低スキルで実家を追い出された文無しの俺にメイドたちがついてくると言って聞かないんです

レフトハンザ
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低スキルで実家を追い出された文無しの俺にメイドたちがついてくると言って聞かないんです

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:29
更新日時: 2021年3月7日(日) 21:59
文字数:4,067

 まだ夜が明けきらぬ頃。音を立てないように俺は屋敷の扉をひらいた。

 身に着けている物と言えば、幼い頃に父に誂えてもらった剣と幾ばくかの金貨だけ。


「誰も知らない場所で野垂れ死にするのも悪くはない。俺には死ぬ自由がある」


 もう賢明な読者のみなさんはお分かりだと思うが、俺は【剣聖】や【賢者】といった勇者相当のスキルが無い低能力者と教会から認定された。そして、これも当然の展開なのだが、義弟にはお約束のように【剣聖】のスキルがあることが分かった。

 そして、これももちろん、あらためて説明するまでもないことなのだが、低能力者は我が侯爵家には必要ないと俺は父に追放されたのだった。


 で、今に至る。


 というわけで、今の俺は貴族でも何でもない、ただの平民だ。

 いや、家も金も無いから平民よりたちが悪い。

 元々、あまり貴族のような堅苦しい生活には向いていなかったので平民になることは全然構わないのだが、住む家もないとなるとかなり困る。

 まずは金を稼ぐ手段を見つけなければならない。

 といっても、ろくなスキルもない俺にできることと言ったら限られている。


「ろくなスキルがないといっても……」


 薄暗い道を歩き始めた俺の前に、ひとりの女が現れた。

 淡い栗色の髪と青い瞳。華奢な肩には似合わないほどの豊かな胸。

 王都でもその美貌は知れ渡っている侯爵家のメイド、セラが俺の前に立っていた。

 セラは俺が小さい頃から身の回りの世話をしてくれていた。

 俺にろくなスキルが無いと分かって冷たい態度を取り始めた家族と違い、最後まで俺のことを優しく支えてくれたメイドだ。


「見送ってくれるのか?」


 俺が家から追放されると分かった時、弟の喜びようと言ったら半端なかった。おそらく、これで美人のセラを独り占めできると思ったのだろう。次期当主として選ばれた弟のバスケスはセラに自分の世話をするようにと命じたと聞いている。

 正直、悔しくないかと言ったら嘘になる。しかし、今の俺は何の地位もないただの男。セラにしてやれることなどひとつもない。


「見送りなど致しませんよ」


 怪訝な表情の俺に向かってセラが言う。


「だってわたしも一緒に行きますから」


「ちょっと待て」


 意味が分からない。俺は追放された文無しの男だ。


「どういう意味だ?」


「アルト様が侯爵家から追放されたこと。本来であればわたしも悲しむべきでしょう。でも、本当に、申し訳ないのですが、わたしは嬉しかった。貴族でなくなったアルト様なら、もしかしたら、わたしにもワンチャンあるのでは?と思ってしまったのです」


