェイドは気分を立て直すとヘルタヴォーグに感謝を告げる。


「礼はいらん。早くくだらない戦いを終わらせてエクサイトを共に幸せに導くのだ。

亜人共は会話こそ成立するが何か違う。

エクサイトの行く末など興味が無い感じだ。

さあ幸せの為にもタカドラに会いに行くぞ」


ジェイド達はヘルタヴォーグとヘルケヴィーオに連れられて後方にそびえる山を目指した。






ヘルタヴォーグの屋敷の裏手から山に登る。

ジェイドは山に登ってすぐに一つの事に気付いていた。


「この山は魔物の気配がないのか?」

「ほう、良い感覚を持っておる。

その通り。タカドラの気配によって魔物が寄り付く事はない」


「凄いのだな」

「まあな」

ヘルタヴォーグがドヤ顔で「ふふん」と言う。


「タカドラか、まるで高いところに住むからタカドラか?」

「なんだ、わかっているではないか」


「は?」

「高い場所に生きるドラゴンだからタカドラと神様が名付けて行かれた」

ジェイドは冗談のつもりで言ったのだがまさかその通りだったとは思わずに慌ててしまう。


「安直だな。ヘルケヴィーオやヘルタヴォーグの由来は?」

「知らん。気が付いたらこの名だった。ただエルフの名は伸ばすようにと言われておった」

「ドワーフは4文字までと言われていた」


「なんだそれは?ジル、理由はわかるのか?」

「…わかるけど…くだらないよ?」

ジェイドの横を跳ぶジルツァークが辟易としながら身振り手振りで話す。


「ほう。知りたいものだ。ジルツァークよ、何故今まで教えてくれなかった?」

「別にヘルタヴォーグ達は私を敬わないし、私の産んだ命でもないし、名前を気にするなんて思えなかったからよ」


「出来たら教えてくれないか?」

ヘルケヴィーオがジルツァークの顔を見て頼んでみる。


「んー…、ヒントだけならあげる。後はタカドラと話して私の機嫌が良かったらね。

私イライラしてるの。今落ち着いているのはジェイドがいてくれるからだからね」

「ジル?」


「気にしないで良いよジェイド。

すでにいなくなった神。

名前すらないあの神は最初にエルフを生み出したの。

そして次がドワーフ。

最後にタカドラを生み出したの。

それがヒント」


「よくわからないな」

「そうだな」

「だがジルツァーク、教えてくれてありがとう。

1つでも分かると嬉しいものだ」


「う…うん。それは良かったね」

ジルツァークがまんざらでもない顔で照れる。



「ジルツァーク様は名付けをどの様にしたんですか?」

ミリオンはずっと気になっていたのだろう。会話の切れ目に入ってきてジルツァークに質問をする。


「私?私は女神として皆に求めたのは顔を見て直感で名前をつける様に言ったよ。ワイトもそうして私が名付けたの」


「ワイトか、懐かしいな。男なのに透き通る様な白い肌。銀の髪色」

「それなのにあの髪は陽の光に当たると薄ら黄色になるのが美しかった」


「そして、あれだけの戦闘力を有しているのに本人は戦い以外では幼子の様だった」

「代わりに戦いになると容赦のない殺戮の化物に変貌を遂げていた」

ヘルタヴォーグとヘルケヴィーオがしみじみと話をする。


「ヘルタヴォーグ、ヘルケ…」

「歳を取ると物言いが若くないな」

「昔を懐かしんでしまった」

そう話すヘルタヴォーグとヘルケヴィーオの顔はとても幸せそうに見えた。

なのでジェイドがジルツァークに聞く。


「ジルはそう言う気持ちにはならないのか?」

「私?」


ジルツァークは少し困惑した顔をする。


「なんだ、共にこの約500年を生きた仲なのにつれないなジルツァーク」

「神とはそういうモノなのか?」


「そうかも知れませんね。

神様は不変の存在だとすれば人間には想像付かない500年も昨日の様に思えてしまうのかも知れませんね」

「ミリオン…」


「話はここまでだな」

「さあ、タカドラの住処に着いたぞ?」


ジェイド達の目の前に大きな神殿が聳え立っていた。






「タカドラ、連れて来たぞ」

そう言って神殿の中に入ったヘルタヴォーグが巨大な鱗の存在、タカドラに話しかけると「見ていた」とタカドラは返事をした。

そのままタカドラはジルツァークを見る。


「久しいなジルツァーク。何故顔を出さない?」

「用事ないし」

タカドラはジルツァークに話しかけるがジルツァークはそっぽを向きながら用がないと言う。



「まったく…。まあ良い。今はエクサイトの事だ。勇者達よ、よく来た」


「ああ、貴方がタカドラ、この世界唯一のドラゴン」

「そうだ。この街に来てからのお前達を全て追っていた。ジェイド、セレスト、ミリオン…」

3人がタカドラの顔を見ながら会釈をする。


「先程、ヘルタヴォーグが言った通り、ジルツァークに頼り切った戦いのお前達は死ぬ」

「何それ!」

ジルツァークが前に出るとタカドラに食って掛かる。


「ジルツァークは黙っていてくれないか?

