「なんでだ⁉ なんでこんなことに⁉」
レオンが目の前に広がる海に向かって叫ぶ。
「レオン、海で叫ぶなら『バカヤロー!』だろ?」
「いや、いつの時代だよ!」
炎仁の的外れな指摘にレオンは呆れる。
「何を騒いでいるんだよ?」
「この現状だよ!」
「現状?」
炎仁は首を傾げる。
「なんで女子がいないんだよ⁉」
「そりゃあ、自由時間が別々に割かれているから……」
「若者にとっての夏とはその年代だけの限られたもの! せっかくの綺麗な海! 何が悲しくて男だけで過ごさなければいけないんだよ!」
「……お前みたいな邪な考えの奴がいるから別々にしてんだろ……」
嵐一が心底呆れたような口調で呟く。
「何が邪だというんだい! 楽しく過ごすに越したことはないだろう! 親睦を深めることは良好な人間関係に繋がる! 極めて健全な考えだろう!」
「一理あるか……」
「一理も何理もねえよ、こいつの詭弁に惑わされるな」
レオンの真に迫った言葉に頷きそうになる炎仁を嵐一がたしなめる。
「ど、どこが詭弁を弄しているんだ⁉」
「……大体そんな珍妙な恰好をしている奴に女は近寄らねえよ」
嵐一はレオンを指差す。レオンは何故か真っ白な『フンドシ姿』である。
「珍妙とは心外だな! 伝統的なジャパニーズ・スイムスタイルだろう!」
レオンは両手を腰に当てて、腰を突き出す。
「お前の重んじる伝統とやらはどこかズレているんだよ……女の気を引きたくて必死なのが透けて見えるのもマイナスポイントだな」
「そ、そういう君はどうなんだ⁉」
「あ? 俺の恰好はごくごく自然だろう?」
嵐一はそう言ってポーズを取る。彼の水着は所謂『ブーメランパンツ』である。屈強かつ引き締まった褐色の肉体に薄緑色の水着がよく映える。レオンが指摘する。
「露出度が高すぎる!」
「お前なんかケツ丸出しじゃねえか」
「いや、それにしても布地の面積が小さ過ぎる!」
「面積が少ない方が動きやすくて良いんだよ」
「じゃあ、その股間の膨らみは一体なんだ⁉」
レオンは嵐一の股間辺りを指差す。股間がきれいに丸く盛り上がっている。
「こ、これはいわゆるボールカップを付けてんだよ」
「何のために⁉」
「そ、そりゃあ保護するためだよ、野球でキャッチャーもやっていたからな。その頃から愛用しているやつだよ」
「いいや、そのカップは股間のラインを綺麗にみせる為のカップだね! 競技用などでは断じてない! 僕は詳しいんだ!」
「なっ、何を言ってやがる……」
嵐一は分かりやすく動揺する。
「ほ~ら、図星だろう! 僕の目は誤魔化せないぞ!」
「と、とにかく落ち着け、レオン! かかりすぎだ!」
炎仁は興奮するレオンを抑え込む。
「離せ、炎仁! 僕は冷静だ! この『股間さりげなく強調マン』を糾弾せねば!」
「全然冷静じゃないぞ! 落ち着け! どう! どう!」
炎仁はなんとかレオンを落ち着かせようとする。
「……どうでも良いけど、静かにしてくれない~? 寝たいんだけど~」
砂浜のチェアに寝そべる翔が面倒臭そうに呟く。
「ご、ごめん! いや、なんで俺が謝るんだ? ……っていうか寝ちゃ駄目だよ!」
「え~?」
「教官から言われただろう? この自由時間は別に休憩時間ってわけじゃないんだから! トレーニングに活用しないと!」
「そ、そうだ、炎仁の言うとおりだぞ!」
嵐一が炎仁に同調する。
「もう~しょうがないな~」
翔が渋々と立ち上がる。彼は紫色をベースとしたカラーリングの『サーフパンツ』を履いている。着心地は随分と良さそうである。
「……炎仁、離してくれ」
「落ち着いたか?」
「ああ……」
レオンから炎仁が離れる。ちなみに炎仁の水着は赤茶色の『ハーフスパッツ』である。スポーティーでシンプルなデザインをしている。炎仁が皆に語りかける。
「じゃあ、どういうトレーニングをしようか?」
「泳ぐ~?」
「いや、あんまりそういう気分じゃないな……」
翔の提案をレオンがやんわりと却下する。
「じゃあ、走るか?」
「う~ん、そんな気分でも無いかな……」
炎仁の提案もレオンはやんわりと拒否する。嵐一が声を荒げる。
「どんな気分なんだよ、てめえは!」
「……相撲の気分かな」
「は? 相撲?」
「そう、裸と裸のぶつかり合い! それこそが強靭な肉体と精神の養成に繋がる!」
「わざわざ海まできてやることかよ……」
「むしろ海だからこそだよ!」
「意味が分からねえよ……なあ?」
「まあ、時間も限られているからそれでいいか……」
「土俵の線引いたよ~」
「なっ⁉」
