電弧と機軸 - Arche Axes -

Be Families Again
ムコノミナト
ムコノミナト

第参話: 巢構う暗鬼 PART1

公開日時: 2022年9月13日(火) 19:08
更新日時: 2022年9月17日(土) 17:53
文字数:3,709

電弧と機軸改訂版、再開します。


帰路に就いた壱行の前に、彼の者が現れる──

「お二方ァ、見えてきたぞ!」


 男がう指し示すのはさとほうである。樹木が生い茂るばかりの野生を進む彼等は、ことにバンとソールは、途次みちすがら水流に涼むなどて身を休めようと試みた物の、悉く脚への負担がつづいたためか、また、雲かって朝陽が少し暗くよどんだ爲か、へとへとでほぼ疲れ切ってた。彼女は浮揚するだけ靈力チカラをも使い果し、今時分山道を落ちでもれば壱巻の終りである。呼吸いき〴〵だえと云う時に見える鄕は、惡天候を殊更狂逸きょういつに際立たせた。其れまで愚痴を溢すことさえ忘れて居た彼女も、不意と鄕長の立つ処へ近寄ってたしかめる。左う云う警戒を怠る程に、其處そこから観える街並みには眼を惹かれるらしい。彼女はも云われぬ興奮を覚え、拳を握り、瞳を輝かせつ此樣このように云った。


「わあ━━っ、……古そうなのと新しげなのが並んでて、なんだか情緒的エモいかもー⁉」


 左右に同じ建築物がならび、起重機craneに似た巨きな機械がひだりほうを屋根から線状に爲て吸い上げ、右の方へ床下から移して行く。硬い素材は鉄でさえ機械のなかやわらかな物へかわり、再び固まって素材と成る。


「あれぞ、奇怪な機械というヤツよなあ!」

「郷長、やりらふぃー‼」


 彼は独り呆れ返り、大笑いを續ける男を後目に掛けた。


(本当に重役なのか? このジジイ……)


 彼がいぶかしむと男は緩んだ頰をなめらかに戾し、再び彼女等を麓へ先導し始めた。彼女は先刻のを観ると鄕への到着が餘計よけい喜ばく思えてた樣で、身も心も嘗て無い程舞いあがる。餘所見よそみり彼女の怪我するのを心配した彼は、壱応いちおうゆめ々留意する樣に彼女へ云った。やがて目指した麓を越え、漸と何亊も無く地平に差し掛かった許りの処へ、緑溢るる公園を、優しい風が子どもと遊具とを連れて壱陣舞い遊ぶのを發見はっけんする。傍観者達の、殊に鄕長の鼻腔を不意ふっと暖かに過ったのは、遠き晴春はるへのかすかな追慕ついぼであった。男は、いや此場このばを見守る誰もが無辜むこの安泰を切に祈った。常磐ときわが破られぬ爲には祈るよりほか無いかの如く、定め無き此世を定める存在ものを崇拝した。バンは最早失笑さえままならず呆れては、子ども達のそばややゆっくりと歩み寄る。其跫音あしおとを聞いた子ども達は、肌身に異樣な風格のつたわって來た木蔭こかげほうを見詰めた。其處に、蠱惑こわくの眼差しをえる青年がただ独り、正坐せいざし、しずかに彼等へ微笑わらい掛けて居る。


「ねえ、スズ。あの子だれなんだろ、見たことあるう?」


 最初気がいた男子が、左うほかの女子へ耳打ち爲る樣にひそ々とバンを指差した。


「うんう? あんな長いの巻いてる子知らない。」

「寒いのかなあ、重たくないのかなあ?」


 其弐科2りは皆の輪から壱旦外れてたがいの眼を見合った。木蔭の彼は小さな手振りで弐科を呼び附ける。


「手、振ってるぜ。なんの用かサッパリだけど行ってみよう。」

「わ! わたしは遠慮するわ!」


 スズ達は再建の御時世ごじせいうた温和おとな達へ悉皆しっかい潔癖で心の堅い生物だと云う知見を得て居た。が、眼前の彼の祈らぬ姿勢は此世からすこぶる遊離して映るのか、信仰の髙いスズにはかえっ無気味ぶきみだった。


