「……では5ハロン、左周りで良いでしょう」
「こ、これはつまり、チーム戦ということですか?」
「そうなりますね」
真帆の問いに海が頷く。
「教官の許可は下りたのですか?」
「『面白そうだから良いね~』とのことです」
「そ、そうですか……」
「お互いのペアの内、誰かが先着した方が勝ちです」
「負けたらどうしますか?」
炎仁が急に海に対して語り掛ける。
「……勝ち負けに関しては今後の各々の反省に生かしてもらえばそれでいいかと」
「それでは緊張感に欠けますね」
「緊張感?」
「ええ、こっちのチームが負けたら俺が退学というのはどうでしょう?」
「⁉」
「ええっ⁉」
「なっ⁉」
炎仁の突拍子もない言葉に他の三人は唖然となる。
「……何故そこまでやる必要が?」
「き、君、朝日さんとの勝負でもそう言っていただろう?」
「プレッシャーで自らを追い込む手法ですか? あまり感心はしませんね」
「前も言いましたが、ここで負けているようじゃお話しにならないからです」
「随分と舐められたものですね……」
「い、いえ、お二人の実力は高いと思っていますよ。だからこそです」
「……勝負を持ちかけた側とはいえ、私たちに付き合う義理はありますか?」
「無いですね」
「しかし、負けて何もないということはないでしょう……」
「で、では三日月さんはクラス長としてもっとクラスメイトとの距離を縮め、互いの親睦を深めること!」
「⁉ それはなかなか大変ですね……」
炎仁の提案に海が渋い表情になる。レオンが恐る恐る問いかける。
「あ、あの、僕は……?」
「え、あ、レオンか、忘れてた……」
「今、忘れてたって小声で言ったよね⁉」
「一週間、男子トイレの掃除とかで良いんじゃないか」
「そ、それも地味に嫌だね……悪いが負けられないよ」
「じゃ、じゃあ、私も負けたら退学するわ!」
「なっ⁉」
「ええっ⁉」
真帆の言葉に炎仁とレオンが驚く。
「ま、真帆はそこまでしなくて良いんじゃないか?」
「面白い! 負けた場合の罰は揃いましたね」
急に大声を出す海に、三人は驚く。
「み、三日月さん、ちょっと待ってくれないか?」
「訓練の時間は限られています。5分後に出走ということで……じゃんけん、」
「ぽん!」
急なじゃんけんだが炎仁が勝つ。海が笑みを浮かべる。
「最内の一番、そして三番は貴方方で良いです。私たちはその間に並ぶ二番と大外の四番スタートです」
「あ、あの……」
「それでは各々で作戦会議です。はい、こちらの作戦を盗み聞きしないで下さい」
海は炎仁を真帆の方へと追いやる。海はレオンの方に向き直る。
「紺碧ちゃんが辞めちゃうなんて大変だよ!」
「ふふっ……」
「なにが可笑しいんだい⁉」
「金糸雀君、貴方、その口ぶりなら勝つ自信はあるということですね」
「え、そ、そりゃあ、レースに一日の長があるのは僕らだし」
「冷静な分析が出来ているようで結構です。貴方は多少距離のロスがありますが、大外の四番からスタートして下さい」
「そ、外かい?」
「二番なら出足を左右の一番三番に封じられてしまう恐れがありますから。快速を飛ばしてハナを切って下さい」
「な、なるほど……」
「さて……向こうはどんな作戦で来るのやら」
海が視線を炎仁たちに向ける。
「ええっ⁉」
「向こうの方が経験値は上だ。勝つなら虚を突くしかない」
「う、うん……でも、そう上手くいくかしら?」
「やるしかないさ」
「……そろそろ準備は良いですか?」
海が声をかける。炎仁が頷く。
「はい」
「では各自スタート位置に……教官、スタートをお願いします」
「はいよ……」
「へへっ、なんだか面白いことをやっているじゃねえか」
青空が呟く。他の三人も訓練を一旦止めて、レースを見守る。
「よーい、スタート!」
仏坂の掛け声でスタートが切られる。四頭が揃って良いスタートを切るが、中でもジョーヌエクレールが好スタートを見せる。
「やはりスタートは抜群ですわね」
飛鳥が感心した様子を見せる。
「このまま逃げさせたらマズいんじゃねえか?」
「当然、その対策は考えていると思うけど……」
嵐一の言葉に翔が反応する。
「む!」
二番手につこうとしたミカヅキルナマリアの前にグレンノイグニースが入る。
「イグニースが二番手かよ!」
「紺碧さんが先に行くかと思いましたが……三日月さんとしては二重の意味で意外な展開でしょうね」
青空が驚く横で飛鳥が笑みを浮かべる。
「くっ!」
「よしっ!」
海が悔しそうな声を上げるのを聞き、炎仁は心の中で小さくガッツポーズを取る。
「炎仁が前に⁉ ここは引き離す!」
レオンがペースを早める。
「エクレールがペースを上げたぞ!」
「さて……どうするかな?」
嵐一の隣で翔が腕を組む。
「そうくるなら……こうする!」
「なっ⁉」
炎仁がグレンノイグニースのペースを更に上げて、ジョーヌエクレールに一気に並びかけようとする。
(レオン……悪いが、お前の弱点を突かせてもらう!)
