「なにをそんなに驚く?」
環太郎が首を傾げる。
「い、いや、重賞挑戦ですか?」
「オープン競走も勝ったんだ、自然な流れだろうが」
環太郎が環の問いに答える。
「そ、それはそうですけど……」
環が顎に手を当てる。
「なにか気になることでもあんのか?」
「……鞍上は?」
「小僧で良いだろう」
「それは問題が……!」
「なんだよ?」
「新人ジョッキーには重賞での騎乗条件というものが……」
「それなら例外があんだろ」
「え?」
「え?じゃねえよ、競竜学校からコンビを組んでいるドラゴンとなら、一年目からでも、勝利数が足りなくても、重賞やGⅠに出れるって特別ルールだよ」
「ああ……」
環が思い出して頷く。
「分かっただろう?」
「ええ……」
「それじゃあ、グレンノイグニース号の次走は7月第三週の函館2歳ステークレースだ」
「はい……」
「小僧もそのつもりで準備しておけよ」
「は、はい……」
炎仁が戸惑い気味に頷く。
「なんだ、気合が足りねえなあ?」
「と、突然のことで驚いてしまって……」
「別に他の乗り役に替えても良いんだぞ?」
「い、いえ! それは……」
「じゃあ、ビッとしろ!」
「は、はい!」
「勝ちにいくぞ!」
「はい!」
「話は終わりだ、俺はもう上がるからよ……ご苦労さん」
環太郎が部屋を出ていく。炎仁と環が目を見合わせる。
「ど、どうしましょうか?」
「決まったのなら仕方がありません。急ではありますが、調教スケジュールを組み直します。紅蓮さんも函館遠征の準備をしておいてください」
「も、元々帯同させてもらうつもりでしたけど……」
「心構えとしての意味です。グレンノイグニースの騎手として」
「! わ、分かりました」
それから数週間後、函館の宿舎の一室で、黒駆厩舎が会議を行っていた。
「いよいよ、グレンノイグニース号にとって初の重賞となる函館2歳ステークレースが近づいてきました……」
「前置きはいい、話を始めろ」
環太郎の言葉を聞いて、環は一つ咳払いをする。
「おほん……6戦5勝という成績から見て、グレンノイグニースが一番人気に推されるということは確実です」
「へへっ、我が厩舎からは久々だな、重賞で一番人気っていうのも……」
環太郎が腕を組みながらどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「当然ですが、他竜からマークされることになります」
「マーク……」
炎仁が呟く。環太郎が出竜表を眺めながら告げる。
「複数頭出している陣営はいねえ、露骨なブロックはねえから安心しろ」
「は、はあ……」
「もっとも……重賞ともなると、一流どころのジョッキーたちが出てくる。奴らは阿吽の呼吸で封じ込めに来るかもしれねえな。そうなってくると、ペーペーのお前さんじゃあ、まず対処出来ねえな」
「はあ……」
炎仁が顎に手を当てる。
「先生、いたずらに不安を煽るようなことを言わないで下さい」
環が環太郎を注意する。
「俺はあくまでも可能性を伝えているまでだ。レースっていうのは、最後まで何が起こるかわからねえもんだからな」
「それはそうですが……」
「だが安心しろ」
「え?」
炎仁が環太郎に視線を向ける。
「グレンノイグニースが本領を発揮すれば、このレベルでもまず後れは取らねえ……」
「そ、そうですか?」
「ああ、俺の勘がそう告げている」
「か、勘ですか……」
「長年の経験からくるものだ、馬鹿には出来ねえぞ」
「はあ……」
環太郎の話に炎仁は困惑する。環がもう一度咳払いをする。
「おほん……レースは勘だけではどうにもなりませんので、コースと有力竜の確認をします。よろしいでしょうか?」
「は、はい、お願いします!」
「はい、まずコースですが、函館の芝1200m、スタート位置は向こう正面のポケットからで、そこから第3、第4コーナーまでの800mが上り坂、残りの400mが下りとなっています」
「はい」
「直線が短いため、先行有利です。本来ならば……」
「本来ならば?」
「函館レース場と札幌レース場は寒地に適した西洋芝を用いている……」
環太郎が口を開く。
「いわゆる洋芝ですね」
「そうだ、それにより開催時期が進むと、竜場は重くなる。そうなると……」
「そうなると?」
「函館開催の最終週に行われるこのレースは差しが決まりやすくなります。後方からでも十分勝負になるということです」
「そういうことだ」
「なるほど……」
「続いて注意すべき有力竜です。まずは『ホロウスター』、逃げ竜ですね。2戦2勝、2勝とも逃げを決めて勝っています」
「このレベルだと、ドラゴン同士の実力差というのもあるからな。ただ重賞ともなれば、そう易々と逃げられねえだろう」
環太郎が顎をさすりながら呟く。
「もう一頭、『ツヨキモモタロウ』、先行竜です。先々週デビューしましたが、同じコース、距離のレースを楽々と勝ちました。調教の具合を見ると、疲れもないようです」
「なかなか良いレース内容だった。2戦目だが、侮れねえな」
「最後にもう一頭、『パワードアックス』、差し竜です。グレンノイグニース同様、春先のデビュー、4戦3勝、新竜戦こそ敗れましたが、その後は順調に勝っています」
「名前の通り、2歳竜にしては力強い走りを見せるな……」
「……以上が注意すべき有力竜です。先生……」
「そいつらが注意するのがグレンノイグニースなわけだが……取るべき策は……だ」
「「ええっ⁉」」
環太郎の言葉に炎仁と環が驚く。
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