「ほら、『長い物には巻かれとけ』って言うじゃあないか?」

「ベツに言わないと思うけど……」


 遠回しな物云いをつかうスズの手を引ッ張って彼は木蔭へけ附ける。彼女は誘引に戶惑いつゝも、丁度木蔭に這入る歩手前の処迄ほつれる脚を運んだ。バンは微笑を絕やさず此樣に挨拶を振る。


「初めまして! 最近、……越して来た? バン、っていうんだ。君たちは?」


 弐科はまた互の眼を見合わせた。


「俺はケイで、……それとこっちのが──」

「スズ! 言っとっけど、妙なマネしたら『叫ぶ』かんね‼」


 左う云いながら勝ち誇った樣な笑みを浮かべる彼女を、ケイは鳥渡ちょっと耳の痛い話でいさめる。バンは不思議がった。かる彼女に猜疑の眼を持たるゝ亊は然程さほど気にかからぬ物の、其子達に潔白のツノ尻尾しっぽが生えて居るのには吃驚びっくりした。矢張やはりバンとソールと、そしてファミリーとは互に異なる生物なのに相違無い。


「『叫ぶ』って?」


 バンは時機タイミングを見ると續け樣ざまの亊についたずねた。


「こー見えて声出しはトクイなの! スズの『スナイル嘶聲』はどこまでも届くわよ!」


 腰に手をてゝ彼女は又も得意気に云った。これもバンは初めたわむれの言《ことば》と捉えたので、全然疑問には思わずただ微笑まく思えた。其爲意図する処の逆のあかるい表情を取った。段々彼女は此儘では莫迦ばかに爲れると思い込んで——、或いは、怒らぬバンは怒るのかと云う好奇心が湧いて来て、ても彼の亊を慥めたくなって來た樣で、次は彼女のほうからう云う質問が無鉄砲つ無造作に飛んだ。


「にいちゃんお祈りしないの? なら、一緒に遊びたいの? それとも学校にでも行きたいの?」


 左う聞える成り、ケイは再び彼女を叱ろうと爲た。が、バンは少し唸った後、極めて冷静に此う答える。


「そうだねえ、わからない。」


 誰に問うと云う訣でも無く彼は續けて呟いた。


「みんなだれに祈っているんだろう? ……ああすれば、報われるかな?」


 風はバンの背後から、今迄に無い程强かににんを襲う。衣服は痙攣を起した樣に旗めき、殊にバンの肩巾scarfは千切れた緑葉と壱緒に連れ去られ掛けるも必死に彼のうなじへと獅嚙しがみ附いた。其れも束の間、强風はほかの子ども達が蹴球サッカーを遊ぶ処へ奔り抜けて行った。彼等はballを見据えた儘、猶も無頓着であった。曇天は生暖かい風の無気味さを壱層際立たせながら、彼等の頭上を重く渦巻いて居る。参科は不意と箱庭courtを見て、或光景を目の当りに爲る亊となる。


「今だ! 上がれ上がれーっ!」


 左の樣に調子附き、ほかの子をひきいて敵陣のおくに邁進するのは、帽子を被った或少年である。


「次こそゼッタイ……! それっ━━!」


 彼はもち前のとう力で少しballを浮かせ、續けて得點籠goalへ蹴飛ばした。──得点籠へ? 狙いを定めた彼の球は大きく弧を描き、得点籠を越えた先の道端へと勢好く飛び込んで行く。


「ッほお⁉」


 不運にも居合わせたのは、ひとりの勤勉な書生であった。其秀でた頭蓋を襲った球は、咄嗟に出た彼の兩掌へ奇麗に収まる。彼は常に何等なんらかわり映えの無いうちくらして來た。順風を受ける帆船の如く、平穩へいおんに。といえども、畢竟彼は己れが平穩無亊だと云う亊など気にも留めて居なかった。誰も球を取りに來ないので、彼は箱庭の騒然たる容子を慥めながら子ども達に近附く。其處には、左う云う壱体の聲に囲まれ、苛まれる帽子の少年が、んざり爲て頚を落して居た。