「くっ!」
「⁉」
競り合いを嫌ったレオンが、ジョーヌエクレールのペースを落とし、竜体を後方に下げる。その後ろにつけていたミカヅキルナマリアにとっては前方のスペースが急に無くなってしまった格好になる。海は驚く。グレンノイグニースが先頭に出る。
「いけるか⁉」
(もう最終コーナー⁉ ただ、ジョーヌエクレールのハイペースに付き合ったグレンノイグニースには脚が残っていないはず! ここで外に持ち出せば……なっ⁉)
海が驚く。外側にコンペキノアクアがいたからである。
「……このまま!」
(くっ、前に来ないと思ったら、この展開を読んでいた⁉ 前も横も塞がれた!)
コンペキノアクアが一気に先頭に躍り出る。ミカヅキルナマリアも外に持ち出して、その後を追うが、抜け出しのタイミングが遅くなった為、差は縮めることが出来ない。コンペキノアクアが一着で入線する。
「やった!」
「良いぞ、真帆!」
炎仁が真帆に声をかける。
「炎ちゃんの作戦のお陰だよ!」
「も、申し訳ない……」
レオンが海に謝罪する。
「そういうこともあります。貴方のドラゴンの逃げ脚を防ぎにくるかと思いましたが、むしろ敢えて行かせるとは……勉強になりました」
「で、でも正直ホッとしているよ……」
「え?」
「だって下手したら紺碧ちゃんが退学していたかもしれないんだろ?」
「ふっ、そんなことですか……」
「そ、そんなことって!」
「今年度の注目株の紺碧さんを滅多な理由で辞めさせたりはしないでしょう」
海が教官の仏坂に視線を向ける。
「……お互いの足りない所を補い合うのが今回のペア訓練の主な狙いだったけど、思わぬ収穫があったね」
仏坂が笑いながら呟く。それから約一か月が経過し、騎手課程の受講生たちは皆東京レース場に集まっていた。
「このキーホルダー、一緒に買わねえか? お揃いでよ」
「? なんで、そんなことをする必要がある?」
「なんでって……そういうものなんだよ、記念だ。副クラス長同士でもあるし」
「分かった、じゃあ俺が買ってくるよ――しかし、副クラス長……慣れないな――」
「へへっ、それじゃあ頼むぜ」
自由時間で炎仁と青空はお土産屋で買い物を楽しんでいる。
「ぐぬぬ……」
物陰から楽しげな二人の様子を見て、真帆は唇を噛む。レオンが話しかける。
「あ、あの、紺碧ちゃん、僕らは僕らで自由時間を満喫しないかい?」
「ちょっと黙っていて下さい!」
「は、はい……」
「こ、こんなに買う必要があるのか?」
「レース場のお店は意外とくる機会がありませんから……あ、次はあちらに!」
「ま、まだ買うのかよ⁉」
両手一杯に飛鳥の荷物持ちをさせられている嵐一が辟易する。
「……あまり竜券予想の才は無いようですね」
「……僕はジョッキーになるのだから問題ない」
憮然とした様子で歩く翔の後を競竜新聞片手に海が追いかける。
「……さあ早くも先行竜を捕らえる形でアルマゲドンウィン、最後の直線コースに入っています! 横に大きく広がっている! レースを引っ張ったのはサンフェスタ先頭だが、外で赤い帽子アルマゲドンウィンが上がってくる! 最後の坂にかかっている! 内のほうでサンフェスタ頑張っているが、早くも、早くもアルマゲドンウィン先頭か! 内ラチ一杯でサンフェスタも頑張った! 残り200mを切りました! さあ~アルマゲドンウィン! 上がって来ているのはアルマゲドンウィン! サンフェスタを交わした! このスピード! そしてこの圧倒的強さ! ついに決めた13年ぶり! 無敗の2冠馬誕生! そして秋の京都レース場へ伝説は引き継がれます! レコードタイムで勝利! 物凄い強さを直線で見せ付けてくれました! まだその強さに場内が大きくどよめいています! 」
この日東京レース場で行われた『第98回ジパングダービー』は『アルマゲドンウィン』の圧勝で幕が閉じられた。騎手課程の受講生たちも大いに刺激を受けたようである。
「す、凄い……まさに『翔んだ』……」
「これは三冠竜間違いなしか……」
レオンと嵐一が感嘆する。
「すげえなあ! なんつーかその……すげえよ! すげえ!」
「興奮するのは分かりますが、もう少し語彙力を付けた方が良いですよ……」
青空に肩を乱暴に揺らされながら、海はズレた眼鏡を直す。
「わたくしもこの舞台で必ず主役になってみせますわ!」
「……僕が十連覇くらいする予定だから、それは夢物語かもね」
「んなっ⁉」
翔の言葉に飛鳥がムッとする。
「すごかったね、炎ちゃん……」
「ああ、ただ、俺も必ずイグニースとこのレースを走ってみせる! そして勝つ!」
真帆の語りかけに炎仁は力強く答える。
「さて……今日受けたこの刺激をどう活かすかね、Cクラスの諸君?」
炎仁たちのそれぞれの反応を横目で見ながら、仏坂が小声で呟く。
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