4人はエルフの街に着いていた。
夜通し歩いてヘトヘトのミリオンを見かねてジルツァークが神の力であっという間に移動をさせてくれた。
門の前ではヘルケヴィーオが待っていてくれた。
「来たな。お帰り。ワイトと違って帰ってきてくれて嬉しいぞ」
ヘルケヴィーオが手を振ってくれる。
「ヘルケヴィーオ…」
ジルツァークがまたバツの悪い顔でヘルケヴィーオを見る。
「聞き及んでいる。ジルツァークは憑物の落ちた顔をしている。私達こそ支えきれなくて済まないな。これからはキチンと相談をしてくれ、私たちもジルツァークに何かないかと聞く事にする」
「ごめんなさい」
ジルツァークがヘルケヴィーオに頭を下げる。
「人目がある。女神が気安く謝るな。タカドラのところに行こう」
ヘルケヴィーオに連れられて4人はタカドラの神殿まで行く。
台座に置いたタマゴはまた後ろに撤去されていて代わりにタカドラが座っていた。
「良く戻った」
「ああ、色々助かった」
ジェイドが感謝を告げる。その後ろで気まずそうにしているジルツァークはジェイドに促されて前に出る。
「タカドラ…」
「ジルツァークよ、先ほどまで天界で見ていた。共存の気持ちになったか?
無理であればエクサイトの神の座には私が就く。ジルツァークは気兼ねなく天界に戻るか新世界を作るといい」
タカドラはどこか達観した顔でそう言った。
「ごめんなさい。
心配かけた事と殺そうとした事を謝らせて。
後はエクサイトを一からやり直したいの。
だから力を貸して?」
「無論だ。ジルツァークにその気持ちがあれば私は力を貸す。天界でも言ったが私は竜神になってもジルツァークを支えるぞ」
「うん。ありがとう」
話が終わるとヘルタヴォーグやワタブシ達が神殿に現れて4人の帰還を喜んでくれた。
ひとしきり喜びあったところでワタゲシが口を開く。
「んで、今回の事を人間界ではなんて説明するんだ?」
「問題ない。俺はもう考え済みだ」
ジェイドが涼しい顔でワタゲシの質問に答える。
「なんでそんなに用意周到なんだ?いつ考えたんだよ?」
「エルフの街を旅立つ時からだ。
俺はあの時からジルを止められると思っていたからその先の事まで考えていた。
まあ亜人の事と亜人王の部分は修正が必要でそこは一晩歩きながら考えた」
「ジェイド…」
「だがイロドリ様は何も言っていなかったぞ」
驚いた顔のジルツァークと天界に居て何も知らなかったタカドラがジェイドの顔を見る。
「ああ、別にジルが共存を受け入れた後の話はあの場でする必要が無いと思っていた。
聞かれれば話たが聞かれなかったしイロドリなら事後報告でも許してくれるだろう」
「とりあえずジェイドの考えを言ってみてくれよ。ダメなら僕とミリオン、後は皆で話し合うからさ」
セレストが場をとりなすとジェイドが「了解だ」と言って話し始めた。
上層界、エルフの街で唯一竜タカドラからモビトゥーイと亜人の命が繋がっていた事を聞かされたジェイド達はモビトゥーイが生きている限り亜人は生み出されて人里を襲う為に亜人には申し訳ないが目につく亜人は倒させて貰った上でモビトゥーイを倒す事にした。
そして死闘の果てにモビトゥーイは倒せた。
そのモビトゥーイは最後ジルに吸収された
だから仮に亜人の生き残りが居てもおかしくない。これで壁は取り払える。ジル、フランに壁を消すように言ってくれ」
「まあそれが無難だな。亜人の正体を知るものはごくわずかで良い。仮に生き残りが居てもジルツァークが命じれば穏やかになる。上層界に来るように言うがいい。モビトゥーイの支配から脱せた事にして上層界で面倒をみよう」
タカドラの提案は正直ありがたい。
亜人達に生き残りが居て仕返しで迫害されることは防ぎたかった。
「ジル」
「うん。はぐれになっていた亜人が居るかもしれないから穏やかな性格にして上層界に来るように指示するよ。今フランにももう伝えたから大丈夫だよ」
ジルツァークは会話をしながら神としてアレコレをやってくれていた。
「後はそうだな…ジェイドは、この後はどうする?ウチに来るかい?」
セレストがジェイドに今後の事を聞く。
「ああ、だがまずはレドアに寄らせてもらう。遺品があるからな。その後の事はまだ考えていない」
「私達はレドアに住んでもらって構わないわよ」
「ああ…」
ジェイドの返事は生返事で煮え切らない。
返事をしながら何かを考えている事は明らかだった。
「いきなりアレコレ決まってもジェイドも困るだろう。とりあえず今晩はエルフの街に泊まるといい。後はジェイド、当分は薬膳生活にしないと魂が無茶苦茶だぞ」
ヘルタヴォーグが助け舟を出す。
「ヘルタヴォーグ…、済まないな」
ジェイド達は街外れの借家をまた借りるとジェイドはヘルタヴォーグの言いつけで薬湯に浸かりに行く。
その後ろをジルツァークが付いてくる。
「ジル?」
「セレストとミリオンがいい感じだから2人きりにしてあげたんだよ。あの2人っていつの間にそんな仲になったのかな?」
「夜だろう?俺は早寝をしていたが見張りを交代する時に2人して起きている事があった」
「そっか、まあ幸せになってくれたら嬉しいかな。
それでさ、ジェイドは何か考えているよね?」
「いや、いざ終わってみると居場所が無いなと思ってな。
レドアでもブルアでもな…。
