ペジテ市侵攻八時間後。
「おい、市民の怪我の治療は進んでるか」
「はい。といってもほとんどが栄養失調症の者ばかりですが」
「子供と年寄りから手当てを進めていけ」
「は!」
敬礼で了解した兵士がキャンプへと走って行く。
「本当にペジテ全体がもぬけの殻とは」
「スラムの人々や孤児院のような所以外」
空いていたビルの一階を指令所とした部屋のテーブルの上で、トルメキアの士官がペジテ市の地図を広げている。
「ワズルの奴ら、見つけられるでしょうかね?」
「この様子だと何も無いだろうな」
センタードームの奥で見つかった地下への通路に、トルメキア軍の特殊部隊が侵入していって二時間が経とうとしていた。
「我々は間に合わなかった 」
「作戦が漏れていたな」
「だとしても、町を捨てますかね?」
「ああ。まるで 」
頼りなくも町中に響くサイレンが鳴り出した。
「何でしょうか?」
「ペジテの警報だな。砂嵐かもしれんな」
ペジテ市は砂漠の中にあった。砂漠には腐海の毒が届いてこない場所が多くあった。
「腐海の成れの果ての砂漠の都市ですから。確認させましょう」
同時刻、ペジテ市城壁見張り台。
「おいおい何でだよ 」
「どうした」
「蟲だ こっちに向かっている」
顔色を無くし呆然としている兵士が見ている方向に、もう一人の兵士も自分の双眼鏡のピントを合わせる。砂嵐が立ち上がっている。その下の方に多くの王蟲の赤い目が確認出来た。
「くそっ!」
壁にある赤いレバーを下げた。
サイレンの音がペジテの町に響いた。
「蟲がペジテを目指しているようです」
指令所にかかってきた電話の受話器を下ろして言った。
「ペジテごと消すつもりかよ。狂ってる」
司令官は地の言葉になっている。
「何かで誘き寄せてるんだろうか?」
「出てみるか」
センタードーム前の広場につながる通りに指令所ビルはあった。
「おい、しっかりしろ!どうしたっていうんだよ‥‥」
広場に設営されたキャンプの前で兵士が子供を抱えていた。
「どうした?何があった?」
「あ!あ 」
「敬礼はいい!説明しろ」
「はい!それがさっきドームから振動がしまして、そのあとから子供や若い女が悲鳴をあげて倒れ出したのです」
「子供や女 」
「お前たちは何ともないのか?」
「はい。自分らは全く。もっと弱っている年寄りなんかも無事ですし」中堅どころの兵士はキャンプの中を見た。「しかし、ドームの中にいた初年の何人かも体調を崩した者がいると云うことです」
「ふむ 」
「間違いないな」
「蟲笛の類いだな」
「人にまで影響を及ぼす物とは」
「まだ何かやっとるかもしれんな」
「ああ。兎も角時間が無いぞ」
将校二人は目で頷きあった。
「今から撤退する。脱出は北門から。怪我人や一般市民を優先させる。王蟲が群れでペジテに向かっている」
兵士と戦車を乗せてきたバカガラスが四機とコルベットが五機、ペジテ市外の西二キロにある平地に停まっていた。王蟲は南からやって来ていた。
「一人も残すな!急ぐぞ!」
指令所や広場の通信兵が各隊と連絡を取り始める。
軍用トラックが何台もドーム前広場や孤児院キャンプ等に集まってくる。まだ捜索の進んでいない地区もかなりあった。バイクや小型車両があちこち走り回っている。コルベットが低空で飛んで上から探った。戦車が北門からバカガラスまでのルートに配置された。
「いたぞ」
センタードームのまわりに建つ四つの塔のうちの一つ、その最上階に王蟲の子供の死骸があった。側には下半身を喰われたのと腹を刺されたペジテ兵の死体もあった。
「何てひどい事を‥‥」
「狙いはここか」
「下に行った奴らは 」
「くそっ!」
ワズルが入っていった地下への入口は、爆発が起きて崩れていた。
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