「おい、テルル! 最近チョーシわるいんじゃあねーの?」

「今のはちょいとひどかっぜ?」

「あんま無理すんなよ、たかが遊びなんだし!」

「う、うん。……ごめんねみんな。」


 帽子を脱いだテルルは左う謝辞を述べ、先刻蹴り揚げて仕舞った球のほうを見た。


(取りにいかなくちゃ!)


 書生は既に、得點籠の支柱goalpostの傍に立ちつくして居た。彼は微笑を浮かべ乍ら、友達に囲まれるテルルの許へと歩み寄る。戶惑うテルルの眼前に立ち止ってから、穩かに話し掛けた。


「やあ。この球で遊んでいたのは、君たちかい?」


 テルルは頷いて答える。


「あ、……ハイ! 僕が勢い余って蹴っ飛ばしちゃって、……すみません。」


 兩手を伸べ乍らテルルは左う俯いた。


「君のご両親はあそこでお祈りをしてるのかな……?」


 彼がしゃがんでテルルの肩に手を措くと、テルルは頚を弐度横へ振った。


「なら……」


 彼がおもむろに立ち揚ると、テルルのに何かがつんざいた。周りの子ども達は悲鳴をげて、壱歩も動けない。


「オレにも蹴らせろや小僧ォ! いいか、次はドタマだからな‼」


 其怒号が聞えた周りの親はつぶった眼を開いた。が、其れはかえって彼女等を祈祷の世界へと引きり込んで行くらく、書生は、左う爲て怯える者達を観ると、又皆の眼前でテルルを虐め始めた。


「なにッ⁉ あいつめ!」


 バンは其れを目擊した。傍に居た弐科2りも、夫々それぞれ辟易ひるんでからだが震えて居る。


「……ケイ、スズ。少し聞きたい。だれも助けに入らないのは、なぜだ?」


 其問は眼をみはる許りのケイには届かなかった。スズは顏を手で覆い乍らも何とか此う答える。


「あ、……あいつが海外から来た特待生、だから。そうだと思うわ。」


 バンは拳を握り締め乍ら、聲を震わせるスズに提案した。


「特待生? なるほど。なんだか知らないが、……助けてやらないか、俺と君とで!」


 彼女は左の確信めいた言に吃驚して此様に云い返す。


「どういう、ことよ⁉」

「君のチカラがいる。」


 彼は其耳朶を借りた。彼女は彼の策を聞き、こくこく頷く。語數にして、僅かことであった。


「! ええ。それくらい、お安い御用だわよ!」


 彼等が左う結束した処へ鄕長モリブデンとソールが音沙汰無く現れた。


「ちょい、ちょい! 今の声、なに案件?」


 髮をつねり乍ら訊く彼女に鄕長は間接的な言で答える。


「ふむ、アレか。だから儂はあやつの留学を断ったというに……」


 ──あのひとでなしめ。


 と云い掛かって、郷長は漸と気附いた。其眼を見開く。


「お二方ッ!」

「モ、モリブデン! ソールも!」

「へ? せ、せんせー……?」


 バンとソールを『非科』と呼び度なかった理由は、畢竟其處だった。鄕長は内心何處かで彼等の亊を、──冷たい心臓を持つ彼等の亊を信じ切りたかったのである。其呼聲よびごえに応じて鄕長へと向った彼の眼は、スズと壱緒の、清澄な瞳を爲て居る。今、自らの過ちを吹き飛ばす樣に、鄕長は弐科へ命じた。


「あいつを、……あの『非科ノーファミ』を! こてんぱんにして来なさいッ‼」

お誕生日なので更新しました!

大幅な改訂作業はなかなか堪えるね‼

(でも、心地よい疲れ。)


これからも当作品をよろしくお願いいたします!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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