きっとレドア王は歓迎もしてくれるがセレストとミリオンがそう言う仲では俺は邪魔になるだろう。
ブルアもきっと良くしてくれるとは思うがきっと疎ましく思われる日が来る。
万一前にジルが言っていたようにリアンと結婚と言う話になった時にはリアンも迷惑するだろうしな。
こんな事になるならグリアを沈めるべきではなかったのかもな」
ジェイドは遠くの空を見る。
それはグリアがある方向だった。
「ごめんなさい」
「いや、もういい。カナリーは海もグリアも喜んでくれていた。だからもう良いジルはこれ以上謝る必要は無い」
ジェイドはそう言ってヘルタヴォーグ待つ屋敷に向かっていた。
ヘルタヴォーグの屋敷でジルツァークは少し考え事と言ってタカドラの神殿に行ってしまった。
ジェイドは準備して貰っていた薬湯に浸かると身体は元気でも心や魂は疲れていたのだろう、あっという間にうたた寝をしてしまった。
そして夢を見た。
夢の中には優しい面持ちの男と女が立っていた。
2人はジェイドに気付くと近づいてくる。
「こんにちはジェイド」
「はじめましてジェイド」
「誰だ?」
「僕は君がイロドリと呼んだ女神の父親だよ」
「私はお母さんよ」
目の前の2人はイロドリの両親と言う。
だがどちらの髪色も赤ではないのでわからなかった。
「そうでしたか。
はじめまして。
今回はイロドリのお陰で助かりました。
ありがとうございました」
ジェイドが深々とお辞儀をする。
風呂場で眠ったので裸かと思ったがお辞儀ついでに身体を見ると服は着ていた。
「いや、こちらこそ娘がすまなかったね」
男神の方が謝る。
だがどうしてここに居るのがイロドリではなく両親なんだろうか?
ジェイドはそのまま聞く。
「あの、イロドリは?」
「あの子はもう少し来られないの。ごめんなさいね。
今は神の世界を騒がせた罪とかで皆に監視されて「はんせい」「がまん」「ごめんなさい。もうしません。つぎからはみんなにそうだんします」って言葉を泣きながら千回書いているのよ」
そう言ってイロドリの母が笑う。
そんなに大変な事をイロドリがしてしまったのかと思いジェイドは慌てる。
「いや、だけどイロドリは俺達を助けてくれたんです。怒らないであげてください!」
「ありがとうジェイド。だがあの子も神の子供として覚えなければならない事、知らなければならない事、我慢しなければならない事があるんだよ。だからこれは仕方のない事だ」
「ジェイド、あなたも亜人殺しの責任を取ろうとしたわよね?行動には責任が伴うのよ。それが生き死にに関わる事なら尚更ね。あの子はまだ6歳だけどそれを知らなきゃダメなの。
現に力がある。
我慢できずにそれをしてしまったの」
イロドリの両親が厳しい目でイロドリの話をする。
責任と言われてしまえばそれまでだがジェイドにはその意味がよく分からない。
とにかくイロドリは悪い事をしていない。
「いえ!イロドリは何も悪い事はしていません!亜人共の命を奪ったのは俺です!イロドリは皆から言われた事を守る為にキチンと手出しを我慢してくれました!
6歳なんてまだ子供です。あまり辛い責めは勘弁してあげてください!」
ジェイドは必死になって願い出る。
「もう。仕方のない子」
そう言ってイロドリの母が嬉しそうにも困った風にも見える顔でジェイドを見る。
「え?」
「これではあの子が我慢できるわけも無いね」
「本当、他の神々がバレないように手助けしちゃう気持ちもわかるわ」
イロドリの両親がやれやれと言いながら話しだす。
「あの?」
ジェイドは何がなんだかわからない。
「ジェイド、あなたが死のうとした時の事を見せはしないけど伝えてあげる。うろ覚えだと思うから思い出すかしら?
ジルツァークはあなたを死なせない為に声を上げてタカドラや私達にジェイドの加護を外さないように言った。
それは今までのジルツァークからは考えられない事」
「だからジルツァークに気づかれないようにタカドラに命じて最低限の所まで加護を外した。大怪我はするが死なない状態だよ」
「それに気付かなかったジルツァークは直前まで敵対をしていたあなたに即座に加護を与えて溶ける石などからジェイドを守った」
それはなんとなく覚えているし目を覚ました時にジルツァークから聞いた。
「知っています」
「うん。ジルツァークが説明をしていたね」
「ジェイド、あなたの潔さや尊さ、生き様は神を魅了したのよ。だからジルツァークも自身を曲げてまであなたを助けた。それはあの子も一緒」
「まだジルツァークはいいんだ。
貰い物とはいえエクサイトの神だからね。
生き死にに関与していても自分の世界だからね」
「でもあの子はダメ。
あの子はエクサイトの神でもないのに生き死にに関わった。
そして祝福された力を使ってしまった」
「あの子を祝福してくれた女神のように泣きじゃくり取りこぼしたくないと叫んで力を使ったのよ」
そう言って少し悲しげな顔をするイロドリの両親。
イロドリは何をしてしまったと言うのだろうか?
イロドリの両親がイロドリはエクサイトの神でもないのに生き死にに関わったとして悲しげな顔をした。
だがジェイドには思い当たる節がない。
イロドリはずっと誰かの夢に入る事しかしていない。
「え?あの…?イロドリの事を言っていますよね?