何故か相撲の提案をすんなりと受け入れる炎仁と翔に嵐一は戸惑う。
「よし! それじゃあ、総当たりでリーグ戦だ! 初めの一番は炎仁と天ノ川君!」
「おしっ!」
「やろう~」
「見合って見合って……はっけよ~い、のこった!」
「ふん!」
「おっと!」
「のわっ⁉」
炎仁の突進を翔が身を翻して躱す。炎仁は前のめりになる。
「ひょいっと♪」
「ぐっ⁉」
翔に背中を押され、炎仁はあえなく倒れ込む。
「天ノ川関の勝ち!」
「天ノ川関って……」
「くっ、小兵相手に油断した……」
「じゃあ、炎仁、行司お願いするよ」
「あ、ああ、じゃあ、レオンと嵐一、土俵に上がってくれ」
「おおしっ!」
「なんで全員ノリノリなんだよ、お前ら……まあ、多少のトレーニングにはなるか」
「見合って見合って……はっけよい、のこった!」
「はっ!」
「⁉」
レオンが嵐一の顔面で拍手をする。ネコだましだ。嵐一の動きが一瞬止まる。
「かかったな!」
「なめんな!」
「どわっ⁉」
横に回り込んで嵐一の水着を掴もうとしたレオンだったが、すぐさま向き直った嵐一にあっけなく投げられてしまう。炎仁が叫ぶ。
「草薙剣関の勝ち!」
「なんだよ、そのしこ名は……まあ、恰好良いからいいか」
「くそ……天ノ川君、行司を頼む。次の一番は僕と炎仁だ」
砂にまみれたレオンは砂を払いながら立ち上がると、再び土俵に上がる。
「見合って見合って……はっけよ~い、のこった~!」
「それ!」
「うおっ⁉」
レオンが今度は奇策を用いず、炎仁にぶつかってきた為、炎仁は面食らった。
「おおおっ!」
(くっ、レオン! 華奢な体格に見えて、どうしてなかなか引き締まっている!)
(炎仁! 細身だが、案外がっしりとしているたくましい体だ!)
「それっ!」
「えいっ!」
「「⁉」」
炎仁とレオンが同じタイミングで転がる。やや考えて、翔が声を上げる。
「同体! よって引き分け~」
「くっ……」
「はい、行司お願い~」
翔が起き上がった炎仁に声をかける。
「あ、ああ……じゃあ天ノ川君と嵐一は土俵に上がってくれ」
「よ~し」
翔と嵐一が土俵に上がる。炎仁が掛け声をかける。
「見合って見合って……はっけよい、のこった!」
「それ!」
「なっ⁉」
嵐一が驚く。体格が一回りほど違う翔が果敢に組み合ってきたのである。
「……ふうっ」
「ひゃっ⁉」
嵐一が悲鳴を上げる。翔が嵐一の分厚い胸板に向かってふっと息を吹きかけてきた為である。嵐一は腰砕けの体勢になる。
「もらった~♪」
「させるか!」
「「⁉」」
翔はバランスを崩した嵐一の脚を取り、転ばそうとするが、嵐一が踏ん張って翔を投げ飛ばす。二人は同時に転ぶ。やや間があってから炎仁が声を上げる。
「ど、同体! よって引き分け!」
「い、意外な結果!」
レオンが驚く。炎仁が声をかける。
「次はレオンと天ノ川君だ、土俵に上がってくれ!」
「よしっ!」
「見合って見合って……はっけよい、のこった!」
「ほい!」
(! 天ノ川君、組み合ってきた! 僕より小柄だが、こうして組み合ってみると意外と男らしい体つきだな……組み合ってみなければ分からなかった……まさに『百聞は一見に如かず』! 後、良い匂いがするな……)
(金糸雀君、華奢に見えるけど……結構がっしりしている。お尻もいい筋肉だ……)
翔がレオンの尻を力強く握る。
「きゃんっ!」
「おっと⁉」
レオンが悲鳴を上げながら翔を倒す。炎仁が声を上げる。
「水木金糸雀関の勝ち!」
「いや、どんなしこ名だよ!」
「凄いパワーだったな」
「……お尻をムギュッと掴まれたから、驚いて変な声と力が出たよ……それじゃあ、最後の一番だね、炎仁と嵐一君、土俵に上がってくれ」
「よっし!」
「見合って見合って……はっけよ~い、のこった!」
「ふん!」
(嵐一! 凄いパワーだ! そして……なんてマッチョなんだ……いつもシャワールームなどで実はこっそり見惚れていたが……組み合ってみても惚れ惚れとする。『一粒で二度美味しい』とはこのことか! いや、違うか!)
(炎仁! サッカーをやってだけあって、下半身がしっかりとしていやがるな……特に太腿だ、かなりの良いもんを持っていやがる……!)
「うおおっ!」
「なっ⁉」
「ぐ、紅蓮華関の勝ち! ということは全員横並びだ! これは……」
「よしっ! レオン、時間の許す限り、相撲を続けよう!」
炎仁が叫ぶ。半裸の男たちのぶつかり合いはまだまだ続く。
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