「ワンチャン?」


「はい」そう言って顔を赤らめるセラ。「伴侶としての……」





「セラにそう言ってもらえるのは俺としては嬉しい。これは嘘じゃない」


「嬉しい。ありがとうございます」


 そう言いながらセラは俺の腕にすがりついてくる。もはや俺の腕は二つの胸に埋没している状態だ。まさかこれほどの威力だとは。ずっと一緒にいたのに侮っていた。


「だが、おまえほどのメイドがいなくなったら家はどうなる?」


「わたし一人がいなくなったくらいでは侯爵家は何ともなりませんよ。わたし以外にも優秀なメイドがいるのですから」


 セラは我が国でも1,2を争う優秀なメイドだ。

 彼女が作った焼き菓子はあまりの美味しさに大評判となり、今では全国で売られていて彼女に莫大な利益をもたらしている。

 さらにその美貌は周辺の国々でも評判になるほどで、今では王族のあいだにも彼女のファンクラブがあるほどだと聞く。


 だが、かりにも侯爵家。セラの言う通り優秀なメイドは他にもいるのだ。だったらセラひとりくらいは連れて行っても問題なかろう。


 と思ったその時。俺たちの後方から大きな声が聞こえてきた。


「はい! ちょっと待ったああ!」


 振り返ると、そこには真っすぐな金髪と碧眼が印象的なスレンダーな美女が立っていた。

 侯爵家の金庫番として名高いメイドのシュリアだ。

 幼い頃から数学の天才として知られ、今では侯爵家の資産運用を一手に任されている才媛なのだ。


「見送りか?」


「んなわけないでしょう! なぜ私も連れて行ってくれないのです?」


「いや、俺は追放された身だぞ? こんな文無しについて来てもらってもシュリアに迷惑をかけるだけだ」


「迷惑なんてそんな……アルト様に傍でお仕えするのが私の一番の幸せですよ? しかも、セラはなぜアルト様の腕にしがみついているのですか」


「あら、平民の恋人同士が体を寄せ合って何か問題でも?」


「いつから恋人同士になった! ちょっと目を離した隙に……」


 そう言ってシュリアは俺の左腕にしがみつく。セラのような破壊的な威力はないが、スレンダーな身体はこれはこれで悪くない。


「くくく、まさかこんなに密着できる日が来るなんて……実を言うと、私もアルト様が追放されると聞いて喜んでしまったのです」


「この女はアルト様が追放されると聞いてガッツポーズをしていましたから」


「な、なにを言う! セラこそアルト様が追放されると聞いてウキウキと荷物をまとめていたじゃないか!」


 セラとシュリアが言い合っているあいだも、俺の神経は両腕に集中している。2人の会話など聞いている場合じゃない。もうちょっと肘をこう……。


 が、その時だった。


「ちょっと待ったあああああ!」


 俺たち3人の前にまた女が現れた。

 紅い髪と切れ長の眼が印象的な大人の色香を漂わせる美女だ。

 侯爵家の騎士の中でも最強とされるメリルだ。


「おまえたち、アルト様に何をしようとしている?」


「あら、脳筋の剣士が何の用?」

「そうそう、私たちはアルト様の身の回りの世話をするために一緒にいるだけですよ?」


「だったら何故、そのように身体を密着させる必要がある?」


「残念ながらアルト様は貴族ではなくなってしまいましたので、同じ平民同士ならいいかなあと」

「そうそう。本当に残念ですが、同じ平民ならこうしても平気ですから。本当に残念だけど」


「まったく残念そうには見えんぞ」


「羨ましいなら、そう言えばいいのに」

「もう空いてる腕はないけどね」


「まだここがある!」


 そう言ってメリルは背後から俺の首に腕をまわして身体を密着させてきた。

 背中に感じる胸の感触に俺は狼狽する。こ、これは、凄い破壊力だ。両肘に集中していた俺の神経をすこし背中にまわしてみる。おお! これが噂に聞く背中越しの青春の快楽というやつか! 俺も自転車という乗り物に2人乗りしてみたかった。


「あ、あの、メリル?」


「アルト様。このメリルも一緒に」


「もう少し押し付けてもらえるとより一層……い、いや、俺はただの文無しの男だから付いてきても何もないぞ」


「お金の心配など無用です!」


 俺の言葉を遮るようにシュリアが言う。


「アルト様のお小遣いを内緒で平均分散方式で投資してきました。今ではアルト様の資産は侯爵家より多いくらいです」


「いや、それはおかしいんじゃないか? 子供の小遣いがなぜそんな利益を生む?」


「まあ相場を操作するために侯爵家の資産を利用したのは間違いありませんが、大事なのはアルト様の資産ですから」


「あなたにしては正しい判断ね」

「そういう小癪な真似を我にはできんからな。よくやったぞ」


「その利益を先物相場にぶち込みまして。去年の長雨で小麦相場が高騰してアルト様の資産が10倍になりました。侯爵家の資産はアホ当主が売りに突っ込んで大損でしたが」


「あの長雨は北に住むドラゴンに我が頼んだのだ」


「あの時はメリルのおかげで助かったわ」


「おいおい、それはやりすぎだろ」


「なぜですか?」

「そうです。アルト様を追い出す侯爵家や、アルト様を蔑ろにしてきた連中のことなんか知りません」

「まったくだな。こんな国、滅びてしまえばいいのに」


「ということで、アルト様がお金の心配をする必要はないのです」


「うう、まあ分かった。しかし、シュリアがいなくなって侯爵家は大丈夫なのか?」


「大丈夫なわけないでしょう。あのアホ当主は去年の損を取り返そうと全財産を小麦相場に突っ込んでるみたいですけど、今年は豊作で買いに走る奴は馬鹿ですよ」


 もう本当に汚いものでも見るような顔で侯爵家の当主を馬鹿にするシュリア。

 ああ見えても、一応は俺の父なのだから、もう少しだけオブラートに包んでくれ。


「もう帳簿も誤魔化しきれなくなってるくらいの赤字経営ですからね。国に出してる領地経営決算報告書も、そのうち粉飾決済がばれるんじゃないでしょうか」


 さらっとセラが怖いことを言う。

 もっとも今の俺にとっては侯爵家がどうなろうと知ったことではないのだが。


「もし、アルト様に危害を加えよとする輩が現れたら、我がすべて切り捨てる。どうかお傍に置いて欲しい」


 聖剣を胸の前に構えてメリルが膝まづく。

 こんな俺の騎士になりたいとは、メリルも相当の変わり者だな。


 こうして俺は2人のメイドと騎士を従えて家を出たのだが、その後も……


「はい、そこまで!」


「おまえは王宮料理人が出すムシュランで史上初めてメイドで星をもらった料理上手のレイカ」


「はい、大変分かりやすい説明ありがとうございます。わたしを置いてみなさんどこへ?」



「おい! ちょっと待ったああああ!」


「おまえはどんなシミでも落とす洗濯の魔術師と言われたメイドのアリエール」


「もちろん、私を置いていこうなどとは……」


 と次から次へとメイドが現れ、最終的には侯爵家のほとんどのメイドが俺のあとに列をなすという異様な光景ができあがった。


 そして、最後には侯爵家に代々仕えてきた執事のフロイドが現れ、何もかも分かってましたというような顔で俺に言った。


「まあ、【尊い】のスキルを持ったアルト様が家を出ればこうなることは明白でしたが」



 結局、俺たちはフロイドが探してきた屋敷に移り住んだ。(金はシュリアが用意した)


 そして、いろいろと紆余曲折があって、俺は魔王を倒すはめになったのだが、まわりのメイドが「アルト様なら絶対大丈夫」というので仕方なく魔王と対決した。


 女の魔王は俺を見るなり「無理無理無理!」と言いながら倒れてしまったので、俺は魔王を討伐した褒美として爵位をもらい、メイドや執事や元魔王と今でも仲良く暮らしている。




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