イロドリはこの世界の誰も殺したりしていません!」
「殺してはいないね。殺したら僕はあの子を許さなかった」
男神の顔はとても怖いものだった。
「あの、じゃあなんで怒られているんですか?
せめて俺に何かできませんか?
千回字を書く手伝いとかさせてください!」
「気持ちだけあの子に伝えてあげる。
そもそも本来なら私達は現れる予定じゃなかったの。
あの子の罰が終わるまで…あの子がエクサイトに来ない間にジェイドが死んじゃうと泣きじゃくるし初めてここまで怒った私達が居るとあの子が怖がってしまうから代わりにジェイドに会ってこいと他の神々に言われたのよ」
イロドリの母が呆れながら言う。
「…」
「ジェイド、君は死ぬつもりだったよね。
こうして皆に話を合わせて体を癒したりして周囲を油断させてから「もう平和だから加護を解いてくれ」と言ってその後で命を絶つ事も考えられるし、そもそも君の加護、不死の力は生きる希望や執着に直結したものだ。それを手放して死ぬつもりだったよね」
「あの子は聡い子、そして幼い子。だからまだ関わった人間の死が受け入れられないの。
そしてジェイドの死を予期できた。容易に想像できた」
「いちいち好意を寄せた人間の生き死にに関わってはいけない。神々の中には自分の世界で好き放題命を助ける神もいる」
「私達はその神を否定出来ないけどそれを娘のあの子がやるのは嫌なの」
「ジェイド、君も少しはわかるんじゃないかい?
亜人を無差別に殺す事に疑問を持ったよね」
「はい。全ての亜人が人間に悪意と敵意を持っていればそれも良かった。
でも亜人の感情はジルの命令だから疑問を持ちました」
ジェイドは自分の中にあった気持ちを伝える。
そうする事でなにかイロドリの為になればと思っている。
「ジェイド、一つだけ許してくれないかしら?」
「何をですか?それをしたらイロドリは許されますか?」
ジェイドはせめてイロドリの罪が軽くなるようにしたかった。
あの女神が6歳と言う事も、エクサイトを救った罪で罰せられている事も驚いたし何とかしたかった。
「そうだね。死を選ぼうとする君の意思をねじ曲げさせてしまう。それを受け入れてくれるなら少しはあの子の罪も許されるかな」
「わかりました。だからイロドリを許してあげてください」
ジェイドは何とかイロドリの罪を軽くすることを優先した。
「ジェイド、明日死ぬのを明後日に変えたからなんて言う屁理屈は通用しないわよ。
キチンと寿命に従ってもらう。わざと魔物に向かって行ったり危険なところに自ら赴く事も認めない。身体を癒してキチンと人として長生きをする。それを守れる?」
…神相手に下手な小細工は通用しない。
ジェイドは覚悟を決める。
「イロドリが許されるのなら。亜人を殺してきた俺の罪が長生きという罰で精算されるなら俺はイロドリを救いたい」
「…もう仕方のない子…」
「そしてまだ条件はある。この世界の神であるタカドラとジルツァークに何かを言うのは構わない。だが外の神には願ってはダメだよ。
仮にセレストやミリオンがタカドラやジルツァークには治療不可能な病にかかったとしても黙って見送る事しか出来ない」
「何を言っているんですか?」
「あの子にもそれは徹底させる」
「それでも受け入れる?」
「はい。俺は生きます。エクサイトを助けてくれた女神イロドリの為に生きます。そして人として分不相応の願いはしません」
ジェイドには何の問題も無かった。
「…そうね。あなたはこの4年間、1度も誰かの蘇生を願わなかった。神の奇跡を願わなかった。復讐の機会を虎視眈々と狙っていた」
「ジェイド、奇跡を目の当たりにしても奇跡に囚われないでくれ。溺れないでくれ」
そう言ってイロドリの両親は消えて行った。
起きたジェイドは浴槽の色が汚水みたいになっていて長い時間眠ってしまった事に気がついていた。
「ジル、夢でイロドリの両親が現れた」
夕食後、ジェイドの部屋でフワフワと浮かぶジルツァークに声をかけた。
「あー…うん。あの2人は本当に恐ろしい神なんだよ。私やタカドラに気づかれずに来れるから本物だと思うよ」
「そうか…、イロドリが罰を受けていると聞いた」
ジェイドが困った顔でジルツァークに言う。
「うん。広場で泣きながら延々と反省の言葉を書かされていたね」
困り顔のジルツァークがジェイドに答える。
「見てきたのか?」
「うん。生まれ変わりが可能か知りたくてね。
この世界は基本的な機能は全部持たせてあるらしいから死者の世界がキチンと用意されていて後は順次生まれてくるんだって。
新規で生まれる子と死者の世界から生まれ変わる子が居るって。だからいつか巡り合えるよ」
ジェイドが知りたがっていた生まれ変わりについて聞く為にジルツァークが天界に行ってくれていた。
「そうか。それを聞きに行ってくれたんだな。ありがとうジル」
「ううん。ジェイドは薬湯に浸かる前と何か違うよね?」
今度はジルツァークがジェイドに質問をする。
「ああ…俺が死なずに天寿をまっとうすればイロドリの罪が軽くなると言われたんだ。
後はジルとタカドラ以外の神に奇跡を頼らないように言われた」