私は神通力に目覚め始めた。

そして自身が神なら勇者達をどの様にして倒すかを思案した。

そして1つの攻撃方法に行き着いた。

この力をモビトゥーイが使わないとは限らない。

そしてその時にジルツァークの言う干渉値が大きくジルツァークに渡ったとしても状況をひっくり返す事は不可能だ」

タカドラが目を瞑りながら悲しそうに言う。


「何?そんな事が…」

「可能だ。ヘルケヴィーオよ。3人と模擬戦を頼めないか?攻撃は全て寸止めになる様に神通力を使う」


「構いません」

「勇者達よ。ヘルケヴィーオを亜人の将軍と思って襲い掛かるのだ」


「ジル?」

ジェイドがいいのか?と言う意味でジルツァークの顔を見る。


「やっちゃってよ!私のジェイド達が負けるわけないって認めさせようよ!」

「わかった。行くぞ、セレスト、ミリオン」

その声で3人が戦闘体制になる。


「一つ、ルール決めだ。

ミリオンは大魔法の使用は禁ずる。あくまで模擬戦。だが宝珠は使うと良い」


「はい」

ミリオンが頷いた所でやり取りを見ていたヘルタヴォーグが「始め!」と言う。

その声で模擬戦が始まる。



「先手は譲ろう」

鞭をしならせて「パンッ」と言う音を出しながらヘルケヴィーオが自信満々の顔で言う。


「よし、そうさせて貰おう。セレストは真空剣だ!ミリオンは間を埋める様にアイスランスだ!」

「「了解!」」


2人はジェイドの声で前に出るとセレストがヘルケヴィーオに向かって真空剣を放つ。

その隙を埋める様にミリオンがアイスランスを放つ。


ヘルケヴィーオは真空剣を見て鞭を振るい飛んできた刃を打ち落とすとそのまま返す鞭でアイスランスも防いでしまう。


「反撃行くぞ?」

ヘルケヴィーオが高速で鞭を振ると「パン」と言う音の直後にはセレストの眼前に鞭が現れていた。


「甘い」

だがジェイドが対応をしていて鞭を喰らいながら棍棒でそのまま鞭を絡めとる。


「よく対応した」

「ヘルケの戦いはこの前の戦闘を見ていたからな」

ジェイドがニヤッと笑ってヘルケヴィーオも楽しそうに笑う。


だがタカドラは違っていた。

「ふむ。やはりお前達は死ぬ。ヘルケヴィーオよもう一度こやつらに先手を譲るのだ」


ヘルケヴィーオにもう一度戦うように指示を出した。

「わかりました」


そう言ってまた構えるヘルケヴィーオ。






「今度は先ほどの様には行かないぞ!真空乱撃!」

セレストがそう言って剣を振りかぶった瞬間…


「神通力を持ってジルツァークの加護を無効化」

タカドラが突然力を使った。



「くっ!?重!!?」

セレストが慌てた声を上げて前につんのめる。


「セレスト!?アイスランス!…え?魔法?え?」

フォローで魔法を放とうとしたミリオンも何も起きずに慌てる始末だ。


「今だヘルケヴィーオ、攻撃をするんだ」

タカドラがそう言うとヘルケヴィーオが鞭を振り回す。あっという間にセレストとミリオンに鞭が直撃をする。


「ぐっ…」

「きゃぁぁぁぁっ」


寸止めになっていると言われても襲いかかって来た衝撃はとても強くセレスト達は無様に吹き飛ばされる。



「くそっ。ジェイド…どうした?防御に…」

「え!?ジェイド!!?」


セレスト達は今の攻撃に対応出来なかったジェイドに声をかけたのだが衝撃的な状況に思わず模擬戦を忘れてしまう。