「ふーん。他の神の部分はわかんないけどジェイドが死のうとしていたのは何となくわかっていたよ。だからこそ心配で天界に行ったんだよ」
「そうか。済まないな」
「いいよ」
「所でイロドリが天界を騒がせたと両親が言っていたが何のことだかわかるか?」
「私とやり合った事はまあ不問レベルの軽い罪だけど、メガネと因縁があるからってエクサイトを覗いて自分1人の力で解決が不可能だからって色んな神々に助けて貰って、それで最後はねぇ…」
ジルツァークがニヤニヤと思い出し笑いをする。
「何?イロドリは何をしたんだ?」
「私にひどい事を言った後で無責任な事を言ったメガネを許せないって怒って痛め付けてタカドラに頭をかじらせたのよ。アハハハハ!あの時のメガネってば面白かったわ。
タカドラの口から「こりっ」って音がしてから悲鳴が聞こえたんだから。
まあそれくらいじゃ神は死なないから平気よ」
ジルツァークの笑い声が部屋に響く。
「痛め付けてってイロドリは6歳だろう?そんな神々を痛めつけるなんて出来るのか?」
「あの子は有名な祝福された神だからね。
私は関わりたくなくて知らないフリをしてきたけど名前とかは知っていたわよ。
物凄い力を分け与えられた神。
神の子供って言っても6歳なんてまだまだ子供で世界に介入も出来ないし、ましてや夢に入ってアレコレするなんて無理よ。
それが祝福した女神に似て爆破が得意でそれでいて子供だから容赦なくメガネを痛め付けたのよ」
「なるほど。恐ろしいな。そう言えば全て終わったら会う事になっていたのだが」
「いいわよ。別にあの子が来るくらいなら。でも他の奴らは連れて来ないでと言ってよね」
ジルツァークが呆れながら言う。
もう来ることを拒否は出来ないようだ。
「それはタカドラに伝えてもらおう」
「まあそれでもそれくらいであんなに怒られるのもねぇ」
「よくわからないんだ。何でも生き死にに関わったと言う事で両親に怒られていた。
だがイロドリは指示のみで亜人は殺していない」
「なにそれ?」
「そう言えば殺してはいないと言っていた。益々わからない」
「生き死に、殺してはいない…?……!!?まさかあの子!」
「ジル?」
「ジェイドは寝なさい。私はタカドラと話したりしてくるから!」
そう言うとジルツァークは出かけてしまう。
ジェイドは大人しく眠ったが夢には誰も出て来なかった。
薬湯は無理でも薬膳ならと1週間分の薬膳用の薬草と着替えを持たされたジェイドはエルフの街を後にしてレドアを目指していた。
元々穴のあった場所を通り聖女の監視塔に寄る。
監視塔はフランがジルツァークから連絡を貰っていて皆が晴々としていた。
カドから感謝を伝えられて一泊する事になってから気づいたがアプリを含めた聖女の母達は村の男共を皆ぞんざいに扱って「寄るな!無差別に迫りやがって」と言っていた。
カドにそれとなく聞いたら近年は聖女を生むことよりも情欲を優先した男が多かったらしく嫌悪の対象だったらしい。
簡単に言ってしまえば世界の為に誰かれ構わずと聖女を授かるまで子作りをするはずが好みの女性とばかりしたり、1人の女性を奪い合ってまったく仕事の無かった女性が居たりしたそうだ。
なんだかそう言われてみると男どものセレストを睨む目が怖かった。
村の真ん中の小屋は今後取り壊されるらしい。
だがきっと帰りにジェイド達が寄る事を考えて残しておいたらしい。
そんな小屋にはデカデカと「セレストハウス」と書かれて居て女連中がセレストをひたすら待っていた。
ほんの少し顔の緩んだセレストを見たミリオンが「楽しそうねセレスト」と言ったら青ざめたセレストが必死に弁解していた。
セレスト曰く「まだ宣言も出来ないから困る」と言って困り果てていた。
カドとの会話が終わった所でフランが駆け寄ってくる。
聖女の服ではなく普段着のフランは初めて見た。
「ジェイド!お帰りなさい!」
「ただいま」
フランがニコニコとジェイドを見て笑っている。
ジェイドはフランを助けられて良かったと思う。
「ジェイド、イロドリ様があれから来ないんだけど何でかな?もう来られないのかな?」
フランが心配そうに言うので、今は天界でエクサイトを助けた罪で罰を受けているとジェイドが教えたら監視塔に登って祈りを捧げていた。
ジェイドは命を削らないように注意をしたら「大丈夫」とだけ言われたがフランの身体が薄っすらと光っていて心配してしまう。
そのまま塔の中でフランと話をした。
「ジェイドはこの後どうするの?」
「レドアに家族の遺品を残してあるから取りに行く。その後はわからないがイロドリの罰が軽くなるためにも俺は生きる事にした」
「え?ジェイド死ぬつもりだったの?」
「あ…、ああ…」
ジェイドはしまったと思っていた。
「死ぬなんてダメだよ!何で!?」
「もう、何もないと思っていたんだ。俺には亜人への復讐しかなかったからな。家族ももういない。グリアは良かれと思って海に沈めた。だからもう行き場なんか無いしな。レドアもブルアも俺を受け入れてくれるとは思うが俺が居ては邪魔になる」
ジェイドは窓の外を眺めながらそう呟いた。
「だからってダメだよ!お姉ちゃんは生きたかったんだよ!そのお姉ちゃんの戦友がそんなでどうするの?ジェイドは行くとこないならここに住みなよ!皆歓迎するよ!アプリお姉ちゃんのお婿さんになってもいいんだよ!…………なんだったら…私だって…」
最後の言葉は小さくてジェイドにはよく聞こえなかった。
「フラン?」
「アプリお姉ちゃんには子供がいるからやだ?ダメ?」
フランが心配そうに顔を見て聞いてくる。
「いや、アプリに不満はないさ」
「なら!」
「だが俺がダメなんだ。情欲のようなものも無い。俺は壊れている。カナリーが治してくれて徐々に治りつつあるとエルムも言ってくれたがよくわからないんだ」
ジェイドが自嘲する。
「エルム?死んだ妹さん?」
「ああ、エルムには2度ほど夢の中で会えた」
ジェイドはそう言うと胸からお守りを出す。
「何これ?」
「グリアで女達が男の為に作るお守りだ。
グリアで昔メイド長をしてくれたばあやが旅の無事を祈って作ってくれた。
明るい緑が妹のエルム。
こっちの黄色がカナリーだと言って作ってくれた。
このお守りには強い思いが篭っているらしい。
それを使ってエルムとカナリーが会いにきてくれたよ」
そう言うとお守りを胸にしまう。
「そこで治ってきたって言われたの?」
「ああ、何がなんでも亜人を殺すのではなく仕方なく殺す風に悩んだのは壊れた心が治ってきた証らしいがよくわからないんだ」
「そっか。でもさ本当に行くとこないならウチにおいでよ。ジェイドなら大歓迎だよ」
「亜人を殺す事しか出来なかった俺がか?」
「うん。山道を塞ぐ大岩とかジェイドなら壊せるでしょ?」
「…確かに」
「ほら!斧を持てば木も切れるよね?」
「…そうだな」
「大きな荷物も持てるよね?」
「持てるな」
「引く手数多だよ!」
「では行き場がなくなったらよろしく頼む」
「了解だよ!」
フランがニコニコ笑って嬉しそうに飛び跳ねた。
明け方、大きな地震があった。
これは朝になってわかる事だが、地震は相当酷かったが不思議と建物は壊れず地割れなんかも無かった。
フランは地震に怯えてジェイドの布団に潜り込んできて眠る。
「安心しろ。俺がいる」と言いながら頭を撫でると安心したのか穏やかな寝息を立てていた。
ジェイドは薬草の量が少ないからか悪臭を放たなくなった身体の匂いを嗅いでいた。
臭いとフランが倒れかねないからな。
そんな事を想いながらまだ眠るフランを置いて寝室を後にすると気怠げな顔をしたアプリが窓辺でお茶を飲んでいた。
ジェイドに気付いたアプリが「あら、おはようございます」と言う。
ジェイドも「おはようアプリ」と返す。
アプリは「お茶でいいですか?」と聞きながらジェイドにお茶を淹れる。
「ずっとフランがベッタリでこうして話すのはようやくですね」
「そうだな」
2人は窓の外を見ながらお茶を飲む。
「昨日の夕食は面白かったですね」
「そうか?」
夕食の時、ジェイドは薬膳が無理な日はと薬草ゼリーの作り方と薬草を貰っていたので台所を借りて作っている間に「思いついてしまったのだから仕方ない」と言ってセレストのサラダに薬草を混ぜてしまった。
当然サラダだと思って食べたセレストは「ぶーっ!?」と噴出してから苦みで地獄を見てしまい犯人のジェイドは怒られる。
「まったく!いつもいつもなぜ僕ばかり!」
「ミリオンにやれと言うのか?」
ジェイドが薬草ゼリーを食べながらセレストに聞く。
「…いや…それもダメだ」
「なら我慢してくれ」
ジェイドは「ハイ終了」と言う顔でゼリーを黙々と食べる。
「そうじゃないだろう!?」
そのやり取りを楽しんで見ていたフランがジェイドの薬草ゼリーを一口食べてみた。
フランは目を白黒させると「うわわわわ、あわわわわ…ダメだよジェイド!毒だよコレ!?」と家中駆け回って水を飲んで落ち着いていた。
「安心しろ、エルフの薬草で身体に悪いものではない。体の毒素を追い出してくれるありがたい草だぞ」
ジェイドはそう言うと薬草ゼリーを美味しそうに食べる。
「うわ、ジェイドって平気なの?」
「何がだ?味があって美味いぞ」
かつてエルフの街で話した会話を彷彿する。
「フランちゃん。ジェイドにその質問はダメよ」
「え?そうなの?」
そう言って笑いながらミリオンが経緯を話して楽しい夕飯が続いた。
「本当、楽しかった…」
「アプリ?」
アプリは何処かボーッとしながら窓の外を見る。
「ジェイドさん。私ね使命が無くなったら困ってしまったの。聞いてくれる?」
「ああ、言ってくれ」
アプリの顔を見ると聞かないわけにはいかない。
「もう私達は自由なのよ。外にも行けるし好きでもない相手を受け入れて子供を産む必要もない。でもね、そうしたら堪らず不安なの。
自由って何をしたらいいのかわからないわよね。
私の子供達も可愛くない訳ではないけど私の子達ってどうしてあげたらいいのかしら?」
「ふむ」
「それにね、私はセーフだったけど女達の中にはつい先日妊娠した子も居たのよ。どんな顔をして産めばいいのかしら?その子も泣いていたわ」
アプリが悲し気に別の方角を見る。
恐らく泣いた子の家がそちらにあるのだろう。
「ではアプリは平和が嫌なのか?」
「え?違いますよ。平和も嬉しい。フランが命を削る必要もない。私だってこれで恋が出来るかもしれない。でも不安なんです」