ジェイドは何も出来ずに仁王立ちにのまま全身から血を出して気絶していた。


「そこまで。神通力を解除」

タカドラがそう言うとセレストは剣を軽く感じられたしジェイドの血もすぐに止まって傷は消え意識も取り戻す。



「勝負ありだな」

タカドラの声でヘルケヴィーオは戦闘体制を解く。


「ジェイド!」

「大丈夫!?」

「…ああ」


「今の攻撃の意味は理解したな?」

「…ジルとの繋がりを絶たれた俺達は死ぬしかない」

ジェイドは素直に認めて答える。


「そうだ。まだ神になり切っていない私が神通力で繋がりを取れたのだ。モビトゥーイも使えるだろう」

タカドラがため息をつきながら話す。


「剣が重く感じたのは…」

「その剣技、剣を軽く感じるのは全てジルツァークの加護あっての事」


「魔法が打てなかったのも…」

「その魔法はジルツァークが編み出した魔法だからだ」


「俺は?」

「それが先程言った罪深い魂だ」

セレストとミリオンの話にはタカドラが付き合っていたがジェイドの話にはヘルタヴォーグが答えた。


「女王?」

「ジルツァークの加護は超回復だがそれはジルツァークの加護で怪我の事実に超回復を、うわ被せただけで実際にはジェイドの身体は傷付き疲弊している。

身体の傷は誤魔化せても魂は傷を負っている。

ジルツァークとの繋がりを奪ってしまえば魂通りに衝撃も何もかもがジェイドに襲いかかる」


「それで罪深い魂?」

「そうだ」


「ジルツァークよ、これでもお前の勇者達はモビトゥーイに勝てると申すか?」

「…」


タカドラが当然の結果と言う顔でジルツァークに質問をするがジルツァークは黙り込んでしまっている。

セレスト達はそのままジルツァークが話すのを待たずにタカドラに質問をする。


「タカドラ様、僕たちはどうすれば良いのですか?」

「ふむ。セレストはまだ簡単だ。

エルフ流の剣術を学ぶのだ。

そしてジルツァークの加護なしで自身の技を再現できる様にするんだ」


「それでは私は?」

「魔法の総量はミリオンの才能だから後は基礎から学んで行くしかあるまい。ジルツァークの魔法以外もこの世界には存在する。それを使えるようになるのだ」


「後は俺だな」

「ジェイドはとりあえず魂の傷が消えるまでは簡単な訓練のみだ。

傷はこの街で食べられる栄養価の高い食事を摂れば回復も早いだろう。

今ジェイドが無事なのは昨晩の夕飯と睡眠のおかげだ。

人間界から来てすぐならショック死している。

訓練内容にしても盾を渡すから身体ではなく盾での防御を突き詰めよ」


「良いなジルツァーク」

「……そんな攻撃…モビトゥーイは…」

ジルツァークが暗い表情で下を向いてしまっている。

だがそこにジェイドが話しかける。


「ジル、俺は良かったと思う。想像もしていない攻撃だったがこれが亜人界や決戦中で無くて助かった」

「ジェイド…」


「だから落ち込む事はない。

剣と鎧が出来るまでに何とかしよう!」

「私…落ち込んで…」


「落ち込んでいないのか?すごい顔をしているぞ?」

「そうかな?」


「ああ。タカドラ、女王、ヘルケヴィーオ、よろしく頼む」

次回は「鍛えなおす復讐者。」になります。

10/26の夜に更新します。よろしくお願いいたします。

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