「そうか。そうだよな。もしかすると俺もそれなのかもしれないな」
「え?」
窓の外を見ていたアプリが驚いてジェイドの顔を見る。
「俺は…本当は死ぬつもりだったんだ。
家族もいない。復讐も遂げた。行き場もない。
いや、セレストやミリオンは俺を歓迎してくれた。
だがきっと俺が邪魔になる日が来ると思っていた。
だから亜人王を倒した時に死ぬつもりでいたんだ」
「そんな…」
「だが生きる事が俺の償いになると言われたから俺は生きねばならない。だが心の中のこの気持ちがよくわからなかったがアプリと話していて見えた気がする。俺は不安なのかもしれない」
ジェイドが胸に手を当てて考えるように言葉を口にする。
「ジェイドさん…」
「アプリ、不安な者同士今後も気持ちを吐露しあって何とか生きていこう」
ジェイドがアプリの顔を見て安心させようと言う。
「あら?それって告白ですか?」
「いや、違う。カナリーやフランにも言われたが俺にはそう言う気持ちが無いからな」
「あら残念。でもカナリーっていつの話をしているんですか?」
アプリが不思議そうな顔でジェイドを見る。そのジェイドは胸からお守りを出してアプリに説明をした。
「じゃあ、本当に死後の世界があってジェイドさんの所にカナリーが来たんですね」
「ああ、それが無ければ死のうと思っていた」
「ふふ、一つだけ甘えても許してもらえますか?」
「何だろうか?」
「もし、ジェイドさんに余裕が出来たら私の事も引っ張ってくれませんか?1人で子供を2人抱えて立ち上がるって辛いんです」
これこそ告白に見えないこともないのだがジェイドには通じなかった。
「そうだな。少しだけ考えてみる。
それに俺は行き場がなかったらここに来てもいいとフランが言ってくれた」
「あら、あの子ってば手が早い」
アプリはフランの寝床を見ながら嬉しそうに笑っていた。
「そういえばミリオンがまだ起きてこないな」
「ふふ、ここにはいませんよ。あっちです」
そう言ってセレストハウスを指差すアプリ。
「何!?」
「あら、そんなに慌てます?」
アプリがニヤニヤとジェイドを見る。
内心は情欲がないとか言いながらちゃんとあるじゃないと思っているのだがジェイドは違う。
「レドア王は思い込みの激しい人でこんな事がバレたら…」
「バレたら?」
「レドアがブルアを滅ぼすかもしれない」
「あらまぁ…。困りましたね」
そう言ってアプリが笑うと立ち上がって「ありがとうございます。気が晴れました。朝食を作りますね」と言って家事を始めた。
朝食の時になって目の下にクマを作ったセレストと同じくクマを作ったミリオンがセレストハウスから戻ってきた。
「お前達…」と言うジェイドに「何も無いぞ!」「本当よ!ただセレストが平和ボケで心配だったの!」と2人して必死に言うものでジェイドは何もいえなくなる。
朝食を食べていると真剣な顔をしたセレストからジェイドは相談をされた。
「ジェイド、この村の女性達を助けられないかな?」
「何?」
「聖女が不要になった事で目的を失ってしまった女性達の悩みを僕は一晩中聞いていたんだ」
「私もそれに参加したの。もう村の男性をパートナーとしては見れないと言うし…」
ジェイドはアプリを見るとアプリも頷く。
今村の女性たちの悩みはそれなのだ。
「ふむ。わかった」
ジェイドは何とかしようと言う。
「ジェイド?」
「とりあえず考えはある。まずはレドアに行ってからまとめたい。それでも良いか?」
「ああ。助かる!」
セレストが嬉しそうに喜ぶ。
本当に育ちが良いので女性たちの話を鵜呑みにして真剣に考えてしまっているのだ。
「ジェイド、そんな簡単に返事していいの?」
「大丈夫。俺も不安だから何かをしたいんだ」
心配そうなフランにジェイドはそう言って笑う。
身支度を整えたジェイドはレドアを目指す。
出発前の別れの時、フランが「そう言えばジルツァーク様は?」と聞いてきた。
「ジルは忙しいそうだ。俺も会っていない。事後処理でやる事が多くて当分顔が出せないと言っていた」
「そっか。じゃあまたね」
「ああ。またな。また来た時にはグリアまで行こう」
「うん。楽しみにしてる」
そんな会話の先でセレストはまた村の女達に泣き付かれて男共に睨まれていた。
「セレスト様!不安でたまりません!」
「セレスト様!私達も連れて行ってください!」
「セレスト様!どうかこの子の父に!」
そんな事を言われているのを遠目で見るミリオンはとても怖い顔をしている。
聖女の監視塔を抜けて1日歩いて防人の街の跡地まで来た。
「じゃあセレストはブルアを目指すだろ?ここまでだな。お前が居てくれて助かったよ」
ジェイドは右手を出して握手を求める。
「セレスト、本当にありがとう。また会いましょう。これからは国ごとがいがみ合う事なく私達が勇者として国の垣根を越えて人間界を幸せに導きましょう」
ミリオンも握手を求めて手を出す。
「………僕もレドアに行ってはダメかな?」
「何?」
「え?」
突然セレストがブルアではなくレドアに行くと言う。
「ミリオン、レドアに着いたらレドア王に僕の本気を伝えてもいいかい?
それで許されたらブルアまで来てくれないかな?改めて父達に紹介したいんだ」
これは告白と言う奴だった。
「…本気?」
ミリオンが嬉しさを隠しながらセレストの顔を見ながら聞く。
「僕は本気だ!」
「殴られるかも」
そう言いながらミリオンは父親の顔を思い浮かべる。
「僕は剣の勇者だ、それくらい何でもない」
「メルトボルケーノは?」
今や放てる魔法は限られていて大魔法は無理だが何となく言ってみたかったのだ。
「撃てるのかい?」
「ふふ」
驚いた顔のセレストを見てミリオンは笑ってしまう。
「なんだ、「僕は剣の勇者だ、それくらい何でもない」と言わないのか?」
「ジェイド?無茶を言うな!」
「ミリオン、話し込んでもラチが開かない。レドアに行ってからブルアに行こう。俺もブルア王にも挨拶がしたい」
「そうね、じゃあセレストも行きましょう」
そう言ってまた3人で歩き始めた。
レドア王の歓迎ぶりは滅茶苦茶凄かった。
ジェイドの部屋は誕生日会のように装飾されていて「お帰りなさいジェイドくん!」とたれ幕までされていた。
城に呼ばれたばあやとポゥは無事に帰ったジェイドを見ると涙を流して喜んでくれた。
「ばあや。ばあやのお守りのおかげで助かったんだよ」
ジェイドが胸からカナリーとエルムとしたお守りを見せて感謝を告げる。
「そんな、でも本当なら嬉しいです!」
「ばあやが想いを込めてくれたお守り、本当に緑色からはエルムが、黄色からはカナリーが会いに来てくれたんだ。
ジェイドの言っている事が全部理解できるわけではないが感謝を告げてくれて無事にジェイドが帰ってきた事が嬉しいので水をさすようなことは言わない。
「そうなんですか?良かったです!」
そう言った後でミリオンの母も来た。
城にくるのは余程の事で皆が驚く中ミリオンの母は相変わらずだった。
「んまぁ!ミリオンちゃんはいつも可愛い!セレストくんはハンサムさん!ジェイドくんってばよりワイルドさんになって!」
そう言って笑顔で来たミリオン母の前でセレストが「王と王妃にお話したい事があります!」と言う。
真っ赤な顔のセレストを見れば何を言うかは大体察しもつくだろう。
レドア王の「ブルア野郎…まさか…」と言う声と王妃の「まあまあ!まさか!!」と言う声が印象的だった。
席を外そうとするジェイドはセレストから居てくれと頼まれて引き下がれずに同席をするとセレストとミリオンの交際の仲立ち人としてレドア王と王妃を安心させるための役割にされていた。
「確かにジェイド君は信頼できる男だが…」
「まぁ素敵!私は歓迎よ!」
ジェイドの名前を出されてレドア王も王妃も納得をする。
「セレスト…お前」
だが当のジェイドは巻き込まれた事に不満げな声を出す。
「悪戯をしてくるくらいの仲だろ?よろしく頼むよジェイド」
「そうね。ジェイドなら皆安心するわね」
結局レドア王は周りの声に逆らいきれずに「仕方ない。交際は認める」と言った。
では「メルトボルケーノは撃ちますか?」とジェイドが聞くと「ブルア野郎で試すか?」と笑うレドア王。
その後ろでミリオンが「エンドレスフリーズで凍らせるわよ」と言う。
「そういえばエンドレスフリーズは使わなかったな」
「使いどころが難しいでしょ?私の魔法の尽きるまで放出されて当分溶けない氷なんて何に使えばいいかわからないもの。
それこそメルトボルケーノにぶつけるくらいしか思いつかないわ」
ジェイド達はレドアに2日滞在をしてからブルアを目指すことにした。
今回はグリア側や防人の街から回るのではなく山を突っ切ってまっすぐブルアを目指すルートがあると言うのでそれを使うことにした。
山道はそこそこ過酷で、途中亜人から逃げて山賊になった連中が居たので軽く倒してから亜人は倒した事を伝えて「真っ当に生きろ」と言うと平和を喜んだり、山賊に堕ちた事等で泣き崩れていた。
「ふむ」
ジェイドは顎に手を当てて何か考えるように言う。
「ジェイド?」
「これからのエクサイトの方が大変だとエルム達から言われていたが本当だな。
亜人を殺す事だけを考えている方が楽だった」
「頑張れよ橋渡し」
「…それも言われた。だが今回の件ではセレストとミリオンは助けてくれないのか?」
ジェイドは困った顔でセレスト達と山賊たち、そして遠くを見て呟く。
「……」
「……驚いた。ジェイドに頼られたわ」
言葉に困ったセレストと目を丸くしたミリオン。
「何?俺はいつも頼っていたぞ?」
「はぁ?何処がだよ?勝手にあれこれ決めていただろ?」
「そうよ!」
セレストとミリオンがムキになって否定をする。
「いや、可能な範囲で全部任せていた」
「あれでか?嘘だろ?」
「…ばあやさんもそこら辺はわからないだろうし、誰かジェイドを支える人が必要って事ね」
そう、ジェイドは一見仕切り倒して居た風に見えた。
そしてセレスト達もジェイドが結果を出してきた事で何も言わないように従っていたがジェイドは自分で出来ない部分をセレスト達に任せていた。
だが今の今までジェイドは仕切り倒すタイプだと思っていた2人は驚きと不満、そしてこの先の事を考えてジェイドを支える人が必要だと痛感した。
レドアを発ったジェイド達は1週間でブルアまで行けた。
ブルア王は3人が無事に帰還した事を心から喜んでくれた。
そしてセレストは城の地下にジルツァークが勝手に作っていた地下室への入り口を見つけてその中で祖父の手記とワイトの手記や魔法に剣技を記したものを見つける事が出来た。
地下室は亜人城の地下と同じで明るい石で出来ていた。
「ジルも本当不器用だな。処分せずに全部残してあったのか…」
ジェイドが魔法や剣技を記したものを見ながら言う。
「あったよジェイド」
セレストがワイトの手記の中で「亜人界でものすごく嫌な思いをした事をたまに思い出す。戦う力を持たないものを斬り付けた感触が手に残る」「殺したくないのに殺した?どうやった?」「そもそも記憶が曖昧だ。これはモビトゥーイの仕業でいいのか?」「何故ジルツァークは助けてくれなかったんだ?」と書いてあった部分を見つけていた。
そしてセレストの祖父の記述には「ワイトの手記を見ていてジルツァーク様に人を支配する能力がある気がする」「そう考えるとジルツァーク様には不審な点がある」「何かと亜人界に詳しい点、過去のワイトに関する事、三国が不信感にみまわれた経緯。何かと不都合な点をモビトゥーイのせいにしている気がする。そしてワイトによってモビトゥーイの記述が無いのもおかしい」「もし仮にジルツァーク様が黒幕と考えると話が完成してしまう」「ジルツァーク様にグリアに行ってみたいと言うと止められた。理由は曖昧で亜人が動き出したら困ると言っていたが先制攻撃は許されるはずだ。まさか時間稼ぎ?」と書かれていた。
セレストはリアンと王妃には知らせずにブルア王のみに真相を伝えた。
「ジルツァーク様が黒幕で今は改心されたか…。確かに言えないな。この手記は私が貰おう。父の遺品だからな」
そしてセレストはブルア王と王妃にミリオンとの交際を伝えた。
2人はめでたいと喜んでくれていた。
その横で聞いていたリアンがジェイドの前に来ると「ジェイド様、ジェイド様はどうされるんですか?」と聞いてきた。
「どう?この後の事かな?」
「はい」
「少し考えているよ。
戦中より戦後の方が大変だ。
エルムとカナリーに言われた通りで色々悩んでいる」
ジェイドは聖女の監視塔でのアプリとの会話、山賊の涙を思い出していた。
「エルムさん?カナリーさんとは?」
「そこからだったな」
ジェイドは自身の傷が夜も消えた事、それをしてくれた聖女のカナリーの話、聖棍に使ったかつての聖剣に残っていた復讐者のエルム。
そしてばあやがくれたお守りを通じて現れた2人の話をした。
「そんな事があったんですね」
「ああ。聖女の監視塔の女性達も目的を失っていたしレドアからブルアを目指す中でも行き場を失った山賊が居た。俺はそれをどうにかしなくてはなと思っている」
「まだまだジェイド様は忙しいですね」
「ああ」
「後はこの後と言うのはその…、あの…」
「ん?」
「…住む所の話です。良ければ改装中ですが完成したら私の離れなんてどうですか?部屋数だけはありますよ?」
「ありがとう。まだよくわからないけど嬉しいよ。
レドア王も城の一室を俺の部屋にしてくれていて聖女の監視塔でも行き場がなかったら来いとフラン達も言ってくれている。だが正直その後も考えるとな…」
「考えると?」
「俺は壊れているから、何処かに住み着くのが怖いのかも知れない。復讐しかない人間が皆と居ていいのか悩む」
ジェイドはフランやアプリ達と話していてもやはり自分の悩みはそこに行きつくのだった。
「もう!またですか!?」
「なに!?」
リアンが呆れながら声を張る。
「ジェイド様はご自身に厳しすぎます!周りのことまで考えられるのは王としての自覚と覚悟があるからですが、余計なお世話でもあります!少なくとも私はそんな事でジェイド様を嫌いになりません!それくらい任せて支えさせれば良いんです!」
「リアン?そうなのか?」
「そうです!いちいち復讐が終わったからと言わなくても大体の人は理解しています!
こちらが心の隙間に気付けば埋めて差し上げます!」
「そうか…、ありがとう」
リアンの圧はあの夜と何も変わらない。年下なのにこうして引っ張ってくれるのは頼もしくありがたい。
「まったく。当分はウチとレドアと聖女の監視塔を行き来しながら世界を見て戦後処理に頭を悩めれば良いと思います。後は余裕があったら私にも世界を見させてくださいね」
「リアンは外に出たいのか?」
そんな事を考えているとは思わなかったジェイドは驚く。
「それはそうです」
「リアンは野宿とか出来るのか?」
テントの前で火を眺め、夜はテントで眠るリアンと言うのがジェイドには想像できなかった。
「バカにしないでください。その為に離れに住んで身の回りの事を自分でしているんですよ!」
「そうだったのか。済まなかった」
そんな話をした後は皆で晩餐を楽しんだ。
何となく席わけでジェイドの横にはリアンが来た。
リアンはジェイドを楽しませようと甲斐甲斐しく世話をしてくれて申し訳ない気持ちになった。
その晩、ジェイドは夢を見た。
次回は「グリアへ戻る復讐者。」になります。
11/16の夜に更新します。よろしくお願いいたします。
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